海岸清掃の感想レポート





 本年10月上旬に鹿島市に転入してから、海岸のゴミの多さに愕然とし、直ぐにゴミ広いを始めました。
延々と続いて切りがなさそうなので、取りあえず「はまなすの精」のある突堤から、その北にある突堤ま
での非常にゴミの多い範囲に限って行いました。

 始めてから約二ヵ月間に、鹿島市指定の不燃物用ゴミ袋で約85袋およびかなりの量の粗大ゴミを拾い
集めて、市役所のゴミ対策課に四度に渡り、引き取りをして頂きました。

 
   これに費やした時間は、およそ四十日ほどになるかと思われますが、この間に感じたことや発見した事
柄を、今後の活動に際しての何らかのご参考になればと考え、以下に記します。

 ①  「昔は裸足で走り回ったもんだ……」との近隣の人の言葉が印象に残り、ゴミ拾いを始めました。
   まずは最も危険だと思われる「瓶などのガラス製品」から始めたのですが、おそらく四百本以上は
   転がっていたと思われます。
   酒やワインの瓶もありましたが、多くは「栄養ドリンク」の小さな瓶で、しかも蓋が閉じられてい
   ました。

 
 
    これは蓋があることにより中に空気が閉じ込められ、従って水面または水中に浮いていたものと
   考えられます。それが波の強いときに浜に打ち寄せられるのでしょう。つまり、蓋のないものは海
   底に沈んでいるのではないかと思われるのです。
        (関田さんにこのことをお話ししたところ、捨てる者は飲み終えた後、キャップを閉めて捨てる
   のだろうと言われました。そうすれば一度で済むが、別々に捨てると二度捨てなければならないか
   らだとのこと。なるほどと頷いた次第)

 ②  続いて鉄やアルミの「空き缶」を拾いました。地上にあってはこれが最も多く転がっているので
   すが、意外なことに浜辺では比較的に少なかったのです。これは瓶とは違い、飲み終えた後に蓋を
   することが出来ないから、内部に水が入り、海底に沈んでしまったのだろうと思われます。
   従って浜辺に打ち上げられている数は比較的少ないのですが、海底に累々と横たわる姿が想像され
   て、ぞっとしないではいられません。
    以前、テレビで東京湾の底に横たわる大小各種のゴミが映されていましたが、背筋が寒くなる光
   景でした。目の前に広がる青い海にの下もそうなのかと思うと、ぞっとするのを禁じ得ません。

 ③  次ぎは「ペットボトル」及びプラスチックの容器を集めました。
      これはかなり古いものもあり、中に海水の入っているものが多く、可能な限り中身を捨ててから袋
   に入れました。また時には、中身は飲まずに捨てたに違いないものも珍しくなく、日本人の消費行
   動に対する疑問を抱かずにいられませんでした。これは「空き缶」よりもずっと多くありましいた。
   中身さえ空なら軽いので、ゴミ袋の「大」を使うと能率良く拾うことができました。
    マヨネーズや洗剤の容器など、各種のプラスチック容器も結構多く転がっていました。
   その他のプラスチック製品の「かけら」は無数にあり、小さなものは最後まで残りましたが、丹念
   に拾う他ありませんでした。

 ④  破れた網、千切れた綱、流れた大小のブイなどの漁具は、とても多くあり、海の男達が海に沢山
   の物を捨てている事実を知って、意外な思いがしました。これらは今や殆どプラスチック製であり、
   浜辺に転がっているとその派手な色彩が砂の色となじまず、上記のプラスチックの様々なかけらと
   共に醜く目に映り、違和感を抱かせられました。
    途中まで書いたレポートが、親の心臓手術という突発的な事態が生じたため、中断を余儀なくさ
   れておりました。大事には至らずに持ち直すことができ、一段落したところです。

 レポートの続きを記します。
 
 ⑤   粗大ゴミ
    様々な大きなゴミがあります。最もひどいのは、自動車が何台か捨てられていることです。
   次いで大型テレビ、冷蔵庫などの電器製品、漁具の中でも大きなもの(直径10センチ位の網の半
   分ほどが砂に埋まっていて、引張ってもびくともしないものがありました)、さらに犬小屋なども
   あり、実に様々でした。  
   拾えるものは拾いましたが、とても人間の手では無理なものもありますし、また一人の力では動か
   ないようなものもあります。
    これらについては、起重機などの機械を使うなり、何人かで力を合わせてやらない限り撤去は困
   難と思われます。

 
 
⑥   人工物と自然物について
    人によって様々なようですが、私は人間が造ったもの、すなわちガラス、金属、プラスチックな
   どの本来自然界に存在しなかったものが散らばっているのを見ると、大変醜く感じられました。

    一方自然界に存在する「木」や「竹」や「葉」などのゴミは、確かに無い方が広々として良いに
   は違いないのですが、それほどの違和感や撤去の緊急性を感じることはありませんでした。むしろ、
   流木の一部には其れなりの情緒がありまし、たった一つだけ見つけることができた「ヤシの実」な
   どは、昔聞いた童謡を思い出して感慨に耽ったものでした。加えて自然物は、自ら土に帰るもので
   あるのに対し、人工物はそうならないという厄介な問題があります。

    つまり、「自然物」はそれほど汚くなく問題ではないと感じ、反対に人間が量産しては廃棄して
   きた「人工物」は、自然にそぐわず醜いし、問題が多いと感じられてなりませんでした。
    つまり私は、まずは人工物を徹底して回収すべきだと思います。
   流木を集めて燃やすということが、割りに気楽に行われているかに見受けられます。海岸の掃除を
   少しでもきれいにしたいという意思の現れであることはよくわかるのですが、何もかも一緒に燃や
   してしまおうとする傾向があるやに思われます。

    これは何とも安易な考えで、昔はそれですんだのかも知れません。ここの海だけではなく、地球
   全体を通じて言えることなのでしょうが、捨てられるゴミの量が地球の吸収能力と云うか、包容力
   と比べてごくごく小さかった頃には、海岸でたき火をしたり、それもせずにただ海や浜に捨てても、
   十分吸収し、消化することができていたのかも知れません。
    しかしこれだけのゴミの量が増えている現代では、そうはいかなくなりました。
   すでに、地球の限界がすぐ目の前に来ています。

    昔から生活ゴミは浜に捨てるという習慣を持ち続けてきた海岸近辺に住む方々も、今や発想の転
   換を計るべき時が来ていることを真剣に自覚して頂きたいと願います。



    さて、新年早々、五回目のゴミ回収を市役所にお願いしました。
   拾って詰めたゴミ袋は、優に百袋を超えることになりました。それでも事態は、悲しいことにほん
   の少ししか改善されておりません。
    その後少し北側に足を伸ばして歩いてみたところ、改めて愕然とする光景を目にして暗澹たる思
   いにとらわれたのですが、口で表現するのも難しく、何枚かの写真を撮りました。
   多くの方々に海岸の現実を御認識いただければと思います。

取り戻そう  裸足で歩ける海岸を!

  文字列の回り込みを指定する
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 鹿島市在住 カンカンラリーメンバー 徳永 達也

注 徳永氏より本稿お送り頂きましたが当方の健康状態、およびパソコン、 
  プリンター等の不具合により掲載が遅れてしまいました。
  徳永氏へのお詫びを申し上げますと共に、本日掲載いたします。07,9.25
 
 平成19年【88クリーンウォーク四国】に参加して 07.8


体験記トップに戻る

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください