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−2004.3.31廃止の猿投〜西中金間−
この日は午前中大雨。5500形レトロ塗色3重連で鳴海から豊川稲荷まで乗り、折り返し知立で下車しました。三河線に乗り換えです。ロングシート車を1本見送って、次が「西中金連絡 猿投」の標示板の刺さった7700形(でいいのかな)。ラッキーでした。翌年4月からは「西中金連絡」板も引退です。
この電車の終点猿投駅でレールバス、キハ30形に乗り換えです。ひょっとして、この車両に2年前、明智〜八百津間で乗っていたかも。
道中くねくねと回りながら、3つ目の駅西中金が終着です。来たのは2度目でしょうか。前回(四半世紀前か)はここから名鉄バスで足助まで行き、さらに東岡崎行バスに乗り換えています。でも、時期の記憶がおかしいか。その時も末端はレールバスだった記憶が…。他地方からと思われる同業者が下車して第一声「うわあ、空気が違うわ。」たしかに、猿投駅ホームと比べても、おいしくひんやりした空気でした。
ホーム先の行き止まりです。歩道の位置が意味深ですよね。足助への線路予定地が続いていたそうです。
西中金駅舎です。向こうにある(見えませんが)バス停からは地元自治体の代行バス(三菱ローザみたいなタイプ)が足助に向かって出て行きました。この後、猿投へ帰る便を見送って、手前の三河広瀬まで歩き、駅周辺を撮影してから、1時間後のレールバスで戻りました。
初代レールバスのキハ20形が猿投の留置線にいました。以前、吉良吉田でこのタイプのレールバスが碧南から来て、折り返しの便に乗ろうか迷ったものの、結局見送ったことがありました。今となっては間違った選択でした。せめて写真くらい撮っておけば(まだデジカメが普及する前だったかも)。
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