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再論・NHK番組政治介入問題を考える 
問題の本質はどこにあるのか

菊地 光

1、はじめに
 1月12日の朝日新聞の報道に端を発した日本放送協会(NHK)の番組政治介入問題は、2ヶ月経過して事実上終息しつつある。
 この問題で、朝日新聞の記事で「政治的圧力をかけた」と名指しされた安倍晋三・自由民主党幹事長代理、中川昭一・経済産業大臣らはいずれも「政治的圧力」の存在を否定(特に、中川経産相については、議員会館の面会記録等で番組放送前にNHK側が面会した事実はない、と反論している)。朝日新聞社の記事を誤報・捏造と批判し、謝罪を求めている。またNHKは、1月13日、「政治的圧力を受けて番組が変更された事実はない」とする関根昭義・放送総局長の見解を発表したほか、14日、関根昭義放送総局長と三浦元広報局長名で、「NHKの信用を著しく傷つけた」として朝日新聞の箱島信一社長、吉田慎一編集局長あての抗議文を渡し、謝罪と訂正記事の掲載を求めている。19日には、発端となった朝日新聞の記事の取材源となった松尾 武・NHK放送総局長(現、NHK出版社長)が会見し、「政治的圧力を感じたことはない」「『圧力があっただろう』と執ように問いただされたうえでの発言を、意図的にわい曲された」と、朝日新聞の記者の取材方法を批判している。
 他方、朝日新聞側は、あくまで「与党政治家とNHKの距離が問題」(1月22日付社説「NHK問題——ことの本質を見失うな」)との姿勢を崩しておらず、自民党・NHK側からの度重なる公開質問状にも「記事には根拠があり、取材方法は適正」と反論。1月21日にNHKが公開した18項目の公開質問状に対しても、木で鼻をくくった対応に終始している。特に、NHKの公開質問状で、朝日新聞の記者が松尾元放送総局長に対して「NHKにはもう話してしまいましたか」「どこかでひそかに会えませんか」「証言の内容について腹を割って調整しませんか」「摺り合わせができるでしょうから」等と話したとされる件については、「元放送総局長が証言内容と記事が違うと感じたのだとすれば、具体的にどの部分なのか確認しようとした」「元放送総局長自身が記者会見をして証言を翻す前だったことから、相手がNHKとの関係で窮地に陥ることを防ごうとした」と主張している他、逆に松尾元放送総局長が証言を翻している、NHKの公開質問状には虚偽の内容が含まれている、と反発している。その後、自由民主党の調査チームによる調査や公開討論会の開催、ラグビー日本選手権の生中継の取りやめ騒ぎ、海老沢勝二会長の辞職と橋本元一新会長の就任といった事件はあったものの、肝心の番組介入問題については目立った動きはない。
2、朝日とNHK:一致する点・しない点
 これまでのところ、NHK・自民党と朝日新聞の主張は大きく対立し、互いに相容れないような泥仕合の様相を呈している。
 しかし、両者の言い分を検証すると、いくつかの詳細な部分について食い違いはあるにせよ、報道に至る大まかな経緯については、実は両者の言い分は一致している。即ち、NHKが子会社「NHKエンタープライズ」に特集番組『戦争をどう裁くか』第2回「問われる戦時性暴力」の製作を依頼し、「NHKエンタープライズ」は、同社関係者に民間団体「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW—NETジャパン、西野瑠美子共同代表)と近しい立場の者がいたこともあって、同団体が推進していたプロジェクト「女性国際戦犯法廷」を取材。この問題がいわゆる「従軍慰安婦」問題等の政治・外交上の問題と密接に関わり、政界・世論でも議論が分かれている問題であるにも関わらず、主催者の立場のみを強調する番組作りをしたため、NHK内部でも問題視され、更に安倍氏ら与党政治家からも番組の不当性を指摘され、結局、44分の番組が40分に再編集されて放送された。その後、2004年になって、NHK内部の番組制作費着服事件が明るみになったこともあり、長井チーフプロデューサーと朝日新聞がこの問題を取り上げることを決意(一部では、北朝鮮の日本人拉致事件を巡って経済制裁の実施を主張する安倍氏らの政治的追い落としを図ったとする説や、VAWW—NETジャパンがNHKを相手取って提起した訴訟の結審時期を勘案したとする説も囁かれている)。「安倍氏らの圧力でNHKの番組が改変させられた」との報道に至ったー
 これだけの要素が揃えば、問題の本質を考える上で不足はあるまい。なるほど、確かに朝日新聞側は、記事に真実性を加えるため、ディテールにおいて自身に有利な解釈(例えば、安倍氏のNHKに対する発言を「圧力」と捉えるか否か)を行い、NHK側が行っている日常的な業務説明を「政治的言論弾圧」の一大事件に仕立て上げようとしたきらいがある(だからこそ、NHKや自民党がかかる朝日新聞の編集方針を手厳しく批判しているのである)。そして、自身の政治的立場に合致する証言を引き出すべく、白のものを黒にするかのような強引な取材をはじめとする同社の編集方針は、大いに問題視されるべきものと言えよう。他方で、NHK・自民党の側も、朝日新聞の最初の報道があった直後、世論への反響を考慮してか、「政治的圧力は無かった」とする公式見解で足並みを揃えている。しかし、私に言わせれば、「圧力はあった」のであり、ただその圧力は「放送法の精神に反する疑いのある番組を制作したNHKに対して、国民を代表する政治家が苦言を呈した」のであって、民主政治の観点から見ても正当な行為だということになる。この点、NHKと安倍氏らは、朝日新聞の記事に対応するあまり、番組内容の問題点に具体的に言及せぬまま、正当な圧力をも否定するかの如き主張をしてしまったと言える。
3、問題の核心はどこにあるか
  本誌2005年2月号でも論じた ように、今回の事件の核心は、「特定政治家とNHKの距離」でも「朝日新聞の報道の虚偽性」でもなく、「NHK報道の公平性・中立性の確保」(放送法第3条の2第1項第2号・第4号の趣旨に明らかに反する番組を制作したNHKと番組制作者自身の問題性、番組制作者の、番組の客観性・公正性論理的説得性に対する配慮の無さ)であった。即ち、そもそも、NHKを含む全ての報道機関は、民主主義社会において一定の政治的役割を果たしているが故に、常に政治的圧力を受けていることは論を待たない。しかし、こうした「圧力」は、いわば民主主義社会における各権力の「抑制と均衡」(チェック・アンド・バランス)を保つ上でむしろ必要不可欠なものであり、「圧力」そのものが否定されるべきではない。事件に関し、毎日新聞社会部の牧太郎記者は、「記者の目:朝日とNHKの大喧嘩 ほくそ笑むのは誰?」と題する記事の中で、「突然ウブなことを言い出されると、こちらがドギマギしてしまう。「NHKの番組改変に政治家の介入があった」と初めて知ったかのようにスクープする朝日新聞。「圧力を感じなかった」と強弁するNHK……。冗談じゃない。陰に陽に“介入”が行われているのは永田町の常識ではなかったのか。ウブな顔で正義ぶったり、被害者ぶったり。冷静になってほしい。」「半日常的に「権力」から介入され、圧力を受けながら、それを上手にくぐり抜け「真実(に極めて近い事実)」を報道するのが、ジャーナリズム。」と述べているが、(同記者の結論には若干賛同しかねる部分があるにせよ)傾聴に値する議論であろう。
 ましてや、NHKは総務省所管の特殊法人であり、法律上、受信契約を締結して受信料を徴収する権限を与えられ、その代償として、予算・人事について国会による政治的関与を制度上受ける立場にある。かかる特殊法人の事業である番組の放送に対して、与野党を問わず政治家が一切のコメントを許されないのであれば、もはやNHKは民主的な公共放送機関とは言えない。民主党の西村真悟衆議院議員は、自身のホームページの中で、「NHKの番組に対して、国会議員が「馬鹿な番組である」等、いくらでも言っている。これが言えない国会議員は、無能である。つまり、言論表現に対して、優か良か可か不可か、を国民が言うのが民主主義社会であり、その国民から選ばれた国会議員は、さらに、いつも、それを言うだけの見識を保持していなければならないのだ。そして、国会議員は、その意見を表明することにより、その意見に対する国民の審判を受ける立場にも立つのである。そうでなければ、国民は判断材料を失い、そもそも自由主義社会が成り立たないではないか。」と記しているが、全く以って正論である。
4、おわりに
 いずれにせよ、朝日新聞とNHKとの直接のやりとりが事実上途絶えた今、残された最後のレフェリーは国民世論それ自身である。
 無論、その判断に際しては、各自の政治的立場によって異なる結論が導き出される可能性があることは否定しない。しかし、その主張が一貫性を以って主張されているか、主張者がその主張内容に従って行動しているか、二重基準(ダブルスタンダード)を使って論じていないか、を検討することは、政治的立場の異同を超えて有効な検証方法たり得よう。例えば、事件に際して、ある政党は、与党政治家の政治介入を厳しく糾弾していたが、ではNHKが、例えばいわゆる南京「大虐殺」事件を全面否定する番組や、首相の靖国神社公式参拝を全面肯定する番組を制作した場合、その党は本当に何等の「圧力」も加えないのか。実際、あれだけ「NHKに対する政治介入はけしからん」と主張していた一部の政治家やマスコミが、NHK不祥事に関連して、「NHK予算の国会審議を生中継せよ」との「圧力」を加えていたりする。あるいは、「政治家による圧力は民主主義の精神を踏みにじる検閲行為」と主張している者を出演させているテレビ局が、衆議院議員総選挙に際して特定の政党に有利な報道を行っていないか。「公共放送の政治的中立性」を主張する大学教授が、「大学教授」という肩書きを政治的に用いて、NHKの番組内容そのものに「政治的に介入」したり、受信料の不払いを呼びかけたりしていないか・・・。正に我が国における「表現の自由市場」の真価が問われている。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長

※本誌2005年2月号に 関連記事 があります。


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