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☆トヨタが中部国際空港で示した可能性は何か?
 

 上述の様なトヨタの事情で今回畑違いの空港建設にドップリと入り込んだトヨタ自動車ですが、その結果トヨタが中部国際空港で示してくれた物は非常に大きいものが有ると言えます。
 又「初年度からの黒字達成」と言う様に、東京と大阪の狭間と言う厳しい位置関係に有るにも関わらず、「民活で空港を作り軌道に乗せる事は可能」と言う事を示せた事は、関空の失敗と合わせて見ると、その意義は非常に大きいと言う事が出来ます。
 そのトヨタが中部国際空港建設で示した物について、考えてみたいと思います。


 ○ トヨタは中部国際空港で金儲けの基本を示した?

 先ず最大の功績は「 初年度から黒字を出す見込みが立った 」( 中部国際空港㈱発表資料 )と言う事です。確かに初年度は開港フィーバーと「愛・地球博」に支えられた側面も有りますが、それでも未だに 「国の90億円の欠損補助金」と言う税金投入が無いと赤字経営である関空 と比べると、その状況には天と地の差が有ります。( 中部国際空港㈱16年度中間決算 では「国庫補助均等受入」項目を「特別利益欄」に計上しているが、中間決算ではその前項目の経常利益で、去年通期の補助金額15億49百万円より多い19億54百万円の経常利益を計上している。これは通期で補助金受入がゼロでも、会社の収入単独で黒字可能と言う事を示している)
 今まで私も第三セクターについては鉄道系の第三セクター会社の経営について色々見てきましたが、開業初期は膨大な建設費負担に起因する償却費負担が大きく開業暫くは赤字が続くと言うのが、新規に建設した交通系第三セクター企業の一般的形態でした。
 しかし中部国際空港は航空利用者も「 2005年上半期で対前年同期(名古屋空港)で118% 」と増加している事も有りますが、開業初年度から黒字と言う、今までに無い極めて良好な経営実績を示しています。

 この様なきわめて良好な第三セクター経営が行われているのは何故でしょうか?その要因は3つ有ると言えます。それは「無利子融資が4割と言う資金スキーム」「1730億円のコストダウンによる償却費・金利負担減」「単純な空港利用だけでなく、空港を遊びの町にも変えることでテナント収入等で儲ける」と言う点だと思います。
 これらの内「無利子融資拡大」「建設コスト削減」は出るを制す事であり、「テナント収入等空港利用料以外で儲ける」と言うのは入るを図る事になります。どちらも一般的経営においては「基本中の基本」ですが、第三セクターでは特に「出るを制す」と言う点は往々にして忘れ去られている点です。
 その中で特筆すべきは、充実したショッピングモールです。セントレアには4階スカイタウンに「 和のゾーンちょうちん横丁 」「 洋のゾーンレンガ通り 」と言う2つのショッピング街を始めとして、飛行機の展望が楽しめる高級レストラン「 クイーンアリス&トゥーランドット 」・展望風呂「 宮の湯 」等の施設も揃っていて、 色々な施設や展望デッキ と合わせて、空港利用客だけでなく、空港への観光客も楽しめる様になっています。
 空港に存在するショッピングモール自体は珍しくは有りません。羽田等はもっと充実しているとも言えます。それに「駅ナカビジネス」と言う名目で鉄道駅にテナントを誘致するなど、核交通機関でも積極的に行われています。その点セントレアが革新的で有るとはいえませんが、メインテナント(クイーンアリス&トゥーランドット)を一番展望の良い位置に据える事や、日帰り温泉まで作ってしまうことを考えると、中部国際空港㈱はかなり綿密にテナント戦略を考えていたと推察できます。
 実際中部国際空港の買い物・見学・見送り客は「 当初想定の年間300万人を大幅に超える9ヶ月で1000〜1100万人 」と言う状況です。これには開業フィーバーや万博効果も有るでしょうが、それと同じ様に「空港を楽しめる街」に仕立て上げた効果が大きいと言えます。多くの人が来ればそれだけ金を落としてくれます。その何割かは空港の収入になれば、空港会社は当然潤う事になります。

 これらの事が合わさって、中部国際空港の順調な経営が成り立っていると言えます。これらは関係する全ての人たちにメリットをもたらす事です。
 建設費を下げた事で「 成田・関空より安い空港着陸料 」を実現できました。これは航空会社だけでなく、運賃面で利用者・運行本数増の可能性を増やす点で地域全体にメリットが有ります。同時に空港経営が順調な事は出資者にメリットが有るのと同時に、政府保証債の安定的償還・税金投入の阻止と言う点で日本国民全体にメリットが有ります。それに上記の様な空港全体をシヨッピングパークの様にした事は、空港会社には増収効果・利用者には利便性向上と色々なメリットが有ります。
 トヨタが中部国際空港で示したのは、「金を儲けると同時に皆がメリットを受けるWin・Winの関係を築く」と言う事です。これは経営の基本では有りますが、なかなか難しい事です。
 実際関西国際空港は建設費が大幅に予算を超過し、極めて厳しい経営状況であり、年間90億円もの税金も投入されています。それで空港着陸料も高く、他空港への航空便の流失が起きています。加えてテナント賃料は東京丸の内並で、マックのハンバーガーも「日本では関空と米軍基地だけ高い」と言う状況です。これは正しく中部国際空港でトヨタが設計した「善の循環」の逆「悪の循環」が起きている事になります。これでは関空が活性化されることも無く、伊丹・関空・神戸関西三空港時代に重荷となり、関西の経済活力を奪うと同時に日本全体に迷惑をかけることになります。
 多分中部国際空港は事業開始時から「関空の失敗」を如何繰り返さないか?を考えてきたのだと思います。その方策として中部財界が考え出したのが「トヨタを巻き込む事」だったのではないでしょうか?この期待にトヨタは十二分に答え、その結果中部国際空港は最高の滑り出しをすることが出来たと思います。
 また中部国際空港で示した「入るを図り出るを制す」「金を儲けると同時に皆がメリットを受けるWin・Winの関係を築く」と言う「金儲けの基本」は、極めて当たり前の事ですが、何処にでも当てはまる事でもあります。その点からも私たちも中部国際空港から学ぶ点は多々有ると思います。


 ○ トヨタウェイは建設工事のコスト管理に革命をもたらしたのか?

 中部国際空港は、空港ビジネス・交通業・インフラ構築関連業種からみれば異業種であるトヨタが旗を振り、 当初予算の7680億円から約1730億円(約23%)もコストダウンした5950億円で造られた事 は驚くべき事です。しかも工期を前倒しで開港させることが出来た空港です。日本の公共事業・建設業の立場から見れば、工期前倒しは驚きませんが、工期を前倒ししつつ約17%のコストダウンで空港を造ったと言う事は驚きの事です。
 日本の公共事業・建設業の常識として「工期を短くすれば突貫工事になり突貫費が掛かりコストアップになる」「工事途中の仕様変更で追加工事が出て最後には+αの工事費が必要になる」と言うのは今ま当然有りました。しかし中部国際空港はこの常識を巨大プロジェクトで覆してしまいました。「工期短縮=原価増」「品質向上=原価増」「認められなければサービス工事」と言う図式に慣れていた人々にとっては驚きの話です。
 私が読んだ日経ビジネスの中に国交省次官OBが名古屋での講演で「これだけの物が予算内で出来たら、それは画期的、いや革命だ」と口にしたと書いてありましたが、私もその意見に半分同感です。トヨタは建設・インフラ構築の世界に新しいコスト概念を私たちに思い出させたと言えます。

 中部国際空港㈱がセントレア建設でコスト削減に用いた手法は「VE(バリューエンジニアリング)」です。この手法自体は建設業界で決して珍しい手法では有りません。ここ数年の建設業界でよく有る「赤字受注のマンション」では、(安くなる事を伏せて)同等品を提案してコストダウンを図ると言うのは別に普通で行われています。(その行き過ぎた例が無断のVEで鉄筋を減らした問題の耐震強度偽装マンションで有る)
 只考え方の基本に「確固たる信念」「強気な姿勢」「共存共栄を図る」と言う考えが有り、それを踏まえ中部国際空港㈱の調達部長(トヨタ出身者)が述べた「カローラを作るのに、機能を見て価格設定をして其処に合わせる努力をする。コストの積み上げはしない。空港建設も目標の事業費にあわせて、内容・設備を決めてコストを削って行く。手法は一緒」(日経ビジネスより)と言う考えが出てきて、そこで「出来るコストは徹底的に削る」「金額が合わなければ建設会社を変える」と言う強気な姿勢を示しつつ、「ゼネコンに知恵を絞らせつつ、中部国際空港側もやる事はやる」と言う協力の関係で行った事が、1249億にもなるコストダウンと17年2月開港を可能にした工期短縮の成功要因で有ると言えます。
 でもこの事は建設業界と発注者諸氏が忘れていた関係です。確かに建設業界では民間工事の建築単価はバブル期に比べれば3割近く下落しています。その下落が「コスト削減による単なる叩き合い」に終始してしまった為に、「最初に決めた予算の中で如何にして協力してコストを落とす(or工期を短くする)」協業関係を築くかと言う方向ではなく、「如何に上手くコストを落として、それを内部に取り込んで利益を上げるか」と言う「狸と狐のだましあい」に終始してしまった為に「取れる所からは取ろう」と言う事になり、コストに関して比較的施主・施工の関係で甘い所が出てくる公共工事では、施工単価が落ちなくなり安易に「工期短縮=原価増」「品質向上=原価増」の方向だけに走ってしまったのだと思います。

 基本的にゼネコンも「詐欺師集団」では有りません。施主が殺さないようにゼネコンに対応してくれれば、自分たちの利益を追求しつつ、施主にも有形無形の利益がもたらせる様に努力するのが普通です。しかし民間発注者や最終需要者が殺す様な一方的なコスト削減にばかり力を注いできたから、生き残る為に姉歯事件が起きるのです。
 それが公共事業になると、民間に比べ検査が厳しいために姉歯作戦は出来ません。それに公共事業では予め一定の追加が出ることを想定の上予算を取る傾向も有ると聞きます。予算が有れば使わなければいけない、予算が有るから「変更出たので追加頂戴」と手を出せば追加をくれる、それに会社全体では民間施工物件が収支の足を引っ張るので、儲け易い官庁工事で徹底的に儲ける事が往々にして行われています。この状況が公共工事のコストを上げてきたのです。
 ですからトヨタは中部国際空港で決して特殊なマジックをしている訳では有りません。手法は別に在り来たりの「VE」です。只考え方が普通の民間施主(特にデベロッパー)や公共団体と違って、有る意味極めて良心的かつ常識的なコストダウン手法と考え方でゼネコンとの関係を築いたと言うだけの事であると思います。
 しかし其処に「姉歯事件」の予防策も「血税無駄遣いの防止策」も隠されているのです。その点において中部国際空港で示した「トヨタ的コスト削減術」は一石を投じるものが有ると言えます。



( 「 ☆中部国際空港のより一層の発展に必要な物は何か? 」 へ続く )





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