このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

エピソード・無錫編

 

紫煙とざわめきの中で 〜前編〜
紫煙とざわめきの中で 〜中編〜
紫煙とざわめきの中で 〜後編〜
驚異の健康診断  (NEW!!)

 

[ 紫煙とざわめきの中で 〜前編〜 ]

中国・無錫市へと来て1ヶ月。
その日私は健康診断を受けるため政府機関の診療所へと向かった。日本ではあまり知られていないようだが、中国で長期のビザを申請するにはまずこれをパスしなければならない。特に私のような場合健康診断を受けなければここで働くことを許可されないのである。(働きたくもないのだが・・・)
検査内容は内科検診・レントゲン・心電図その他諸々。日本でもよくあるものだが、その中で最も重視され、かつ本人にとっても命の問題となるのが血液検査、すなわちHIV検査なのである。

中国も御多分に漏れずHIVが広がりつつある国である。なんせ世界人口の1/5を擁する国だけに、ひとたび蔓延すれば手のつけようがない。それ故中国政府はこの病気が入り込むことを極度に恐れる。実際HIVに関する認識が低い、というか知識がないというのが現状なのである。そういうわけで長期滞在申請者はまずこの検査を受け、HIV感染者でないことを証明しなければならない。そして万一感染者であった場合、理由の如何に関わらず強制退去させられるのである。

ここでお断りさせて頂くが、私はHIV感染者を差別する者ではない。むしろ擁護する政策をこそ望んでいる。私は以前、そう日本で初のエイズ死者が出た1年後にその死者の出た神戸で輸血を必要とする手術を受けていた。当時まだ輸血血液内のウィルスがそれほど取りざたされていなかった頃だけに、私も感染する危険性はおおいにあったのだ。それだけに輸血や血液製剤で感染させられた人達にはいたく同情しているのである。

前置きが長くなってしまった。本題に戻ろう。
中国語を全く話せない私は現地スタッフの女性に付き添ってもらい健康診断に向かった。私はてっきり病院へ行くのだと思っていたのだがそうではなく、何の関係があるのか輸出入局の付属機関のようだった。それでも立派な政府機関、へたな町医者のレベルなどではあるまい。
と思いきや、これが町医者とたいして変わらぬレベルだったりするのである。

さて、受け付けに行ってみると健康診断は2階なので上へ行ってくれとのこと。それに従い手近にある階段を上がって2階に着いた瞬間、私はここに来たことを少なからず後悔した。

   ” こ、これは・・・、タバコの煙・・・? ”

そうなのだ、2階に充満しているのはまごうことなきタバコの煙。そして小さな診察室には7〜8人の男がガヤガヤとうろつき、そこでタバコを吸っている人が何人もいるのである。清潔と静寂であるべき診察室が、よりにもよってタバコの煙と人々のざわめきで満たされているのだ。

なんという有様か。こんな所で血液検査など受けて大丈夫なのか?いつぞやあったロシアの注射針感染事件ではないが、逆に感染させられたりするのではないだろうな。検査を受けて病気になって帰ってくるのでは笑い話にもならんぞ。

大きな不安を抱えながら私と同僚は紫煙とざわめきの中、人々をかき分け医師のもとへと向かったのである。

〜続く〜

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[ 紫煙とざわめきの中で 〜中編〜 ]

医師のいる診察室に入ると私達の前に数人の男が立ちはだかった。というか、たんにウロウロしているのである。部屋の広さは日本で言えば6畳といったところか。そこに机が二つ、心電図を取るための簡易ベッドが一つ、医師が一人に看護婦が一人、そして7〜8人の男達。

   ” こいつらここで一体何やってんだ!?”

とにかく狭い部屋に大勢が用もないのにウロウロしているのである。しかも数人は平気でタバコまで吸っている。もちろん幾人かは診断に来ているのだが、残りは明らかにヤジ馬なのだ。おそらく付き添いなのだろうが、それならそれでおとなしく待合室で待っててほしいものだ。こらっ、タバコを吸うんじゃない!

何が驚かされるって、医師も看護婦もタバコを注意しないのである。おまけに部屋から出ていかそうともしない。こんなことでまともな検査ができるのか?もとより期待してはいなかったが、まさかこれほどの体たらくとは思わなかった。

入り口でしばらく待たされた後ようやく私の診察が始まった。まわりには相変わらずヤジ馬達がうごめいている。最初は心電図。機械自体は日本の30年前ぐらいのシロモノであろうか、小さな機械で多少の不安もあったがデータだけはきちんと取れるようだった。
次は身長・体重・眼の検査、そして血圧。ここまではまあいい。次がちょっと驚きなのである。医師が私の胸に聴診器を当てて検診を始めたのだが、これが驚いたことに服の上からなのだ。以前にもこんなふうに服の上から検診する医者はいたが、そこはそれなりに静かな診察室だった。だがここは違う。開いた窓の外ではガンガンと工事をやっていて私達の会話さえ途絶えがちなほどだ。おまけにそばではヤジ馬達のざわめきでやかましいことこの上ない。こんな環境で心音を聞けるとは、この人は医者の神様か?まさかたんなるフリではあるまいな。
どうもこの医者は怪しい。これほどの環境で小さな音を本当に聞き取れるのかどうか一度試してみたいものだ。

一通りの内科検診が終わり医師がカルテを書き始めた。だがそれさえもプライバシーは保たれない。私が外国人だったこともあり、ヤジ馬達は私のカルテを覗き込んでいつしか討論まで始めている。

   ”覗くんじゃないってば・・・。”

そんな彼らに私はうんざりしていた。そしてカルテが終わるのを見計らい、早々に部屋を出て次の検査へと向かったのである。

〜続く〜

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[ 紫煙とざわめきの中で〜後編〜 ]

診察は進み次はいよいよ血液検査。これまでの状況からしてろくなことにならんのではなかろうか。私は極めて不安だった。

検査の部屋に入ると意外にもそこには看護婦しかいなかった。さすがに血液検査の重要性だけは認識しているらしい。ヤジ馬達が入ってきて万一にも検体や注射器にいたずらでもしたらたいへんなことになる。

用意されている注射器は10ccのよく見かける使い捨てのポリ製だった。一見新品のようにも見える。が、注意深く見るいとまを与えず看護婦は採血に取り掛かるのである。すぐそばには採血を終えたとおぼしき注射器がアルコールらしい液体に漬けられている。まさか洗って再使用などということは・・・ない・・・と思いたい。

私の不安をよそに看護婦はブッスリと私の腕に針を突き刺した。私は覚悟を決めた。これが元で死ぬようなことになったら、とりあえずあの怪しい医者を恨んでやる!

そして採血は終わり看護婦が血止めに綿棒を渡してくれた。薬局で売っているあの綿棒だ。

   ” なぜに綿棒なのだ?”

普通は綿やガーゼを押し当て、テープを張ったりするものだが・・・、まあいい。
私は腕に綿棒を押し当てながら部屋を出て次のレントゲン室へと向かった。ここはわりとましだった。やはり放射線の怖さはわかっているようで、設備はそれなりに充実している。
ここでレントゲンを取り検査は全て終わった。結果は翌日に出るそうだ。血液検査の結果がそんなに早く出るものなのかと不思議に思ったのだが、考えてもしょうがないのでとりあえず待つことにした。

翌日の昼前、付き添いに行ってもらった同僚の女性が検査結果を持って帰ってきた。そして開口一番、

   「あなたはエイズにかかっています。」

私は固まった。それはまさに彫像のようであったろう。そして永遠とも思える一瞬の後、

   「うそです。」

おいっ・・・!!
お嬢さん、かわいい顔してタチの悪い冗談を言うんじゃない。一瞬頭が別の宇宙に飛んでしまったぞ。

はたで見ていた同僚達は私の狼狽ぶりを見て楽しそうだった。そりゃ普通エイズだよと言われて動じないヤツなどなかなかおるまい。その後彼女はさらさらとどこかへと消えてしまい、どういう顔をしていいやらわからず立ち尽くす私だけが取り残されていた。

そして検査結果の一覧に並ぶ 「異常なし」 の文字に深く安堵するのであった。

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[ 驚異の健康診断 ]

前回の健康診断からはや10ヶ月、またまた健康診断の季節が巡ってきた。前回の煙けぶる診療所のこともありあまり乗り気ではなかったのだが、同僚達がどうしても行けというので仕方なく行くことにした。

今回の病院は前回の診療所とは違うものの、見た目はやはり似たようなものだった。朝病院の入り口で待ち合わせし、男女あわせ総勢10名で受け付けへ。例によってお約束の薄暗い古びた建物、いやな予感がする。

最初は問診だった。私はどんなことを聞かれるのだろうかとドキドキしていた。ところがその医者は何も聞かないのである。えっ・・・???
なんとその医者、何も聞かずに用紙に適当に書き込んでいるではないか。その用紙をよく見てみると肝炎有無だの手術経験有無だのと重要なことがいくつも書いてある。そこに軒並み「無し」と書き込んでいるのである。

  ”うむむむ。いいのか、そんなので?”

診断を受けた全員がこの有様であった。さすが中国というべきか。

さてその後採血・レントゲン・肝炎の予防接種などを無難にこなし最後の検査となった。同僚の女性が言うに

   「最後はうんこの検査です。」

その女性は30代前半なのだが、女性が男性に言うには抵抗のある言葉のような気がした。まぁそんなことはいい。それよりどうやって検便すりゃいいんだろう?今は出そうな気がしないのだが。
検便といえば小さい頃マッチ箱みたいな小さな箱に入れて学校に持っていったことがあったなぁ・・・、と思い出にひたっているひまもなく同僚達が隣の部屋に入れと言うのである。だがその部屋はトイレではなく、部屋の扉には大便検査室と大きく書かれていた。中に入ってみるとやはりトイレらしい設備は何もない。

私は朝のいやな予感が現実のものになると直感していた。
部屋の中に入ったのは私を含めて男性4人、中には男の医者が一人だけいた。そしてその医者が同僚達になにやら説明すると同僚の一人がつらそうにズボンを脱ぎ始めるのである。おいおい。
そして医者が取りい出したるは一本のガラス棒。事ここに至ってついに私は理解した。医者は尻むき出しのまま中腰で立っている同僚の背後にまわり込み、おもむろにそのガラス棒を肛門へとブスッ!

   や・・・、やっぱり。

ベッドの上でこんな検査をするのは聞いたことがあるが、中腰で立ったまま後ろからブッスリさされる検便など初めて見たぞ。恥ずかしがりやの女性では失神してしまいそうな展開だった。同僚達の顔つきを見ると一様に困惑の表情を見せている。どうやら彼らも初めての経験らしい。いやぁ世の中にはかわった検査があるものだ、などと思っているうちに私の順番になった。仕方ない。私もズボンと下着をおろして尻を出し、後ろからブス!。ガラス棒の先が丸まっているのがせめてもの救いであった。

検査が終わり私たち男性陣と医者が部屋を出ると、かわりに女医に連れられた女性陣が部屋に入っていった。みんなあの検査を受けるんだなぁと思うと彼女たちの後姿が妙にいとおしく感じられた。

それにしてもこの検査、中国らしいといえば中国らしいが、あまりといえばあまりである。簡便とはいえよくもこれほどかっこ悪い検査を思いつくものだ。文化の違いに触れると人生が豊かになるというが、できれば生涯触れたくない異文化であった。

 

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