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漫歩通信
第1号 1997年10月1日発行

和歌山漫歩
JR和歌山駅と南海和歌山市駅の間に紀和駅がある。開業は明治31年5月と和歌山市内で最初に開業した駅である。
かつては、市の代表駅「和歌山」を名乗っていたが、阪和線と紀勢線の接続駅であった東和歌山駅を「和歌山」駅に改称するさい、「紀和」と改称された。昭和43年2月のことだ(「東和歌山」から「和歌山」の改称はひと月遅れて同年3月に実施された)。

現在の紀和駅舎は国鉄時代から残る建物財産票によると大正9年に建てられたことになっている。壁面などに手を加えられたせいか、それほどの古びはみえない。昭和60年に無人駅化され、大正時代に設けられた跨線橋も撤去され、ひっそりしている。かつて市の代表駅「和歌山」を名乗っていたなごりは見いだせなかった。

 紀和駅から南西方向に伸びる駅前通りを進む。8年前(89 年)にも歩いた通りなのだが、そのとき見かけた煉瓦造りの工場のような建物はなくなり、広い駐車場になっていた。煉瓦塀がかすかにその痕跡を伝える。

北大通りを渡って、大新通りを南下。鈴丸丁交差点を過ぎて少し行くとブラクリ丁方面に通じるアーケード街があってそちに進む。新通7丁目に和歌山銀行新通り支店が残っていた。大正時代の煉瓦造りの銀行建築。
 あたりは飲み 屋などが並ぶ繁華街。一階にパチンコ店がある帝国会館は帝国座が建て替わったものだろう。ブラクリ丁は和歌山の繁華街で大丸やら地元資本の百貨店やららいろいろ並んでいる。本町にある和歌山信用金庫は建て替わっていた。

本町通りを南に向かうと京橋がある。東京でいえば日本橋にあたる、和歌山の道路元票がある橋だ。昭和5年製のコンクリート橋の両側に公園ふうに歩道を広げ、屋外アートやらどういうわけか駕篭があったりして、本体の橋はよくわからない。

さらに南へ行くと三和銀行和歌山支店がある。大正5年辰野片岡設計事務所設計の旧第四十三銀行本店の建物は建て替わっていた。

いったん南海和歌山市駅に向かい、紀の川倉庫の煉瓦建造 物を見る。市駅から難波方向へ500mほど線路沿いに行ったところで、南海の電車からでも見える。これは明治時代に建てられた和歌山紡績紀ノ川工場だった建物だ。

次に市駅から南西へ少し行ったところにある市民会館・市立図書館・博物館に行 ってみる。和歌山港湾倉庫(元和歌山紡績伝法橋工場)があった場所だが、その痕跡は全く残ってない。

さらに下って小野町に行くと西本建設の本社ビルがある。昭和初期に建てられた立派な装飾をもつ三階建てのビルだ。

 さらに下って 、県庁に立ち寄る。昭和13年に建てられた明るい建物だ。

そして、県庁近くの滋野医院を見る。古びたビルの非常階 段に昇ると、医院だけでなく塀でわからなかった住宅部分も戦前の建物のように見える。

国道42号線を渡ると暴れん坊将軍の騎馬像がある。そこから坂をすこし上がったところにかつては和歌山大学の教育学部(旧和歌山師範学校)があった。付属の小中学校が残っているものの、大学は市内北部に移転してしる。明治時代に作られた煉瓦造りの門だけが残され、付属の校門として使用されている。

その跡地に県近代美術館、県博物館が建てられたわけだ。校内には「和歌山教育発祥の地」の石碑がある。

 国道筋を1㎞ ほど南に下り、西側に入った今福に郭邸が残っていた。家が建て込んだところにひっそりと明治7年頃に建てられたというコロニアル風の洋館である。

さらに南へ下って西高松。かつて和歌山大学経済学部のあったあたり。旧制和歌山高等商業学校だが、教育学部同様移転してしまい、そのあとには県図書館、サンピア和歌山という施設ができている。近くには外人教師住宅が何棟かあったらしい。更地になっているのがその跡のようだった。

(取材 97.9.6.)


大阪新規開業2路線をゆく
[長堀 鶴見緑地線]大阪鶴見緑地で開かれた花博の足として90年3月京橋−鶴見緑地間5.2㎞を開業した鶴見緑地線も96年12月に京橋から心斎橋へ伸び、今回さらに、大正−心斎橋間2.8㎞と鶴見緑地−門真南間1.3㎞は昨8月29日に開業した。

西端の大正駅はJR大阪環状線大正駅の地下にある。大正駅は今年(97年)オープンした大阪ドーム最寄り駅で大正駅方面から大阪ドームに向かう人が絶えない。

大正駅から門真南に向かって初乗り。地下鉄だから面白みはないが、新規開業線区の真新しさはいいものだ。次が大阪ドーム前千代崎駅で大阪ドームに一番近い。西長堀で千日前線に連絡。長堀通りとなにわ筋の交差点に西大橋があり、次が心斎橋。四ツ橋線の四ツ橋駅とも連絡している。

心斎橋から鶴見緑地まではすでに開業していた部分。鶴見緑地からひと駅で終点門真南駅に到着。地下から地上にでると「なみはやドーム」のそばだ。大正から乗り通して約30分、駅前には市バスと京阪バス、近鉄バスのバス停がある。市バスは従来の茨田大宮行が門真南駅前に立ち寄るようになったようだ。ちょうど門真市駅前行の京阪バスがあったのでそのまま門真市に向かう。

[大阪高速鉄道]門真南駅前から北へ、運転免許試験場のそばを経て20分で門真市駅前に到着。大阪モノレールが南茨木から門真まで7.9㎞延長されたのは先週8月22日のこと。

門真市−大阪空港間21.2㎞で、東京モノレー ルを抜いて国内では一番路線が長いモノレールとなった。路線は近畿自動車道に沿っている。高架で、自動車道のように防音壁がないのでたいへん見晴らしがよい。門真市は京阪電車と接続。次の大日では大阪市営地下鉄と接続。

淀川を渡ると南摂津、新幹線車両基地のそばを通って摂津。摂津市役所が近い。沢良宜を経て阪急と接続する南茨木。門真市から所要13分。沢良宜、摂津付近の人はいののでバスの便しかなかったのだから便利になっただろうが、淀川を越える人は多いのだろうか。

大阪を中心に伸びる鉄道各線を結ぶという点で貴重な路線なのだが、いままで川で分断されてきたところだけに今後の人の動向が気になるところだ。(取材 97.8.30)




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