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2001/04/15暫定公開
3.張碓駅と義経隋道碑
JR函館本線の銭函と朝里の間に張碓駅があります。
明治31年に、幌内鉄道として開通しその後の北海道炭砿鉄道時代の明治38年10月8日に開駅した
趣のある駅です。
(ちなみに地名の由来はアイヌ語のハル.ウシ<食料の数多い場所>から転化との説があります。)
この駅を正面から見て右後方には、滝が流れ落ちホームには義経隋道碑と義経号の鈴があり
下りホームの後方は日本海。もっとも以前は、海水浴場であったためホームから直接海岸へ降りる
スロープもありました。
以前は後に“からまつ”の愛称がついた423レも停車していたぐらいです。
私、SORANOは昭和50年の夏に下車したのを最後に張碓駅には訪れていません、その間に夏季間の
数列車停車から通年全列車通過駅になってしまい車どころか歩いてさえ行く道がありません。
その内に廃止駅になりそうです。駅舎が見れなくなるのもそう遠くないかもしれません。
それならばと、雪も溶けた4月友人と駅舎訪問へと出かけました。
私達が行っておきながら述べるのも矛盾しますが、あえてご注意致します、大変危険な行動です。
本当に道がありません、駅近くの車道から海岸伝いに歩きますが途中どうしても線路敷地内を歩きます。
事故が発生する危険性も少なくありませんのでお勧めは、出来ません。
また夏季間だけでも停車する電車が復活すれば嬉しいのですが、いくら対面の広いホームでも
電車通過密度が多くなり無人駅のまま構内横断は危険過ぎて無理なのでしょう。
将来小樽市長の名も記されている碑と第一号機関車義経号の鈴でも隣接駅に移設されればと思います。
(特に随道碑は手宮の施設では興ざめでしょう。)
2001年4月の晴れた午後
まず、銭函側と朝里側からのどちら側が無難か地図で道路を探すがやはりない、結局銭函から張碓に一番近い踏み切りまで車で行く事に決定する。
途中何度か海岸まで下れる道を探すが無理な地形に落胆、踏み切りそばで地元の方に駅までの道を尋ねるも「線路伝いで約2km先」との事。
海岸を張碓駅めざし歩きます、砂浜と違い石浜ですから軽快には足が進みません。かつてキハ21系のDCが走っていた頃を思い出します。それにしても721や731系の電車が頻繁に通過して行きます、とても線路際など歩けたものではありません。が、しかしなんと途中でテトラポット部分に出会ってしまいました。不本意ながらコンクリの防護壁の上を歩きました。普通2kmぐらいは散歩気分で歩けそうですが石ばかりの足元と先の見えない地形で疲れが倍増してきます。
暖かな日差しで天気も良く波が荒れてないのが救いです。
やっと駅のホーム下に着きました、ホームに上がる木製のスロープも当時と同じ様です。
駅右の滝も往時そのままでした。
残念ながら駅舎の入り口や窓等は板で封鎖されており中の様子は伺えないが、でも駅と滝そして随道碑とここまで歩いてきた甲斐がありました。
下りホームの後ろはすぐ海です。
上りホームには
「第一号機関車義経号の鈴」と、
「義経隋道碑」があります。
暫し思いに浸りここの駅の窓口で切符を買い乗車した頃を思い出します。
当時なぜ、一度銭函で下車し乗り直してここに来たのだろうか?
道内でも◎な駅なのですが電車で下車出来ず交通手段が無いのが残念です。
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