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名作レポート

「点と線」今昔

2006.10.7

時刻表の盲点をついてアリバイづくりをする犯人と、それを破ろうとする刑事の対決。よくあるテーマだが、その原点となった小説が松本清張の「点と線」である。
この小説が世に出たのは1958年(昭33)、いまから50年近くも前のことになる。当時、「もはや戦後ではない」といわれ、神武景気(1954.12〜1957.6)から岩戸景気(1958.7〜1961.12)へと経済は拡大基調にあり、国鉄でも頻繁にダイヤ改正が行われていた。毎年のように輸送力が増強され、優等列車が新設された。
「点と線」は1957年(昭32)のダイヤをもとに書かれているが、その前年(1956年)には東海道本線の全線電化が完成して東京・九州間直通特急列車「あさかぜ」が登場し、また翌年(1958年)には、東北方面への初の特急列車「はつかり」が誕生している。

1.東京駅での偶然

「点と線」は1月14日、機械商・安田と二人の女中が、特急「あさかぜ」に乗り込む一組の男女を目撃するところから始まる。
「あさかぜ」の発車する15番ホームと目撃者の間では、13番、14番ホームで頻繁に列車が発着している。13番ホームから15番ホームに停車している「あさかぜ」を目撃できるのは、わずか4分間だけだ。安田(実は犯人)がこの時間、ここにいて二人を目撃したのは偶然だろうか。いかにも作為の臭いがする。
さてところで、2006年現在似たような場面はないだろうか。
東京から九州への寝台特急は「富士・はやぶさ」1編成しかないので、10番ホームから発車するこの列車を8番ホームから見ることができるかどうか調べてみた。
この時間帯、9番ホームの使用がないこともあってわずか3分間だけ「富士・はやぶさ」を見ることができる。
松本清張当時のシチュエーションはいまでも生きている。

黄瀬川をわたる「さくら・はやぶさ」(2002.10.27)

2.九州寝台

「あさかぜ」に乗った一組の男女は、1月21日朝、福岡の海岸で死体になって発見された。いかにも心中を装っているが、担当刑事・三原は他殺を疑う。
さて、当時の「あさかぜ」は、東京・博多間にどのくらいかかっていたのだろうか・・・。答えは17時間45分(下り)である。
今日現在、「はやぶさ」の所要時間は16時間7分であり、九州寝台の速度は50年近く経ってもさほど変わっていないことがわかる。
参考までに「のぞみ」の最速達列車は、4時間55分でこの間を結んでおり、新幹線の速さを再認識する。

3.札幌への道

刑事・三原は安田のアリバイを洗う。安田が1月21日の夜札幌にいたことは確認されている。安田がいう旅程は下図のとおりで、東京から丸一日かけて札幌へ到着している。殺人のあった1月20日の夜福岡にいた人間が21日に札幌へ行くことは不可能と思われる。
ところで当時と現在の札幌への道を比較してみよう。

1957年(昭32)、東京から札幌までは急行列車、青函連絡船、急行列車と乗り継いで25時間19分を要している。現在、直通の寝台列車・北斗星3号の所要時間は14時間15分と当時の半分近くになっており、青函トンネル開通の効果が大きいことを証明している。一方、新幹線と特急を乗り継げば、9時間47分で到達することができるが、それでもやはり北海道は遠いと実感する。

富士の裾野を博多へ向かう500系「のぞみ」

4.翼でもないかぎり

刑事・三原は、「翼でもないかぎり・・・」とつぶやきながら、飛行機の利用に思い当たった。今では当たり前になっている飛行機に気がつくまで相当の時間を要したのが、この時代をよく表している。国内移動に飛行機を使うということは、当時の一般人の常識にはなかったのだ。
三原は「日本航空」の時刻表を調べた。
      302便  福岡(8:00)→東京(12:00)
      503便  東京(13:00)→札幌(16:00)

これで、20日の夜福岡にいても21日夜までには札幌へ行けることが分かった。
アリバイはくずれた。しかし証拠はない。
物語はここからさらに展開し、事件の裏に潜む闇にメスをいれる。推理小説界に“社会派ミステリー”という新風を吹き込んだ清張の面目躍如といったところである。

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