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中国国鉄最大幹線「京滬線電化」が示す物について考える
−記録的速度での「京滬線緊急電化工事」実施が示す「中国国内のエネルギー状況」−
TAKA 2006年06月20日
私は中国に関して大学時代の専攻が「中国政治経済論」だった事も有り非常に興味が有り、近年も多少時間が出来たので正月に中国旅行(上海・北京・重慶)に行き、色々な面で中国の現地の状況を見てきたりしています。
実際「
TAKAの交通論の部屋
」「
交通総合フォーラム
」でも、毎年の中国旅行訪問時に利用した鉄道等の交通機関についてのレポートを書いたり、中国の高速鉄道についてのレポートを書いたりしながら注目していました。
その中で今回入ってきたニュースが、中国の大都市である直轄市4都市(北京・天津・上海・重慶)の内3都市(北京・天津・上海)を結ぶ京滬線(北京〜上海)が、本年7月に電化されると言う話です。
「
北京−上海:7月1日に鉄道在来線を全面電化
(中国情報局)」
私が2005年1月に北京〜天津間で京滬線を利用した時には、北京駅周辺では他の電化路線からの乗り入れ用に電化された以外、北京〜天津間や天津駅構内では電化の動きが全く見れなかった為に、京滬線電化はノーマークで「京滬線このまま高速新線開業を迎えて、非電化のままローカル&貨物専用線に転換されるのだろう」と考えていました。
しかし上記の記事を読むと、私の天津訪問後の「2005年5月に緊急計画で立案→8月全面着工→2006年7月完成」と言うタイムスケジュールで電撃的に着手された事になっています。
京滬線は全長1453.82kmの中国最大の幹線であり、中国国鉄の最重要幹線で有る事は間違い有りません。しかしその京滬線に関しては、輸送力増強が電化・バイパス線(京九線)が進んだ京広線(北京〜広州間)や電化・高速新線建設が進む東北方面各線に対して整備が遅れていた事は否定できません。
その京滬線の整備の遅れを取り戻す切り札が(技術的ハードルが高くても)「北京〜上海間高速新線建設」であると思っていたので、有る意味「緊急対策」的な「京滬線全線電化」が行われるとは思いも見ませんでした。
けれども状況的には、二重投資ともいえる「京滬線電化」を行わなければならない「背に腹を変えられない」事情が存在していたと言えます。今回は京滬線電化が図らずしも示した「中国の窮状」及び「中国のエネルギー事情」について考えて見たいと思います。
☆ 何故京滬線は電化されたのか? −その要因は「石炭輸送」に有る?−
では何故京滬線は、「2010年には並行高速新線が開業」と言う状況の中で「1453.82kmを1年間で電化工事を実施」と言う突貫工事で電化されたのでしょうか?傍から見れば「二重投資」とも見れる工事を5カ年計画の枠外で臨時に行った真相を探ると、中国経済の抱える深刻な問題が見えてきます。
少なくとも京滬線は上記報道で言われるような「航空機や高速道路に対する競争力を高める効果」と言うのは副次的効果に過ぎません。電化の最大の目的は「輸送力増強」にあると推察します。それも旅客ではなく貨物輸送、特に石炭輸送に対しての輸送力増強が、京滬線電化の最大の目的であると推察します。
元々中国のエネルギーの根幹は石炭にあり、特に電力事情を左右する発電は西部では水力発電と石炭火力発電がメインですが、経済成長著しい東部沿海地域では石炭火力発電(後は泰山原発)が主力の状況で、その石炭火力発電を支える石炭の供給は中国国産では山西炭(山西省産出の石炭)が主力になっています。
実際「電力需要は経済成長に伴い、2000年〜2003年で40%も増加し約1兆9千億kW時に達する」「エネルギーの75%を石炭に頼る」と言う状況であり、今の中国の電力不足の状況の中でそのエネルギー源の石炭輸送は非常に重要であると言えます。
その様な石炭需要の逼迫した状況もあり、中国国鉄の貨物輸送の中では、04年上半期で81億トンを輸送した石炭輸送がきわめて重要な要素を占めている状況に有り(「
石炭の鉄道運搬拡大も事態改善見込めず
」(中国情報局))のですが、色々努力しても危機は解消できず、2004年夏季には「
3473万トンの石炭の緊急輸送
(中国情報局)」を行うなど逼迫した状況が有り、今も基本的には変っていないと言えます。
その様に中国の電力需要の根幹を支える石炭輸送の中で、中国最大級の産炭地域である山西省から中国有数の経済先進地域である上海を中心とした「長江デルタ」へ石炭を輸送する重要路線が京滬線になります。
下記の中国国鉄路線図を見れば明らかですが、産炭地域の山西省の中心地大原から長江デルタの南京・上海に石炭を輸送する路線は「大原〜鄭州〜徐州〜京滬線〜南京〜上海」がメインになります。特に下流域で長江を渡る鉄道橋は合肥・南京の長江大橋しかない為、必然的に南京長江大橋を経由する京滬線が長江デルタ地域への石炭輸送の大動脈となります。
正しく中国の電力問題は「今其処に有る危機」と言う状況ですし、京滬線輸送力増強の切り札「北京〜上海間高速新線」は2010年開業の為「今其処に有る電力危機」を乗り切る方策にはなりません。その為に「少しでも輸送力を増強する」と言う切羽詰った理由で今回の電化は行われたと推察します。
又今のまま「年率7%〜8%の経済成長」が継続され同時に今のエネルギー体系が変わらない場合、今回電化による輸送力増強は「焼け石に水」になる可能性も有ります。只その時には計画通り2010年上海万博までに「北京〜上海間高速新線」が完成すれば、在来線の京滬線の輸送力をより多く石炭輸送に振り向ける事が出来ます。
その様な「先の先」までのエネルギー事情を考えた上での「今の危機を突破する方策」として、今回の「京滬線電化突貫工事」が石炭輸送の輸送力増強→電力供給のボトルネック解消への緊急対策として行われたと考えられます。
☆ 中国国鉄に「京滬線緊急電化工事」に輸送力増強を迫るほどの「中国のエネルギー事情」
上記の様に危機突破の為に「記録的突貫工事(1453.82kmの鉄道を1年間で電化は記録的だろう)」まで強いた程の中国の石炭・電力事情ですが、中国では色々な要素が絡み合い石炭・電力だけでなくエネルギーの供給全体が危機的状況に成りつつあると言えます。
実際色々な側面で中国の経済成長は目覚しく、その経済成長に伴い中国経済は爆発的な量で各種エネルギーを消費し続けています。又少なくとも2008年北京五輪・2010年上海万博までは、今の「年率7%〜8%の経済成長は継続できる」との予想も根強く(中国経済は自転車操業で、これだけの経済成長を維持できないと社会矛盾対応の原資が確保できないとの説も有る)その経済成長と爆発的ともいえる消費の伸び・モータリゼイションの進展等で今後もエネルギーの消費量が伸びて行く事は先ず間違い有りません。
幾ら胡錦濤国家主席が「自国のエネルギー使用状況について『エネルギーを使うだけでなく、効果的な利用にも努めている」と主張。中国政府が掲げる「節約型社会への転換」という目標に沿って、エネルギー消費の削減に努める姿勢を改めて示した。』(
06/04/20毎日新聞
)と言っても、中国の「エネルギーがぶ飲み」状況は変わらないと言えます。
左:黄浦江から見た上海外灘の夜景 右:長江から見た重慶港の夜景
(どちらも観光名所でライトアップで夜景は綺麗だが、逼迫した電力・エネルギー事情を考えると無駄遣いを辞め節約が必要? 04年・06年1月撮影)
この様に極めて逼迫したエネルギー状況に有りながら、未だに電力発電の主力が火力発電に頼られ(約82%)一次エネルギーの大部分が石炭(約75%)と言う旧態依然としたエネルギー形態が、中国のエネルギー危機(特に電力危機)の一端を担っていると言えます。
(参考資料:
中国のエネルギー統計概要
国家統計局工業交通統計司 陶全)
中国国内では石炭自体は05年では「
増産に成功し在庫量が33.4%増
」と言う状況にはなっていますが、その産炭地域が内陸にあるが故に大需要地である沿海部への輸送が問題になっています。(石炭は固体で容積が嵩む分輸送は不利) この石炭輸送の問題がエネルギー供給の足かせとなり京滬線の緊急電化工事を迫った事は間違い有りません。
しかしこの様な中国のエネルギー事情を改善する事は生半可な事では有りません。石炭輸送の危機を打開するためには、より輸送しやすい(送電線で高圧送電の方が輸送は楽である)現地での発電と需要地への高圧送電の方が効率的には好ましいですが、
05年度には1000億元投資して送電網整備を企画
しているが、
送電網の整備が電力不足の原因
と言う状況は当分変らず、電力不足も解消の方向には向かっているもののエネルギー供給自体は逼迫している状況に有ります。
又中国はエネルギーの安全保障の側面から
石油の輸入依存度が高まる事を警戒
しており、中東やアフリカへの外交による供給元の拡大・投資による油田の確保・米メジャーのユノカル買収など中国支配下の石油資源確保に精を出していますが、モータリゼイション進展等の爆発的な石油需要増大がネックになり石炭から石油へのエネルギー転換は進み辛い状況に有ると推察します。
この様な中国の状況から総合的に勘案して、
「中長期的エネルギー・資源節約計画」を定め「エネルギー節約7大プロジェクト」現実化
(05/06/27中国情報局)させた上で、
11次5ヵ年計画では『「資源節約型で環境にやさしい社会の構築」を基本的な国策』に掲げる方針
(05/10/21人民日報ネットチャイナ)を打ち出しても、エネルギー事情の緊迫はなかなか解消させられないと推察します。
以上の様な状況から考えれば、中国のエネルギー事情は逼迫した状況がかなり長期間続く状況が容易に推察出来ます。この様な状況下ではミクロ的な側面での「京滬線緊急電化工事」と「北京〜上海間高速新線建設」と言う二重投資を危惧する程、国家経済のマクロ的な側面では余裕がなく「少しでもエネルギー事情を解消する為には打てる手は全て打つ」と言う追い詰められた状況、歴史的に見れば終戦後直ぐの昭和20年代前半に、エネルギー供給の危機的状況に遭遇し「石炭消費を少しでも減らす為に電化を進めた」日本に近い位、エネルギー供給に関して厳しい切迫した状況に追い込まれていると考える事が出来ます。
☆ 「中国のエネルギー事情」は日本にも大きな影響をもたらす
この様に「京滬線緊急電化工事」を発端にして分析を加えた中国のエネルギー事情ですが、これは「一衣帯水」の関係にある日本にとっても決して他人事ではありません。
既に日本の国民経済全体(実際は世界経済全体)に、特に石油を中心とした「中国のエネルギー需要の爆発的拡大」と石油価格高騰で石炭→石油へのエネルギー転換が進まない程の「中国のエネルギー事情逼迫」が大きな影響を与えています。
中国のエネルギー事情が日本に与える影響は多種多様な影響があると言えますが、その中でも石油に関係する「石油価格の高騰」「東シナ海のガス田問題」の2点で大きな影響を与えると言えます。
実際に「石油価格の高騰」は日本を直撃しています。今や原油価格は1バーレル60ドル台まで高騰しており、平成10年度の平均価格1バーレル12.76ドルから見れば約5倍にまで上昇しています。(参考資料:
原油価格の推移
)
その為原油価格の上昇に関連して日本国内でもガソリン価格が上昇し、昔はハイオクでも100円/1L程度の値段でしたが、今やセルフスタンドでも140円/1Lで40%値上がりと言うほど激しく値上がりしています。この影響は極めて大きいという事が出来ます。
今や「1バーレル100ドルも有りえる」と言う状況ですが、この高騰の原因は中国の経済発展による需要逼迫に有る事は間違い有りません。今や中国発の「第三次オイルショック」が現実化しつつあると言えますし、既に静かに「オイルショックが進みつつある」と言う事も出来ます。このオイルショックは「政治的要因による短期的価格高騰」であった今までのオイルショックと根本的に構造が異なる分きわめて深刻な内容であると言えますし、長期化する可能性が高いと言えます。
今でこそ日本経済・世界経済への影響が限定的であるから未だ良いですが、遠からず内に原油価格高騰は日本だけでなく世界中に大きな影響をもたらすと言えます。
又この「原油価格高騰」と上記で述べた「石油の輸入依存度拡大」を嫌う心境から、日中間の懸案事項になっている「東シナ海のガス田開発問題」で日本に対し極めて強気で出てきている事は間違い有りません。
石油・天然ガスに関しても、国内の新疆ウイグル族自治区タリム盆地等で石油・天然ガス開発を進めていますが、此れもパイプライン建設等を進めていますが、石油・天然ガス資源開発にかんして「如何に産出地の内陸から需要地の沿海部へ運ぶか?」と言う輸送力の問題が最大のネックになっています。
中国のエネルギー問題に関しては「経済成長による需要の爆発的増大」が発端になっている事は誰もが認めることですが、同時に今回話題にした「石炭輸送と京滬線緊急電化工事に依る輸送力増強」が示しているような「西方で産出する資源を如何に東方の需要地へ運ぶか?」と言う「輸送の問題」が、エネルギー問題の大きなネックになっている事は間違い有りません。
この「輸送力問題」を考えると、実を言うと東シナ海の天然ガス田は「大需要地の上海から近く」「海上ガス田」と言う恵まれた状況なので輸送問題も少ないと言う恵まれた状況にあると言えます。つまり中国の「東西間の輸送問題」が「東シナ海の天然ガス田」に注目を集めさせ、中国に「対日関係を考慮して常識的対応を取らせる」余裕を失わせていると言えます。(もちろん需要逼迫もガス田絶対確保に動く大きな要素だが・・・)
要は此処25年〜30年の中国の国民経済の急速な発展が、エネルギー需給(特に電力需給)の逼迫を招き、電力需要逼迫がそのエネルギー源たる石炭の需要を増大させ、石炭増産に成功しても鉄道の輸送力がボトルネックになり電力供給が上手く行かない、加えて中国国鉄の輸送力が石炭輸送に取られ西方からの石油輸送等に鉄道輸送力が廻せなくなりパイプライン頼みになると言う状況が、中国国内の石油を含めたエネルギー事情を逼迫させると言う側面が一つあります。
同時にその様な中国国内での石油生産の制約が経済発展による爆発的需要増大を輸入で賄うになり、其れが中国の石油の輸入依存度を増大さえ、世界的な石油需要の逼迫に依る高騰とエネルギー安全保障の側面からの中国の対外的領土強硬政策を引き起こし、其れが日本にも「原油高騰」と「東シナ海のガス田問題」と言う両面から押し寄せる事になっていると分析する事が出来ます。
* * * * * * * * * * * * * * *
今回は「チョット話が飛びすぎたかな?」とは思いましたが、中国国越の「京滬線緊急電化工事」を元にその深層に有る中国の輸送問題とエネルギー問題に分析を加えてみました。傍から見れば遠い所である中国で起きた大きな影響が無いと思われる事であっても、実体を見れば日本に極めて大きな影響をもたらすと言えます。
「京滬線緊急電化工事」は中国国内の一つの交通に関する動きに過ぎませんが、(物流を含めた)広義な交通の範囲で世界を見れば、中国需要が原因となり「ここ数年タンカー・バラ積み船の需要が逼迫し、運賃が高騰している」等中国に起因する直接の波乱要因も発生しています。
又もう少し国内的側面でも、上記の原油価格高騰は日本の公共交通に対して「ガソリン代値上げによる自家用車から公共交通への転移」というプラス要因と、同時に「燃料代・動力費高騰による収益圧迫」と言うマイナス要因をもたらしています。やっとデフレが収まった今の経済状況では燃料高騰による価格転嫁も厳しい状況ですから、今後この傾向が08年〜10年に掛けて続く可能性が高い事を考えると公共事業の運営にも大きな影響を与えると考えられます。
今や世界は政治・経済共に色々な意味でグローバル化が進んでいます。その為日本国内だけでなく海外を含めた色々な動きが回り廻って日本国内に甚大な影響をもたらす事が往々にして発生すると言えます。
今回の分析でその事を改めて感じさせられました。「中国のエネルギー需要が急拡大し世界に影響を与えている」と言う事は世界中に知られている事です。只有る意味その逼迫の度合いがかなりのレベルであり、鉄道の輸送力が足を引っ張っていると言う事はなかなか気付かない事です。
その「電気需要拡大→石炭増産→鉄道の石炭輸送力逼迫→発電量停滞→電気需要逼迫」と言う中国独特のエネルギー事情と、同じ勢いで伸びる石油需要が招く「中国国内のモータリゼイション→石油需要増大→価格高騰・石油の対外依存度拡大阻止→オイルショック・石炭燃料からの転換抑制・領土係争を招く資源獲得」が色々な所でリンクして、中国国内や日本はたまた世界各国に影響を招く事を改めて考えなければならないと言えます。
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○「参考資料」中国鉄道地図
※上記地図は「
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