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事 故 と 政 治 の 相 関 関 係 と は ?
−ドイツ・トランスラピットの事故について考える−
TAKA 2006年09月26日
家で取っている9月23日の読売新聞を読んだら「目が点」になる記事が出ていました。(
独・リニアが作業車と衝突、21人死亡…実験走行中
:9月23日読売新聞)
トランスラピット
といえば、ドイツから中国へ技術移転され、最高速度430km/h運転の上海トランスラピットとして実用化されている、現在世界最速の軌道系交通機関です。私は一昨年正月の上海訪問時に開業直後のトランスラピットに試乗することが出来、その時の内容を「
上海トランスラピットと中国の高速鉄道について
」と言う一文を書いたりしているので、「大惨事」と言える今回のトランスラピット事故は非常に関心の有る出来事です。
「実験線と営業線」「事故原因」等事故発生の要因は異なりますが、今回のトランスラピットの事故は
98年に同じドイツで発生したICEの脱線事故
と並ぶ高速鉄道史上に残る大事故で有ると言えます。
「事故」と言う物を取り上げると言うのは一寸気が引ける物では有りますが、過去のトランスラピットに乗車しレポートを書いたことも有りますので、海外の事故でも有り未だ未確認の情報も有りますが「現在確認できる情報での分析」とお断りした上でこの事故を分析してみようと思います。
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☆ トランスラピット事故の概要
新聞で第一報として伝わった内容によると、「事故は、遠隔操作で運転される3両編成のリニアモーターカーと、軌道上に停車していた作業車両が衝突、作業車両がリニアの1両目に乗り上げる形となり、1両目が大破した。事故当時、リニアには31人が乗り、時速170キロで走行中だった。」「作業車両には2人の作業員が乗り、軌道の点検、清掃作業のため、テスト走行の開始前にコースを一巡することになっている。作業終了後には通常車庫に入るが、軌道上に残った状態で、なぜテスト走行が開始されたのかが事故原因解明の鍵となる。」(
9/23読売新聞
)と言う報道がされています。
又その後の報道では「事故原因は、リニア車両を遠隔操作する管制官の安全確認が不十分だった人為的ミス」「地元検察報道官によると、押収した運行記録簿に、軌道上に作業車両がまだ残っていることを示す手書きの記載があったという。また、作業車両は全地球測位システム(GPS)で軌道上の位置を知らせる仕組みを備えていた。」(
9/25読売新聞
)と言う報道が続報としてされています。
この二つの報道の内容から事故原因を推察すると「遠隔操作による無人運転で運転されていたトランスラピットが、何らかの理由で路線上に有った保線車両と激突した」と言う事が出来ます。
☆ 何故この様な事故が起きたのか?
何故この様な事故が起きたのか?と言う点を考えれば、事故の根本的原因を示す内容が記事に有ると考えます。
記事では「保線車両にはGPSで軌道上の位置を確認できるシステムが有る」との事ですが、保線車両が何故軌道上に有る事に気付かなかったのか?と言う点です。最新のシステムで保線車両の位置は把握できても其れを運行システムにリンクさせる自動システムが無かったと言う点が今回の事故の原因で有ると考えられます。
驚く事に9/25の読売新聞の記事によると「押収した運行記録簿に、軌道上に作業車両がまだ残っていることを示す手書きの記載があった」との事です。このことから推察するとトランスラピットの保線作業の線路閉鎖解除の手続きは「保線車両をGPSで把握し、其れを運行管理者が人の手で線路上に保線車両がない事を確認し、運行管理所から遠隔操作でトランスラピットを運行する」と言うプロセスを取っていた可能性が高いと推察します。
つまり事故原因は「線路上の作業車両の有無を自動的に検知して運行管理システムにリンクさせるシステムが無かった」「自動システムが無かったが故に人間の介在する余地を与えその部分で人間がミスをした」と言う点に有ります。
☆ トランスラピットと言うシステムに問題は無かったのか?
この様な原因で起きた今回のトランスラピットの事故ですが、果たしてシステム自体には問題が無かったのでしょうか?
少なくとも今有る情報で分析する限り、上記の様に「線路上の作業車両が有るのに其れを運行システムに反映させるトータルシステムが無かった」と言う点が今回の事故の原因で有ると推察される事から考えると、トランスラピットの運行管理システムには問題が有ったということになります。
日本の鉄道でも、保線車両は作業中の踏切鳴動の問題等が有り軌道短絡を行っていないのが一般的です。ですから普通に走るモーターカーなどは軌道短絡させて信号通り走っていても、マルチプルタイタンパなどは保線作業中に絶縁走行をしていて信号が赤でも作業が出来る様になっています。その場合もし万が一その様な車両が線路閉鎖下で作業中手続きのミスで線路閉鎖下に列車を入れてしまった場合、列車が青信号で進んでも衝突事故が起こる可能性は有ります。
この様な事故の可能性に対し日本では既にシステム化の動きが進んでいて、JR東日本などでは1999〜2003年の「
安全計画21
」の中で「
保守係員の安全に関する研究開発
」で今回の事故のような「軌道上に保線車両残留の場合赤信号が出るような「短絡走行」を可能にする保守用車の衝突防止対策」などを検討しています。
トランスラピットの場合鉄軌道では無いので「軌道短絡をさせれば信号が赤になり閉鎖が確立される」事で保守車両との衝突が防止されると言う程簡単なシステムで安全が確保されないと言う点で困難があるのは明らかですが(だからGPSを使ったのだろう)、結果として他国の一般鉄道では対策が進んでいる問題に対して、「絶対阻止可能な」対応策を事故の場合のリスクが大きい最先端の高速鉄道が打ち出せなかった点から考えれば「トランスラピットのシステムには問題あり」と言う事が出来ます。
加えて今回は「遠隔操作で運転されていた」状況下で「170km/hの速度で保線車両と衝突」と言う事故です。最高速度500km/hは出せる(上海トランスラピットは設計最高速度505km/h・運転最高速度430km/h)能力の有るシステムですから、500km/h運転時に人間の運転手が出来る事は極めて限られています。その点では既に技術として確立している「遠隔制御による無人運転」は理に叶ったシステムと言えますが、今回の事故の場合IFの話になりますが170km/hと言う高速鉄道として比較的低い速度の状況下ですから、もし運転手が居て保線車両に気が付いて非常ブレーキを掛けた場合多少でも減速する事が出来て事故の規模を減らせた可能性が有ります。
実際上海トランスラピットは有人運転です。実際はこの運転手は「監視員」程度の役割しか果たして居ない可能性が高いですが、今回の事故はこの「監視員」が居れば低減できた可能性が有る事故で有ると言えます。一部には「上海トランスラピットは中国的発想で人が介する部分を残している」と言う説も有りますが、その様な「中国的事情」は置いておいて、安全性の側面からトランスラピットに完全自動のバックアップシステムを組んだ上での発車のボタン押しと運行中の安全監視を目的にした運転手が居ても良かったのかもしれません。この様な事故が起きたい上は「無人遠隔操作での運転」と言うシステムについても再検討が必要と考えます。
左:走行中の上海トランスラピットと走行軌道 右:上海トランスラピットの運転席(右の隠れている椅子に座っているのが女性中国人運転手・それ以外はドイツ人)
☆ トランスラピットは「政治的意図」を除いた上で技術としてのシステム再検討が必要では?
この様な事故が発生し事故原因も調査中の今回の事故に対し、報道によるとトランスラピットを開発したドイツのメルケル首相は事故現場を訪問した後「現在の知見ではトランスラピッドは安全な技術で、基本的に疑問をさしはさむ必要はない」とコメントしたとの事ですし、トランスラピット実験線を運営しているIABG社は、救出作業が続いている段階で「技術上の問題でなく、人為的なミスだ」とシステムの欠陥でなく従業員の過失を主張しているとの事です。(9/23
毎日新聞
)
果たしてこの様な考え方が正しいのでしょうか?上記分析を見れば明らかなように私は「システムに問題あり」だと思います。確かに直接的原因は「保線車両が有る事を知りながら運行させた」と言う人為的ミスです。其処だけを切り出して考えれば当局者や首相のコメントは的を得ていると言えます。しかし物事の本質はそれだけなんでしょうか?
私が考える今回の事故の実際の本質は別に有ると考えます。それは前にも述べた様に、既存技術でコントロールできる筈なのに今回の人為的ミスを防止する事が出来なかったトランスラピットの運行管理システムに今回の事故の本質的原因が有ると考えます。
今回事故が発生したのに、いまだに原因が特定できない事故直後の段階で何故この様な「システムには問題無く人為的ミス」と言う様な発言が政府や関係者から出てくるのでしょうか?それにはトランスラピットをめぐるドイツ国内及びドイツと中国の間で発生している事象に対する政治的意図が見え隠れします。
トランスラピットはドイツのティッセンクルップ社・シーメンス等が中心になり開発された技術でしたが、ドイツ国内では建設費がネックになり建設計画が白紙になり、今もミュンヘン空港とミュンヘン市街を結ぶ38kmの路線に18億ユーロ(約2700億円)の費用を掛けて建設する計画が有りますが、費用の点から足踏みして居るとの事で、今の段階で欧州では建設のめどが立っていません。
唯一建設がされたのが中国の上海浦東〜上海浦東国際空港間の上海トランスラピットだけであり、今新規工事が計画されているのも、個の上海トランスラピットの延長線となる「
上海〜杭州間リニア新線
」だけと言う状況です。その点からもトランスラピットは今や中国と切っても切れない状況になっています。
そのドイツで開発された技術を中国で使うと言う行動に対し、色々な問題が発生しています。ドイツは中国のトランスラピット技術の模倣を嫌い、メルケル首相も中国訪問に「知的財産権の保護とリニア路線の技術供与を絡める姿勢を示し」牽制をしたり、中国では
独自のリニアモーターカー開発
を進めたりしています。その様な駆け引きの中で上海〜杭州間リニア新線をめぐる交渉は「
暗礁に乗り上げている
」と言う報道も有ります。
又トランスラピットの開発主体企業の一つであるテッセンクルップは「1年半以内に建設計画の決定がなければ、リニア技術を中国に売却すると表明」している中で、同じ開発主体の一つであるシーメンスは「上海〜杭州間リニア新線」に
受注に楽観的見通しを示しつつ中国政府に圧力を掛ける
等企業グループ間でも色々な動きが出ています。
この様に各社の利害が錯綜している中で8月には
上海トランスラピットで火災事故
が発生した後での今回のトランスラピットの事故です。その為ドイツにとってはトランスラピットの技術の信頼性という点で非常に難しい状況に追い込まれていると言えます。その様なドイツが不利になった状況を踏まえ、そのリニア技術への不信を拭い対中交渉で不利にならずにトランスラピットの新線建設を実現させる為に今回の事故原因に対して「人為的ミス」を強調しているのでは?と言う政治的意図を感じます。
この様な政治的背景は理解しますが、果たしてこの様な事は本当に正しい事なのでしょうか?私は大きな疑問を感じます。本当のトランスラピットを安全な高速交通システムとして確立するには、ここで少し遠回りをしてもシステムの不備を認め抜本的再検討を行い事故原因を撲滅しておく必要が有るといえます。そうしないと今回の対中交渉ではドイツの不利を引き起こすことなく交渉が成立しても、トランスラピットが実用化されている中国で今以上の大事故を引き起こす可能性があるといえます。
実際トランスラピットが走っている所は、ドイツ以上に技術が遅れている中国です。まだ技術開発が進んでいなくて自主開発でシステム構築が困難な中国で欠陥があるままのシステムしかもヒューマンエラーを防止できない技術で運行していると今以上の大事故を引き起こしリニアモーターカーと言う高速交通技術全体に世界中から不信の目が向けられる状況が発生する可能性も有ります。
そうなった場合にはドイツ・中国の利益喪失だけでなくリニアモーターカーと言う技術を開発している日本を含めた世界中の損失になり、高速交通の導入に取り大きな足かせになる可能性があります。そうなる事は何としても阻止しなければなりません。その点からも今の段階でドイツ政府は徹底的に原因を究明し再発防止のためのシステムを構築し、リニアモーターカー・トランスラピットへの信頼性の回復に努めなければならないと思います。「急がば回れ」と言うことわざが有りますが、正しく今のトランスラピットに必要なのはこの事ではないでしょうか?
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今回の事故は「高速交通で事故が発生したときの被害の大きさ」と言う点で、色々な教訓を残したと言えます。普通鉄道では大事故にならない事故でも高速鉄道ではその運行速度が仇となり大事故になってしまうと言えます。その事は今回のトランスラピットの事故や同じドイツで起きたICEの事故が如実に示していると言えます。
事故は100%無くなるものでは有りません。幾ら対策を講じてもその対策の隙間を縫って発生するものです。ですから「100%安全な技術は無い」と言う事は出来ますが、その安全率100%は無理でも安全率を100%近づける努力は可能な限り惜しんではなりません。それが交通機関を含めて安全の鉄則であると考えます。
今回はその安全への努力の第一歩となる「事故の原因追求」と言う点で、「政治的意図」が介入してきそうな雰囲気を感じます。「人為的ミス」と強調するのは「巨額を投じたドイツの誇る技術を守る為」と考えての政治的発言でしょうが、其処に大きな落とし穴があると感じるのは私だけでしょうか?
事故の原因についての特にメルケル首相の国益を慮っての発言は理解できます。しかしその小さな国益が後世に残すツケの大きさも考えるべきでしょう。もし今此処で事故の原因を放置して同じ様な事故が中国で起きれば国際空港アクセスの営業線上ですからもっと大惨事になり、もし中国が「あの時ドイツが徹底究明しなかったので今回事故が発生した」と考えたとき、中国とドイツの関係はもっと悪化し「中国に持つドイツの最大の拠点」である上海VW・一汽VW等の特に自動車産業主体のドイツの対中国進出企業に取って大きな災難が降りかかる事になります。
又日本の国益を考えれば、中国市場でのライバルのドイツが躓く事は日本の国益に適う事です。しかしその様な事は脇に置いて今回は「高速交通の事故の再発を防ぐ」と言う観点で、事故の再発と中国への欧米・日本の先進技術への不信感除くと言う高い視点で、今回は「急がば回れ」「損して得取れ」の精神で、じっくりと事故原因の解決をタブー無しで行うべきだと考えますが、そう考えるのは私だけなのでしょうか?
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