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永住外国人に地方参政権は付与すべきか(第2回)
〜地方自治の法的意義を考察するなかで〜

中島 健

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5、地方自治の法的根拠

●1、従来学説の問題点
 さて、以上見てきたように、現在、永住外国人に対する地方参政権付与の問題は、賛成派・反対派共に積極的な主張が為されており、それを裏付ける憲法学説も存在している。しかし、前述したような憲法解釈論だけでの議論では、賛成・反対共に積極的な根拠を見出し難い。最高裁の立場が「認容説」である以上、必ずしも賛成派の主張だけが通りがいいわけではないし、認容できる根拠が不明確である。さりとて憲法上の国民主権原理のみを根拠とした「禁止説」や定住性・納税義務の履行を根拠とした推進派の論理も、議論が表層的なのではないかという印象を受けるし、その他の理由も、上述したように十分合理的な反論の余地がある。百地教授は、「地方自治とはいっても、国から完全に独立して政治が行われている訳ではない」から問題だと述べておられるが、むしろ「国から完全に独立」していたならば問題なのであって、「国から独立していない」=「国の従属下にある」からこそ参政権が認められる余地がある、という議論も可能なのではないだろうか。第一、九条問題を見ても明らかなように、ある憲法問題について実定法の文理解釈に拘泥することは、悪しき法実証主義・概念法学に陥る危険があるのではないだろうか。
 むしろ、この問題を論じるにあたっては、国政と地方自治の法的な関係、即ち地方自治(権)の性質こそ検討されるべきなのであって、我が国における地方公共団体local public entityのあり方に関する議論を避けて通れないのではないだろうか。 

●2、地方自治権の性質
 通例、地方自治は、「住民自治」の要素(地域の住民が必要な行政需要を、住民の意思に基づき、住民の責任において充足すること)と「団体自治」の要素(国から独立した地域団体が住民の事務をその機関によりその責任において処理すること)があると言われてきた(通説)。しかし、その「団体自治」の性格については、大きく分けて固有権説伝来説の対立があり、それによって条例制定権(自治立法権)の性質の理解も異なる。また、これら2つの学説以外にも、両者の対立を止揚する形で「憲法的総合判断説」と「人権保障・人民主権原理説」が提唱されている。

表1 地方自治の性質を巡る学説

大区分小区分概 要提 唱
固有権説固有権説自治権は前国家的な自治体の固有権仏学説
新固有権説同 上手島 孝
伝来説承認説自治権は国家の統治権から伝来したもの柳瀬良幹
制度的保障説同上、但し一定範囲を憲法上保障通 説
憲法的総合判断説保障範囲を憲法的価値から総合的に判断室井 力
人権保障・人民主権原理説地方公共団体の人権保障・人民主権的理解杉原泰雄

●3、固有権説
 固有権説とは、人間の人権が天賦・不可侵のものであるのと同様に、地方公共団体の自治権も地方団体固有の「前国家的な自然法的権利」であると説く立場である。この考え方は、近代市民法典が多数制定されたフランス大革命時代のフランスで「地方権」(pouvoir municipal)の思想として登場したもので、1831年のベルギー憲法や19世紀のドイツ公法学説に影響を与えたが、その後は、自然法思想の後退もあって後述の「伝来説」に通説の座を譲っている。アメリカ合衆国のように、まず住民による地方自治体が形成され、しかる後に州政府が、そして最後に連邦政府が形成されたような歴史的経緯がある場合は、従来の自治体権限や州権を擁護する主張として受け容れられる余地がある(※注1)。しかし、我が国においては、はじめに強力な中央政府たる明治新政府が樹立され、しかる後に地方制度が整備されていったため(及び、伝来説を通説とするドイツ公法学を継受したため)に、明治憲法時代には全く支持されなかった(※注2)。現在でも、 日本国憲法第92条 は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」としており、固有権説の考え方とは異なる規定の仕方をしている。
 ところで、地方公共団体の自治権を「国家以前の団体自治」に求めるとき、それが有する条例制定権は一つの自治立法権であり、地方公共団体は「地方政府」として、国家立法権にも侵害されない自治立法権と自治行政権とを持つと解することが出来る(※図1参照)。従って、地方公共団体の組織やあり方について、これを「地方自治法」のような国法で一律に定めることは出来ず、自治体の条例と国家の法律は、あたかも国内法と国際法の如く並立した二元的法体系を形成することになる。

図1 固有権説による理解

       
中央 立法権  行政権  司法権  
 
地方条 例
制定権
自 治
行政権
  
 立法作用行政作用司法作用 

 さて、この立場によれば、地方公共団体の自治権は国家の統治権に由来するわけではなく、自治権と統治権は別のものであるから、自治権について外国人に参政権を付与しても問題は無いということに一見なりそうである。しかし、実際には、自治権といえども国家を統治する権限に他ならず、また両者に法律上又は事実上の抵触が生じることは避けられない。それ故、永住外国人に地方参政権を付与するということは即ち、国家の統治権の内、特に中央から独立した地方自治体の固有権とされた領域につき国民以外の者に参政権を付与し、国政との抵触を許すことになるから、国民主権原理が貫徹されないことになる。よって、固有権説に立ったときは、永住外国人地方参政権付与法案は違憲の評価を受けることになろう。

※注釈
注1:もっとも、当のアメリカ合衆国では、憲法に地方自治条項は無く、地方公共団体は「州の創造物」とされ、州の選挙民によって決定されるべきものとされている。ただ、実際の地方自治体の形態は、我が国より遥かに多様である。
注2:現在の普通地方公共団体の区域は「従来の区域による」(地方自治法第5条①)とされたが、その「従来の区域」を定めた市制・町村制では「従来ノ区域ニ依ル」(第1条)とされ、更にその前の「従来の区域」を定めた旧市制・町村制でも「従来ノ区域ヲ存シテコレヲ変更セス」(第3条)となっており、その前の郡区町村編成法第2条も「町村ノ区域名称ハ総テ旧ニ依ル」となっていて、徳川幕府時代のものが継承されることを示している。こうした現行の制度は、ある意味で地方自治法による地方公共団体の規定が「宣言的(確認的)」なものであったことの証拠となるといえるかもしれない。

●4、伝来説
 これに対して伝来説とは、地方公共団体の自治権は国家の統治権から伝来した「後国家的な実定法的権利」である、と説明している。
 伝来説
は、更に(1)承認説(2)制度的保障説に区分することが出来る。
 承認説(柳瀬説)とは、地方公共団体の自治権は国家統治権の委任ないし恩恵によって付与されたものであり、日本国憲法上も保障されるものではない、とする学説であり、19世紀後半のドイツ公法学に由来する。この学説によれば、 日本国憲法第92条 は第65条の定める行政上の中央集権の例外を許容したものに過ぎないのであって地方自治権を保障せず、地方行政の需要は流動的であって固定的な制度にそぐわないから、その内容は国の立法政策に委ねられており、地方自治を認める余地が無いような事態が生じた場合には、地方公共団体を廃止して政府直轄とすることも十分合憲である、とされる。もっとも、承認説の立場をとるとすると、旧憲法の改正である現行憲法が(旧憲法には無かった) 第8章「地方自治」 を新設した意味が無いこと、 第92条 は地方自治法を「地方自治の本旨(principle of local autonomy)」に基づいて定めるとしており、「地方自治の本旨に基づく地方自治の否定」は論理矛盾であること、等から、今日では支持者を失っている。
 一方、制度的保障説(折衷説)とは、地方公共団体の自治権は前国家的な固有権に基づくものではなく伝来的なものだが、「地方自治」という歴史的・伝統的に形成されてきた公法上の制度として保障される、とする学説で、ワイマール期後半のドイツ公法学に由来する。この学説によれば、国家の立法作用によってある程度地方を規律することは許されるが、それが「地方自治の本質的内容」=「地方自治の本旨」(自分のことは自分で決める、ということ)である一定の制度を破壊する場合には違憲の評価を受ける、という。現在の我が国通説であるが、反面、「地方自治の本旨」の解釈如何では、承認説に接近したりまた逆に固有権説に接近したりし得る点が問題、とされる(あらゆる制度は歴史的に形成される以上、「歴史的に形成されてきた地方自治制度を保障」するといっても、その意味内容の確定は難しい)。
 ところで、以上の学説のいずれにせよ、地方公共団体の自治権を「国家以後の統治権」に求めるとき、それが有する条例制定権は国家立法権の授権を受けた一つの行政立法権であり、地方公共団体は「行政機関の一部」として、国家行政作用の一部に過ぎないと解することが出来る(※図2参照)。従って、この立場からは、地方公共団体のあり方を「地方自治法」という国法によって一律に規定することも可能になるし、条例制定権は法律に反しない範囲においてのみ認められることになる。

※図2 伝来説(承認説)による理解

      
中央 立法権  
行政権
 
 司法権  
地方条 例
制定権
自 治
行政権
 
 立法作用行政作用司法作用 

 さて、この立場によれば、地方公共団体の自治権も国家の統治権に由来し密接に関連する以上、「自治権について外国人に参政権を付与することは国民主権原理に反する」ということに一見なりそうである。しかし、実際には、地方自治権は国家統治権の委任に基づく、それも行政権の一種に過ぎないのであって、国会の立法権や内閣の行政権を超えることは出来ない。つまり、例え外国人に参政権を付与し、それに基づいて外国人地方議員が条例を制定したとしても、日本国民自身がこれを拒絶するときは、選挙法や自治法を改正することが出来るのであり、この点で国民主権原理が貫徹されていることになる( 憲法第15条第1項 は、大臣から郵便配達員まで、凡そ「公務員」と名の付くような全ての公務員の直接選挙を求めているわけではなく、一定の重要な公務員の任免についての民主的な統制を求めている以上、こうした統制が確保されるので)。よって、伝来説に立ったときは、永住外国人地方参政権付与法案は、必ずしも違憲の評価を受けるわけではないということになろう。

●5、その他の学説
 なお、地方自治権の性質に関しては、この他に、1960年代から1970年代にかけて地方自治制度の強化が要請された時代に、いくつかの新学説が登場した。
 憲法的総合判断説とは、従来の固有権説も制度的保障説も、憲法上地方自治の保障を認める点では同じであり、両者の差異は相対的なものに過ぎないとして、憲法的価値判断総合科学的認識からその保障範囲を確定しようという学説である。そして、現行憲法下で国民は、人権の「国政による保障」と「地方自治による保障」という「二重の統治体系」の下にあり、国家と地方公共団体は独立・対等の立場に立つ、とする。
 また、人権保障・人民主権原理説とは、憲法的総合判断説と同じく従来の固有権説と制度的保障説の区分を相対化して捉え、地方自治制度を、憲法の目的である「人権保障」と「人民主権」的側面から保障していこうという学説である。この説によれば、「地方自治の本旨」とは憲法の目的である「人権保障」であり、そうだとすれば、地方公共団体は、住民の人権保障上必要な条例を(法律と独立に)定め得る、とする。また、「人民主権」の見地からは、地方自治への住民参加の制度の充実と、地方公共団体による事務優先(実情を容易に知りうるし、実情に即して実行しうるので)が必要である、とされている。
 更に、新固有権説とは、1960年代からの地方自治制度の強化が叫ばれた時代に、日本国憲法が自然法思想を受け継いでいることと絡めて、伝来説はあまりにも法実証主義的であるとし、伝来説を前提とした上で固有権説の意義を再度強調する学説である。そして、地方自治権の前国家性を、包括的幸福追求権を定めた 憲法第13条 その他 第3章 全体や、国会単独立法原則の例外たる地方自治特別法の住民投票制度( 憲法第95条 )から読み取れる、としている。この説は、地方自治法による地方公共団体の規定は創設的なものではなく、宣言的・確認的なものに過ぎない、という。

●6、判例
 最高裁判所は、以上の問題について明確な判断を示していない。ただ、大牟田訴訟(地方税法第489条第1項・第2項が 憲法第14条第92条 に違反する、として大牟田市が国を相手取って提訴した国家賠償請求訴訟)の昭和55年6月5日付け福岡地方裁判所判決は、自治財政権を「自治体固有の権利」としている点が注目される。

※参考資料: 日本国憲法 (抜粋)
第九十二条
 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
第九十三条
 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
②地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
第九十四条
 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
第九十五条
 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することかできない。

6、おわりにかえて:永住外国人に地方参政権を付与すべきか

●1、地方自治の保障と外国人参政権
 さて、以上見てきたように、今日、国と地方公共団体との関係については複数の考え方が存在しており、その解釈如何によっては、外国人に地方参政権を付与しても構わないのではないか、と思えるものもある。即ち、前述した承認説によれば、地方公共団体の自治権は、条例制定権も自治行政権も行政権の一種である以上、問題があれば法改正で参政権を剥奪することも可能であるから国民主権原理が貫徹されるのであり、故に国家行政権の一部に外国人の意思を反映させても直ちに違憲とはならない、といえるのである。おそらく、最高裁判所も、こうした考察を経て前記平成7年判決を下したのではないだろうか。
 ただ、前述したように、一切の地方自治を国家に伝来するものとし、自治の範囲を極めて狭く解釈する承認説は支持を失っており、現在の通説はこれを修正した制度的保障説である。ただ、昨今の地方分権の流れ(地方分権一括推進法の制定等)からすると、同じ制度的保障説に立ちながらも、相対的に地方自治を拡大して理解する立場と、自治の範囲を狭く解釈する立場で、同床異夢になる可能性がある。そして、地方自治の保障を拡大強化し、国会・内閣を通じた「公務員を選定し罷免する国民の権利」が介入し得ない部分が増えるならば、国民主権原理が貫徹されないことになろう。つまり、「地方自治の拡大」と「外国人参政権の許容」は、トレードオフの関係にある、と言えるのではないだろうか。
 結局、永住外国人に地方参政権を付与するかどうかは、今後の地方自治の動向によって左右される、と言えるのではないだろうか。

※注記
 なお、この問題に対する妥協案として、市町村(基礎的自治体)の参政権のみ認める(都道府県レベルは認めない)という方法も考えられる。元々、参政権を要望してきた「在日本大韓民国民団」の主張の根拠は「地域政への参加」であり、その要望に沿う限りでは都道府県レベルの参政権は必ずしも必要ではないし、影響も比較的小さい。一部で心配されている公安情報の漏洩等(もっとも、こうした情報は日本国民であってもそう簡単には知り得ないようになっているが)についても、警察が都道府県警察制度を採用しているので市町村レベルには降りて来ず、「安全」は確保される。もっとも、この解決策は、却って前述したような文化的背景の差異に基づく政治的紛争を拡大する恐れは大きいし、法理論上も、基礎的自治体(市町村)と広域的自治体(都道府県)の差異は「事務の範囲」の差異に過ぎない(※下図参照)

※図3 都道府県と市町村の関係

         







 

道府県

  
  
 政 






  




    
  



   
 中 






 
 
 
 
 市 
 

 
 
 



 
 町 
 村 
 
  道府県    
         

凡例:広域的自治体の事務 基礎的自治体の事務

●2、残された課題:外国人公務就任と国籍条項
 ただ、以上の点を考慮して、仮に外国人地方参政権を認める余地があるとしても、実際に外国人が参政権を行使し得るとするためには、今一つ、法的論議のハードルが残っている。それは、外国人の公務就任権と国籍条項の問題である。
 自治省によれば、「公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員」には、外国人は就任することが出来ない(「国籍条項」)。それは、こうした公務員は単に国家に対して労務を提供しているというだけでなく、国家からその公権力の行使を委ねられているのであるから、国家がこれを十分信頼し得るものであり、またこれらの公務員は我が国に対して忠誠を誓い一身を捧げて無定量の義務に服し得るものであることを要するからである。また、一国が外国人をそうした公務員に任命することは、以上の忠誠義務とその外国人の国籍国の対人主権を侵害する恐れがあること、公務員となるにあたってはその者が我が国の民情風俗に通暁している必要があることも理由に挙げられている。ちょうど、会社法において執行機関の構成員である取締役が会社に対して忠実義務を負うように、ある団体の理事(執行機関の構成員)はその団体に対する忠実義務を負うのであり、これを国家規模に拡大したのがこの「国籍条項」である(但し、その理事が団体の社員でなければならないとは限らない)。これを受けて各地方公共団体では、警察・公安関係は勿論のこと、一定以上の裁量権を持つ幹部職員(「主任」など、係長の一つ下)には外国人を登用しないとの態度をとっていた(※注意)
 もっとも、最近では、1980年代から一般事務職について要件を緩和するようになった。1982年には国公立大学外国人教員任用法も制定され、川崎市等で要件が更に緩和されるに及んで、自治省も「外国人がつけない職業を明示すれば、採用については地方公共団体の裁量に任せる」との態度をとるようになった(1996年)。
 とはいえ、以上のような要件緩和の流れはあくまで一般事務職の任用に関するものであり、地方議会議員ともなれば、これは「公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員」であり、国籍条項に抵触することは明白である。また、有権者(選挙人)としての住民は地方公共団体の機関であり(これを「私人の公法行為」という)、投票行為等も又「公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる」ものであると言える。

※注記
 もっとも、国籍条項と外国人参政権の問題を考えるときは、「選挙権を行使する私人と公務員とを同じ条件で縛るべきではない(選挙民に要求される「忠誠義務」と幹部公務員に求められるそれとでは水準が異なる)」といった反論もあり得よう。

●3、考えられる解決策
 従って、以上の諸点からは、次のような解決策が考えられる。
 第一の解決策は、前記の「伝来説」の立場に立った上で、特別法を制定して永住外国人の地方参政権を正面から認めることである。「伝来説」をとる以上国民主権原理は貫徹されるし、特別法を制定するのであるから国籍条項にも抵触しない(国籍条項は自治省の有権解釈であり、法律が制定された以上は、法律の定める範囲に限っては適用されない)。しかし、この方法では、最近富みに主張されている「地方分権」の方向と逆行する憲法解釈論を採用することになることは避けられない。少なくとも、前述したように、地方公共団体の「自治権」を認めれば認めるほど、地方参政権を永住外国人に開放することの違憲性が上がって行くのは、理論上避けられない。
 これに対して、第ニの解決策は、前記の「固有権説」の立場に立った上で、特別法を制定することはせず、永住外国人といえども地方参政権を認めないというものである。但し、永住外国人については、必要であれば各公共団体に、関連する諸問題を解決する際に地方公共団体が意見を聴取する機関として審議会たる「外国人市民代表者会議」を設置させ、民意を吸収するようにする。そして、それ以上に我が国政治に参画することを希望する永住外国人に対しては、帰化を推奨するのである。現に、神奈川県川崎市では1996年、「本市の地域社会の構成員である外国人市民に自らに係る諸問題を調査審議する機会を保障することにより、外国人市民の市政参加を推進し、もって相互に理解しあい、ともに生きる地域社会の形成に寄与することを目的として」(第1条)、慎重な検討の末川崎市外国人市民代表者会議条例(平成8年川崎市条例第25号)を制定し、18歳以上の外国人26人を任期2年の外国人市民代表者会議委員に選出している。代表者会議は年に4回2日ずつ審議を行い、結果をまとめて市長に報告、市長はこれを議会に報告するとともに、公表することになっている。この解決策では、地方分権の流れに反する解釈論を採用せずとも済み、なおかつ外国人の意思を地方行政にある程度反映し得るので、実際的な解決策と言えるのではないだろうか。

●4、「特別永住」状態のままでいることの弊害
 なお、前述したように、現在「特別永住」者として我が国に居住している在日韓国人は、今後引き続き子々孫々にわたって我が国に定住し続けるのであれば、やはり日本国籍を取得されることをお勧めしたい。それは、日本国籍を取得することで享受できる利益は少なくない一方で、「特別永住」者として韓国国籍のまま日本に永住することの不利益が存在するからである。
 実際、我が国が世界有数の自由で豊かな国であることの帰結として、日本国籍を取得することで蒙る実害は、ほとんど無いと言ってよいのではないだろうか。韓国の如く兵役の義務があるわけでもなく、とりたてて税金が高いというわけでもない。政教分離原則があるから特定の宗教を強制されるわけでもなく、出入国も自由である。むしろ、帰化したほうが、公務就任権や国政参政権がきちんと保障され、その他の諸権利も日本国民と同等のものを享有できるのであるから、これは現実の暮らしに最もよく適合する選択肢である。結局、あり得る弊害は、韓国入国(帰国)の自由を失うこと(これは韓国政府の立法政策によるが)と、政治的信条、アイデンティティとしての韓国・朝鮮籍を失うことになろうが、これはもう個人の価値観の問題であるから、どうしても「帰化」したくない場合は「仕方が無い」という他無いだろう。最近では、年間約1万人の在日韓国人が帰化しているというが、これも政治的信条と現実生活の折り合いをつける人が増えてきた、ということであろうか。
 反対に、現在のまま「半韓半日」のままでいると、海外渡航時に、我が国は勿論、韓国の外交的保護diplomatic protectionをも受けられない可能性がある。無論、事実上は、海外に渡航する在日韓国人は現地の韓国大使館・領事館の管轄となるのであろう。しかし、一旦何らかのトラブルに巻き込まれ、渡航先の国の故意又は過失によって損害を蒙ったとき、韓国国籍ながら日本に生まれて日本に育った在日二世・三世の場合、韓国政府がこれを理由として渡航先の国に対して国家責任を追及することが出来ないおそれがある。何故ならば、外交的保護について判断した1955年のノッテボーム事件国際司法裁判所判決は、ある国家が国際法上外交的保護権を発動するためには、「被害者の国籍と本国との『真正な結合genuine link)』が必要であり、便宜的に国籍を取得している場合は外交的保護権を発動できない」と判示しているからである(※注意)。また、その他の不利益として、公務就任権の制限鉱業権の制限(鉱業法第17条)、日本国籍航空機・船舶の所有権といった点において制約を受ける。
 無論、国籍の問題は、単にメリット・デメリットによって決定されるものではなく、韓国人としての民族的感情や歴史的経緯も又かなり大きな割合を占めているのであろうことは理解できる。しかし、だからこそ、我々日本人にとっても国籍の問題が重要なのであり、これを容易に動かし得るものではない。いずれにせよ、国会には、こうした点を踏まえた慎重な議論を期待したい。

※注意
 もっとも、国際司法裁判所(ICJ)の権限を定めた国際司法裁判所規程は、「司法立法」を避ける観点から同裁判所の判決に「先例拘束性は無い」としているので、半世紀以上たった同種事件について現在のICJが異なる判決を下す可能性は無いとは言えないが。

※参考文献一覧
芦部信喜  『憲法』新版 岩波書店、1997年
芦部信喜・高橋和之編 『別冊ジュリスト 憲法判例百選Ⅰ・Ⅱ』 有斐閣、1994年
阿部照哉・畑博行 『世界の憲法集』 有信堂、1991年
岩沢雄司 「外国人の人権をめぐる新たな展開」『法学教室』238号 有斐閣、2000年
江川英文・山田鐐一・早田芳郎 『国籍法』第3版(法律学全集59-Ⅱ) 有斐閣、1997年
岡部達味 『国際政治の分析枠組』 東京大学出版会、1992年
兼子 仁 『自治体法学』(自治体法学全集1) 学陽書房、1988年
栗林忠男 『現代国際法』 慶應義塾大学出版会、1999年
小林 節 『憲法』増訂版 南窓社、1994年
斉藤 寿 『自治法制の憲法学的研究』 評論社、1999年
塩野 宏 『行政法Ⅰ〜Ⅲ』 有斐閣、1995年
訟務事務研究会編 『国・公共団体をめぐる訴訟の現状』 ぎょうせい、1998年
原田尚彦 『行政法要論』 日本評論社
山下健次・小林 武 『自治体憲法』(自治体法学全集2) 学陽書房、1991年
山本草二 『国際法』新版 有斐閣、1994年
我妻 栄ほか 『新法律学辞典』新版 有斐閣、1967年
日本会議 」ホームページ
在日本大韓民国民団 」ホームページ

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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