このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

遍路はひとり

 四国八十八ヶ所札所巡りは、十人十色。
歩き遍路十人に問えば夫々の期待と行動は千差万別、結願を果たした感慨はその人の心が決め
るもの。四国霊場が誕生してから関わり合った遍路の数だけ、感慨が生まれたと考えられる。

 生きるということは死ぬること。死ぬるということは、それまで生きねばならぬこと。時間に
関係なく、時代に関係なく、此れが人間の一生であり、その人の人生である。
 子を産み育て、子の成長を見届けた時、人としての役目を終える。しかし其れすら叶わぬ人も
いる。貧しい生活の中に幸せを手にする人もいれば、経済的に恵まれているのに不幸を託つ人も
いる。此れも一生であり、その人の人生である。

 四国八十八ヶ所礼所巡りについては、様々なことが言われている。
四国遍路に出ることによって、心身共に洗い浄められ、生まれ変わることができる。四国遍路に
出かければ、弘法大師にお会いできる。札所では様々な仏様にお会いできる。四国遍路は三百五
十里(1400キロ)、歩くことが修行である。等々、挙げる理由は、幾つもある。

 四国遍路に出かけることによって、誰もが生まれ変われるわけではない。お大師様にお会いで
きるわけでもない。秘仏と称し拝観すら出来ない札所もある。まして、仏様においておや、であ
る。
他の動物同様、人間は生まれた時から死ぬるまで歩き続ける。還暦を過ぎれば、随分と歩いたこ
とになる。歩くことが修行なら、とうに修行は終っている筈である。
歩くという修行の中では、遍路本人の気持、心の持ち方で、何かを見つけたり、何も見えなかっ
たり、の結果が生じるのではあるまいか。
三百五十里の歩き方、同じ歩き方が無いのと同じように、何を観たのか、何を観なかったのか、
どのように感じたかは万人万様である。



 遍路はひとりで歩いても同行二人。お大師様と一緒だと言われている。
みちに迷う事を心配し、宿に着く時間を気にしながら、初めて88霊場を辿った時の事を想いだそ
うとする。   
しかし、歯を食い縛り、地図を片手に電柱のマークを気にしながら走り抜けたあの日の事は、同
行二人であったことすら思い出せない。歩く度に、記憶に残らなかったことが懐かしく、妙な気
分になてくる。

 二度目三度目になると、少しずつだが余裕ができて、周りが見渡せる。
豪雨の中、足元を流れる水音を気にしながら、落ち葉を踏んでの山越えは苦しい。しかし、時を
刻めば、懐かしさだけがこみ上げてくる。霧の流れに身を置いても、踏みしめた微かな雪の呻き
をに耳にしても、同じように懐かしさを醗酵してくれる。
引き込まれるほどに深く深く澄みきった、蒼空に身を浮かべても同じである。

 追いついても追いつかれても歩調を合わせ、昔からの知人のように遍路同士が語り合う時は、
素晴らしい時間となる。3人が逢えばお大師様を含め、数字的には6人の大所帯になるからでもあ
る。遍路は相手の身の上を訊いてはいけない、の不文律もあるのだが……… 

 蜜柑畑のお爺ちゃんに(此方も相当なお年だが…)剪定のコツを尋ねたり、畑の草むしりをす
るお婆ちゃんに、稲作の出来具合を教えられたり、孫の話が飛び出すこともある。
この楽しさが、四国に何度も足を運ばせる。
しかし、四国の山も川も、空も海も、これ等の醸し出す風景も、出会う四国の人たちも、年々歳々
一様ではない。

 苦労した後には、楽しみが待っている。楽しみを過ごした後には、悲しみが控えている。
人間は一人っ子であろうと大勢の友達の中に居ようと、生まれたときはひとりであり、死ぬ時も
一人である。何処にいようと何をしようと、本質は孤独なものである。
『孤独では無い』と思うことが孤独の裏返しでもある。とするなら、遍路とて袖すり合っても良
いのではあるまいか。一期一会よりも、一期百会でありたいと思う。
しかし、ひとりは一人。何人の友を集めようともひとりは一人、二人には成れない。

 人生は糾える縄の如く、裏表を繰り返し、終りまで続くのだ。頭では理解しながら、終焉の時
刻は、誰も知らない。裏表の繰り返しすら、予知出来ないでいる。だから生きていけるのかも知
れない。 
あと5年、足が丈夫で生き長らえて、10回目の区切りをつけたい。年齢を数えれば淡い希望であり
儚い夢である。
凡ては、個人の意思でどうなるものでもない。老人の欲は、何処かで潰される。

 下手な読経の度に『色即是空 空即是色』が堂々巡りを始める。此れは、難解な哲学である。
色即是空 空即是無 の方が凡夫には判り易いのに……
加えて、一期一会よりも一期百会の方が『ひとり』であっても、明るくて楽しいと思うのだが……
遍路行進曲 に続く


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