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米軍ヘリ墜落事故:同盟国への同情やいたわりは無いのか
米海兵隊輸送ヘリの沖縄国際大学墜落事故に思う

菊地 光
 報道によると、8月13日午後2時15分ごろ、米海兵隊第3海兵遠征軍に所属するCH-53D大型輸送ヘリ1機が、テイル・ローターが脱落して沖縄国際大学(沖縄県宜野湾市)の校地内に墜落・炎上。乗員2人が重傷、1人が軽傷を負ったが、学生や民間人に怪我は無かった。沖縄国際大学は、普天間海兵隊飛行場の南側に隣接し、周囲の住宅地には半径300メートルにわたりヘリの部品が飛散した。在沖縄米軍四軍調整官のロバート・ブラックマン海兵中将は同日、沖縄県庁を訪れ、事件について牧野浩隆副知事に謝罪したという。
 ところが、事件直後、米海兵隊員が沖縄国際大学校地内の墜落現場を封鎖。日本側の警察や大学関係者、マスコミ関係者の立ち入りを全面的に規制し、建物の損害調査や事故機の燃料抜き取り作業をはじめた。捜査本部を設置した沖縄県警の捜査員が航空危険行為処罰法違反容疑で現場検証や乗務員らからの事情聴取を行おうとしたが、日米地位協定に伴う刑事特別法に基づく米軍側の同意を得られず、結局校地内の実況見分を断念した。16日からは米軍が校地内の樹木を伐採して機体の残骸の撤去を開始し、現場を米軍が管理する状態が続いた。その為、沖縄県内では、普天間飛行場の即時返還や名護市・辺野古のキャンプ・シュワブ沖への移設中止、日米地位協定の抜本的改定を求める世論が高まった。特に、米軍側が事故後現場一帯を封鎖して事故翌日まで日本側官民の立ち入りを拒否したことに、「日本の主権が侵害されている」「アメリカの言いなりになっている」との批判が集中。伊波洋一・宜野湾市長は事故後の18日、関係省庁やアメリカ大使館を訪れ、(1)普天間飛行場の閉鎖についての協議、全面返還の実現、(2)全米軍機の住宅地上空での飛行を中止、ヘリ基地としての運用の即時中止、(3)事故原因の早期究明と結果の公表、(4)被害者への謝罪と補償、(5)沖国大の運営と周辺地域の生活機能の回復の5項目を求める抗議文を提出。また、南米ボリビア出張から帰国した稲嶺恵一知事は19日午前、アメリカ大使館や総理官邸内閣府を訪れ、事故に抗議し、1998年のSACO合意に基づく普天間飛行場の一日も早い移設・返還を強く求めた。事故直後現場を視察した荒井正吾外務政務官も14日、記者会見で「米軍の事故調査と日本側捜査権とのルールづくりが確立していないと強く感じた」と述べ、事故対応に問題があるとの考えを示した。9月12日には、普天間飛行場の早期返還を求める市民大会(実行委員会主催)が同大グラウンドで開催され、市民や学生ら約3万人(主催者発表)が参加して「世界一危険な基地」のヘリ基地としての運用中止などを訴えた。更に、8月22日には、イラク戦線参加のため事故機と同型のCH-53Dヘリ6機の運用を再開したことに一層の批判が集中(6機は沖縄沖に停泊している強襲揚陸艦「エセックス」に移動し、イラクに向かった)。外務省の海老原紳北米局長は同日、マイケル・マハラック駐日米臨時代理大使に電話で「日本政府の反対にもかかわらず、運用を再開することは極めて遺憾だ。先の墜落事故の原因について十分な説明がなく、再発防止策が十分とられたとの説明もない」と強く抗議。二橋正弘官房副長官(事務担当)も、記者会見で「極めて遺憾だ。くれぐれも事故の再発がないように慎重な運用を求めたい」と述べた。なお、米軍による事故現場の管理について、川口順子外相(当時)や茂木敏充沖縄・北方相(当時)は、協定に基づくものとして問題はないとの認識を示している。
 しかし、今回の事故に対する日本側の一連の反応は、 日米安保条約 に基づいて、我が国と米国との共通の国益を維持するために駐留する米軍に対して、あまりにも冷淡ではないだろうか。イラク戦争以降、米軍の「人気」が下がっているのは理解できるとしても、ただ「事故に厳しく抗議する」「主権が侵害された」というだけなのでは、まるで米軍に抵抗する占領下のイラク人のようだ。「主権が侵害された」というが、米軍は日米安保条約という主権国家同士の国際約束に基づいて駐留していることをどう考えるのか(ちなみに、 日本国憲法第98条第2項 は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めている)。「主権が侵害された」と主張する政治家や政党は、これまで、北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器開発、中国原潜の領海侵犯や瀋陽総領事館への中国警察侵入に対しても、同様に「主権が侵害された」と真剣に主張してきたのか。米軍はヘリを意図的に市街地に墜落させたわけはない(ちなみに、歴史的に見れば、普天間飛行場の周囲に市街地が形成されたのであって、普天間飛行場が最初から市街地の中央に建設されたわけではない)以上、同盟国の国民として、事故で負傷した米軍人に対する同情やいたわりがもう少しあってもよかったのではないか。沖縄県警にしても、それを忘れて「航空危険行為処罰法違反容疑で事情聴取したい」等と言えば、米軍側が態度を硬化させるのも当然であろう。少なくとも、今回の事故に乗じて、普天間基地返還だけでなくSACO合意に基づく名護市移設にまで反対する(事実上の海兵隊飛行場の一方的撤去を要求する)のは、行き過ぎという他ない。
 事件について、8月26日に東京の日本記者クラブで会見した在日米軍司令官兼第5空軍司令官のトーマス・ワスコー空軍中将は、「乗員は墜落すると分かった段階で、被害を最小限にしようと努力した。3人の乗員が制御不能な状況下で、人のいないところに(ヘリを)もっていったという素晴らしい功績があったことを申し上げたい」と述べ、住民に負傷者が出なかったことは乗員の功績だったとの認識を示した。同様の認識は9月16日に現場を視察した町村信孝外相も示したが(但し、町村外相は批判を受けて発言を撤回)、これに対しても地元からは「言語道断だ」「住民感情を逆撫でする」といった批判の声が上がっているという。果たして本当にそれが操縦士の功績だったのか、私自身、ヘリコプターの操縦について知見があるわけではないので真偽のほどを判定することはできないが、仮にも在日米軍のトップが公式の場で発言した内容である以上、軽々しく反論することはできない。ただ、いずれにせよ、ワスコー中将の発言の裏には、前述したような日本側の過剰な反応に対する米軍当局の隠れた不満があるように思える。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長


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