このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

初恋は風花に似たセピア色

 平成14年3月16日(土曜日)サンリバーホテル宿泊。
時間に合わせて宿を出る。駅前バスターミナル、教えられたとおりのバスに乗る。東祖谷山村
に向かうバスの乗客は多くない。役場の担当者は当然に休み。宿直女性に意向を伝え、月曜日
担当者に止むを得ず土曜日に伺った旨の事情説明を依頼する………

 当日の日記の一部である。
お接待に対してのお返しとして考えた『アキカン拾い』これを成就するには、アキカンを引き
取って下さる『引き取り場所』の整備が必要。当時216あった四国全市町村宛てにアキカン引
取り依頼の文書を送付したものである。当該地に霊場や遍路みちが有ろうと無かろうと、返事
をいただいたのは58件。

 引取りを了解いただいたことに対するお礼を申し上げ、地域の『ゴミのポイ捨て』の現実を
尋ねながら45日間を歩き続けた。全部を回り切ることができず、夏休みを利用して2週間を費
やした。小澤氏と2人で3年間。多少の不満は有っても、漸く今年になって『アキカン引取り場
所』で四国へんろ道を、1つの環に結ぶことが出来た。

 東祖谷山村へ向かうバスは、山肌をヒラヒラと飛び跳ねる。右は深い谷、思わず身体を左に
捻る。バスが谷底へ転がり落ちたらどうなるのだろう。不安が身体を過ぎっていく。
バスが止まった。運転手は席を離れ路上でゆっくりとタバコの煙を吐き出した。運行の時間調
整らしい。深い谷に蔓橋が架かっていると言うのだが、此処からは見えない。暫くして停車の
説明もなく、バスは走り出した。
『此処ですよ』 
バスは東祖谷山村役場前で停まった。ここまでが日記の書き出しである。

 祝土日だからと足踏みする余裕はない。御礼にお伺いした気持だけでも、ハガキの主に伝え
たい。1週間の予定は、留守を承知の可笑しな役場訪問になってしまう。
とは言いながら身勝手なもので、或いは何らかの都合で出勤? を想像したりする。
そのような偶然はあろうことなく、5分もかからず役場の外に出る。
来た道をバスに揺られて帰るだけである。そのバスには時間があり過ぎる。役場と道を挟んで
食堂がある。ここで時間を潰すことにした。

 四国の役場遍路を終った2週間後、意味の判らぬ写真1枚が目についた。考えても思い出せな
い。茶色の画面に、これまた同じ色合いの○だけが写っているのだ。イライラするだけである。
 
 久し振りに小澤氏の訪問があった。自分の写した写真が判らぬこと。他人に尋ねることは気
恥ずかしいことであった。彼は暫く考え込んだ。
『これは饅頭だろう? ほら役場の前の食堂の…』
『役場?』
東祖谷山村役場と咄嗟に言葉が出るあたり、10歳年下とはいいながら同じ年寄りとして腹が立
つ。こんな時タバコを並べてみるとか、湯呑み茶碗を置いてみるとか、角度をつけると大きさ
と重量感が出てくるんだよな。
デジカメの先輩でもある。しかしこのような指導語を耳にすると、なお苛立ちが募ってくる。
言われれば確かにこれは、あの時の饅頭だ。祖谷の圧し印があるではないか

 役場のずうっと下を、太陽の光を一杯に受け止め、時折白く岩を噛む青い流れ。
砕けて喉越しに渦を巻く、セピア色の流れ。
二つの流れは風に靡きほろ苦い甘さ。それは『初恋のひと』であった。
雲間から射し込む光にキラキラと揺れ動く風花。掬おうとする指の間を微笑みながら、するり
と抜けていくあのほろ苦さ……

 遠い少年の日、甘いものを口に出来なかった老人は、命を賭けて四国の『甘美な恋』を追い
かける。すべての恋は、その甘美さに仄かな想いを残し、喉元を過ぎていく。

 四国の初恋饅頭をもう一度、だが何度探しても写真が見つからない。
皆さんにも見ていただきたかったのに…… それどころではない。私の大事な写真が見当たら ないとは……

 柔らかさも、程よい重さも、大きさも、時が過ぎれば忘却の中に埋もれていく。
輪郭がセピア色に崩れて霞む。だからこそ、常に恋を繰り返し夢見ることになるのだろうか。
 この日から私の『四国恋人』追っかけが始まった。 以上

CAN

赤ちゃんのお尻   05.2.5


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