このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

六番館

 

レイユームンの晩餐 〜前編〜
レイユームンの晩餐 〜後編〜
タコとネコ
憧れの原点
はるかなるスーチーの国へ

[ レイユームンの晩餐 〜前編 〜]

先日香港人の同僚数人と海鮮料理の街・レイユームンへ食事に出かけた。
ここには魚屋も多くそこで食材を買い、提携しているレストランに持ちこんで料理してもらうというパターンが多い。観光地としても有名なのでツアーで来た人もけっこういるだろう。

その夜私達は数多く並ぶ魚屋を舐めるように見てまわり、通りの奥まった場所にある一軒の魚屋で足を止めた。その魚屋も他とさほど変わらぬ外観なのだが、その中に目を引く品が一つだけあった。そこの水槽で狭苦しそうに泳いでいたのは、まぎれもなくあの古代種・カブトガニだったのである。
どこかの水族館の水槽でひまそうにしているのは見たことあるが、魚屋の水槽にいるのは初めてだった。しかも三匹もいる。

   「これ、どうですか?」

どうって・・・食べる・・・わけ・・・?

私はすっかり腰が引けていた。たいていのものなら食べる努力もするが、カブトガニだよカブトガニ。瀬戸内海じゃ絶滅寸前の天然記念物で、しかもカニとはいえ内側は真っ黒でかなりグロ、一体どこを食べたらうまいのか見当もつかないしろものなのだ。

店主にわしづかみにされ水槽から出されたそいつは甲羅の幅30センチ、尻尾までの長さは50センチぐらいある。真っ黒な足がワラワラ動いてかなりこわい。たまに腹筋運動をして丸まったりすると、手の形をしたエイリアンさながらである。
以前から目がどこにあるのか不思議に思っていたが、この不気味さの前ではもはやどうでもよくなっていた。とにかく食材としては史上まれに見る不気味なやつなのである。

ぜひ食べようと同僚が言う。さすがに皆困惑していた。これを買うと不幸になりそうな気がしてならない。呪いの人形を買うような気分だった。しかしこれも経験・話のタネとばかり、私達もカブトガニを買うことについに同意してしまったのである。今思えばやっぱりやめときゃよかったと思う。

この時生まれて初めてカブトガニの甲羅を触った。まあこんなものをじかに触った人などそうそうはいないだろう。実際ナマで見るカブトガニはかなりこわい。海水浴をしていて突然こいつにのしかかられたらきっと驚く。ついでに ”ウヒョヒョ” などと笑い声を上げられた日にゃパニックの末に溺れてドザエモンになるのは疑いない。

中国奥地にはサソリの踊り食いというのがあるそうだが、果たしてどちらがましだろうか・・・カブトガニとはそれほどにつらいものなのである。

〜続く〜

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[ レイユームンの晩餐 〜後 編〜]

さてカブトガニの他、エビ・魚など数点を買った一行は近くのレストランへと向かった。そこはその魚屋が提携しているレストランのようである。

最初は蒸しエビ、続いて魚料理に貝料理、鶏肉料理。どれも皆を唸らす一品ばかり。私もここまでは快調だった。が、ここから先は未知との遭遇。
メインディッシュはどうやらカブトガニの炒め物らしい。一体どんなカニ料理になるものやら。ワクワクという気分からはほど遠い面持ちでみなが待ち、ついに現れたその料理は!!。

   ・・・予想通りのゲテモノだった・・・しくしくしく。

一瞬にしてみな引いていった。何がつらいって足や腹は真っ黒のまんま、いくつにも断ち割られた甲羅も油でドス黒く光りその隙間から黒い足がニョキッと出たりしている。
その印象は 「ガレキの山から飛び出す巨大グモ」 なのである。

臓物を煮込んだ料理ぐらいは平気で食べるが、それよりもはるかにおちるカニ料理・・・つらすぎる。言い出しっぺの同僚のみウマイと言いつつ食べ始めたが、他の者はなかなか箸をつけようとしなかった。しかしここで引くわけにはいかん。勇気をふるって肉を一口かじってみると・・・後悔するほどのまずさだったりする。

とにかく苦い上に独特の臭みがあり、無理しなければ飲み込めないほどのまずさなのだ。やっぱりこんなの買うんじゃなかった。

少ししてその同僚が今度は卵がおいしいと言いだした。よく見ると甲羅の中に小さな卵が入っている。ほじくり出して食べてみると・・・やっぱりまずい・・・。せめて足でもと思い、黒い足をかじってみればスッカスカ。身がまるっきりないのだな。

なんというやつ、うまいところがどこにもない。
ウルウルと涙を浮かべながら私はカニをつついていた。しかし努力はしたぞ。5口は食べたろう。言い出しっぺはずっと食べていたが、他の連中は一口二口でみなリタイヤしていたのだ。はっきり言って5口でもどしそうになった。

とそこでレストランの店長がやってきて、なにやら講釈をはじめるのである。なんでもこの料理は年に数回しか注文されない珍しい料理なのだそうだ。
そりゃそうだろう。このまずさと不気味さを好むやつがそうそういるとは思えない。だいたいあの無骨な外観からおいしい料理なんぞ想像がつかん。いつか瀬戸内のカブトガニが解禁されたとしても、私は生涯食べることはないだろう。この世から食べ物が無くなり、もはやカブトガニ以外に食べるものが無くなったとしたらその時はしょうがない、ウルウルしながら食べることにする。

それにしても今回のカブトガニ、香港に来て以来最低の食材であった。今後は珍しさ以前に、食べられそうかどうかよく考えてから頼むことにする。それなら少なくとも食事の途中にもどしそうになることもなかろう。そんなことを思いつつレイユームンをあとにしたのである。

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[ タコとネコ ]

こいつのせいでイライラすることがたびたびある。
私をいらつかせるもの、それは他ならぬ ”コンセント” なのだ。

香港で売られている家電のコンセントの形は困ったことに何種類も存在する。一般的なものでも4種あり、そのうち3つは三又、1つは二又となっている。どれも形や大きさが違うためそれぞれのプラグに対応する接続アダプターが必要になるのだが、これがうまく合わないことがよくあるのだな。しかも腹の立つことにそのどれもが日本の二股コンセントにはあわないときている。

この為ノートPCやデジカメといった日本から持ってきた電化製品には、それ用にまた別の接続アダプターを用意しなければならない。ノートは220Vに対応しているからまだ許せるが、デジカメは110Vでしか使えないためこの上更に変圧器まで必要になってくる。加えてたまに中国で安い家電を買って帰るとこれまた形がまったくあわない。そんなわけで私は合計6種類のコンセントプラグと1個の変圧器を使い分けねばならないのである。

こうなるとコンセントはタコ足化が進むばかり。アダプターがごてごてとついて子供のブロック遊び状態となることも珍しくない。それでも自分の思うように配線できればよいのだが、必要なアダプターが壊れていたり足りなかったりしたら思わず

   ”アホなプラグ作りやがって〜!”

とわめいてしまうのである。もひとつ腹の立つことに日本の二又プラグは根性がないのか、アダプターに差してもすぐに抜けてしまう。ちょっと足を引っ掛けただけでプスンなのだな。ブロック状態からすぐに脱落するためノートPCが突然止まることもよくある。そんなときは思わず額が青筋立ってしまう。このイライラはこの土地に住んだ人でなければおそらく判るまい。

だいたいタコ足配線などと言うからイライラがつのるのだ。これがネコ足なら私ももう少し穏やかな気分でいられるだろう。たまにネコパンチとかするやつなら大歓迎、間違って踏むと ”フニャ!” とかって飛びあがるやつならなお楽しい。

こんな愉快なやつがいてくれたら私はこれほどイライラせず、もっと豊かな人生を送れるだろうに・・・悲しいことだ。ソニーさんでも松下さんでもどちらさんでもけっこう、ネコニャン棒あたりで作ってもらえないものだろうか。

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[ 憧れの原点 ]

かの国・ギリシャには随分前から憧れ続けていた。今回その憧れの国を気持ち良く訪れることができた私はきっと幸せなのだろう。それも新婚旅行での滞在なのだから感動もまたひとしおというものだ。

思えばギリシャという国に憧れを抱き始めて十数年にもなるだろうか。それはエーゲ海の小島を舞台にした一編の映画が始まりだった。

  映画 ”エーゲ海に捧ぐ”

高校1年の時、上級生のオネエサンに誘われてこの映画を見た時からギリシャという国に強い憧れを抱くようになっていた。
そのオネエサンとは知人程度の付き合いしかなかったが、何故か二人でその映画を見に行くことになった。どうもそのあたりのいきさつはよく憶えていない。ただそれが後の憧れへのきっかけになったのは確かだと思う。

ところでこの映画、思わず引き込まれそうな素敵な邦題にも関わらず実はかなりエロい。未亡人とヒモ男の性と愛憎を描いたアダルトなみの映画で、当時も15歳以下入場禁止だったと記憶している。

高校1年といえば頭の中は女性のことでいっぱい、女性の匂いを嗅いだだけで発情オス犬になってしまう年頃だ。そんな若犬にエロエロ映画など見せては危険極まりない。私は次々に迫り来るエロチックなシーンを前にして、自制するのにかなり苦労していた。それでもなんとか自制を保ち、隣のオネエサンとの間にはそれ以上何も起こらなかったのだが、映画館を出た時私はかなりもの欲しそうな顔をしていたに違いない。いいしれぬ情熱を感じながらオネエサンのお尻を見つめていたのをよく憶えている。

う〜む、どのあたりがギリシャへの憧れなんだろう?ほとんどオス犬の回想録になってるような気がするが・・・。

いやいや違う、映画に出てきた白い家並みや青い海がよかったのだ。なんだかオマケのようにも思えるが、若いオス犬が女性の匂いを横に感じながらエロエロ映画を見ていたのだ、風景に集中しろという方が無理というものだろう。
しかしながら思考の大半をエロエロ映画に奪われながらも、わずかに機能していた私の脳は美しい海と白い家並みを憶えていたようだ。その記憶の断片がいつしか私にとってかけがえのない憧れへと変わっていったのだった。

なんというか・・・こうして思い起こしてみると、私の憧れの原点とは随分と恥ずかしいしろものだったのだな。スケベのオマケから生まれた十数年の憧れ、人に話すには少々つらいが、まあそんなやつが世の中に一人ぐらいいてもいいだろうさ。

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[ はるかなるスーチーの国へ ]

「近いうちにミャンマーへ転勤になりそうなんです。」

彼のその言葉にそこに居合わせた皆が驚いた。
彼とは乗馬会で知りあい、付き合いも1年以上になる。25歳の独身で中国のシンセン市郊外に住んでいた。もちろん日本人だ。

以前から彼の勤める会社がミャンマーに工場を建てているという話を聞いてはいたが、彼自身が赴任することになろうとは思わなかった。それにしても赴任先がミャンマーとは・・・これはつらそうだ。

タイとかベトナムあたりならなんとなく想像できる。だがミャンマーと聞いて思い浮かぶことってなんだろう?ミャンマー、ミャンマー、ミャンマー・・・。う〜ん、スーチー女史とか軍事政権ぐらいしか思いつかん。あとはケシの花栽培とか。そんな想像もつかないような国に赴任するのはかなりつらいと思うぞ。ミャンマーだけじゃない、おそらくラオスとかバングラデシュってのもかなり厳しいものがあるだろうな。

  「むこうに行ったらペットを飼おうと思います。」

それはいい考えだ。わけのわからん土地で一人でイジイジするより、ペットを連れてイジイジする方がなんぼかましであろう。真夜中にペットとお話する若い男、なんとなくあぶない気もするのだが。
そんな沈みがちな彼を励まそうと、私も景気づけに一つ提案してみた。

  「ペットならベンガル虎とかインド象あたりがいいと思うぞ」

なんとなくミャンマーならジャングルあたりにいそうではないか。だが彼はこの案がどうも気に入らなかったらしい。いまいち気のなさそうな声で、

  「猫でいいです。それに今も猫を飼ってますし。」

ほぉ、それは初耳だ。聞けば今飼っている猫は連れていけないので、知り合いにあげるのだそうだ。

  「で、今飼ってるのってどんなの?」

  「アメリカンショートヘア。」

  「それ、絶対ニセモンやで!」

横から思いっきりチャチャを入れるおねえさんがいたりする。まあ確かに中国でアメショーというのもかなり怪しい。しかも1,000元で売っていたのを200元まで値切って買ったのだそうだ。ほんとにニセモノかもしれんな。洗うと縞模様が消えたりして。

そんなとりとめのない話を1時間ぐらいしただろうか。それが彼と会った最後だった。(べつに彼が死んだというわけではないぞ)

その後彼はいつのまにかミャンマーに赴任していた。どうせヒマなんだからメールの一つもくれりゃいいのに。まったくどうしているものやら。
それよりミャンマーにプロバイダーなんてあるのかね?軍事政権下で情報公開の象徴みたいなインターネットができるとはちょっと考えにくいのだがな。それでもいつかメールのやり取りができるようになったら、ぜひともその暮らしぶりを聞かせてもらいたいものだ。

いつかまた会うその日まで、はるかなるスーチーの国にて壮健なれ。

 

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