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'99/3・4月の雑記帳
きのつくままに、指のおもむくままに、頭は空っぽ

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4月30日(金)
 4月も今日で終わりである。既に連休を楽しまれている方々も大勢いらっしゃるらしい。否休まされている方々も大勢いるだろう。かくなる私は休まされる方ではなく、明日も出勤する。
4月29日(木)
 世間は大型連休の始まりだ、とばかりになんとも羨ましい限りである。かくなる私の仕事は中型連休に甘んじる。一日の土曜日もしっかり仕事、ついでに八日の土曜日もまたまた仕事。仕事があるのが良いのやら悪いのやら、まあ良く判らんわ。
 仕事、仕事、楽しいな。(支離滅裂)
 先日の続きであるOfice97のメンテナンスを続ける。少々荒っぽいワザを使ったが何とか収まった。ユーザー名がちゃんと出る、気持ちが良いものだ。やっぱり正式ユーザーで堂々と使用するのは落ち着く。(実は息子の名前なのだが、だって彼はアカデミックパックを購入する資格を持っている)
 午後からは富山福岡町家族旅行村へ足を進める。さすがに連休の入り口の好天、あたりはファミリーでいっぱい、約1.5時間の所業なり、そのまま家路につき、今日の予定は終了。
 いや、21:00からは「スタートレックネクストジェネレーション」の時間、子供達には早々に寝てもらい、見なくてはならない。23:00からの「Cihps」も最近見出したら見たい番組になった、24:00まで起きていられるか、今朝は早かったから絶対途中で寝てしまいそう。そして明朝は3;00頃に目覚めるのに。
4月27日(火)
 「アースが生んだ、正義のマグマ・・・」ちょっと違ったかな。今それを見ているのです。いや正確には聞きながらキーボードに向っている。子供の頃、こんなちゃっちい物を見ていたのだなあ、とつくづく思う。しかも今見ると「カラー」である。昔はカラー放送には「この番組はカラー放送でお送りしています」とか「カラー放送」とかいうテロップが出ていた。カラー放送なのになぜうちのはカラーで映らないのか、不思議でならなかった。「ジェット気流だ新兵器、SOS,SOS,カシーン、カシーン、カシーン」子供の頃の夢は続く。
4月26日(月)
 「雨の日と月曜日は」といった洒落た歌があったが、今日の始まりは雨降りの月曜日であった。まるっきり元気が湧かない今日この頃、なんとか惰性で出社、ところがどっこい仕事の山。益々萎縮するのか、あるいは考え込んでしまうのか、どっちもどっち。どうにかなった。今週は木曜日に祝日があるが、土曜日が出勤日である。何とも気持ちが晴れない。そんな荷物を肩に職場の一日は過ぎていった。
4月25日(日)
 昨日はわが愛機に半日べったりだった。年式が年式である、ちょっと大きなソフトを出し入れするとすぐにヘソを曲げてしまうのである。お陰で雑記帳はしばらくお休み状態、アップデートもままならない。やっぱり我が愛機にWin2000はムリだなあ。
 ことの始めはOutlook97がアクセス不能に陥った事から始まった。引金は我が古典的名機カシオペアA−51V(CE1.0)の接続をシリアルケーブルから赤外線接続へと変更を企て、ドライバをいくつか変更した事が思い当たる。結局Outlook97は諦め、98へとアップする破目に、何故って、いやただ新しいもの好きだから、カネも無いのに。ついでにOffice97も入れ替え。
 Outlook98、使ってみるとなかなか便利、Expressよりはちょっと操作性が落ちるが、ユーザーリソースもあまり食わないし、どっちみちOfice2000への展開も絶望的だから、当分メールソフトとして使ってみたい。せっかくニュース、メールをOutlook expressに統合したばかりなのに、なにせIE5との併用は非常にキツイほどのリソースの食らい方、最近物覚えが悪くなってスケジューラのご厄介になっている。PDAを持ち歩き、重宝している。
 しかし今度Outlook98とHPCエクスプローラー間でメールの転送が不可能に、(ce2.0にしか対応してないみたい)でもしばらくはこのまま使用するつもりである。パームがもっと進化して価格が下がったら導入したいから。
4月22日(木)
 今日は書類整理でほぼ一日を費やしてしまった。でもこれが大変なのですよ、情報を滞りなく伝える事も大切なのであります。けれどその分ほかの情報は停滞してしまった。
 木曜夜9時は「TNG」の時間です。週一度の楽しみ、今日も2時間バッチリ見てやるぞ。でも今まで何回見たやら。でも面白いものは面白い。好きなものは好きだ。それでいいんじゃないの。ストレス解消ですよ、ホント。
4月21日(水)
 今日はAMに業務が集中した、昨日休みをとったためその整理が重なったことと、新たな環境を設定する業務が急に入ってしまった。Notesのセットアップである。スケジュール管理としてはOEしか知らない私にとっては何がなんやら判らない点も多かったが、勉強になった。マジにホント。
4月18日(日)
 昨日、今日と市街部は「ごんごん祭り」で賑わっている。かくなる我が家でも子供達は露店の魅力にとりつけられていて、少しでも外のへ出たがっている。まあその方は午後からのサービスとして。久々に市外へ出かける事はない模様。天気の方も昨日の好天とまではいかないが、雨は落ちない位の曇天である。
4月15日(木)
 今日は正真正銘の木曜日、子供の習い事の御迎えをしなければならない。カミさんは入院中、正直言ってキツイ。仕事はそこそこ、クビになっても仕方がないか。明日は金曜日、何か良いことがありそうな。はたまた無いような。
4月14日(水)
 木曜日だと思っていたら、水曜日だった。ちょっと残念、ちょっと嬉しい、なぜかといえば締切りまじかの仕事を抱えているから。明日も邪魔が入らないよう祈って、いざ仕事場へ繰り出そう。ホントに自分の仕事をしている最中に、次々と全く違った分類の問い合わせが入ってくる。頭の切り替えがに鈍い私にとって、しんどいこと、しんどいこと。人目を忍んでどこか隠れて仕事に没頭したいものである。
4月12日(月)
 NH×−Webの速報性に舌を巻いた。
 4月11日の県議選の開票速報、地元のCATVをずっと見つづけていた。開票会場からの中継である。照度不足か、回線不良か良く判らないが、画質はいまいち。けれども速報性と手軽さではピカイチであったと思う。(受信契約者しか見れないのが少々残念)
 それにも増して驚いたのは、N○Kの開票速報Webであった。CATVが最新の情報を放映する、その時Webを開く、何とその時点でちゃんと数字が変わっているではないか、一体どのような手段でもってあの数字をホストへ送っているのか、興味津々、本来の選挙はそっちのけ、最新の携帯端末によるものか、どなたかタネ明かしを御願いしたい。掲示と同時に一斉に公衆電話へめがけて走る。専用無線機で情報を送る新聞社や放送局。そんな姿は過去の歴史に刻み込まれようとしている。
4月11日(日)
 朝は曇りであったが次第に雲が切れ、好天となった。「こんなことなら、今日花見に行けばよかった。」と言ってみたって仕方が無い。今日は地域活動で廃品回収がある。テレホが終わった頃に支度開始、8:30からお昼まで、段ボール、古新聞、古雑誌、瓶、などを拾い集めてはトラックへ載せる。しかし不況のせいで換金率は低いですね、10数人が3時間かかって換金額は一万数千円。ボランティアでなければ成立しませんよ。「あいりん地区」の悲哀が解りますよ、ホントに。
 午後からはお決まりのコース、スーパー、銭湯、帰宅。これが一番。
4月10日(土)
 いやいや長い間怠けていました。「筆を折る」元気もありませんし、書く元気が少しずつ出てきて、本日は一寸洒落て「桜の花見」に出かけた。場所は兼六園、「おいおい元気が無くなったなんて、嘘っぱちもいいところ」と思っている方々、まあいいじゃあありませんか。
 庭園の魅力を感じた。今までこんなことはなかったのだけれど、早い話歳をとったということでしょうか。十年ぶり位の兼六の花見でしたが、桜の花、人の鼻、よりも庭の雰囲気に新たな魅力を感じて帰った。(人々のや選挙カーの喧騒がかなり邪魔といえば邪魔でしたけれど)
 キッズサービスの一環として、AL×○ザ金沢店へ一寸寄り道、いやいや人工基盤の大きい所は違いますねえ、客層も、店の造りも全然違う。クルマの動きも慌しい、昨日一睡もしていなかったけれど、眠気などは吹っ飛んだ。
4月7日(水)
 久しぶりに書けた。物事の始まりは火曜の晩から始まった。この日私の「かあちゃん」が入院した、一寸した事であるが向こう3週間くらいは、入院するとの事。これが第1段階、病院から帰り色々と年老いた私の母とで子供の世話をし、寝床へ送りこんだまでは順調。
 そこからが第2段階、日頃思っていたMs‐OfiiceのSR‐2へのパッチを当てる事を思いつき、作業をやり始めたのが間違いであった。作業自体は単にプログラムを走らせるだけなのだが、年月を経て複雑になっている私のマシンでは異常が発生した。一見何事もなかったように見えた。「やれやれ早く寝なければ、明日に支障があるぞ」と思いつつ、ネットにつないだ。最初のページはスムーズに出る。「ニュースをチェックして寝ようや」と次のブックマークへ、ここで「異変」が起きた。ページが表示されないのだ。「回線のビジだろう」と思い、リロード、出た、よしよし。次、「エ、またでない」リロード、今度は全く出ない、ブックマークから別のページを見る。出ない、リロード、ここでなんと先に指定したページが出た。いやーな予感が感じられた。
 どうしたものか、最近入れたIE5のせいか、さっき行ったパッチのせいか、とりあえずIEを入れ替えて見る事にする。作業終了、トライ、ぱっと見た目では正常、なんだこれが原因だったのか、次、次、ここで「エエ、またか」、またまたいやーな予感。
 こりゃブラウザ−のせいじゃないな、とりあえずウインドクター、ディスクドクター、と続き、異常を発見すべく無い頭とどんどん減ってゆく睡眠時間を気にしながら、焦りまくり目は冴えてきた。午前零時が近い。今日はここまでにしておこう。と就寝した。
 次の日の朝「こりゃなんだ」頭が痛い、フラフラしてトイレにゆくにも壁にぶつかりながら行く様。昨晩興奮しすぎて3度位の部屋に1時間以上も居た事を思い出した。「やられた」第1声。ここでちょっとお休み。書く元気が無くなってしまった。
4月4日(日)
 春休み最後の日曜日、キッズサービスの一環として県都のファミリーパークへ、いっぱい歩いてきた。そこそこ支出もあった。今年の春休みは三週連続近距離のサービスで締めくくり。
4月2日(金)
 どうも我が家の耐久消費財が立て続けに寿命を迎えているみたいだ。先日のクルマに続いて、今度は冷蔵庫と洗濯機、国内超一流メーカーの製品だけにサービスの対応もまずまず、見積をして修理の決定を下すか下さないかで、出張料を返済するという。でも困ったことだ、消費縮小のご時世、我が家はどれだけ消費拡大をしてきたことやら。
4月1日(木)
 やっぱり悪魔の手は伸びていた、年度末、決算月前月につきモノの仕事が待ち構えていた。締めきりは来週の月曜日、悠々5日間もあるよ。会社ってやつはこれを当たり前に打ち出して来る。「やる気」が猛然と湧いてくる「モーレツ社員」なんぞもうこの世に居ないのに。明日もエクセルの虜になること間違い無し。
 これは4月馬鹿じゃないよ、ホントの話
 我が地方にも桜の開花宣言がなされました。明日の金曜日は「お花見」で、といった方々も大勢いらっしゃると思います。私はデスクトップの「花見」で拘束監禁状態です。
 話はガラっと変わりますが、今スーパーチャンネルでTNGをやっている。いやいやこの番組好きなんだなあ、11時までみるぞ。(もう何回同じ物をみたやら)

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3月31日(水)
 月末処理に翻弄された。明日は月初処理が待っている。「まあ、なんとかなるさ」。そう思うより仕方がない、3月も終わり。明日は4月馬鹿ですよ、皆さん、WEB上で冗談を言ったら、大変でしょうね。
 ああそうそう、今日は早めの退社ができた。時間はゆっくりと過ぎていて、「ほっと」した感じです。
3月29日(月)
 「魔の月曜日」無事に過ごした。いやー「寒かったあ」18度と七度の間を行ったり来たり、よく体が持ったものだ。いつもなら風邪でフーフーいっているところ。今年は徹底的に厚着を決め込んでいる。さあさあ「悪魔の月末」が近づいている。持ちこたえられるか、どうか。
3月28日(日)
 今日もキッズデー、お昼前に出発行く先は県都富山市(先週も行ったが)、「犬と猫の・・」に、駐車場へ入るのに20分、駐車場から会場へは500メートルほど歩いて10分、会場内でふれあいコーナーの待ち時間が1時間、ペットの居ない我が家には珍しいこと他ならない様子で、他の事は忘れて2時間くらい過ごした。
 昼からは雪模様という予報だったが、あいにくの小雨模様、雪よりたちが悪い。再び500メートル歩いてクルマの中へ。それから先般オープンしたての大型トイショップへ向かう。富山店が出来る事は一昨年頃から知ってはいたが、お隣の松任店と比較するとかなり小ぶりな造り、不景気風が吹いているからか、あるいは需要に合わせたのか、まあ後者のほうであろうが、ショッピングならぬウオッチングでひとときを過ごす。廉価な玩具で「だまかして」一路帰途につく。
 途中私のエネルギー源であるアルコールを仕入れ、無事帰宅。晩酌、夕食の後近くの銭湯へ行って、本日の仕事は終わり。
 明日はいつもの如く「地獄が始まる」
3月27日(土)
 今日はお昼頃から忙しくなった。家人の送迎、キッズのお相手で某スーパーへ、土曜のスーパーは大概空いていて歩きやすいし忙しなくない。わたしはこの雰囲気が好きである。
3月26日(金)
 今週は金曜日が早く来た。(月曜が休日で水曜が通院休暇あたりまえか)今日は仕事もそこそこ(いつもかな)に帰宅、子供達の運転手を務める。帰宅途中で地場では有名なラーメンチェーンへ、そして銭湯、帰って一休み。そしたらテレホタイム。どうやら明日明後日も天気はよろしくないよう。またまたNTTの売上向上に貢献しようか。
3月25日(木)
 スーパーチャンネルで待望の「TNG」が始まった。再々再々再々放送、もう何度やったのか判らないけれど、またまたまたまた見てしまう。第1シーズンの始まりである。木曜九時の楽しみが増えた。
3月24日(水)
 朝から昭和29年に自衛隊が発足して以来初の「海上警備行動」の話題で騒々しい、日本海側での海上防衛能力はどの程度のものであろうか。日本海側に住む者としては、少し気になるところである。
 さて今日は月に一度の通院日である。T市内の大病院へ行く、当然仕事は休む。(これが一番の休養なのかもしれない)連休直後の混雑を避けて、敢えて1日ずらした感じであるが、少しは空いている模様。午後からはしばらく「まどろんで」過ごした。日頃の睡眠不足を少しは充填した感じ。
3月22日(月・振替休日)
 「やった」遂にOE5が動いた。21日から22日にかけて、最後の処置とばかりに再々再々挑戦、今度は過去の不自然な点を振り返り、徹底的にマシンに時間の経過を分析した。IE5をインストールして再起動、ここが問題点であった。なんと7分間も停止状態が続くのである。私は当然フリーズしたものと思いこみ、解凍処理をしてきた、それが駄目だったのだ。ちなみに今回はジッとまつこと10分位動き出した。そのままOE5を起動やはりダメ、OEプログラムの入れ替え、やはりダメ。最後に思いきって不安定状態で作成されたレジストリを削除、起動、「やった、これを待っていたのだ」
 ひとつの問題が解決された。これで古豪Eudraには王座を下りてもらう事になった(でもこのソフトフィルター機能がメチャクチャ素晴らしいのだが)。NCも不必要なコンポーザーやネットキャスターなどが付いているNC4.5を削除、NNに縮小。これで落ち着いた。
 午後からは、富山市まで行って来た。なにせ雪が舞う寒い寒い春、早々に帰って来て、その後近所の会合へ、9時に帰って来て一寸アルコールを補給、毎週の決まり言葉「明日から地獄へ戻る」、今日はぐっすり眠れないのだ。
3月21日(日・春分の日)
 3連休真っ只中、気分は最小、昨日から今日にかけてIE5に没頭していた。テレホタイムでの必死のダウンロードを果たし、先ずはノートへインストール。ここでトラブル発生、IE5は正常に作動したが、OE5が動かない。不明なエラーを少ない知識、少ない脳細胞を振り絞り、考える。なぜ、なぜ、なぜ、ディレクトリを作成して、初回のエラーは出なくなった。しめしめユーザー設定が出来た、「やった」もう少し、ここでまた難題直面、瞬く間に4時間5時間が過ぎてしまう。全く仕事もここまで没頭して出来れば今ごろかなり高給取りであったろうに、何故か仕事にはこの「集中力」が湧かない、困ったものだ。
 結局、ノートへのOE5のインストールは諦め、OE4にダウンさせニュースリーダーのみに使用、メールは古豪Eudraに任せることにした。IE5の公開と同時に、HP検証用のNCをNNに縮小、すぐにご機嫌斜めになる(処理が異常に遅くなる、Windowsを再起動すると元に戻る)Eudraを止めて、全てをMS製に切り替えてやろうとしていた計算はもろに崩れ、IE5,OE4,Eudra,の三本立てになってしまった。基本設計の古さは私の愛機をOE5対応にしてくれなかったのです。残念。
 なお、余談でありますが、デスクトップ機にDLしたIE5、すこぶる快調に作動中、もちろんOE5も全く問題ない。「まあこちらはHD容量が少ないからこれで良し」として、土日の1.5日は過ごした。
 PMよりいつものとおりお風呂屋へ、いつもの風呂は臨時休業、かつての常連の所は満員、しかたなく片道所要45分もかかる、第4スポット「宝湯」で決着した。
3月18日(木)
 レッツトライの「ヒストリーチャンネル」今週も見てしまった。今週のテーマは伊太利の「FIAT」今までの認識を改めさせてくれる番組であった。先週も同じ事を書いていたかな。
 愛車が変わった、153,000キロを走り抜いた我が愛車「マツダボンゴワゴン」と本日別れた、記念すべき日である、彼は私の酷使(体重)に良く耐えてくれた。私の家族にひとときの慶びを味あわせてくれた。「ありがとう」と心から言いたい。(オーバー)排気タービンのオイル漏れとマフラーの穴あき、ショックの抜けがなければ、もう一回車検をとって、20万キロまでのりたかったのだが。
 代わりに興し入れしたのは、49,900キロを走った「日本フォードのスペクトロン」、ナンバーは富山500○の○×−○×(ホントに覚えてない)異端車興味の人はここで答えが「ピーン」と来るのではないかな、そうです、旧車と現車はエムブレムの違いだけで、中身は全く同じなのであります。何台も乗りかえをしてきましたが、今回のようなケースは初めて、なんだか新鮮味が無いが結局「財布」との相談になった結果。
 引き取りに行った帰り、早速の乗車、何の変化も感じない、(マニュアルからATになったこと、ショックが抜けていない、など10万キロの差は大いに感じられたが)不思議な体験でありました。これであと5、6年乗れればまあいいんじゃないかな。(実はまだカネの工面は出来てないのです。どうしよう)
3月17日(水)
 1日殆どThinkpadの前に座ったきり、まとめた資料はA4サイズ2枚、提出と同じに上司とのベクトルの差を指摘された。
 同時平行でロータスノーツの講習会の講師、なんと殆ど使ってない私が説明するのだから、受けた人は御気の毒、全てOutlookに置き換えて翻訳、暗記、パワーポイントで、出鼻をくじき、なんとか乗りきった。「ああ疲れた」けれども、スッキリした、
 明日は午後から会議会議、スカット帰ろうぜ、定時には。
3月16日(火)
 春・とんでももない課題が与えられた、説明10秒、思考5時間、エクセルと格闘5時間、訂正2時間、再び訂正2時間、こんなコースが明日、待っている。しらばっくれて「やろう」とは気が焦るだけ、明日の朝は重いなあ。
3月14日(日)
 「春・春・春」まさに「春」本当に行楽日和である。いくらなんでも雪は降るまいと、Kカーのタイヤ交換をした。私が通常使う1ボックスの方はもう暫くそのまま、「何故かって」それは近々中に報告申し上げたい。(Kカーと1ボックス車の作業の苦楽は比較にならない、1ボックス車の場合はヒーヒー言いながら1時間、Kカーは黙々とやれば20分で済む)
 タイヤ交換後は、近くの公園へ行って来た。(遊スポットの島尾公園を参照)いや家族連れの多いこと多いこと、皆さん考えることは同じだね。
 毎週行く羽咋の銭湯に今日は行かない、何故って、まあ気になさんな(誰も気にしてない、あ、そ)ゆっくり、のんびりとした休日であった。明日からはまた地獄へ通う。
3月11日(木)
 ただ黙々とパソコン入力をやっていた。明日は待望の「金曜日」だぞ。何があっても聞き流せ。
3月10日(水)
 おお、やっと折り返し地点を通過したぞ、金曜日を目指してまっしぐら。
3月9日(火)
 魔の「月曜日のあとの火曜日」襲来、実は私の誕生日でありました。三十路よさようなら。
 只今「レッツトライ」の番組を見ている(前にもあったな、この書き出し)、今日のテーマは「ヘンリーフォード」裏と表の話を巧みに解説している。「常に夢を追いつづけた」いいですね、まあ商才も長けていたのでしょうね。
 話は転換(癲癇?)、私の愛車がとうとうダウン、入れ替えを考えていたが、中古車のそこそこの物件にありつけました。かくなる来週頃には、別のクルマに乗っていることでしょう。(偶然かな車体は日本フォード社製)
3月6日(土)
 昨日とはうって変わって曇り模様、お昼あたりから雨模様、二三日前の陽気はどこへ行ったのか、まさか雪が降ることもあるまい。でも今日現在での週間予報は火曜日が氷点下の最低気温、その後も寒い日が続くらしい。
 日曜午後は恒例コース風呂屋さん、本日はちょっと足を伸ばして隣町の「ユーフォリア千里浜」へ(
気軽にいけるお風呂屋さん も見てね)風が吹けば桶屋がもうかる、雨が降れば床屋と風呂屋がなどなど、相変わらずの混み入りよう、料金の高さは全く影響ないみたい(大人600円、小児300円、但し一日いても大丈夫)。
 入湯料といえばそのまた隣の羽咋郡志雄町新宮のお風呂「新宮温泉湯元」では、ななんと大人が300円で入れます。但し設備は察しの通り、ひなびた雰囲気は逆にリラックスさせてくれますが、都会育ちのお子様なぞは、夏場は「ギャ」ということになるかも。(温泉の効能はあります、源泉を飲むと胃腸の調子が大変良い、昔は通いました、小児の夏場のあせもなど、効果てきめんです)
3月6日(土)
 午前の部
 今日は休日である。やはり休みは二日がいい。天気も上々、午後からどこかへ出かけようか。
 午後の部
 結局無人精米所と、食品スーパーだけのお出かけでした。それから愛車のラジオの取り替え、装備品の整理、そうですいよいよ我が愛車も入れ替えの決定が下されたのであります。走行距離152,000キロ、もう少しで地球を4周するはずだったのだが、9年目を迎えて、もう一回車検をと思っていたらオイル漏れがひどくなった。マフラーも穴があいてきて、整備+車検=軽カー1台、の計算式が成立する事態に。やれやれ。
3月4日(木)
 只今「レッツトライ」の番組を見ている。丁度アドルフヒトラーが旧ドイツ帝国での大衆車をポルシェ博士に命じた所をやっている。ヒトラーとポルシェ博士とのやりとり、テスト走行の模様が「映像」で紹介されている。
 二十世紀初頭のドイツ帝国の歴史には、興味をそそられる。暗い面、明るい面、など。どちらかと言えば暗い面が強調されるが、真実は如何に。KDFの車種紹介など、まだまだ続くが、バックに流れるブラームスの曲がたまらない。
 今日は全く違った雰囲気で記述しました。しかし最近発売された「NEWビートル」はいいなあ。まだ数回しか見ていないが。
3月1日(月)
 暖かでした、今日の1日、明日はもっと暖かくなるそうな。仕事場は相変わらず混沌としている。理想を目指す上司(現実論を口上では否定している)、シラける方々、社会の一幕はあまりにも複雑怪奇、「どうなるのかな」。別の視点では、「だから人生は楽しい」と、「それが人間だ」と、納得できる面もあるし、否定したくもある。優柔不断な私であります。

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