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値上げは単純に『悪』と言えるのか?
−タクシー料金値上げの是非に関して考える−
TAKA 2007年4月22日
今や
平成18年度の消費者物価指数が8年ぶりに上昇
し景気の順調な回復と相まって「遂にデフレ脱却」と言いながら、物価の実体は未だに大部分の物品の価格が上がらず相対的には「景気回復しながら低物価の恩恵を受けて居る」と言う好ましい状況に置かれている我々ですが、今交通の分野では運賃値上げの動きがチラホラと出ています。
その中でも今タクシー料金の値上げが話題となっています。現在全国でタクシー値上げの申請が出て居ますが、4月6日に
長野
と
大分
でタクシー運賃(自動認可運賃)改定が公示され、東京23区のタクシー運賃も4月19日の物価安定会議で「事実上値上げを容認」(
4/20読売新聞
)と言う流れの中で、初乗りで90円〜150円と言う幅での値上げが進もうとしています。
この値上げは確かに其れだけを見ると確かに初乗りで13%〜22%の値上げと言う大幅な値上げと言う事も有り反対意見も出ていますが、必ずしも単純に「反対」とは言えない事情も有る事は間違い有りません。その様な「タクシー運賃値上げ」に関連する事情を含めて分析をして見たいと思います。
※参考HP: ・
内閣府国民生活政策HP 公共料金の窓 タクシー運賃
・
一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー)の運賃及び料金の変更認可申請状況
(関東運輸局)
☆ 今のタクシー業界の状況は?
私は生まれて以来ずっと東京圏に住んでいますが、東京圏に数ある公共交通機関の内でタクシーは社会人生活を送っている此処10年近くで特に利用率の多くなった交通機関です。今では30〜40回/月はタクシーを利用するので、一般的レベルから見るとタクシーの利用頻度は比較的多いと言う事が出来ます。又タクシーの利用状況を見ると、多いのは「駅から1km〜2km程度の距離の移動(歩くと辛い)」「夜終電後の利用(仕事・飲みの帰り)」と言うパターンが一番多く、昔は「夜終電後の利用」が多かったですが今では「近距離利用」の方が「夜終電後利用」より多くなっています。
その中でタクシーの利用頻度が増えた10年間で一番タクシーで変った事は「夜の歌舞伎町でタクシーが拾いやすくなった」と言う事です。仕事柄飲む時には昔から歌舞伎町で飲む事が多かったのですが、社会人生りたての頃(平成7年〜9年頃)は歌舞伎町で終電時間後まで飲むとタクシーを拾うのが一苦労で、大通りで1時間位タクシーを待つorタクシーが空く時間もしくは始発電車まで飲み続けると言う選択をした事も多く、会社の先輩・上司の為にタクシーを拾う為に走り回った事も有りました。つまり「需要>供給」の状況であったのです。しかし今は12月の忘年会ハイシーズンの金曜日と言う様な「特別な日」以外は殆ど歌舞伎町でタクシーを拾う事に困る事は有りません。逆に今は歌舞伎町の路地奥までタクシーが客を探しに入ってきます。つまり「需要<供給」の状況になっています。
要は私が社会人生活を送っている約12年間でタクシー業界では「供給不足」から「供給過剰」へ180度様変わりした事を意味しています。確かに私の実感は「歌舞伎町」と言う一エリアですが、「歌舞伎町」は東京有数の繁華街であり有る意味東京でのタクシーの需給環境を象徴している場所と言えます。その点では「タクシーの需給環境はがらりと変った」と言う事は間違いないと言えます。
何故この様にタクシーの需給環境は変化したのでしょうか?其れはこの10年間で「規制緩和」の旗印の下で行われた制度変更、その中でも
平成9年の需給調整規制の廃止と平成14年の道路運送法改正による免許制→許可制への変更
と言うタクシーの供給台数を左右する制度の変更が大きかったと言えます。
つまりタクシー業界への参入障壁・増車障壁が事実上撤廃された事で、東京の既存業者で増車の動きが積極化した事に加え、日本一の大都会で日本一のタクシー需要地である東京を目指して、
京都のMKタクシー
・
北九州の第一交通産業グループ
・
名古屋の毎日タクシーグループ
等の地方の野心的なタクシー業者が進出してきた事で、タクシーの供給台数が増えて其処に景気低迷によるタクシー需要の減少が重なり合い、タクシーの供給過剰が発生したのです。
左:名古屋から上京進出してきた「大名古屋タクシー」 右:初乗り500円なのにプリウスを使う「エコシステム」
上記の様な供給過剰による競争激化の中で、今度は
平成5年の「同一地域同一運賃制の廃止」と平成14年の道路運送法改正による「上限価格制導入
」等の運賃制度の改正により弾力的な運賃設定が可能になり、現在の初乗り660円の上限価格を下回る「初乗り580円・500円」と言う運賃設定を行うタクシー業者が出てきて、今度は運賃を巡る競争が発生する様になってきました。
その様な「増車競争」と「値下げ競争」の結果、東京だけでなく全国各地で「
新規参入・営業区域拡大・増車
」による「大幅な供給過剰」が発生し、景気低迷による輸送人員・実車キロの減少と合わさり大都市でのタクシーの実車率も大幅低下しています(
タクシーの概況−輸送人員等の推移−
国土交通省自動車交通局HP)。
その様な供給過剰と競争激化の結果タクシー事業者特に零細業者は極めて苦しい経営を余儀なくされています。又その供給過剰・競争激化はタクシー運転手の労働環境にも影響を与えており、平成8年→15年の間でタクシー運転手の労働時間は2484時間→2412時間と微減したのに対し年間賃金は414万円→315万円と大幅減少しています。(
タクシーの概況−運転者の労働条件−
国土交通省自動車交通局HP)これはタクシーの運転手の多くは「歩合制賃金」であり歩合制と言う事は、タクシーの実車率・運賃収入額が減少すると歩合制を通じて運賃に跳ね返ると言う事を意味し、タクシー運転手の給与低下は「その分タクシー1台あたりの収入が減少している」と言う事を意味しています。
この様なことから、現在のタクシー業界は正しく「戦国時代」と言える状況下にあり、極めて激しい競争が長く続きながら「競争による淘汰」と言う名の需給調節が未だに作用せず供給過剰のまま「消耗戦」とも言える果てしない競争が続いていると言うのが、タクシー業界の今の状況で有ると言えます。
☆ 過当競争下で行われる今回の値上げは「正」か?「悪」か?
その様な過当競争下で今回の全国的なタクシー料金の値上げが行われましたが、今回の値上げに関しては賛否両論の意見が有ります。果たして今回の値上げは「正」か?「悪」か?考えて見たいと思います。
今回のタクシー料金の値上げに関して賛否両論の意見が色々出ていますが、その賛否両論の中で象徴的なのは経済財政担当相と国土交通相による政府閣僚間での意見の相違です。今回の値上げに関して、大田弘子経済財政担当相が『消費者物価が上がっていない中での申請なので、会議の意見を踏まえて、政府部内でしっかり検討していく必要がある』『業界側にどれだけの効率化努力があったかはっきりしない。運転手の賃金低下を消費者の負担で解決するのは、にわかに納得しがたい』と発言して居るのに対し、業界の監督官庁を見る冬柴鉄三国土交通相は『年収が300万円まで落ちた運転手の待遇は改善しないといけない。事業者の経営状況を見ても、それを吸収する余力はない』と発言しています。(
4/20時事通信
・
4/20ロイター
)
要は「値上げは冗談じゃない、企業努力が足りない」と言う消費者・利用者の側面に立った太田経済財政担当相と、業界の実情を見た上で「企業努力は限界、値上げで問題点を解消するのは致し方ない」と言う業界の実情を総合的に踏まえた監督官庁の立場に立った冬柴国土交通相の「物の見方」による対立ですが、果たして如何な物なのでしょうか?
確かに太田経済財政相の言うように消費者物価指数を見る限り、平成11年からマイナスorゼロが続いていた消費者物価指数が上がったと言っても「
平成18年度消費者物価指数は対前年度0.3%UP
」と言う弱い上昇だけであり、実質的には消費者物価指数は横這い状況に有ります。その点では「消費者物価指数が横這いなのに何故タクシー料金は大幅に上がるのか?」「他から見れば企業努力が足りない」と言う太田経済財政担当相の見方も正しそうに見えます。
しかし「消費者物価指数」は「物価全体の統計指数」であり、タクシー業界の場合「過当競争」に加えて、物価的要素である「燃料費の高騰」と言う問題を抱えています。実際消費者物価指数を見ると「平成18年度は全体では0.3%up」ですが、「(ガソリン代を含む)光熱水道費は3.6%up」であり「食料・エネルギーを除く費目では0.4%Down」と言う状況であり、今やガソリン代を含むエネルギー関連項目の価格上昇は物価に大きな影響を与えている事は統計を見ると明らかです。
その様な状況の中でタクシーの燃料であるガソリン代の値上がりは激しく、平成13年4月には全国平均103円/Lだったレギュラーガソリン価格は平成17年3月には133円/Lと30円/Lも値上がりしています(
給油所石油製品市場価格推移-レギュラーガソリン-
石油情報センターHP
)。
タクシーの事業経費
の内6%を占める燃料代が3割近く高騰しています(これはガソリン・LPG両方とも同じ様な傾向に有る)が、このコストアップに比例した価格転嫁は残念ながら進んで居ません。その様な事もタクシー業界の苦しい状況を生み出している一つの要因で有ると言えます。
そのガソリン価格の推移を見ても、世界的な市況の高騰により鉄・原油・金属等の素材系の資源価格はここ数年でかなり高騰しており、現実資源の高騰に比例して日本国内でも材料系の物価は高騰しています。しかし今は中間メーカーの努力により物価全体への波及効果が押えられているから消費者物価指数まで数字が反映していないというのが、今の物価の実情で有ると言えます。その点で言えばガソリンの高騰分を今まで価格に転嫁してこなかったタクシー業界も十分経営努力をしてきていると言えます。
その業界の努力を見ないで『経営努力は本当になされているのか』などと発言する太田経済財政担当相は、「ピントが外れている」と言っても過言ではないと思います。今のタクシー業界の状況は「供給過剰・過当競争と燃料高騰で経営努力は全て吸い上げられ運転手の賃金に皺寄せが及んでいる」と言うのが業界の実情でしょう。その点を考えるべきで有ると言えます。
しかも政府主体の規制緩和が今の様な「供給過剰」と「過当競争」を引き起こしていて、タクシー業界の苦境を引き起こしているのです。しかも「運賃硬直下での供給過剰・競争激化」は既に10年近く続いており、消費税転嫁のよる値上げを除けば前回の値上げは平成7年になり、既に実質的12年間値上がり無しでタクシー運賃は推移している事になります。
その中で「市場調節」の最大の武器である「価格」に関しては上方・下方両方に硬直性を示している中で、「市場調節」が有効に機能せずに「供給規制」だけが撤廃されて供給への調整機能が発揮できない故に今の様な「過当競争・供給過剰」が発生してしまったと言えます。この様な状況を改善するには「価格の硬直性」を取り除いて挙げるしか有りません。その点から見れば今回の値上げは「現状を打破する手段」として適当で有ると言えます。
実際運賃値上げが行われたとしても、今の
運賃制度
では「営業割引」を「不当に差別的扱いがなく不当な競争を引き起こさない限り」設定が出来る上に、今の現状を見れば大部分の事業者が「
自動認可運賃の上限価格
」に張り付いている現状を考えれば、「値上げはする。しかし幅運賃の幅は広げる。加えて幅運賃内であればどの認可運賃を採用するのも完全に事業者の裁量。しかも割引に関しては積極的に認可する。カルテル的行為は一切認めない」と言う姿勢を示し、事業者に範囲内であれば弾力的な運賃を認める姿勢を示せば価格の硬直性も有る程度解消され、価格を上げてバランスを取りながら利用者の損失を最低限に抑える事もできしかも「価格による市場調節」の機能を多少でも回復させる事が出来て、健全なタクシー業界とタクシー市場を形成する事が可能になると考えます。
その様に考えれば、「記者に聞かれた中での回答」と言う事もあり全ての考えが語られたとは思いませんが、少なくとも冬柴国交相の認識の方が正しいと言えますし、今回の値上げは「政府の失敗+市場の失敗」により発生した矛盾を解消する為に最善とは言いませんが次善の方策で有ると考えます。
☆ 今回の「値上げ」で問われるべきなのは「規制緩和のあり方」では?
ここ数年運輸業界では殆ど値上げが行われてきませんでした。確かに経済全体がデフレ経済下で実質的な物価が低下する経済状況の中では、運輸業界だけがその例外として値上げが出来る状況には無かった事は明らかです。
しかしその様な努力は既に限界に達しています。ましてエネルギー関連の価格が上昇している現在では「企業努力で吸収する」と言う事は困難になりつつあります。その意味で考えれば航空業界の「
燃料サーチャージ
」とて期間限定といえども値上げの一種です。今や航空だけでなくバス・タクシー等にもこの様な「エネルギー価格高騰に対する価格転嫁」が必要で有ると言えます。
又その企業努力の皺寄せが「労働者の給与」に与えている影響を考えるべきです。タクシー業界の場合燃料代高騰によるコストアップに加えて過当競争・供給過剰が今の様に苦しい状況を生み出していると言えますが、労働集約産業での給与等の労働環境の悪化は色々な意味で安全性の低下に直結します。そのリスクも考えなければなりません。
加えて今「ワーキングプア」等の問題が発生していますが、その根元は労働者を虐げた上で企業が経営されている点に有ります。「デフレだから値上げできない」と言う事で材料価格高騰分を企業努力で吸収しようと言う動きが有りますが、確かにその為に物価は上がりませんがその代償として購買者の収入を低下させ物価で無く給与で原材料高騰を負担させているだけに過ぎません。太田経済財政担当相が「物価は安定」と言っているのは、本来労働者が受けるべき恩恵を物価に転嫁しているから維持されているものなのです。その究極にタクシー業界の現状が有ると言う視点が必要で有ると言えます。
今回はタクシーの値上げが話題になりましたが、この様な規制緩和が引き起こした弊害としての供給過剰・過当競争は運輸業界でもタクシー業界だけの物では有りません。バス業界でも貸切バスの過当競争・供給過剰とそれによる労働条件悪化による事故等も発生していますし、路線バスでも「規制の穴」を縫った身軽なツアーバスと「路線バス」の規制に縛られた高速バスとの激しいかつ不平等な競争等の「規制緩和の弊害」が近年多く発生しています。
「規制緩和・競争」と言う物自体は決して悪い物では有りません。競争が有るからこそ「安く良い物が手に入る」と言うメリットが消費者にもたらされますし、上手く市場調節が生きればその市場調節によるサービス向上・価格低下・需給バランス調整等により利用者・事業者両方にメリットがもたらされます。その点で言えば政府の規制下の制約で事業を行うより規制を緩和して市場に調整を任せた方が好ましい場合が多いと言う事が出来ます。
しかし問題なのは今の様に「規制緩和が中途半端で穴が有る」「価格決定に規制が多く硬直性が有る」「セイフティーネットが無い」「差別的競争が行われている」と言う中途半端な状況で有る事です。運輸業界では固定インフラ負担が少なく比較的新規参入が容易なタクシー・バス・航空業界で規制緩和が積極的に行われ新規参入・供給拡大等が行われ、今まで我々は「格安の新規参入航空会社・待たずに乗れるタクシーの供給増加」などその「明」の部分を享受して来ました。
けれどもその「明」の部分の裏には当然「暗」とも言える影の部分があり、その影が中途半端な規制緩和や価格の硬直性により増長して来ており、タクシー業界がその規制緩和・価格硬直性の矛盾に耐え切れなくなり、矛盾解消の手段が「値上げ」として出て来て、今回の様な事になったのだと思います。
私自身は「値下げは善で値上げは悪だ」と言う単純な考え方は好ましくないと考えます。確かに「値下げ」されれば利用者はそのメリットを享受します。しかし「何でも値上げはダメ」と言う事になってしまうとそれは「利用者の形の変った事業者からの搾取」と言う形になってしまいます。事業者とて外部要因によるコストアップ等「企業努力」では如何とし難い価格上昇要因と言うのもこの世に存在するのです。企業努力で価格引下げで利用者はメリットを享受し賛成しながらコストアップで価格転嫁の値上げの時には反対では、利用者が「良いとこ取り」しているだけであると言えます。これは決して好ましく有りません。
規制緩和をする以上は、価格を含めて全ての規制緩和を行い事業者にフリーハンドを与えるべきです。その上政府の規制は利用者保護の視点から「安全・不平等」に対する問題に対して制約を加える事と、事業者に最後の救いとしてのセーフティーネットを残す事で公共交通自体に与える影響を最低限に抑えると言う「最後の砦」の役割に限定すべきでしょう。今の時代事業者にフリーハンドを保証しておけば値上げを画策してもカルテル的な一斉値上げに対し「出し抜こう」する事業者が現れ価格的競争が起きる可能性が非常に大きいですし、今の時代利用者の利用選択肢も多いのですから正しくない値上げをすれば「利用者の逸走」と言う形でしっぺ返しを受ける事になると言えます。
ですから今のような形で規制緩和をする以上、事業者間での規制の不平等などの「規制の穴」を修正しつつ、根本の部分では事業者と利用者及び「市場の原理」を信じ、それらが最大限生きてメリットを与える様にもっと大胆に規制緩和を進めるべきでしょう。今回の値上げ問題では只単純に「値上げ問題」だけで無く「規制緩和の有り方」について如何に有るか考えるべきでは?と言う疑問を投げかけていると思います。
私は消費者は「正しい値上げ」であれば受け入れると思います。しかし「値上げ」をする以上そのコスト負担で幾ばくかでもメリットを享受させなければなりません。ですから今回の値上げで燃料代等のコストアップを吸収すると同時にタクシー運転手の待遇改善を行う事が出来るのであればその分タクシー運転手がサービス改善等に自主的に力を注ぎ「タクシーのサービスが変った」と言うイメージを与えなければなりません。そうしないと「正しい値上げ」を行ったとしても利用者から支持を受けられず「自分達の首を絞める事」になります。そういう意味では今回の値上げは「規制緩和のあり方」だけで無く「事業者と運転手の姿勢」も問われていると言えるのではないでしょうか?
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