このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





過去の遺物「軽便鉄道」リストラクチャリングの現場を見て

-日本に残る最後の軽便鉄道「三岐鉄道北勢線」「近鉄内部・八王子線」を訪問して-



TAKA  2006年11月05日





七和駅に入線する三岐鉄道北勢線車両



 「軽便鉄道」とは現在では死語になりつつある言葉です。
 そもそもは「軽便鉄道」と言う鉄道の定義は「日本の標準軌間たる狭軌より簡易な軌間で出来た鉄道」で有ると言えます。
 ただ「軽便鉄道」と一言言っても、狭義に考えれば1910年制定の「 軽便鉄道法 」に準拠して建設された鉄道であると言うことができます。しかし現実は「軽便鉄道法」は1919年に「地方鉄道法」切り替わる形で廃止されており、現在では過去の軽便鉄道法で建設されながら立派な普通鉄道として運営されている鉄道も沢山在ります(例:武蔵野鉄道→西武池袋線)。又軽便鉄道と言う物を広義に考えると、軽便鉄道法では軌道の規格を「軌間762mm以上」と定めていますが、この762mm(特殊狭軌・ナローゲージ)と言う日本国内で一般的である1067mm(狭軌)よりかも小さい軌間の鉄道は(法的には地方鉄道だが)地方の小規模ローカル民間鉄道や「 殖民軌道 」や「 森林鉄道 」として存在していました。
 その「広義な軽便鉄道」要は狭軌以下の軌間で作られた鉄道は、昔は地方の零細ローカル鉄道として多数ありましたが、モータリゼイションの流れの中でほとんどが廃止され現在では三重県内の「三岐鉄道北勢線」「近畿日本鉄道内部・八王子線」の3路線しか現存しなくなりました。

 今回は9月17日にその「三岐鉄道北勢線」「近畿日本鉄道内部・八王子線」を訪問することが出来たので、日本の残された数少ないローカル軽便鉄道であるこの2鉄道、特に近鉄の廃止表明から一転地元の支援の上で隣接の三岐鉄道が引き受けの上存続が決定しいろいろな点で生まれ変わろうとしている「三岐鉄道北勢線」をメインに取り上げようと思います。
 日本の中で今や需要の少ないローカル鉄道は危機的状況にあることは間違いありません。それは「市場原理」と言う「資本主義の根幹原理」が存在し「鉄道が民営」である以上仕方ないものです。この流れは地方の道路事情が好転し簡易な鉄道たる軽便鉄道・ローカル線がモータリゼイションに負けて廃止され始めた昭和初期から止まる流れではありません。
 しかしその流れの中で、特殊狭軌と言うきわめて制約のある条件下で今や地域の核鉄道として再生されようとしているのが「三岐鉄道北勢線」です。軽便鉄道たるローカル線が鉄道として如何に事業の再構築(リストラクチャリング)がなされようとしているのか?特にその点に興味を持ち、今回は「日本に残る最後の軽便鉄道」を訪問してみることにしました。

 「参考文献」鉄道ピクトリアル 92年12月特集号「近畿日本鉄道」・03年1月特集号「近畿日本鉄道」
 「参考HP」・ 三岐鉄道HP  ・ 北勢線対策協議会北勢線対策室
       ・ 三岐鉄道北勢線 (wikipedia) ・ 近鉄内部線 (wikipedia) ・ 近鉄八王子線 (wikipedia)
       ・ 北勢線活性化基本計画  ・ 平成16年8月6日近鉄ニュースリリース  ・ 近鉄企業情報 内部・八王子線
       ・ 近鉄企業情報 駅別乗降人員  ・ 近鉄資料館 近鉄ストーリー  ・ 国土交通省ベストプラクティス集
       ・ 桑名市HP  ・ いなべ市HP  ・ 東員町HP

 * * * * * * * * * * * * * * *

 ☆ 三岐鉄道北勢線訪問記(9/17 西桑名8:23→阿下喜9:23)

 浜松〜名古屋と仕事で動いた後名古屋で一泊し、三岐鉄道北勢線・近鉄内部八王子線を訪問するためにJR関西線の快速みえ1号で三重県桑名に向かったのは9月17日朝でした。
 朝と言っても桑名に着いたのは8時過ぎでJR・近鉄どちらの駅にも「日曜日の朝」と考えれば部活と思わしき学生等を中心にそれなりの人手が出ている状況でした。さすがに昔からの城下町・交通の拠点にして名古屋のベットタウンでもあり人口が140,708人と言う桑名市だけあり、人の動きも多いようです。
 JR関西線の桑名駅を降り、JRの駅員に「北勢線の駅はどこですか?」と聞いたら「そこの歩道橋を歩いて、バス乗り場の先だよ」と言われました。確かに駅舎を出ると左側の大きなバスロータリーの先に駅が見えます。駅自体は別に質素とかそう言う訳ではなく「ローカル線」と言う基準で考えればごく普通のターミナルなのですが、隣の三重交通の「バスターミナル・バスセンター」と比べると規模・利用客数共に見劣りする感じがします。そういう点では北勢線の「交通機関としての存在感」は三重交通が路線網を張り巡らせているバスより軽いのかもしれません。

  
左:北勢線西桑名駅と三重交通のバスターミナル  右:西桑名駅停車中の阿下喜行き列車

 すでに西桑名駅には列車が止まっていたので、早速阿下喜までの切符を買いホームに入ります。阿下喜行きの列車は4両編成で写真に写っている先頭のモ277は近鉄時代の平成2年に新造された車両で一番新しい車両です。しかしそれ以外の車両は昭和30年代に作られた車両でしかもこの編成(北勢線他の編成もそうだが・・・)は1M3Tと言う編成です。762mm軌間のナローゲージですから車両が小さく年季が入っているのは分かっていましたが、38kwモーター4個の電動車に付随車が3両ぶら下がると言うのは驚きです。これではスピードが出ないのも当たり前です。
 写真を何枚か撮った後車内に入って出発を待つことにします。日曜日朝なのに桑名駅前はそれなりの人手がありましたが北勢線車内は別世界です。下り列車ということも有るのでしょうが、各車両に2〜3名編成全体でも10名程度の客しかいません。やはり「幹線から田舎に入っていくローカル線」だから仕方ないのでしょうか?

  
左:JR関西本線・近鉄名古屋線の跨線橋  右:高規格道路の下を潜る北勢線

  
左:阿下喜行き車内@在良  右:在良駅での交換待ち風景


 しばらくすると発車時間になり発車します。この車両には私に加えて2人の乗客しかいなかったので、早速バスの座席の様な狭い1人座りの固定クロスに我慢しながら運転席後ろのお約束のシートに座り、「特殊狭軌のローカル線」はどんな感じの路線なのかよく見てみる事にします。
 西桑名を出て直ぐはJR関西線・近鉄線と併走していますが、暫くすると両線を跨線橋でオーバーパスします。その 跨線橋 ですが車内からしか見ていないのでよく判らなかったのですが、いわゆるガーター橋と見えたのですが問題はその貧弱さです。写真が悪く判りづらいのですが、普通上からレール→枕木→桁→橋脚・橋台となるのですが、枕木〜橋脚間の厚みすなわち桁の厚さが異様に薄い感じがします。そのため橋脚の本数が多いのかもしれませんが、いくら軽便鉄道と言えどもこのような貧弱な橋梁では安全に運行できるのか怖くなります。将来的に車両重量が嵩む様な新型車両を入れる場合この跨線橋の強度がネックになる可能性が高いと言えます。
 JR・近鉄を跨線橋で超えて隣りの駅馬道駅で上り列車と交換した後、電車は市街地の住宅の中を縫うようにして進みます。この区間は極端に曲線の多い線形と言うわけでは有りませんが、架線柱は更新されているもののレール・バラスト・枕木の更新が行われていない区間が多く(バラストは入れ替わっている所も有ったが)、出しても40km/h程度の速度ですが速度を出すとかなりゆれる感じがします。軌道の状況は8月に乗った万葉線の鉄道区間の軌道未整備区間と変わらない感じですが、揺れは北勢線のほうが多い感じです。特殊狭軌と言う「軌間の狭さ」が影響しているのかもしれません。
 馬道駅の次は在良駅で上り列車と交換です。この先七和駅でも交換をしましたが、交換設備をフルに使うこれだけの頻度で運転をしているのは驚きです。実質的にはパターンダイヤでないものの20〜30分毎で運行されているのは利便性の側面からも大きいと言えます。但し下り列車の在良・七和では交換待ちでかなりの時間調整が有りました。単線鉄道の宿命として「仕方ない」とは判っている物の何とかして欲しい物です。

  
左:スーパ-と併設で新設された星川駅  右:新築された穴太駅

  
左:バラスト・電柱が整備された鉄道  右:阿下喜駅直前の風景


 途中で電車に乗っていて駅をよく見てみると、明らかに新築された駅が幾つかあります。列車交換で長時間停車していた在良駅も工事をしていた感じがありますし、途中で車窓から見た星川・七和・穴太・東員・大泉の各駅はいずれも駅舎が新築され、とても「ローカル線の駅」とは思えない駅になっています。
 これは「北勢線基本計画」や三岐鉄道が打ち出した「 北勢線リニューアル計画 」で打ち出された、駅の統廃合・改修と言う計画に沿って作られたもので、これによりバリアフリー化・P&Rの実現など、とてもローカル線とは思えない程の利便性向上に大きな成果を挙げています。
 又車両こそ未だ近鉄時代の車両に色を塗り替えただけの車両を使用していますが、駅以外にも架線柱のコンクリート化・バラストの更新など今まで手を加えられなくて放置されていたと思われる所に積極的に設備のメンテナンスをしていることが見て取れます。大規模なインフラ更新は巨額の費用がかかりなかなか難しいですが、乗客の利便性向上など客が直接触れ合い設備改善の効果が直接出る所を中心に設備の更新が行われている事は非常に重要であると思います。

  
左:阿下喜駅旧駅舎  右:阿下喜駅に停車中の車両と保存車両用の線路

  
左:阿下喜駅の乗降風景  右:阿下喜駅駅前のバスターミナル・スーパー


 今回下り方向は「今まで乗った事の無い北勢線の試乗」がメインだったので、取りあえず終点の阿下喜まで乗り通す事にしました。最初は駅間距離が狭く直ぐ駅に到着と言う感じでしたが、東員駅を過ぎると急に駅間が開いてきます。特に楚原〜阿下喜間は駅間が2〜4km開くにもかかわらず、比較的アップダウンと急曲線が続きスピードが出ないので、かなり時間がかかる感じがします。その為終点の阿下喜に着いた時には「やっと着いたか・・・」と言う印象になってしまいました。実際に乗った列車は西桑名〜阿下喜間20.4kmが丁度一時間でしたので、距離から考えると時間がかかりすぎと言うことは間違いありません。実際三重交通のバスが 桑名〜阿下喜間を約30分毎・53分 で結んでいる事を考えると、北勢線の運転速度向上は必要であると言えます。
 阿下喜駅は三重交通のバスターミナル・スーパー・銀行支店・病院(いなべ総合病院・大和会日下病院)が有る等地域の核となる拠点性を持つ駅です。元々は旧北勢町の中心であり、三岐鉄道本線の走る員弁川の対岸には直ぐそばに藤原の町と太平洋セメントの工場が有る等、地域全体的に開けている場所であると言えます。
 しかし実際問題として土曜日朝と言うことも有るのでしょうが、西桑名発車時点でもそんなに多くなかった乗客が、阿下喜到着時点では私を除くと一組の親子連れだけになっていました。都市→郊外→地方と言う形で運営されているローカル線である以上、乗客は都市の起点から終点に向かい漸減していくのは当然ですが、終点では数名の利用客と言うのはちょっと寂しすぎる感じがします。
 その様な利用客の少ないと思われる阿下喜駅でも「北勢線リニューアル計画」に基づいての駅改築工事が真っ盛りで、又写真にも有る様な 市民団体による保存車両の公開 等も行われているようです。確かに阿下喜までの利用者は少ないかもしれません。それは統計にも表れているといえます。しかし阿下喜自体は有る程度の地域の拠点性を持っている所ですし 阿下喜温泉「あじさいの里」 などの施設もあり、未だそれなりの集客力がありそうな気がします。実際阿下喜温泉に関しては北勢線で 往復切符販売 等もしていますが、これらの観光資源足りえそうな温泉・SLの保存等を生かして、少しでも観光・非日常利用客を日常利用客に加えて利用者総数が嵩上げ出来る様にがんばってほしいものです。


 ☆ 三岐鉄道で新たにスクラップ&ビルトされた駅を訪問して (大泉駅 9:58〜10:27・東員駅 10:34〜11:01)

 取りあえず阿下喜まで北勢線を一通り乗車したので、帰りは途中下車をして「如何にローカル線が生まれ変わろうとしているのか?」その変化の現場を見てみることにします。
 北勢線の新駅に関しては、とも様の 「交通とまちづくりのレシピ集」の表紙 で新駅設置に関して紹介されており、その為「北勢線変化の象徴」として訪問してみたいと訪問決定時から思っていました。
 そうなると駅の「スクラップ&ビルト」で新しく生まれた駅である、星川・東員・大泉の3駅が候補になるのですが、この後の他所訪問の予定との絡みもあり「2駅しか途中下車できない」状況になり、その中で仕方なく星川を諦めて大泉・東員の2駅を途中下車してみることにしました。

 ・「ふれあいの駅 うりぼう」と一括整備された大泉駅

  
左:大泉駅に到着した西桑名行き  右:ショッピングセンター・駐車場併設の大泉駅

  
左:病院等が建ち始めている大泉駅周辺  右:大泉駅併設のショッピングセンター


 まずは 大泉駅 に途中下車してみました。大泉駅は大泉東駅と長宮駅を統合してその中間に作られた駅で、桑名市といなべ市を結ぶ幹線道路「員弁街道」に隣接している場所で駅へ車でのアクセスも非常にしやすい場所に作られています。
 大泉駅の特徴は「P&R可能な72台の駐車場」と「地元農産物販売施設「ふれあいの駅うりぼう」を併設した」と言う2点にあるといえます。いなべ市は「地域密着型の新しい“駅”」建設が評価され、 第4回日本鉄道賞【日本鉄道賞表彰選考委員会特別賞】 を受賞していますが、それだけの価値のある「新駅」であると言えます。
 元々ローカル鉄道は自動車がほとんど存在しない時代に作られたものですから、ローカル鉄道の拠点たる駅へのアクセスに自動車が考慮されることはありませんでした。しかし現代はモータリゼイションが進み自動車で移動が当たり前の時代になり、人の居住が散らばっている地方では「車を末端アクセスにして幹となる公共交通へ人を集める」と言う発想が重要であると言えます。その発想を具体化したのが「自動車交通の良い所への駅の移設」と「P&R用の駐車場の設置」です。加えて拠点性を高めるために集客力のある「農産物販売施設」を併設して駅の魅力を高めたのは大きなポイントであると言えます。
 実際に大泉駅に下車すると、周りはほとんど畑で「畑の中にぽつんと駅がある」と言う状況で、「何でこんな所に駅を作ったのだろう。人家が多い所の方が利用客が多いだろうに」と思いましたが、駅を降りてみるとP&Rにも使える駐車場は7〜8割埋まっています。加えて畑の中なのに農産物販売施設には買い物客も居て人出がある感じがします。「畑の中の駅」にこれだけ人が集められるというのは驚きですし、実際大泉駅の利用客は「2003年度の大泉東駅+長宮駅と比較すると2005年度の大泉駅利用客は約2倍以上の伸び」で有ると言うのはまさしく驚きです。
 本来「駅は人口の有る所に建てる物」と言う考えが私にもありましたが、大泉駅の成功は「地方における車の存在の大きさを鉄道に結びつける」と言う点で非常に驚きを感じました。加えて駅前に新しくコンビニが出来たり病院の新築等も行われており、何も無い所に駅が出来たことで新しい町が出来始めています。その点から考えても大泉駅の建設は大成功であったと言うことが出来ますし、私的には「きわめて革新的なスクラップ&ビルト」であると感じました。

 ・「東員町の玄関口」として整備された東員駅

  
左:東員駅構内  右:東員駅駅舎

  
左:東員駅前広場のコミュニティバス・駐車場・駐輪場  右:東員町役場等の官庁街


 続いては 東員駅 に途中下車してみることにしました。東員駅は六把野駅と北大社駅を統合して出来た駅で、車庫機能は北大社信号所に残しているものの西桑名と北大社に分散していた運行管理機能・駅遠隔管理機能を統合し同時にCTCを導入し、北勢線の運転機能の中核駅として作られた駅であり、同時に東員町役場などの公共施設の直近であり 都市再生整備計画で東員駅周辺が整備対象 となっている様に、東員町の玄関口と言う期待の下で整備された駅と言えます。
 東員駅も大泉を始め他の駅と同じ様に駅前広場・駐輪場・駐車場が整備されP&Rやキス&ライドにも対応した駅であり、大泉駅を越える80台の駐車場が整備されています。加えて東員駅は東員町のコミュニティバスである「 オレンジバス 」東西線・南北線の接続駅となっており、東員町の交通面での中核となっています。
 実際私が東員駅に行った時には、上り列車の降車客は居ませんでしたが次の列車に乗った時には数人の乗客がいましたし、駐車場はやはり3分の2以上の利用があり駐輪場にもかなり自転車が停まっていました。又駅バス停にオレンジバス南北線の(三岐線)伊勢中央公園口駅行きが到着し、東員駅で2名乗車し5〜6名の利用で出発していきました。東員駅も大泉駅と似たように「畑の中に駅がポツンと有る」状況で、「こんな所に駅が有ってお客が付くのか?」と思いましたが、駅周辺には東員町役場等の公共施設と多少の住宅しかない東員駅で役所が休みの土曜日でそれなりの利用が有る状況には改めて驚きました。

 今回北勢線の大泉・東員の両新駅を見てきましたが、改めて「駅のスクラップ&ビルト」政策が上手く機能していると驚きました。今までローカル線では「利用客の少ない駅を廃止する」「需要・要望の有る所に新駅を建設する」と言う個別の動きで駅の設置・廃止を行ってきましたが、今回北勢線では「全線を見つめた上で総合的に駅の統廃合を行う」「立地・用地的に駅前広場設置が出来ない・駐車場や駐輪場が設置できない・アクセス道路が悪いと言う駅への車等のアクセスが悪い所の駅は思い切って廃止する」と言う極めて野心的な計画の下で行われた事に極めて驚きを感じました。
 しかしこの野心的な「スクラップ&ビルト」政策は成功で有ったと思います。実際統合新駅の大泉駅などでは数字で利用者増が現れています。その様な今回の「駅のスクラップ&ビルト」政策の成功の要因は「北勢線への車でのアクセスを便利にする」と言う有る意味逆転の発想が有った事だと思います。あくまで「北勢線=地域の公共交通の幹」と考え「枝の部分はキス&ライド・P&Rで車を容認する」と言う考えの下で、「車のアクセスしやすい所に駅を作る」と言う作戦がはまったのだと思います。
 往々にして「鉄道と車は並存しない」「鉄道と車は別々の物だ」と言う考えが多いですが、今の地方の状況は人口が広範囲に散らばり駅徒歩圏の人口が減少して徒歩・自転車等でアクセス可能な人口が減少してしまい、その様な「鉄道は鉄道・車は車」と言う単純かつ割り切った発想では鉄道は生き残る事が出来ない状況になっているのだと思います。その様な地方の状況を正確に把握し「鉄道と車の役割分担」を考えた事業のリストラクチャリングを行った三岐鉄道と北勢線対策協議会のプランの素晴しさが、今回訪問した2つの新駅には現れていると改めて感じさせられました。


 ☆ 軽便鉄道の「過去」を残す近鉄軽便線を訪問して

 今回三岐北勢線を訪問した後、「北勢線の比較の対象」として日本に現存するナローゲージ鉄道3路線の内未だに近鉄の運営下に残されている「近鉄内部・八王子線」を訪問して、「リストラクチャリング」が行われた鉄道と近鉄がほとんど改善をせずに今までの形態で運行されている鉄道の差を見る事にしました。

  
左:近鉄四日市駅前の近鉄百貨店  右:近鉄四日市駅の内部線ホーム


 北勢線を降りた桑名から内部・八王子線に乗り換える近鉄四日市までは近鉄で移動することにします。桑名はJR・近鉄・三岐各社の駅が近くに密集しているので乗り換えは楽ですが、四日市の場合近鉄とJRの駅が大きく離れているのでJR⇔近鉄間の乗り換えはバスorタクシーと言う事になるので、乗り換えの楽な近鉄で移動しました。
  近鉄四日市駅 は四日市市の中心部にあり、高架の駅に近代的な感じの 中部近鉄百貨店四日市店 の入る近鉄四日市駅ビルが隣接しており、中央通りで結ばれたJR四日市駅と比べると格段に開けており「四日市の中心駅」といえる存在になっています。
 その近鉄四日市駅の中でも、9・10番ホームとなる内部・八王子線のホームは名古屋線・湯の山線のラッチ内をいくら探しても見つかりません。探しながら南改札口に立つと自動改札の上に「内部・西日野方面は改札を出て乗り換え下さい」と書いてあります。 近鉄四日市駅の構内図 をよく見てみると、確かに連絡歩道橋をわたった先に内部・西日野方面の乗り場が書いてあります。確かに「生まれが違う本線と隔絶されたナローゲージ路線」ですが、バリアフリーでラッチ内乗り換えが出来る位の設備が欲しい物です。確かに内部・八王子線の利用客は近鉄四日市駅の乗降客数52,309人/日の1割以下程度で、そのうち近鉄他線に乗り換える人はもっと少ないと言えども未だ「培養線効果」が有るのですからそれ位の対応をしてあげても罰は当たらないと思います。

  
左:入線する西日野行き列車  右:西日野行き車内@四日市

  
左:西日野駅の乗降風景  右:西日野駅の駅舎


 ちょっと薄暗い感じのある近鉄名古屋線の高架下にある内部・八王子線のホームで待っていると、折り返しの西日野行きの列車が着ます。車内には30名程度の乗客が居る感じで、単純に見た限りでは北勢線より乗っている感じです。
 折り返しすぐの発車だったようで西日野行きの列車に乗ると、車内にはホームで待っていた部活と思わしきジャージ姿の高校生を中心に15〜20名程度の乗客がありました。如何も西日野駅の近くにある県立四日市南高校の学生のようです。近鉄四日市発車後日永に止まり直ぐに西日野終点でしたが、その間「高校生専用列車」という雰囲気は変わらなかったので、日常時もこの様な「市内の高校生等の通学列車」と言う使われ方が八王子線の基本なのかもしれません。
 八王子線の終点西日野駅に到着すると、乗っていた学生は駅を降りて足早に学校を目指します。その入れ替わりに午前中で部活動を終わったと思しき高校生が乗車してやはり20名前後の乗車率になります。折り返しの少しの時間を活かして切符購入方々駅を出てみると、北勢線の駅とは大違いです(昔はこうだったのかもしれないが・・・)。切符の集改札は無いし有るのはブロック積みの老朽化した駅舎と切符の券売機1台だけで、駐輪場も無いので駅前〜道路間の通路には放置自転車が溢れている状況です。これでは「駅としての利便性」は「リストラクチャリング」が進んだ北勢線の駅には叶いません。鉄道としてのインフラレベルはきわめて低い鉄道であると言えます。

  
左:宣伝が入ったカラーリング車両  右:泊駅での対向列車


 西日野から乗った列車を隣の日永駅で降りて、今度は内部線の終点内部を目指します。日永駅から乗ってしばらく走った途中の泊駅で対向の四日市行きと交換します。対向の上り列車は中学生の集団が乗っていて50名強の乗客が居ました。ナローゲージ各線の乗車の中で最大の乗客数です。車内はそれなりに込み合っているようでしたが3両編成ですから1両あたりにすれば15名前後です。普通なら「空いている」と言うレベルですが、これで込み合っていると言う印象が出てしまうと言うことはそれだけなローゲージ車両の収容力が弱いと言うことなのでしょう。
列車は市街地〜郊外と言う感じの住宅が立ち並ぶ所を、北勢線と同じように40km/h以下のゆっくりとした速度で走り乗っている人間からするともどかしい感じです。終点日野まで行き切符際購入の上折り返しましたが、塗装こそカラフルな物の劣悪な軌道を走る非冷房旧式の車両に乗っていたら流石に「状況観察」と言うより「乗る事に嫌気を感じる」までになりました。いつもこの路線を乗っている人は本当に忍耐強いとしか言えなく感じました。

 今回三岐北勢線の比較の対象として近鉄内部・八王子線に乗りましたが、「ただ運行しているだけ」と言う最低のレベルで放置されている状況に唖然としました。三岐北勢線も「(非常に困難だが)未だ改善の余地はある」「しかし改善に大きな努力をしている」と言うレベルでしたが、三岐北勢線と近鉄内部・八王子線を比べると「地上と地獄」位の差があると感じました。それぐらい近鉄の「放置プレイ」の状況は酷いと言えます。
 三岐北勢線は「厳しい条件の中で生き残りに努力している鉄道」「ただ事業として生き残るのは難しいだろう」と言う感じがしましたが、近鉄内部・八王子線の場合は正直言って「市街地内の鉄道」と言う優れた立地条件と「短距離をワンマン1編成で運行できる」極限の低コスト性が結果として収益を上げさせることになり、元が高コストの近鉄内で運営できる条件を作り出しているからこそ存続している鉄道であり、この劣悪な状況を利用者が嫌って逸走し出したら、あっという間に廃止に追い込まれかねない危険な鉄道であると言えます。この鉄道も「北勢並み」とは言わなくてももう少し手を加えれば「四日市の郊外電車」として生きていく道はあるといえます。其れなのに粗末な状況で放置している近鉄の態度は「極めて罪作りである」と感じるのは私だけでしょうか?


 ☆ 三岐鉄道北勢線の鉄道のリストラクチャリングの成果は?

 今回三岐鉄道北勢線・近鉄内部・八王子線と言う日本に残された「ナローゲージのローカル鉄道」を見ることが出来ましたが、一番驚いたのが三岐鉄道北勢線の近代的な施設でした。特に駅舎・駅関係の接客施設の改善は驚くべきものが有ります。私に「田舎のローカル鉄道=ボロイ鉄道」と言う固定観念が有ったのは間違い有りませんが、ナローゲージの鉄道でありながら三岐北勢線はその固定観念を覆すほどの変身で有ったと思います。
 それは同じナローゲージの近鉄内部・八王子線と見比べれば明らかです。近鉄時代の1977年に北勢線・1982年に内部・八王子線の地上設備を含む大規模な近代化(北勢線への270系、内部・八王子線への260系導入等)が行われていますが、近鉄はそれ以降ナローゲージ線区に大幅な手を入れて居ません。その内部・八王子線の放置された状況と、今回近鉄から三岐へ移管され地元の資金が投入された北勢線とでは施設のレベルに大きな差が有ると言えます。
 鉄道とは基本的に「インフラ産業」ですから、基本的にインフラが整備されている事が事業継続と発展の為には必要なことです。その中で元々「鉄道しかない時代の地方末端の足」としてローカル用簡易規格として造られたナローゲージ軽便鉄道を「現代化」する事は、北勢線と言う鉄道事業を再構築する事つまり北勢線の「リストラクチャリング」が行われたと同義語で有ると言えます。
 今回はその「北勢線リストラクチャリング」の成果について考えて見たいと思います。

 ・北勢線活性化基本計画で実現した「北勢線リストラクチャリング」の成果

  先ずは「北勢線リストラクチャリング」の成果です。「北勢線基本計画」の中にある「北勢線リニューアル計画」に於ける一番リストラクチャリングにより、そのインフラ等の改善効果が表面にでてきているのは、乗客に一番接する場所である「駅・駅設備」と鉄道の根幹とも言える「軌道」の2点で有ると言えます。

  
左:東員駅の自動改札・自動精算機  右:自動券売機と案内用インターホン@大泉

  
左:整備された軌道@大泉駅  右:駅統合による廃止駅跡@大泉東

  
左:北勢線リストラクチャリングの象徴 大泉駅  右:駅舎新築工事中の阿下喜駅


 特に駅に関しては普通は「新駅建設」「駅舎新築・改修」がメインですが、前にも述べたように大泉・東員・星川等の様に「P&Rやキス&ライドを意識しての車での北勢線へのアクセス」を重視した「駅の統廃合を中心とした駅の再配置」をして、車のアクセスの便利な所に「駅を新設」した点に特徴が有ると言えます。
 加えて料金徴収面でも「自動券売機・自動改札機・駅遠隔管理システム」がリニューアルされた新駅を中心に整備され、料金の取りこぼしが防げるようになっています。ワンマン運転をする以上比較的旅客の多い路線で運転手に運転・ドア扱い・料金徴収を行わせるのは酷ですし、狭いナローゲージ車両でワンマン運転により旅客に車内移動をさせるのも難しい点があります。そう考えると駅での「自動券売機・自動改札機」整備は必要であったといえます。
 ナローゲージでワンマン運転をしている近鉄北勢線は、ターミナルの四日市で自動改札の関所があるのでそれなりに効果があるといえますが、それ以外の駅では自動改札がなく運転手も熱心に検札・改札をしている訳ではありません。ですからキセル等でかなりの運賃取りこぼしが有るのではないかと推察します。信用乗車が制度的にも社会に根付いていない日本では北勢線の行った「ワンマン運転+自動改札・自動券売機・駅遠隔管理システムによる無人駅化」が乗客サービスを落とさず料金取りこぼしを防ぎつつ行える合理化策であるといえます。
 加えて「まだ不十分」と言うレベルですが、軌道改善も「経年劣化が進んでいる施設」から着々と進んでいます。根本の「ナローゲージ」という点に関してはまだそのままですが、架線柱更新・軌道へのバラスト補充などを中心に着々とレベル向上は進んできており、「地方ローカル鉄道」という前提で考えれば「並みのレベル」まで改善が進んできていると言えます。

 これらのインフラの改善は実際サービス向上や合理化に貢献しているのでそれだけでも利用者への満足度の向上に意味があるといえますし、加えて古いものを新しくして事業のやり方を変えるという「鉄道事業の再構築・リストラクチャリング」という点でも意味があることです。
 鉄道事業のインフラのリストラクチャリングは「インフラに依存する産業である鉄道事業」にとっては事業の永続性を保障するという点でも意味があるといえます。又インフラのリストラクチャリングは非常に費用のかかるものです。実際北勢線でもリニューアル計画で平成15年度だけでも5.5億円の投資が行われています。これだけの投資を自治体や運営会社がするということは「今後とも時代に合う様にリニューアルしながら鉄道を運営する」と言う意思表示を明白にすると言う点でも意義があるといえます。

 ・これからの「北勢線リストラクチャリング」の課題とは

 この様に一連のリニューアル工事によるインフラ改善で、かなりの改善が図られて一部部分では「都会の鉄道並み」にまでレベルが向上している所も有ります。実際上記の様に改善工事が各所で行われており「鉄道事業としてのインフラの質」はかなり改善されていると言えます。
 しかし三岐北勢線は「まだ改善途上」である事は間違いありません。実際平成15年度〜17年度の「三岐北勢線3ヵ年リニューアル設備投資計画」では、平成18年の今でもまだ達成されていない項目や現在施工中の項目もあります。実際問題として未だ「改良不十分」で「今後の課題」と言える所を見てみたいと思います。

  
左:一部の改良しか行われていなく近鉄時代の風情が残る楚原駅  右:桑名駅接着計画の有る西桑名駅

  
左:冷房車両導入宣伝の幟@西桑名  右:非冷房車両に置いて有った団扇


 一つは駅舎の改良です。元々の「北勢線リニューアル計画」にあった項目で、在良駅・阿下喜駅は現在駅舎改良施工中ですが、蓮花寺駅の小移転及び改築工事と西桑名駅接着が未だ実現の目処が立っていません。特に西桑名駅接着は国土交通省の「 幹線鉄道等活性化事業 」にすでに予算計上されている事業ですが、未だ実現の目処は立っていません。又馬道・楚原等の駅は自動改札等の設置等改良の行われているのですが、駅舎その物の建て替えが行われた七和・穴太等の駅と見比べると近鉄時代の駅舎が残り設備が見劣りする感じがします。
 しかし西桑名駅接着は駅前広場・JRと近鉄の駅舎整備との絡みでなかなか前には進まないのでしょう。けれども西桑名は北勢線のターミナルですから整備したい所ですし、唯一計画は有れども自動改札・自動券売機・駐輪場・駐車場の整備の目処が立っていない蓮花寺駅は、せめて自動券売機と自動改札は早急に整備したいものです。基本的に計画と資金の目処が立っている以上、後は駅改良への実現だけなのでしょうが、ここだけ立ち遅れている事は明白なので、部分改良しかしていない駅の化粧直しを中心にした再改良を含めて「全線の接客レベルの統一化」と言う視点から早急に対応してほしいと言えます。

 後もう一つは「 北勢線高速化事業 」への対応と車両の更新の問題です。これはやはり国土交通省の「幹線鉄道等活性化事業」で「在来幹線鉄道の高速化」と言う事ですでに事業化されており、総事業費36億円・事業期間平成16年度〜20年度と言う内容で、すでに動き出している事業です。これは「交換施設増設」「曲線改良」「信号保安施設改良」で西桑名〜阿下喜間を52分→42分に短縮すると言う事業で、現在の所今行われている改良だけで47分まで所要時間を短縮しています。
 しかし問題はこの鉄道がナローゲージで有る為、高速運転には合わないと言う状況がある事です。今回試乗してみても今の最高速度が45km/hであるにも拘らず縦揺れ・横揺れ共にかなりひどい状況でした。これは軌道改良を進めても根本的な面で「軌間が狭ければ狭いほど安定的に高速には走れない」と言う命題が有る以上厳しい物が有ると言えます。これを解決するには根本的な面での「改軌工事」が必要になります。しかし改軌工事となると極めて大きな工事になり車両の全入れ替えも必要です。車両の入替となると今の7編成を用意するとして、7編成*3両=21両必要でしょう。新車で入れたら1両=約1億円で21億円、中古が有ればいいですが難しいでしょう。こうなると極めて大掛かりになります。
 ある意味車両の問題はきわめて深刻です。今回の高速化事業に対応して「モーターの分散配置、制御段に弱界磁段を追加、ATS制御段を追加による高速走行対応化工事(70km/h)」が行われていますし、今まで「冷房車ゼロ」と言う信じられない状況に対応する為に、床置冷房機設置による冷房化工事を、2006年(平成18年)8月3両編成1本・12月には3両編成の1本・2007年(平成19年)には2本・2008年(平成20年)には2本・2009年(平成21年)には1本の編成に行い冷房化率100%を達成させる計画が有ります。この様に車両へ改良による設備投資を行っていますが、元は一部以外は経年の進んだ車両を使っている以上根本的な面で対応が必要になってくると言えます。
 けれども今のナローゲージの車両では乗客の「狭い」と言う苦情には対応できないし、日本で此処だけしかない規格の車両を作る事は高コストになる事は必定です。と言って改軌工事は高コストですし、新車導入(ナローゲージには程度の良い中古車は無い)は既存車両への改良投資をしている以上困難です。
 今の車両への改良工事は「低レベルから現代のレベルに近づける工事」に過ぎず、将来的にはナローゲージと言う「特殊規格の是非」を含めて今以上の根本的な鉄道インフラのリストラクチャリングを迫られる可能性が有ると言えます。今のナローゲージのまま車両は今回の改良工事の減価償却が終わるまで騙し騙し使い、本当に今の車両の付帯設備減価償却が終わり車両の寿命が尽きたXday(多分20年位先になるだろう)に改めて改軌を含めた次のリストラクチャリングを考える事になるのかもしれません。
 そういう意味では「ナローゲージと言う規格」と「車両の更新」と言う問題は、三岐鉄道北勢線に残された「将来への課題」と言えるかもしれません。少なくとも今回の「北勢線リストラクチャリング」ではその問題への解答は出ていません。この課題に以下に対応していくのか?これが次の設備更新時期に向けて残された課題であると言えます。

 * * * * * * * * * * * * * * *

 今回「日本に残る唯一のナローゲージ」である三岐北勢線を訪問して見て来ましたが、正直言って近鉄から三岐への経営委譲に伴う「北勢線リニューアル計画」で此れほどまでに革新的に変わる事が出来るのか?と驚かされました。
 私にとって「ナローゲージ」と言って唯一記憶に残るのは「 西武山口線 」だけです。家が西武池袋線沿線だったので幼稚園〜小学生低学年の頃親に連れて行ってもらいSL+木造車両の「おとぎ列車」に乗せてもらったのが、ほぼ唯一のナローゲージ利用体験です。西武山口線は「おとぎ列車」と言う名前が付くようにナローゲージの軽便鉄道であっても実態は「遊園地の乗り物」に過ぎず、ナローゲージの軽便鉄道は所詮その程度の輸送にしか耐えられないものであると考えていました。
 この考えは半分当たっていると思います。元々ナローゲージの軽便鉄道は、元々幹線鉄道から交通手段の無い地方へのアクセス手段として「簡易な規格の鉄道」として作られた物であり、和寒様が「 以久科鉄道志学館 」内の「 ローカル鉄道の本質 」で述べられている様に「舗装道路・トラック輸送が無い時代の巨大な力を発揮する輸送手段」として作られたものです。ですから今の時代で見れば「おとぎ列車」や「遊園地の乗り物」のレベルのナローゲージ軽便鉄道でも十分活躍できたのです。
 しかし現代は舗装道路がほぼ全国どこででも整備されており、モータリゼイションも全国隅々まで広がっています。そのため輸送量の小さく速度の遅い鉄道はその地域内輸送の役割を車に委譲し去り行く(=廃止)運命にあります。その流れは昭和初期から起こり始めているものであり一番最初に淘汰されていった鉄道がナローゲージ軽便鉄道です。その中でも近鉄北勢・内部・八王子線が唯一のナローゲージ軽便鉄道として生き永らえて来ました。その中で今回北勢線に廃止の動きが出てきて結局は「三岐鉄道への経営委譲・地域の積極的協力によるリストラクチャリング」で生き残る事になりましたが、「インフラが劣悪で需要の少ないローカル線」が淘汰されると言う事自体は「歴史の必然」であると言えます。

 「競争力の無くなった産業・企業が消え去る事」自体は経済の必然であり、「適者生存」は自然の摂理であります。その事は今まで歴史の中で多数起きてきたことでありますし、つい最近も「バブル経済崩壊後の企業破綻」と言う中で繰り広げられてきた事で、それ自体我々の記憶に非常に新しいものであると言えます。この流れの根本自体は今後とも変わるものでは有りません
 その中で「生き残るために行われてきた事」こそ、企業の再構築つまり「リストラクチャリング」です。ただ企業のリストラクチャリングの実態は「不採算事業の撤退・余剰設備廃棄・余剰人員の切捨て」がメインになってしまったため、「リストラ(リストラクチャリングの略語)=首切り」と言うイメージが付いてしまいましたし、私もその現場を見てきましたし、実際にそのような企業再生の為の首切りを伴うリストラクチャリングを行ってきました。
 しかし本当のリストラクチャリング=企業の再構築であり、「無駄を省き合理化をする」と同時に「事業の再構築を行い新たなる成長方策を生み出す」と言うのが本当の意味だと言えます。ですから正しいリストラクチャリングの意味は「企業が生き残り成長する為の新たな成長戦略を作り出す事」であり、不採算部門の切捨てや首切りにより事業の再構築はそのための一つの方策に過ぎず、「如何にして成長戦略を描き出すか?」が真のリストラクチャリングに必要な事であると言えます。

 その「真の企業リストラクチャリング」と言う事を鉄道に当てはめると、鉄道事業は鉄道と言う装置が事業の根幹である事を考えると、鉄道のインフラを今の時代・利用客のニーズに合うように作りなおす事が、鉄道事業における事業の再構築リストラクチャリングに成ると言えます。
 本来高額で再生産が困難なインフラを生産装置として事業を行う鉄道事業においては、事業のリストラクチャリングを行う事はすなわちインフラの再構築とほぼ同義語であり、特にインフラ再構築の費用的側面から考えると、人の首を切り捨て事業を切り捨て新たな事業を探すと言う様な普通の企業のリストラクチャリングと異なり極めて困難な事になります。
 その為に鉄道企業は巨額の減価償却費と設備投資金額を計上し、毎年地道に設備の改良事業を行い、其れにより時代に対応し利用客のニーズに有った設備構築に努めているのが実情です。その積み重ねによって鉄道企業は成長と革新を繰り返しているのです。
 しかし利用客が多く多額の収入が有り利益が上がっている大手民鉄はこの様な毎年の設備投資がコンスタントに出来て問題なく需要やニーズに対応できますが、利用客も少なく収入も少なく利益も上がっていない地方のローカル鉄道の場合必ずしもそうは行きません。地方ローカル鉄道は利用客が少なく収入と利益が少ない為設備投資の原資を捻り出す事が出来ずコンスタントな設備投資によるインフラ改善が出来ない状況になっています。その為「利用者のニーズに合い需要が創出できる様なインフラ改善」「時代の変化に対応出来る様なインフラ改善」が出来ず、利用者のニーズ・需要に対応できず利用客の逸走を招きより設備投資の原資が無くなると言う悪循環に陥っている会社が多数存在すると言えます。
 その様な苦しい状況に入るとローカル鉄道は「施設老朽化→利用客減少→廃止」の流れの中で存続を諦めて廃止されてしまうか、廃止が宣告された段階で地域が梃入れをして鉄道として存続し再生を目指すかのと言う「二者択一」選ぶ様になります。前者の例は数え切れない程多数ありますし、後者の例もえちぜん鉄道・万葉線等沢山有ります。三岐鉄道北勢線も後者の例の一つで有ります。
 只三岐鉄道北勢線の場合、特殊なナローゲージの軽便鉄道だったと言う事も有ってか、万葉線等と比べて比較にならないほど巨額な「近鉄からの北勢線鉄道用地取得費の沿線市町負担分+10年間の運営資金(リニューアル費用+赤字補填)として約55億円」を沿線自治体から補助として受け、その内訳が10年間の赤字補填費用が20億円で設備更新費用が32.2億円と成っております。つまり三岐北勢線は今回32.2億円の設備投資資金の地元補助に加えて西桑名駅の接着事業と高速化事業で国土交通省の「幹線鉄道活性化補助」を受けて、「駅の再配置・設備改善」「高速化事業」「車両の冷房化」等の極めて大規模なインフラ改善投資を行い、ナローゲージと言う根本の制約こそ改善されて居ませんが只単純なローカル輸送鉄道から車・自転車・コミュニティバスをフィーダーにしてP&Rやキス&ライドの出来る地域の駅から桑名までの幹の輸送を北勢線が担う輸送体系に再構築・リストラクチャリングされました。
 実際このリストラクチャリングの効果は大きく、再配置駅の大泉駅の様に大幅な乗客増を記録した駅も有り北勢線の利用客全体も増加傾向になっています。これは正しく投資によるインフラのリストラクチャリングの効果で有ると言えます。民営ローカル鉄道が廃止宣言をして地域が支援した他鉄道に移管すると言う例は他にも存在しますが、数十億円の金額を投資してインフラ設備のリストラクチャリングを行った例は、私の知る限り今回の北勢線と 約58億円を投資 してローカル鉄道をLRTに変身させた富山ライトレールしか有りません。又この両鉄道はどちらも利用者の増加等の成果を上げ、運営形態転換時の設備投資によるリストラクチャリングに対して一定の成果を挙げています。

 つまり地方鉄道であろうとも利用者のニーズに答えるために継続的な設備投資を行い、利用者の需要とニーズに有ったインフラ設備になる様に努力しないと、ローカル鉄道も利用者のニーズに答えて生き残る事は出来ない、生き残る為にはインフラ設備改善の為の設備投資が必須であると言う事をこれらの事例は示していると言えます。
只地方鉄道では収支等の理由でなかなか継続的な設備投資が出来ない状況に有るのも又事実です。その中で日常は維持の為に最低限の投資を運営者の責任で行いつつ、特定の時期に公的セクターの資金援助や各種補助及び国の支援制度を活用してインフラ設備の根本を再構築する様なリストラクチャリングを行い、鉄道として利用者のニーズに答えて行くということも現実的観点から考えると必要なのかもしれません。
 いずれにしても傍から見ると「役目が終わりつつある旧型システム」と見えるナローゲージの軽便鉄道である三岐鉄道北勢線も、地域自治体の大きな支援を得て大幅な近代化設備更新を行いナローゲージでありながら近代的な鉄道輸送として恥ずかしくないインフラに更新されつつあり、その設備投資により三岐鉄道北勢線事業のリストラクチャリングが成功を収め地域交通機関として十分機能するナローゲージ鉄道として生まれ変わりつつあると言う状況は素晴しい物であり、この三岐鉄道北勢線の変身は他の地方ローカル鉄道の運営に対しても大いに参考になる事例で有ると私は考えます。




※「 TAKAの交通論の部屋 」トップページへ戻る。





このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください