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今や極めて厳しい状況に有る公共交通の現実とは?
−昨今の交通に関する動きと地域公共交通の有り方を考える−
TAKA 2007年07月11日
近年色々な所で「公共交通」に関しての事が話題になっています。「規制緩和」の明暗に関する問題・「地方公共交通」の廃止に関する問題等々、今や変化の流れの弊害が、特に地方を中心に色々な所で出ている事は誰にも否定できない状況になっています。
今回は自分の周囲で聞いた話・見た現実を踏まえながら、公共交通の置かれている現実の状況についてアトランダム気味に書いて見たいと思います。
●今やバス運転手のなり手がいない!?
私事ですが、先日仕事で在京の某バス会社の部長と打合せをする機会が有りました。そのときの話の中で、チョットビックリの話がありました。
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(TAKA)休止中のバス留置場の施設ですが、今メンテナンスしないと将来業容拡張時に留置場を営業所に昇格する時には壊れて使えませんよ。
(部長)金の掛かるメンテなんていいよ!今やバス事業で業容拡張なんて無理だから・・・、此処が営業所として機能する事は多分無いよ。
(TAKA)どうしてですか?他の営業所じゃ「バスの置場が狭い」なんて話も有るじゃ無いですか?
(部長)運転手が居ないよ!今の待遇じゃ人が集まらない。来てもすぐ辞めてしまう人が多いし・・・。今の給与では家庭を持つのは難しいから辞めるのも仕方ないよ・・・。地方から雇用したりしているけど、増やすのは難しいよ。今だって何とか人を回しているのが実情なんだから・・・。
(TAKA)そうなんですか?確かに運賃も上げられないから待遇を上げるのも難しいですしね・・・。大変な状況ですね。
(部長)社内じゃ「人が居ないのだから、赤字路線は廃止して儲かる路線に集中しようか?」と言う話も有る位だよ。確かに交通事業者は少子高齢化で先行き暗いからね・・・。何処もそんなに変わらないと思うよ。
(TAKA)それじゃ駅前の営業所を此処に移して、営業所移転跡地に賃貸マンションでも建てませんか?安定収益源になりますよ。
(部長)確かに不動産事業ぐらいしか今後の収益を期待できないけどね・・・。でもその投資資金を捻出するのが大変だよ。
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今や交通事業者では、運転手が居ない為に規模縮小を考えざる得ない事業者が出始めているという現実が出始めています。しかも地方のバス事業者でなく東京のバス事業者です。
しかし燃料費等のコストが高騰して来て居る今のご時勢では、確かにバス運転手の待遇を改善する事は難しいと言えます。しかも現状では利用者が増える訳でなく、運賃値上げが出来る訳でない、要は増収が望めない状況下に有る事は間違い有りません。収入が増えない中でコストアップ要因が出てきている、そうなると「削れる所は削る」と言う事になりそれが人件費に行く事は経営の側面から考えれば致し方ない事で有ると言えます。
只その経営難の皺寄せが今や「赤字路線廃止」と言う名の公共交通の廃止に向かおうとしています。その様な路線廃止が行われるのは当然ですが利用者の少ないローカル路線です。ローカル路線には代替交通機関が無く、「バスが頼り」と言う状況になります。その様なローカル路線が今や「赤字」「低給与の代償の人手不足」が原因となり廃止されようとしています。
東京のバス事業者でこの様な話が出ている状況ならば、地方のバス会社は一体どうなるのでしょうか?確かに地方では仕事が少なく低給与でもバス運転手のなり手がいて何とかバス運転手のなり手がいるのかも知れません。しかし収入に関しての条件はより厳しいはずですし、収入的に(多少でも)恵まれている都市のバス会社が地方に運転手を求めている現実も有ること(実際先日東京の自宅の新聞のチラシに通えないほど遠い神奈川のバス事業者の求人広告が入っていた)から考えると、運転手獲得競争で負けた地方のバス会社も「運転手が居なくて赤字ローカル線廃止」と言う事も十分にありえる話です。
●このままでは民営による公共交通は崩壊する?
又私事の話で恐縮ですが、先日私の叔父の四十九日と納骨の法要の為に郡山を訪問しました。
行きは親族で纏まって行った為貸切バスをチャーターして訪問しましたが、親族はその後会津若松東山温泉で宿泊でしたが私だけ所用で仙台に用事があった為、別行動で郡山校外の寺から駅まで移動の上電車で仙台へ移動する事になりました。
その時5年前に叔母の法要でお寺を訪ねた時には近くに福島交通のバスが走っておりこれを利用して郡山まで出る事が出来たので、住職に「バスの時刻表有ります?」と聞いたら「バスは廃止されたよ。郡山まではタクシーを呼んで行くしかないよ」と言われました。
仕方なくタクシーを呼んで郡山まで移動しましたが、車中でタクシーの運転手と話をしたのですが「これだけ集落が有るからバスが有ると思っていたのだが・・・」と話すとタクシーの運転手は「阿武隈川の東側のこの地域は人口も居て郡山は近くてもバス路線は殆ど無いよ」「タクシー運転手としては嬉しいがこの地域はタクシーor車で無いと移動出来ないよ」と言われてしまいました。要はこの地域には公共交通は存在し無いと言うことです。
5年前の訪問時には1時間に1本程度の路線バスは有ったはずです。又乗車時には乗客はガラガラと言う感じでは無く休日昼間でも10名程度の乗客が居た記憶が有ります。乗った感じでは「ローカル路線」で有るのは事実だが、「即廃止」になるほど苦しいと言う感じでは有りませんでした。5年間で色々な点で劇的な変化が有ったのかもしれませんが、この様に地方では中都市近郊でも公共交通空白地帯が確実に発生しています。
この様な状況は色々な要素がかみ合っての路線廃止だと思います。少子高齢化による利用者の減少も有るでしょう。実際ローカル路線の常として収入が厳しい状況に有ったと思います。まして前述の様に燃料等のコストアップ要因や運転手が居ないと言う様な状況が有ったのかもしれません。実際の実情を知らないので何とも言えませんが、廃止の要因は色々有ったと思います。
只現実問題として、利用者減少・燃料費高騰・運転手不足等の問題は既に民間事業者では対応できない状況になってきています。しかも唯一の現状打開策で有る「運賃値上げ」による増収がバス事業者でもなかなか図れない、つまりコストアップ要因を価格転嫁出来ない上に収入も増えないと言う状況が公共交通事業者を苦しめていると言えます。
この様な状況になると当然民間事業者は収益の上がる場所に経営資源を集約し、最大限の利益を図ろうとします。実際私の行った寺の周辺では廃止されていた福島交通バスも、中心街の郡山駅前には多数居ました。多分郡山駅前発着の(比較的)高収益路線ばかりが残ったのでしょう。この様になれば当然民間事業者では採算上運営できない地域が出てきます。そうなると「全国一律の公共交通」は民間事業者では維持できなくなります。
●では如何するのか?
この様な現実が有るのは事実としても、では如何すればいいのか?ここが一番難しいと言えます。
幾ら「公共事業運営者」であれども、民間事業者に「無限の努力」を求める訳には行きません。民間事業者とて色々な努力をしている事には間違い有りません。話題に上げた某バス会社も分社化等々経営努力を行っていますし、今までは経営状況に対応して投資も控えてきていました。又郡山の例の福島交通とて色々な努力をして来たのでしょう。只その努力がいまや限界に達しつつある事は間違い有りません。
又民間による地方公共事業者の再生と言う例も存在します。先日の12chの「
ガイアの夜明け
」で「
破綻した中国バス再生に乗りだした両備バスグループ
」の話を放送していましたが、確かにこの様な「民間努力による再生例」と言うのも存在はしています。
しかしその民間努力によっても既に公共交通が抱えるいろいろな矛盾・困難を解消できなくなっています。それは今まで挙げた例から見ても明らかです。では誰が解消するのか?そうなると「官が民の矛盾を調整する」と言う方策しかなくなっていると言えます。
けれども問題は「官が頼りない」と言う状況に有ることです。確かに色々な所から指摘が有る様に「官」特に地方自治体には財政的な余裕がなくなってきています。その為公共交通に関して「官が民に手を出して矛盾を解消」と言う事は困難で有ると言えます。なんせコミバスの様に「低コスト運営者に委託する」事で、既に労働面で矛盾が噴出しつつ有る低労務費路線を推し進めるほどですから・・・。
まして「公共交通だから官が運営する」と言うのも難しいでしょう。前述のように財政余力が無い上に、常識から見ると「社会的に見て効率的な運営がされるか?」と言う問題でNOと言う事になります。民間が強いて居る低労賃での運営も問題ですが「
年収800万〜1000万のバス運転手
」と言うのも「成果に対応した労賃であるか?」と考えると常識的に見て問題です。これでは社会全体の効率性に悪影響を与えます。その点から見て「官が公共交通の担い手として相応しいか?」と言う点でもNOと言う答えしか出なくなります。
此処に問題の根深さが有ります。「民では社会性を重視した公共交通維持は今や出来ない」「官は今発生している問題に上手く対応できていない」「官では運営効率が悪すぎる」と言う中で誰が問題を解消するのか?その相応しい担い手が存在し無いと言うのが今の状況です。
その様な「調整役」が居ない状態でいかに今後の公共交通を考え、社会と会社と労働者の要望を纏めながら公共交通を維持発展させる為には如何にすればいいのか?誰にどの様な努力を求めればいいのだろうか?其れを真剣に考えなければ、日本の公共交通は一部の収益性の有る交通事業以外は存在しなくなると言う「最悪の結果」が訪れるかも知れません。
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私は今東京に住んでいて、何も不便も無く疑問も無く公共交通を利用している状況ですが、東京の様に「水や空気の様に普通機公共交通が有る状況」と言うのは今や日本では大都市とその近郊しか有り得ない状況なのかもしれません。
確かに日本は世界の中でも珍しいほど、国土全体に公共交通網が張り巡らされていて地方の何処でも何かしらの公共交通が確保されていて、「公共交通は水・電気・電話と同じ様に何処にでも有るインフラ」と言う状況に有ったと言えますが、今やその様な「当たり前」と思われていた状況が崩壊しようとしています。
其れはバスだけでなく鉄道にも広がっており、鉄道においても名鉄岐阜4線・鹿島鉄道等々利用率の低い地方路線で廃止が進んでいます。今や公共交通の危機は「地方の鉄道・バス」で急速に広がっています。
「何故廃止されるのか?」と言う事に関しては鉄道・バスどちらに関しても個々の事情は有ると思います。しかし苦しい状況が顕著なバスには「少子高齢化で利用者は増えないし、値上げも出来ず増収が図れない」「燃料費のコストや運転手の待遇改善をしたくても増収が図れず原資が無い」「待遇改善できないから大切な運転手が居なくなる」「高採算路線に縮小均衡を図るしかない」と言う悪の循環が存在していると言えます。
果たしてこの様な状況は正しいのでしょうか?私は決して正しくは無いと思います。しかしこの様な「公共交通の廃止」と言う問題は、取り上げた郡山の例では有りませんが、日本全国至る所に有るというのが実情です。Yahooニュースの「
地方交通
」を見ると毎日の様に「バス路線廃止」のニュースが出てきます。残念ながらこれが現実です。
この様な状況を打破して、最低限の地方公共交通を維持する為にはどの様にすれば良いのか?その命題は極めて重いと思います。
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