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東京都防災訓練を終わって
〜説得力を欠く訓練反対論〜

中島 健

1、はじめに
 9月3日、東京直下型地震を想定した東京都の総合防災訓練「ビックレスキュー東京2000」が3日実施され、陸海空自衛隊員約7000人を含む人員約2万5000人、航空機約120機、車両約1900両、艦艇約20隻が参加した。訓練海上となったのは銀座、晴海など都内10ヶ所で、過去最大規模の訓練であった。訓練は午前7時、二十三区内でマグニチュード7.2、震度6強の直下型地震が発生し、首相官邸も機能不全に陥ったと想定。森喜朗首相は防衛庁の中央指揮所で関係閣僚会議を開催し政府の緊急災害対策本部長に就任、都庁防災センターに位置した石原慎太郎知事とテレビ会議をした。石原都知事の災害救助要請を受けた陸上自衛隊は、「部隊集合訓練」として第1師団から約200人を地下鉄大江戸線を使って木場に派遣。銀座では、中央通りを封鎖してビルからの降下訓練や瓦礫の除去作業が行われ、87式偵察警戒車、96式装輪装甲車等が通りを行進した。一方、篠崎会場(江戸川区)では、施設科部隊が戦車橋の設置作業を行い、250メートルの江戸川を輸送トラック部隊が渡河。メインの晴海会場では、自衛隊の他、警察・消防・水道局・ガス会社・電力会社・ボランティアが連携して訓練を行った。この他、福岡・広島県警の広域緊急援助隊を搭乗させた航空自衛隊のC-130H輸送機5機が東京へ飛行。3機は羽田空港に着陸したという。

2、説得力を欠く訓練反対論
 今回の訓練を巡っては、石原都知事のいわゆる「三国人発言」を契機として、一部団体が「防災に名を借りた治安出動訓練だ」として抗議行動を行った。例えば、人材育成企業・香科舎代表の辛 淑玉氏は新宿で「多民族」を銘打った自主防災訓練を開催し、「彼(石原都知事)は外国人を犯罪者呼ばわりしながら一度も謝らない」等と発言。また、社会民主党代議士の保坂展人氏は、「三宅島で災害が起きているのに訓練をするのはおかしい。島民を守れ」と発言し、会場からも「防災の名を借りた治安出動はやめろ!」といった声が上がったという。
 無論、こうした反対論を批判するのは極めて容易なことである。例えば、「治安出動の訓練だ」という反対論があるが、自衛隊には法的に治安出動の可能性がある以上、それに備えて訓練を積むのが当然であり、それがダメなら、治安出動時の自衛官と同じく警察官職務執行法を根拠として警察活動を行っている一般の警察官は、何の訓練もできなくなる。「防災の名を借りた軍事演習だ」という批判もあったが、自衛隊は正に「災害派遣作戦」という「軍事作戦」を想定した演習を行っていたのであり、批判しているようで全然批判になっていない。第一、陸海空自衛隊は既に「防衛出動」の訓練を繰り返しているのであって、今更それより「平和」な「治安出動訓練」を批判しても何をか言わんやである。また、辛氏の発言も、事実関係を歪曲したものであり(石原都知事は「不法入国した外国人」を「犯罪者呼ばわり」した、つまり「犯罪者を犯罪者と呼んだ」のであって、外国人一般を侮辱したのではない。「一度も謝らない」というのも事実に反する)、説得力を持たない。辛氏ら在日外国人の方々は、関東大震災当時の朝鮮人虐殺事件を念頭に置いて石原都知事を批判しているようだが、実は治安出動であっても都知事には自衛隊部隊の指揮権は無く(森首相が最高司令官である)、仮に都知事が「外国人を射殺せよ」と命令したとしても(あるいは、「自衛隊員は全員で安房踊りを踊れ」でもよいが)実行されないのである。更に、治安出動した自衛隊の隊員には、基本的には警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)を適用されるのであり、治安出動とは言わば「警察官の臨時増員」に他ならないのであって、「自衛隊員が外国人を殺す」といわんばかりの反対論は起きようはずもないのである(※注1)(※注2)。時代状況が異なる100年近く前の事件を以ってそのまま現代の自衛隊を批判するところに、辛氏らの想像力の欠如が見て取れよう。石原都知事は単に犯罪者を犯罪者呼ばわりしただけだったが、辛氏らは、自分自身が(罪の無い)自衛隊員を犯罪者呼ばわりしていることに気づかないのであろうか。更に、社民党の保坂代議士の発言であるが、これもまたナンセンスなものというべきではないだろうか。保坂氏の論理を敷衍すれば、都内で本物の犯罪や火災が発生している中では、警察や消防は訓練に1人として参加出来ないことになってしまう。
 だが、ことは震災時における人命救助に関わるだけに、こうした市民団体らの反対論を単に「妄言」として放置するわけには行かない。何故ならば、阪神大震災で貝原兵庫県知事と村山首相が自衛隊出動要請を何時間も怠ったために何百人もの命が失われたことからもわかるように、自衛隊の訓練参加に反対するということは、即ち地震災害において人命が失われるべきことを主張しているのに等しいからである。先月号の本文記事「 死刑廃止に反対する 」でも主張したが、個人の平等を前提とする限り「他人の生命を尊重しない者」に「自己の生命尊重を求める権利」を主張できるとは思えない。先日、河原で酒盛りをしていた若者らが河川の増水で取り残され、消防隊が救助をしたところ「余計なことをするな」等の暴言を吐いたという事件があったが、訓練反対派の言い分は、まるでこの若者のようであったといえよう。その点、石原都知事は反対派について、「都民は冷笑しており、愉快だった。でも助けますよ、同胞だから」とのコメントを出しており、一枚上手だったのではないだろうか。

※注釈
1:自衛隊法第89条(治安出動時の権限)
 「警察官職務執行法(昭和二十三年法律第百三十六号)の規定は、第七十八条第一項又は第八十一条第二項の規定により出動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第四条第二項中「公安委員会」とあるのは、「長官の指定する者」と読み替えるものとする。
 2 前項において準用する警察官職務執行法第七条の規定により自衛官が武器を使用するには、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条又は第三十七条に該当する場合を除き、当該部隊指揮官の命令によらなければならない。 」
2:自衛隊法第90条(治安出動時の権限)
 「第七十八条第一項又は第八十一条第二項の規定により出動を命ぜられた自衛隊の自衛官は、前条の規定により武器を使用する場合のほか、次の各号の一に該当すると認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。
 一職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合
 二多衆集合して暴行若しくは脅迫をし、又は暴行若しくは脅迫をしようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合
 2 前条第二項の規定は、前項の場合について準用する。 」

3、訓練の問題点
 ところで、今回の訓練では、「防災ショー」になりがちであった従来型の訓練を改め、実戦的なものとなった。例えば、従来では河原の訓練会場で模擬ビルを建ててやっていた高層ビルからの救助訓練を今回は銀座の本物のデパートで実施しており(この訓練での自衛隊員の降下は鮮やかであった)、また人命救出訓練も、実際の木造建物を取り壊し、マネキン人形を中に入れてのものとなった。江戸川での渡河訓練も極めて実用的であり、負傷者の治療順位を決める「トリアージ」の訓練も実施された。
 しかし、肝心の「指揮命令系統の喪失」を想定した訓練は、今回は(防衛庁での閣議以外は)行われず、これが今回の訓練中、唯一課題として残された問題であったように思われる。例えば、石原都知事は森首相に、都庁の災害対策センターから救助要請をしていたが、果たして実際の震災ではこう上手くいくのであろうか。むしろ、首相が外遊中だったり、地元入りしていたり、料亭で会食中だったり、あるいは都知事自身も震災で死亡・行方不明になっていて捕まらないことのほうが多いのではないだろうか。自衛隊に大規模な災害出動を命じることができるのは防衛庁長官又はその指定する者だけである(※注1)。治安出動にいたっては、公安委員会と協議の上内閣総理大臣の命令、国会の事後承認が必要である(※注2)。それに、石原都知事自身も、常に即座に災害救助を要請できるとは限らない。なるほど都庁内の「防災センター」は防衛庁のそれより立派ではあるが、都庁が(倒壊しないまでも、傾くなどして)使用不能になれば全くの無駄であるし、またそうなれば都の上級職員の多くが死亡して、「平時」の指揮系統は使えないことになる。石原都知事には、来年「ビッグレスキュー2001」を実施する際には、こうした点を参考にして頂きたいと思う。

※注釈
1:自衛隊法第83条(災害派遣)
 「都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を長官又はその指定する者に要請することができる。
 2 長官又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。
 3 庁舎、営舎その他の防衛庁の施設又はこれらの近傍に火災その他の災害が発生した場合においては、部隊等の長は、部隊等を派遣することができる。
 4 第一項の要請の手続は、政令で定める。 」
2:自衛隊法第81条(要請による治安出動)
 「都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。
 2 内閣総理大臣は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等の出動を命ずることができる。
 3 都道府県知事は、事態が収まり、部隊等の出動の必要がなくなつたと認める場合には、内閣総理大臣に対し、すみやかに、部隊等の撤収を要請しなければならない。
 4 内閣総理大臣は、前項の要請があつた場合又は部隊等の出動の必要がなくなつたと認める場合には、すみやかに、部隊等の撤収を命じなければならない。
 5 都道府県知事は、第一項に規定する要請をした場合には、事態が収つた後、すみやかに、その旨を当該都道府県の議会に報告しなければならない。
 6 第一項及び第三項に規定する要請の手続は、政令で定める。 」

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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