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再論・我が国は対人地雷全面禁止条約に参加すべきか
〜欠陥だらけの条約と、日本の安全保障と〜

中島 健

1、はじめに
 平成9年(1997年)12月、カナダのオタワにおいて、我が国も参加する「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」、いわゆる「対人地雷全面禁止条約」が調印された。対人地雷の禁止運動は、ちょうど同じ年に、この運動に取り組んでいたダイアナ元英皇太子妃が交通事故で死去したり、対人地雷禁止運動を行っている市民団体「ICBL(国際地雷廃絶キャンペーン)」とその代表ジョディ・ウイリアムズ氏にノーベル平和賞が授与される事が決るなどして、かつてない盛り上がりをみせている。我が国においても、1998年の長野冬季五輪大会の開会式で、対人地雷によって片足を失った英国人が聖火走者をつとめ、その光景がNHKをはじめとする報道機関によって世界に報道された。そして、対人地雷廃絶運動には賛成すべきであるとの報道各社のキャンペーンや、ICBLをはじめとする非政府団体(NGO)の圧力活動(ロビー活動)がなされた結果、当初は反対していた我が国政府も、結局本条約に署名することとなったのである。
 東西冷戦の終結で、米ソ両超大国の勢力均衡のため封印されてきた民族紛争や内戦が世界各地で勃発している中、地雷や自動小銃などのいわゆる小型武器が紛争を泥沼化させ、非戦闘員=民間人への被害を増大させているのは事実である。従って、仮に、本条約の調印によって対人地雷の使用禁止が真に可能であれば、かかる被害を減らす事ができ、本条約に参加する意義も見出せるだろう。
 だが、果して我が国は、この対人地雷全面禁止条約に参加すべきなのでろうか

2、「非国家主体」を拘束しない禁止条約
 たしかに対人地雷は、武力紛争の激烈化や戦後の経済復興の障害になっているし、戦闘員・非戦闘員を選ばず無差別に殺傷し、ときには味方にさえ歯をむく厄介な兵器である。従って、先進諸国の正規軍が対人地雷を使用する際は、必ず埋設位置を記録し、不要になったら撤去するようにしている(不要になった対人地雷を放置すれば、却ってその後の味方の作戦行動をも阻害しかねない)。
 また、国際法上、主権国家の正規軍隊に対しては、地雷の使用に関して既に様々な規制が為されている。そもそも、国際法上、国家(交戦国)は、戦争その他の武力紛争に際して、如何なる種類の兵器でも自由に使用してよいわけではないく、例えば、1868年の「セント・ペテルスブルグ宣言」では、「戦闘外におかれた者の苦痛を無益に増大し又はその死を不可避とするような兵器の使用」は戦争目的を越える、と規定し、具体的には重量400グラム以下の炸裂弾及び焼夷弾の使用を禁止し、併せて将来にわたって戦時国際法の確立のための協議を進めてゆくことを宣言している。また、「ハーグ陸戦条規」※は、第22条において、「交戦者ハ、害敵手段ノ選択ニ付、無制限ノ権利ヲ有スルモノニ非ス」と定めて戦争手段の制限を謳っており、1949年のジュネーブ四条約※と、その追加第1議定書※も、不必要に苦痛を与え、もしくは戦闘員と非戦闘員(民間人)を区別しないで無差別に攻撃することを禁じた。その他、1899年の「ダムダム弾(※注1)禁止宣言」及び「毒ガス禁止宣言」、1925年の毒ガス等の禁止に関する議定書※、1972年の生物毒素兵器禁止条約※、1977年の環境改変技術敵対的使用禁止条約※等において、不要な苦痛を与える一連の兵器が規制されている。地雷に関しては、1980年に調印された特定通常兵器制限・禁止条約(CCW)の中で、プラスチック爆弾、ナパーム弾、仕掛け兵器(ブービートラップ)と共に、その無差別設置が禁止されている。
 このように、主権国家の正規軍隊に対しては、罰則こそ無いものの、これらの確立された国際法による規制の網がかけられており、戦闘に関連しない不要な被害は極力少なくしよう、というのが今日の国際的な潮流となっている。そして対人地雷に関しては、化学兵器や生物兵器とは異なり、今日まで厳重な制限の下でなお使用が許されてきたのであるが、対人地雷全面禁止条約はこれを一歩進めて、対人地雷を一律に非人道的と規定し、全面的に禁止しようとするものである。
 しかし、現実を冷静に観察してみれば、現在対人地雷によって非戦闘員に被害をもたらしている内戦や民族紛争の多くは、主権国家が互いにその正規軍を繰り出して戦う、古典的な国家間戦争ではなく、ゲリラや武装勢力等の「非国家主体」(亜国家)が交戦主体となっている低烈度紛争(LIC、Low Intensity Conflict(※注2)であり、地雷設置の責任者も多くはゲリラ、又は昨日までゲリラだったような第3世界の政府軍である。現に、例えば、今日地雷が最も多く埋設されている国上位10ヶ国を挙げると以下のようになるが、そのうち内戦、つまり紛争当事者の中に亜国家や非国家主体が含まれるものを原因とするものは6ヶ国(ベトナム戦争を、南ベトナム軍・アメリカ軍と南ベトナム解放戦線=亜国家の戦闘と考える)である(※表1)

※表1 地雷埋設数上位10ヶ国

エジプト・アラブ共和国・・・・・・・2300万個:第2次大戦中、英軍・独軍の遺棄地雷
イラン回教共和国・・・・・・・・・・1600万個:イラン・イラク戦争など
アンゴラ共和国・・・・・・・・・・・1500万個:独立戦争、内戦
アフガニスタン回教国・・・・・・・・1000万個:内戦
カンボジア王国・・・・・・・・・・・1000万個:内戦
中華人民共和国・・・・・・・・・・・1000万個(詳細不明)
ベトナム社会主義共和国・・・・・・・350万個:ベトナム戦争、中越紛争
クロアチア共和国・・・・・・・・・・300万個:内戦
ボスニア・ヘルテェゴビナ共和国・・・300万個:内戦

 また、主な地雷埋設国の地雷被害者の割合の内、上位5ヶ国を挙げれば以下のとおりであるが、これらの国々での地雷被害の原因は、全て内戦や地域紛争である(※表2)

※表2 地雷被害者数上位5ヶ国

カンボジア王国・・・・・・・・・・・236人に1人:内戦
アンゴラ共和国・・・・・・・・・・・470人に1人:独立戦争、内戦
ソマリア民主共和国・・・・・・・・・650人に1人:内戦
ウガンダ共和国・・・・・・・・・・・1100人に1人:内戦
ベトナム社会主義共和国・・・・・・・1250人に1人:ベトナム戦争、中越紛争

 上掲の2つの表を見比べてみると、エジプトやイランでは、埋設数こそ多いものの、埋設地域が砂漠などの不毛地帯なので、民間人が立ち入る可能性が少なく、地雷被害者が顕在化していないことがわかる。また、ソマリアやウガンダのように、個数はそれ程多くは無いが被害率が高い地域もあるが、これは全て内戦の結果、各ゲリラが人口密集地帯に無差別に対人地雷を埋設したためである。以上の統計を総括するに、現在人道上の問題となっている、非戦闘員に対する対人地雷の被害は、主に非国家主体の参戦する内戦や民族紛争によって発生している、ということができる。
 ところで、これらの非国家主体(交戦団体)は、「対人地雷全面禁止条約」に調印していないのは勿論のこと、国際法上の国家や交戦団体ですら無いことが多く、確立された戦時国際法も適用されないし、また遵守する義務を負わない。何故ならば、現代国際法においては、国際社会は(条約によって設立された国際機関や一部の例外を除いて)主権国家のみによって構成されており、それ以外のもの(個人、多国籍企業、市民団体、宗教団体等)は国際法上の主体たり得ないからである(例外として、「マルタ騎士団」やかつての「パレスチナ解放機構(PLO)」のように、領土が無くても国際法上の準主体であると認められるものもあるが)。飛躍を恐れずに敢えて判り易い例を挙げるなら、たとえオウム真理教が、内戦を戦う交戦団体として国際法的に認知されたとしても、彼らが東京の地下鉄にサリンを散布するのを規制することはできないのである。勿論、紛争当事者の一方が国家で、先に掲げたような国際条約に参加していれば、他方当事者である交戦団体の構成員も一定の範囲で捕虜としての待遇を受けることがある(※注3)。また、国家ではない交戦団体であっても、一国の一地域を事実上占領支配するに至った場合(国際法上、これを「事実上の地方政府」という)、他の国は、かかる団体を「国家」と認めた訳ではないが、当該地域にいる自国民を保護する等実務を処理するため、右団体を準国家として取り扱うことがあり得る(更に、内戦中の国で、当該国政府が、捕虜となった政府軍兵士の安全をはかるため、反乱相手を敢えて交戦団体として認める場合もある)。しかし、これはあくまで、その内戦(武力紛争)が行われている間に限って、必要性によって適用される法理であって、右交戦団体が「国家」に昇格したわけではない。結局、これらの非国家主体は、今後とも人道的、非人道的の如何を問わず、あらゆる武器を使用し続けるであろうし、またそれを規制する有効な手段は、今のところ考え出されてはいないのである。
 付言すれば、対人地雷が、核・生物・化学兵器のような大量破壊兵器(WMD)と異なりやっかいなのは、それが小型・軽量で、なおかつ地上戦では極めて有効な武器である点にある。即ち、対人地雷、製造・管理が比較的容易で、一定の工業基盤があれば製造も難しくない「軽薄短小な」兵器であるが故に、国際法とは無関係な非国家主体によって簡単に製造・使用されてしまう(事実、地雷程度の簡易な武器は、開発途上国やゲリラの手によっても製造されていることが報告されている)のである。これに対して、核・生物・化学兵器は、使用・管理や製造に大規模な産業基盤を持つ国家のみが保有可能な「重厚長大な」兵器であり、ゲリラや武装勢力の手で使用するには手にあまるため、一旦国家間でこれを規制する条約が締結されれば(そして有効な査察制度が確立されれば)、相当程度の実効性が期待できる。
 結局、例え本条約が全世界的に発効したとしても、対人地雷の禁止が最も望まれる紛争地域では、相変わらず非戦闘員への被害が発生し続け、逆に「戦争」の危険を身近に感じなくなった先進諸国の軍隊が、弾薬庫の中の古びた対人地雷を廃棄し、地雷廃絶NGOが自己満足するだけ、ということになり、対人地雷問題は何等解消されないのである

※各条約の正式名称
△ハーグ陸戦条規
:陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約(明治45年条約第4号)
△ジュネーブ四条約
:戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーブ条約
(昭和28年条約第23号)
海上にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーブ条約
(昭和28年条約第24号)
捕虜の待遇に関する1949年8月12日のジュネーブ条約(昭和28年条約第25号)
戦時における文民の保護に関する1949年8月12日のジュネーブ条約
(昭和28年条約第26号)
△ジュネーブ四条約追加第1議定書
:1948年8月12日のジュネーヴ諸条約に追加される国際武力紛争の犠牲者の保護に関する
議定書
△毒ガス等の禁止に関する議定書
:窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の
禁止に関する議定書(昭和45年条約第4号)
△生物毒素兵器禁止条約
:生物兵器及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約
(昭和57年条約第6号)
△環境改変技術敵対的使用禁止条約
:環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約
(昭和57年条約第7号)
△特定通常兵器制限・禁止条約(CCW)
:過度に傷害を与え又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の禁止又は制限に関する条約(昭和58年条約第12号)

※注釈・参考文献
注1:ダムダム弾とは、体内に弾丸が突入したあと、弾体内部の金属を体内に飛び散らせる、高い殺傷能力を持った拳銃・小銃弾を指す。通常の弾薬は、弾頭がそのかたちを保ったまま体内を貫通するので、ダムダム弾よりは苦痛が少ない。
注2:低烈度紛争とは、全面通常戦争よりは下で、平和状態よりは上の規模の、政治的、軍事的紛争を指す。ただし、その定義は、未だあいまいである。
注3:かつては、ゲリラを交戦団体と認める要件として、責任者の指揮下、公然の武器所持、識別可能な標識等の条件があったが、これらの条件では厳しすぎたため、現在では攻撃中又は攻撃に移ろうとする段階で民間人と区別されればよいことになっている。

3、地雷輸出国の責任
 ところで、対人地雷禁止運動を推進する有識者や市民団体は、各国が本条約に加盟すべき理由の一つとして、「地雷輸出国には、対人地雷による被害を拡大した責任がある」ということを挙げている。また、仮に我が国が、一旦は署名した本条約から脱退するようなことがあれば、我が国が対人地雷問題に消極的な国であるとの印象を内外に与え、外交上好ましくないとの意見もある。
 確かに、現在、対人地雷の被害が多数発生している国に埋設されている地雷の中には、紛争当事者が製造したもの以外に、米ソ・欧州・中国の兵器輸出大国製のものが含まれている。これは、東西冷戦時代、西側・東側各国が、それぞれの陣営の勢力を拡張するために、各々が支持する政府やゲリラに軍事援助を行い、その一貫として、大量の対人地雷を供与してきたからである。例えば、エジプトにおいては、現在でも第2次世界大戦中にイギリスやドイツによって設置された地雷原が、まだ撤去もされずに残っている。またカンボジア内戦では、中国に支援されたポルポト派(クメール・ルージュ)、ソ連・ベトナムに支援されたヘン・サムリン政権(救国民族統一戦線)、元国家元首のシアヌーク殿下派、更にはソン・サン元首相のクメール人民民族解放戦線の4派が主導権を争い、その過程で多数の中国製・ソ連製プラスチック地雷(※注1)が使用されて、一般市民・非戦闘員に対する被害を拡大したのである。
 翻って、我が国は、武器輸出三原則等により、対人地雷を含めて武器、兵器の類は一切輸出乃至供与していないばかりか、逆に、我が国とは何等責任の無い開発途上国の内戦の後始末のために、地雷撤去資金100億円を国民の血税から支出している国家である。また、これまで我が国の自衛隊は、(当然のことながら)海外で対人地雷を使った軍事作戦を実施したことも無く、我が国の製造・保有した対人地雷は、全て我が国国内にとどまっている。つまり、我が国の立場は、前述のような「死の商人」たる兵器輸出諸国と同列に扱われるべきではなく、対人地雷全面条約に署名し、対人地雷廃絶運動を積極的に推進すべき道義的責任は無いのである。従って、例え我が国が、本条約脱退に伴い一部の国々や条約推進論者から非難を受けたとしても、かかる非難は、前章で検証した本条約の有効性の観点からも、また我が国のこれまでの武器禁輸の歴史からしても、全く的外れであるとの反論が可能なのである。

※注釈・参考文献
注1:プラスチック地雷は、内部の金属がごく微量なので、金属探知器では容易に探知できず、逆に感度を上げると、釘だとかネジといった地雷以外のものが反応してしまう。そこで、1997年、特定通常兵器制限・禁止条約の第2議定書が調印され、対人地雷には一定量の金属を使用することで探知を容易にし、撤去作業を容易にすることになったが、中国などがこれを拒否し、更にこの議定書が発効する前に、対人地雷全面禁止条約の方が先行してしまった。

4、自衛隊から対人地雷を奪ってよいのか
 一方、今日の我が国を取り巻く安全保障環境を俯瞰すれば、東西冷戦の終結で、北方からの旧ソ連の軍事的脅威が相当程度低下したものの、冷戦時代の対立構造が残存する朝鮮半島、台湾海峡からの脅威は依然衰えていない。また、若年人口の減少や防衛予算の削減等で、防衛庁・自衛隊を取り巻く環境は厳しさをましつつある。このような状況の中で、少ない人員・予算で効果的に国土防衛を可能とする対人地雷を、自衛隊からとり上げてしまって、果してよいのであろうか
 例えば、我が国の周辺有事に際して、北朝鮮の特殊部隊が我が国に隠密裏に上陸し、在日米軍基地や原子力発電所等の戦略目標に対して破壊活動を実施せんとしたとき、対人地雷に頼らずに、北九州、山陰地方の複雑・長大な海岸線を封鎖して、こうした脅威に対処しようとすれば、生身の自衛隊員を多数動員する必要がある。北九州、山陰の、直線距離ですら600キロを越える海岸線に、有効な防衛態勢を敷くには、恐らく全国の自衛隊部隊や警察、海上保安庁に応援を要請しなければならないであろう(実際には、海岸線の他、更に首都・東京、国際空港、原子力発電所等の戦略拠点も守らなければならない)。自衛隊は志願制の軍隊なので、1人の隊員が死亡すればそれなりの補償もしなくてはならないし、また予備兵力も少なく、戦前とは違って赤紙一枚で充員召集をする訳にもいかない。しかしながら、もし対人地雷と監視所を組み合わせて上陸阻止線を形成することができれば、動員する「生身の」自衛隊員や警察官を相当数削減しても、なお効果的な防衛体制を構築することができるのである。
 ところで、この条約に賛成する識者の中には、「対人地雷の軍事的効果は大きく無いから廃止してしまってもかまわない」と主張する者もある。例えば、赤十字国際委員会がまとめた『対人地雷、味方か?敵か?』という論文では、過去に発生した26の武力紛争について8人の軍事専門家(メンバーの肩書きは、それぞれインド陸軍大将、元英国陸軍准将、フィリピン国防軍大佐、オランダ陸軍准将、スイス連邦国防省大佐、カナダ統合軍少佐、南ア国防軍大佐、ジンバブエ軍大佐である)に詳細に検討させている。そして、対人地雷それ自体が勝利に貢献する兵器であったことは無い、との結論を下して、対人地雷の軍事的有効性を否定してみせている。
 しかしながら、この論文が対人地雷について検討した26の紛争(※注1)の中には、周囲を海で囲まれ、敵の上陸から離島を防衛し、又は海岸に隠密裏に上陸し破壊活動を行う特殊部隊を阻止しなくてはならない、我が国の軍事的環境と適合するようなものは一つも無い。例えば、赤十字論文は、1991年の湾岸戦争の際にイラク軍が設置した地雷原が、アメリカを中心とする多国籍軍によって簡単に突破された事実を以って、「地雷原は敵の侵攻を遅延させることは出来ても阻止することは出来ない」と指摘し、地雷の有効性を否定しようとしている。確かに、現在主要先進国の軍隊は、地雷原処理ロケットや地雷原処理ローラー等の対地雷装備の開発・配備を進めており、機械化された部隊がこれらの装備を駆使すれば、迅速な地雷原の突破(※注2)も不可能ではない。また、一部報道によれば、湾岸戦争では、アメリカ軍は気化爆弾を地雷原上空で爆発させ、その爆圧によって地雷原を破壊する作戦を実施したと言われている。いずれにせよ、対人地雷を含む地雷原が、敵軍の進撃を完全に阻止できないことは事実であろう。しかし、敵軍の進撃を「遅延できても阻止はできない」ということは、逆に言えば、少なくとも敵の進撃を遅延させることは出来る、ということである。そして、敵軍を遅延させることは時間稼ぎになり、対抗部隊を出動させたり民間人を避難させたりと、味方を有利にするのは勿論、「戦闘の九原則」にも言われる、敵側「機動の原則」「奇襲の原則」「主導の原則」を妨げることにもなり、だからこそ逆に、対人地雷は有効なのである。更に、そもそも我が国においては、隠密裏に上陸しようとする敵の特殊部隊が、地雷原処理ロケットのような重装備を持っているとは想像できない以上、対人地雷原は敵の進撃を的確に阻止できるということができよう。つまり、「対人地雷は軍事的に無効である」との論議は、イラクの砂漠で戦車戦を繰り広げるならともかく、我が国のように離島を防衛したり、海岸線を特殊部隊の侵攻から守らなければならない場合には、何等当てはまらないのである。

※注釈・参考文献
注1:26の紛争は、以下のとおりである。
第2次世界大戦の北アフリカ戦線、東西欧州戦線、朝鮮戦争、ベトナム戦争、印パ戦争、中印国境紛争、ローデシア・ジンバブエ戦争、南アフリカ共和国とその周辺諸国との武力紛争、フィリピン国内の紛争、中東戦争、チャド・リビア領土紛争、アンゴラ内戦、モザンビーク内戦、カンボジア内戦、アフガニスタン内戦、イラン・イラク戦争、エルザルバドル内戦、フォークランド紛争、ルワンダ内戦、リベリア内戦、クロアチア内戦、湾岸戦争、ボスニア紛争、グルジア内戦、エクアドル・ペルー戦争。
なお、これらの紛争について、赤十字論文は「対人地雷の使用が国際法に適したものではなく、軍事的にほとんど意味がないものであるということを示しているといえよう。」と述べているが、私はそうは思わない。例えば、湾岸戦争の例にしても、ただイラクの設置した地雷が無効だったと述べているだけで、具体的な数値などは一切出ていない。また、多国籍軍(アメリカ軍)側が投射して、軍事的効果が確認されているICM(後述。投射型の地雷)については、論及すらしていない。他の例も、単に事実を指摘しているのみで、その結論に至る根拠が説明されていない。更に、内戦では、対人地雷が適法に設置されていないと言うが、だからといって適法に運用している国家の地雷まで禁止することの根拠にはならないし、また国家管理の地雷を廃絶しても、亜国家の地雷は残存する以上、今後とも対人地雷が「適法に」使用されることは期待できないのである。本論文は副題に「軍事問題としての地雷の研究」と銘打っているが、その内容には対人地雷問題を「軍事問題として」扱った形跡があまり見られない。
注2:軍事的な地雷原処理は、埋設された地雷の約80%を処理すればよいとされるが、民生協力としての地雷原処理は、99・6%の確度が要求されるため、軍隊が使用する地雷原処理ローラーや地雷原処理ロケットを使用することはできない。
ところで、上記の赤十字論文を和訳した「難民を助ける会」は、同論文に付属した「資料編」の中で、陸上自衛隊が開発した92式地雷原処理ローラーを紹介し、「世界屈指の地雷原処理機器を保有する陸上自衛隊が、世界各地で平和的地雷処理に奉仕することが期待される」と評しているが、このローラーは軍事的な地雷原処理装置であり、民生協力には向かないことは明らかであって、これは監訳者の思い込みであろう。(そもそも、それ以前に、どういう法的根拠で陸上自衛隊を外国の地雷原処理に「奉仕」させるのか、不明なのだが。)

5、周辺諸国の動向
 更に、我が国の安全保障に最も重大な影響を及ぼす、アメリカ、ロシア、台湾、中国、韓国、北朝鮮の周辺6か国は、いずれもこの条約に署名していない(アメリカは、朝鮮半島を例外地域とする条件で、条約参加を表明している)のであって、周辺諸国との対応だけから考えても、我が国の対応は東アジアにおける軍事的均衡を損ねることになり兼ねない。後述するように、対人地雷の放棄は地上軍の大幅な戦力減少と同義であり、一方的な軍備放棄に等しい行為だからである。殊に、我が国の海岸若しくは島嶼に、軍隊を上陸させる能力を保持している中国、北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)の動向はなお不安定であって、我々はそれに備える必要がある(※注1)
 このような主張に対しては、「我が国には現在、対人地雷を使用すべき安全保障上の脅威は存在しない」との反論があるかもしれない。だが、北朝鮮がこれまで我が国や韓国に対して実施してきた数々隠密上陸作戦や拉致事件の存在を考えれば、これを「脅威」と認識しないわけにはいかない。例えば、1996年9月には、韓国カンヌン沖で、北朝鮮の小型潜水艦が座礁する事件が発生している。この事件では、韓国に隠密裏に進入し工作活動を行うことを企図していた小型潜水艦が、カンヌン沖で座礁。26人の北朝鮮軍兵士、乗員が韓国に不法入国し、韓国軍と交戦した。上陸した工作員のうち、11人が自殺(正確には10人が身内の兵士に射殺され、そしてその射殺を実行した人物が自殺)したものの、残りの15人は韓国軍部隊と銃火を交え、逮捕された1人、及び行方不明となった1人を除いて全員が射殺されている。そして、その過程で韓国側は、一日あたり6万人、のべ200万人の軍隊、警察を出動させ、結局軍民合計で17人もの死者を出してしまった。つまり韓国は、上陸してきた北朝鮮戦闘員よりも多くの死者を出したわけだが、ここに小規模テロ部隊の討伐作戦の難しさがある。この事件では、北朝鮮潜水艦の任務は、武装偵察員を隠密裏に韓国に上陸させることだったが、搭載人員を特殊部隊の兵士に変更すれば、簡単に破壊活動任務を実施できるようになる。実際、この潜水艦侵入事件では、艦内より歩兵携行型のRPGー7対戦車ロケット砲と107ミリ多連装ロケット砲、それに手榴弾60発が発見されており、これが特殊部隊であったならば、更に迫撃砲や対空ミサイルも携帯していたであろうと言われている。そして、それを討伐する韓国軍側の損害も、更に拡大したであろうことは想像に難くない。
 北朝鮮は、よく知られているように、南北に分断された朝鮮半島の統一をはかるべく、朝鮮戦争以来、韓国との軍拡競争を続けてきた。特に、1962年以来、「全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化」を国家の方針とし、世界最大の12万人の特殊部隊と、50隻の小型輸送潜水艦を保有している(※注2)。一方、わが陸上自衛隊の兵力は約15万人であって、ゲリラ戦に対しては、一日あたり6万人を動員出来た韓国よりも兵力量が遥かに劣っている。特殊部隊の将兵は厳格な思想的、軍事的教育を受けているものと見られ(※注3)、前述の潜水艦座礁事件に際しても、我が国より遥かに高い臨戦態勢をとっている韓国軍をもてこずらせている。そして又、彼の国が極めて不誠実かつ欺瞞的であるのは、よく知られたことである。前述の潜水艦事件に際しても、自国の隠密輸送潜水艦を「練習用潜水艦」と呼び、カンヌン沖の潜水艦は故障して漂流したものであって、人員、船体を即時に返還すべきである、との声名を出し、更に「南当局は座礁事故を悪用している」だとか「我々は被害者として、加害者に対して報復の権利を持っている」「百倍・千倍にもなる報復を行う」などと言い出す始末であった(日本人拉致事件についても、未だにその関与を否定している)。しかも、彼の国は、果して政治指導者が国家を掌握しているのかどうかも不明な、極めて不安定な国家である(※注4)。そして、残念ながら、このような国家が至近距離に存在するのが、我が国の置かれた軍事的環境なのである。
 また、中国(中華人民共和国)に関しては、北朝鮮のような軍事的冒険をする可能性は低いといえるだろうが、我が国との間に尖閣諸島の領有権問題、更には大陸棚の境界を巡って紛争を抱えており、今後、海底油田や経済水域の獲得等の海洋覇権の拡張を狙って、我が国の離島に脅威を与えることは十分に考えられることである。実際、1992年の中国共産党第14回大会では、軍の使命として「海洋権益の防衛」が打ち出されており、南沙諸島の武力占領(※注5)に見られるような軍事力の積極的な行使によって、南シナ海の支配権を獲得しようと動いている。少なくとも、このような中国の拡張政策に対して我が国が断固として反対する態度を示さなければ、我が国の領土も又、いずれは南沙諸島のように不法占拠されてしまうであろう。
 以上のことを勘案すれば、我が国にはやはり安全保障上の脅威が厳然として存在している、といえるだろう。そして、一国の安全保障は、合理的な範囲内で予測され得る侵略形態に、万全な体制で対処すべきである以上、国防上の観点からも、現時点で我が国が対人地雷を放棄するのは、得策ではない。少なくとも、冷戦の崩壊と欧州通常兵器制限条約の調印で大幅な軍縮(※注6)が実現され、我が国とは比べ物にならない程安定した軍事的環境にある欧州諸国やカナダとは、地政学的に置かれた状況が全く異なることは、頭にいれておくべきである(※注7)

※注釈・参考文献
注1:だからこそ、アメリカはオタワ会議の課程で、朝鮮半島の例外化を求めてきたのであり、そしてその米国修正案を支持した我が国の行動は、極めて妥当かつ常識的であった。
注2:北朝鮮の特殊部隊による、韓国沿岸への上陸、偵察作戦は、日常茶飯事の事であった。特に、ベトナム戦争当時の1960年代後半が最も活発で、1968年11月にはウルチン・サンチョク事件という北朝鮮ゲリラ侵入事件がおきている。ウルチン・サンチョク事件とは、カンヌン付近のウルチン、サンチョク一帯に北朝鮮特殊部隊兵士120名以上が上陸し、韓国軍と激戦を繰り広げた事件である。
注3:潜水艦侵入事件の討伐作戦中、韓国陸軍特戦団の軍曹一名が、リペリング中(ヘリコプターから飛び降りる途中)200〜300メートルの遠距離から狙撃され戦死しており、射撃練度はかなりのものがある。
注4:実際、北朝鮮を最も強く監視していると思われる、韓国の国家安全企画部の長官は、96年の韓国国会で、「北韓の軍事的冒険の可能性に備えなければならない」とまで発言している。幸いにして、今のところ安全企画部長官の「予言」は当たっていないが。
注5:南沙諸島、西沙諸島をはじめとする諸諸島は、戦前は我が国の領土であって「新南群島」と呼ばれていたが、サンフランシスコ平和条約によって領有権を放棄したため、無主物になっていた。(但しここで注意しておくが、私はこの注を入れることで、「我が国にも南沙諸島に対する潜在主権があり、従って我が国も南沙諸島方面へ軍事的に進出すべきだ」等と主張したいわけではない。)
注6:特に、旧東側地域では、冷戦時代と比べて約50%の削減が行われた。
注7:当初、この全面禁止条約に至る前に開かれた特定通常兵器制限・禁止条約の再検討会議では、ノルウェー、デンマーク、メキシコ、スウェーデン、アイルランド、オーストリアの各国が、対人地雷の全面禁止に賛成した。しかし、これらの諸国の周辺には、北朝鮮や中国のような国家は存在しないし、従って我が国とは軍事的環境が異なる。逆にフィンランドは、隣りの大国ロシアの存在を考慮して、現在でも対人地雷全面禁止条約に参加していない。なお、ICBLはこの会議で、地雷問題を「軍事問題ではなく人道問題として扱うよう」求めたというが、問題はそれほど単純ではない。

6、国防上の地雷の必要性
 陸上自衛隊では、今回の条約署名に伴って、対人地雷に代わる兵器の開発を開始することにしている。現在、自衛隊は、対人地雷、対戦車地雷、ヘリコプター散布地雷をあわせて合計8種類約100万個を保有しており(もっとも、地雷100万個は、海岸線約200キロ分に過ぎない)、このうち、条約で規制の対象となるのは、対人地雷4種類である。また、対人地雷全面禁止条約は、これらの「制式地雷」(つまり、対人地雷のうち、当初から対人地雷として製造されたもの)とは別に、手榴弾や迫撃砲弾等を現場で改良して、応急的に地雷型の爆発物とする「急造地雷」の使用も禁止している。その為、条約上実質的に規制の対象となるのは、隊員が各々装備している手榴弾にまで及ぶといえる。以上を考慮すれば、自衛隊が保有する条約規制対象兵器は膨大な数になる訳だが、それらの廃棄もしくは使用制限によって発生する軍事上の欠闕を補完するためには、よりハイテクな仕掛けを持った新型地雷の開発、及び部隊の火力増強を行う必要がある。ハイテク地雷の開発と大量配備には費用と時間がかかり、一般部隊の火力増強にも防衛予算の増額が必要だが、今のところ政府がこうした措置をとることを決定したとの報には、残念ながら接していない。仮に、我が国が防衛費を増額しないまま本条約を批准すれば、陸上自衛隊の自衛力は、地雷及び地雷類似の急造兵器による作戦が一切遂行できなくなったという意味で、大幅な減少を余儀なくされる、といえるだろう(※注1)
 かかる主張に対しては、「それでも一定のコストを払って代替兵器を開発すべきである」とか、「外国から代替兵器を輸入すれば、開発・配備の時間を短縮することができる」といった反論が想定されよう。事実、一部の識者は、従来の対人地雷に代るべき兵器として、米軍が開発、使用しているICMImproved Conventional Munition、=改良子爆弾)の導入を主張している。このICMという兵器は、火砲やロケット弾の弾薬の一種で、1発の砲弾の中に50個近い子爆弾を内臓しており、目標地点の上空で炸裂して子爆弾を散布する、というものである。その長所は、砲兵部隊の数分間の射撃で対人・対戦車障害が構成できること、子爆弾を砲弾で遠くへ飛ばすため味方支配地域外でも障害形成ができること、時限式信管を使用し、また非埋設式であるために除去作業が容易であり、非戦闘員の被害を極小化できること、「重厚長大型」の兵器(砲弾の製造には一定の工業基盤が必要な他、榴弾砲を操作するには7〜8名の人員とその他の支援要員が必要であり、ゲリラや武装勢力等の非国家主体では、扱い切れない)であること、などである。しかし、果してこの兵器は、国内を主戦場とする我が国の陸上自衛隊にとって、「使える」兵器なのだろうか。前述したように、ICMは砲弾の形で榴弾砲や多連装ロケット発射機から発射するのだが、その弾着は、現在の技術を以ってしても精確には指定できない。従って、ICMでは精密な障害設置や設計が出来ず、自軍陣地の防衛など局所防衛のための設置や、味方の通交路を開けておくことが出来ない。また現実問題として、人口周密な我が国本土でこれを使用することは、想定し難い(まさか、原子力発電所を守るために、原発に向かって砲弾を発射し、原発上空から爆薬の詰まったICMをばら撒くわけにも行くまい)。結局ICMは、米軍が中東の砂漠で使用するならともかく、我が国のように長大な海岸線を有し、特殊部隊の上陸に備えなければならない国家にとっては使用し難い兵器であり、対人地雷の代替兵器とはなり得ないのである。その他、各種の代替兵器が提案されているが、いずれも上述したのと同様の問題を抱えており、対人地雷を完全に代替する兵器は、残念ながらまだ考案されていないのが現実である(※注2)
 そもそも、対人地雷は本来、自軍の陣地を守備したり、対戦車地雷原に敵工兵部隊を接近させないために埋設される、極めて防御的性格の強い兵器である。紛争地域のゲリラがそうしているように、人心荒廃のために無差別に埋設し、民間人を殺傷するのは、全く以って本来の使用法ではない。前述の赤十字論文も、練度の高い軍隊がよく監視された陣地を防衛するために地雷を使用することには、軍事的効果はある、と認めている(※注3)。であるならば、我が国の軍事的環境、防衛政策上の配慮等を考慮する時、新しい「防衛計画の大綱」が謳うように、自衛隊のスリム化・コンパクト化を望むのならば、この種の有効な待ち伏せ兵器は、削減するよりもむしろ充実させるべきなのではないだろうか

※注釈・参考文献
注1:アメリカは、自国が対人地雷を放棄することによって、自国軍将兵の死傷率が35%上昇すると試算している。また私が取材したある陸上自衛隊の普通科の中堅幹部は、対人地雷の廃止で陸上自衛隊の実力は、現場感覚では「半分以下になる」、と指摘した。
注2:代替兵器について、赤十字論文は、「光線、発泡性物質」といった暴徒鎮圧器材、「軍事諜報機関や警戒体制、融通に富む戦術」「機関銃、小銃を自動発射するセンサーシステム」「無人偵察機」等を対人地雷の代替に挙げている。しかし、いみじくも赤十字論文自身が認めるように、これらは対人地雷放棄で失われた機能を、全て補うものではない。特に、暴徒鎮圧器材や「融通に富む戦術」「無人偵察機」などは、地雷はおろか自動小銃の代替にすらならないであろう。
注3:赤十字論文が指摘した、旧ローデシアにおける火力発電所を守る地雷原の例では、その地雷原を管理する者がおらず、発電所は無人だったという。そして、そのような状況下では、対人地雷原は容易に突破されてしまったという。しかし、この例が我が国の原子力発電所に該当しないのは明らかである。

7、我が国の地雷被害者に対する貢献
 我が国が、世界各地の内戦国で発生している対人地雷の被害を、現実的及び人道的見地から真の意味で防止したいと欲するのであれば、それは我が国自身が対人地雷を放棄することではなく、資金援助と外交努力によって達成されるべきである。地雷廃絶を進めるNGO「JAHDS」も指摘する通り、今日埋設された地雷を撤去する上で最も深刻な問題が、実は資金不足なのである。例えば、現在最も頻繁に使用されているローテクな対人地雷は、製造にわずか300円程度しかかからない。これに対して、埋設された対人地雷を発見・撤去するためには、1個あたり7万〜10万円の人件賃と、最新型の地雷探知装置か必要になるが、こうしたコストはNGOや発展途上国が独力で負担するには重過ぎるものとなっている。しかし、もし我が国が、国際貢献という形で、地雷撤去に資金を捻出することが出来れば、その資金で現地住民を雇用し、地雷撤去技術を伝授することができる。そして、そのような地雷撤去産業に資金を投じることは、単に地雷原を撤去して安全な土地を拡大することができるだけでなく、経済の破綻した紛争当事国に一つの雇用を創出させ、民心の安定にも寄与することになるのである。
 また、地雷被害者の医療費も、診察料や生涯の義肢代として40万円を越える金額が必要になるが、社会保障や医療体制が整備されていない、戦争直後の開発途上国では、被害者一人一人に対して十分な対応が出来ない。実際、こうした被害者に対するケアは、国連やNGO等のボランティアに依存しているのが現状である。従って、このような分野にも、我が国の支援の手を差し伸べることができるだろう。
 更に、現在の対人地雷全面禁止条約にかわって、地雷の移転(貿易)と無差別使用のみを禁止し、罰則として無差別設置を行った者を(国家、非国家を問わず)国際刑事裁判所等で処罰することを可能にする国際条約を提唱し、全面禁止条約に参加していない諸国の参加を促すべきである。これは、武器輸出による地雷被害の拡大を阻止し、今後とも対人地雷の無差別性、非人道性を最小限にとどめるよう、必要な外交努力と言えるであろう。
 しかし、繰り返すが、地雷被害者の救済等、地雷被害の軽減と、我が国の地雷所持とは何等関係が無い事柄である。我が国が地雷を放棄したからといって、開発途上国の地雷が消滅する訳ではないし、従って我が国の推進している「犠牲者ゼロ・プログラム(※注1)にも何等寄与しないのである。我が国の地雷放棄が世界の地雷被害軽減につながる、等といった考えは、我が国が軍備を放棄すれば世界が平和になるといった思い込みと同じたぐいのものであろう。

※注釈・参考文献
注1:外務省のホームページを見ても、「犠牲者ゼロ・プログラム」と我が国の地雷放棄との間に如何なる関連があるのかについて、説明してはいない。また、あるNGOのメンバーは、オタワ会議の日本代表団に対して、「地雷禁止条約なき地雷撤去資金援助は、お金をドブに捨てるようなものだ」と発言したというが、これはあまりにも現実を見ていない発言という他ない。

8、おわりに
 ともすれば我が国では、対人地雷の問題についても「あのダイアナ妃が参加していた運動だ」だとか「ノーベル平和賞を受賞した」等といった権威やムードに流されて、しかも戦車や軍艦とちがって「些末な」兵器であるため、確固たる理由や根拠も無く、雰囲気だけで条約に賛成するかのような報道がしばしばなされている。公共放送であるNHK(日本放送協会)ですら、対人地雷全面禁止条約に関して、条約の内容を検討する態度すら見せていない(※注1)。我が国に於いて戦後半世紀の間喧伝されてきた「反戦平和」というセットフレーズも、兵器に対する無条件の反発を助長している、といえるだろう(※注2)。橋本龍太郎首相も、恐らくは深い考えも無しに、そのような国民的風土や無責任な非政府組織の大合唱に迎合して、ただ内閣支持率の上昇や我が国の一時的な世界的名誉だけのために、条約署名を決定してしまったのではないか、と思料される。
 しかし、条約そのものの実効性に対する疑問と、対人地雷の廃止に伴う我が国の国防への悪影響を考えるとき、国民、国家の安全という重大な責任を負う我が国政府が、1つの内閣の支持率だけの為に、かかる問題だらけの条約に署名すべきかどうか、その是否は論ずるまでもないのではないだろうか。

※注釈・参考文献
注1:オリンピックにおける報道や、「クローズアップ現代」等の特集番組において、NHKの報道姿勢は、ひたすら地雷被害者の悲惨な映像を見せるだけで、その原因について深い考察も無く、公平ではなかった。片足が無くなった被害者のショッキングな映像を見せ、議論を誘導したりするのは、感情的な廃止論を元気づけるだけである。
注2:前述の赤十字論文を和訳したのは「難民を助ける会ボランティア」だが、この団体はその他に地雷撤去キャンペーンの絵本「地雷ではなく、花をください」を出版しており、「日本PTA全国協議会」や「全国学校図書館協議会」の推薦、選定図書に指定されている。たしかに、対人地雷の非人道性について子供たちの注意を喚起することは、決して悪いことではない。しかし、このような啓蒙活動も、対人地雷の非人道性の指摘と我が国の地雷放棄とを直接結び付けるようなことがあってはならない。それは、「軍隊の存在は非人道的である、従って我が国は非武装中立であるべきだ」という考えと同じ過ちを犯すことになる。誰だって、地雷をもらうよりは花をもらった方が嬉しいにきまっており、むしろそうした感情的な議論こそ、問題解決の方向性を誤らせることになるのではないか、と懸念する。

※参考文献
藤井 久 「地雷!!その機能と正しい使い方」 『軍事研究』97年12月号 ジャパンミリタリーレビュー社
藤井 久 「北朝鮮潜水艦侵入事件」 『軍事研究』96年12月号 ジャパンミリタリーレビュー社
外山 茂樹 「韓国安保態勢の不備と北の欺瞞性」 『軍事研究』96年12月号 ジャパンミリタリーレビュー社
高井 三郎 「在来型対人地雷の代替技術と戦術」 『軍事研究』98年2月号 ジャパンミリタリーレビュー社
石川 巖 「潜水艦事件直後の韓国」 『軍事研究』97年1月号 ジャパンミリタリーレビュー社
軍事研究編集部 「新防衛計画の大綱 全文」 『軍事研究』96年2月号 ジャパンミリタリーレビュー社
坂梨 靖彦 「自衛隊のリストラと防衛力強化」『軍事研究』96年2月号 ジャパンミリタリーレビュー社
柿谷 勲夫 「対人地雷は『悪魔の兵器』」か」『正論』98年6月号 産経新聞社
赤十字国際委員会 「対人地雷 味方か?敵か?』 自由国民社
防衛大学校安全保障研究会 『安全保障学入門』 亜紀書房、1998年
松村 劭 『戦術と指揮』 ネスコ
目加田 説子 『地雷なき地球へ』 岩波書店
三省堂 『解説 条約集』第4版 三省堂
二宮書店 『データブック オブ・ザ・ワールド 1997』 二宮書店
英国国際戦略研究所 『ミリタリー・バランス94-95』 メイナード出版、1994年
防衛庁 『防衛白書』平成7年度版 大蔵省印刷局、1995年
防衛庁ホームページ
外務省ホームページ
カナダ外務貿易省ホームページ
JAHDSホームページ
「難民を助ける会」ホームページ

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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