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安 全 の 為 に 必 要 な 努 力 と は 何 か ?

− 小田急電鉄㈱の「早期地震警報システム」導入に見る「安全への取り組み」について考える −



TAKA  2006年08月03日




今回「早期地震警報システム」を導入した小田急電鉄(新宿駅乗降風景)



※本記事は「 TAKAの交通論の部屋 」「 交通総合フォーラム 」のシェアコンテンツとさせて頂きます。


 今NHKを始め民放各社のニュース番組等色々な所で報道されているので、鉄道に興味の無い人々でも多くの方々が知る様になりましたが、気象庁が本年8月1日から先行的に始めた「 緊急地震速報 」の提供開始に合わせて、小田急電鉄では鉄道総研に開発委託をしていたシステム「 早期地震警報システム 」を8月1日から導入します。
 「地震大国」と言われている日本の鉄道にとって、地震災害は安全上無視の出来ないリスクです。古くは関東大震災の時にも色々なダメージを受けていますし、近年でも阪神大震災で鉄道インフラが壊滅的なダメージを受けましたし、中越地震では交通総合フォーラムで「 今回の「新幹線脱線」について考える 」で論じたように、幸いに死者こそ出なかった物の「 上越新幹線時325号の脱線事故 」が発生しており、決して無視出来ない外来リスクであると言えます。
 しかし此処で対応に難しい問題が有るのは「地震は雨・風と異なり予知が極めて難しい」と言う「奇襲性」に有ります。実際今まで数秒〜数十秒と言う極めて短い時間のスパンを除き、日本では殆ど地震を予知できた事は有りません。予知が難しいからこそ、雨等の天災では運休等で出来る事前の対応が地震災害では殆ど出来ません。その為に日本では地震の度にその「奇襲性」に起因して極めて大きな損害を受けてきました。
 今回の気象庁の「緊急地震速報」は、「地震波の到達時間差」と「地震波と通信速度の差」を利用して、現行の技術で大規模地震波の到来を唯一予測可能な数秒〜数十秒と言う極めて短い時間での予測をする速報ですが、「一般企業でも広域レベルでの速報を仕入れる事が出来る」と言う点で極めて画期的な速報です。
 この度は、小田急電鉄が導入した「早期地震警報システム」がもたらす物について考えて見たいと思います。


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 ☆小田急電鉄が導入した「早期地震警報システム」の概要

 今回小田急電鉄が導入した「 早期地震警報システム 」は、概要はリンク先のプレスリリースに詳しく出ていますが、「(1)気象庁の「緊急地震速報」を専用回線で相模大野の運輸指令所に受け→(2)指令所に有る鉄道総研開発の「早期地震警報システム」が小田急線沿線に震度5弱以上の揺れをもたらす物かを分析し→(3)震度5弱以上の揺れが有ると判断した場合運行中の全車両に一斉自動放送を流し→(4)自動放送を聴いた運転手が手動で非常ブレーキを掛ける」と言うシステムです。
 良く鉄道事業者での地震警戒システムとして、JR本州3社が新幹線で導入している「ユレダス」が有ります。此処ではJR東日本の「 新幹線早期地震検知システム 」資料を偶々JR東日本のサイト内で見つけたのでリンクさせていますが、「ユレダス」とは一言で言えば「地震の時に一番先に到達するP波を感知し」「被害を及ぼすS波の到達前に地震を予知する」と言うシステムであり、気象庁の「緊急地震速報」で用いているシステムも基本的に同じ考え方のシステムです。
 但しJRの新幹線の場合、地震計の観測網から新幹線のATCへの0信号送信によるブレーキ動作までを全て自動化しており、技術的には列車制御がATCでの常時制御でない為「ブレーキ動作を運転手の手動に委ねている」と言う、人の手を介在する小田急電鉄の今回採用のシステムよりJR新幹線のシステムの方が技術的に進んでいると言えます。


 ☆この様なシステムを導入しても「完全に地震災害を阻止できない」現実がある?

 今回小田急電鉄が導入した「早期地震計警戒システム」ですが、JRが新幹線に導入している「ユレダス」を基本にしたシステムもそうですが、過去にも指摘されている点ですが基本的な点で限界点があります。
 つまり今気象庁やJRが採用しているシステムは「到達速度が速いがゆれによる被害が少ないP波から地震を予測する」システムなので、P波とS波のタイムラグが少ない直下型地震では効力を発揮しないという点です。その際たるものは中越地震でしょう。中越地震では新幹線の地震感知システムは正常に作動しましたが、新幹線が震源の直近を走る状況であり、脱線したとき325号も震源の近くにあり停車が間に合わず脱線したというのが真相です。
 すなわち現在の技術では公式には「何時何分に何処にどれ位の地震が来る」と言う事を予知・予測することがほとんど不可能である以上、現在の段階で地震による損害を防ぐことは、いくら投資していかなるシステムを導入しても実際的には地震による損害を100%防ぐことは残念ながら不可能です。
 これが「人間の叡智の現在の限界」である以上致し方無い事であると言えます。その限界を超えた先にあるリスクは地震国である日本に住んでいる以上甘んじて受け入れなければならないリスクです。いくら現段階で優れたシステムを導入したとしても、その様な限界が存在することをまず最初に地震国の国民として我々は知っておき受け入れなければならないと言えます。


 ☆それでも鉄道事業者は「地震災害の減災」に向けて努力しなければならない!?

 しかしだからと言って「致し方ない」と諦める事は人間としての進歩を止めることになります。出来る事・出来ない事を把握した上で、人間は少しでも災害のリスクを減らす為に最大限の努力をしなければなりません。
 今回の小田急電鉄の「早期地震警戒システム」で事前に地震を察知できる時間的余裕は数秒〜数十秒に過ぎません。しかしこのシステムで稼いだ時間で出来る事は色々あると言えます。少なくとも事前一斉通報で非常ブレーキを掛ける事で地震被災時の列車の速度を無対策時より確実に落とすことが可能です。列車の速度が落ちていればそれだけ脱線の確率を減らすことが出来るのは自明の理であると言うことが出来ます。
 今回のシステムの導入のメリットはまさしく此処に在ります。つまり「災害による事故を100%防止することは出来ない」ですが「事故の確率・規模を少しでも減らすことが出来る」と言う「減災」への可能性が在ると言う点です。このシステムでは「地震発生時に100の損害を0にすることは出来ない、しかし100の損害を99に減らすことが出来る」と言う点だけでもこのシステムの存在価値はあるといえます。
 大規模地震発生時に鉄道が受ける損害は天文学的規模になる事は容易に予想できます。その損害に対して大きくない投資で人的損害・物的損害両面で減らすことが出来る可能性があるならば、積極的に対応策を打つべきであると言えます。その様な方策を打つことが「地震は避けられないリスク」であっても「出来る事はする」と言う点で公共交通という公的側面の強い事業体を運営する企業の社会的責任(CSR)であると言えます。


 ☆このシステムは各鉄道事業者は早急に導入すべき!?

 このような地震に対する「減災」の可能性と言うメリットがある「早期地震警報システム」ですが、このシステムにはJRの「早期地震感検知システム」にも無いメリットがあります。それは「地震計観測網を気象庁に委ねる事でインフラ網構築が少なくて済む」と言う点にあります。これで列車無線などの車両への通報システムを完備している鉄道会社であれば、小田急電鉄の様に「気象庁の緊急地震速報取り込む専用線」と「自身が被害を与える物か判断するシステム」だけを構築すれば十分JRの最新システムに近い物を導入できると言う簡便性がこのシステムのメリットであると言えます。
実際観測網など金の掛かる部分を公共のシステムを使っているので、小田急電鉄でも今回のシステム導入に関する投資額は約3000万円との事ですから、機能から考えると決して高いシステムであるとはいえません。
 これで備える災害は数十年に一度の地震と言う事になりますが、それでもその地震の時に脱線する車両が一つでも減らせればそれだけでこの投資はペイする事になります。単純に考えれば、脱線して廃車になる車両を1両〜2両減らせれば簿価でそれだけの減損をする必要性が無くなるのですからそれで十分ペイしてしまいます。ましてこれで人命が救えれば、地震による事故で鉄道による過失が無く賠償責任が無いと言えども、地震で減災のシステムが救ったと言うイメージを含めて、その効果は少なくとも3000万円の投資以上にあることは間違いありません。
 今回小田急電鉄の場合、走行する路線の約3分の1が東海地震の警戒地域内を走ると言う地理的にも地震に対し敏感にならなければならない環境に在ったが故に、鉄道総研と組んでこのようなシステムを開発し気象庁の「緊急地震速報」運用開始にあわせて先陣を切ってシステムを導入・運用することが出来たのでしょう。
 しかし他の鉄道事業者としてもこれからでも遅くはありません。このような簡便で機能性の高い地震対策システムを、日本の鉄道事業者すべてが、安全装置としてのATSの導入を同じ様な「必然性のあるシステム」と捕らえて早急に導入する必要があると考えます。その様な「減災」への取り組みが、社会的に見ても鉄道事業者として重要なことであると考えます。又国土交通省もこの様な安価で有用な安全システムの導入へ向けて特に零細地方鉄道事業者への補助を速やかに打ち出して、鉄道事業者の導入への後押しをしてあげる必要があると考えます。


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 今回気象庁の「緊急地震速報」の運用開始が大々的に報道され、その具体的な活用例としてマスコミ各社が小田急電鉄の「早期地震警戒システム」を取り上げたことで一躍有名になりましたが、よく考えれば今まで新幹線では当たり前に行われてきたシステムです。
 ただ今回の小田急電鉄のシステムが社会の注目を集めたことで、世間では「この様なシステムが在るんだ」「少しでも災害のリスクが減るかも知れない」と言うことを報道で知ってしまいました。今の世の中は事故防止への努力をしていても気象に起因する事故であっても鉄道事業者が声高に非難される時代です。その事から考えると鉄道事業者は天災に対しても最大限の備えをしなければならないし、していても天災に伴う事故で死者が出れば非難をされる覚悟をしなければならない時代です
 その様なことからも、小田急電鉄のシステムがこれだけ取り上げられてしまった以上、他の鉄道事業者各社もシステムを採用したり(特にJRは)既存のシステムをアピールするなどして、自社の努力をアピールしなければならないですし、又努力しなければならなくなりました。その点を十二分に考えて鉄道事業者は対策と行動を取る必要が在ると言えます。

 しかし今回小田急電鉄は世間に対し極めて上手いアピールをしたと思います。このシステムは投資額にして3000万円のシステムですが、実用運用開始前にマスコミへの露出とそれによる「安全に配慮する小田急」と言うイメージのアップで、この投資は元を取ってしまった可能性が高いと言えます。
 世の中では鉄道・航空への安全対策の徹底や(一般的な側面で)企業の社会的責任(CSR)について声高に叫ばれている時代ですが、今回のようなに安全に関するアピールは、今の時代では企業イメージに大きなプラスになります。
 その様なことばかりを狙って行うのも本末転倒であり変な話ですが、何もアピールしないで粛々と実施するより世間に努力を上手くアピールしてイメージアップにつなげた方が有形無形のメリットが得られ好ましいと言えます。今回の小田急の「早期地震警報システム」導入とそれに対するマスコミの報道を見て、一つの技術導入でもこの様な上手いアピールによる世間からの好イメージと好感の獲得の方法についてもよく考えなければならないと痛感させられました。





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