心の旅
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86.7 北海道旅行
大学に受かったら、その年の夏休みに北海道へ行こう。遥かに広がる大地や、情緒溢れる鉄路や、 志を同じくして家を出た旅行者たちの息吹に、じかに触れよう。そう思い始めたのは、昨日今日の ことではない。鉄道の魅力にとりつかれた頃から、北海道は最後の目標であり、究極の夢であり、 いつの日か必ず到達することを自発的に約束した、僕にとっての「Promised Land 」だったのである。
その北海道に、当初の予定より1年遅れて昭和61年(1986年)7月、ついに長年の夢 叶って訪れる日がやって来たのである。16泊17日の、恐らく僕の人生の中で最も長いであろう 旅に、出発する日が来たのだ。あの北海道が、ついに現実となって僕の目の前に現れたのだ。
ずっと憧れていた 緑に潤う遥かな大地 遠い地平線
夢に見た風景
原野を風が走り 緑を揺らせば 僕の心は熱く騒ぎ出す
輝ける 17-Days Dream
I love you Hokkaido... Love'n you Hokkaido
遠く流れ 流れて来た僕を優しく包み 光る夏の香り
So I love you Hokkaido... Love'n you Hokkaido
君はいつでも ありのままの表情で迎えてくれる 裸の僕を
———賑やかだった街も今は声を静めて、
何を待っているのか。
●1.出発 【1日目〜2日目】
旅は神戸駅から。このキャッチ・フレーズが、久しぶりによみがえった。ここしばらくは、 出発地が賑やかな三ノ宮駅になっていたが、この鄙びた雰囲気は、やはり独特である。特に今回の ように、一人での出発の時には、少し淋しい神戸駅がいい。
7月18日、17時ジャスト。何ともだだっ広い神戸駅のプラットホームに、彦根行きの新快速 が滑り込む。いくらさびれていても、そこは県庁所在地駅。大勢の乗客が乗り込み、117形の 車内は満員だ。向かいのホームにも、湘南色の快速電車が停車している。そうだ、17時00分 に、この2つの列車が同時に神戸駅を発車するのだ。鉄道ファンにとっては、見逃せない一瞬 である。ベルと共に、2列車が揃って並んで発車。しばらく進んだ後、快速電車が元町に止まって、 彼方後方へと消えて行った。
神戸を17時に出て、大垣発の夜行鈍行で翌日早朝に東京へ着く。この行程は、57.3東京旅行 の時の往路と全く同じだ。違うのは、神戸発の電車が新快速であるのと、大垣発列車でグリーン 車に乗る事である。国鉄のダイヤ改正は、往々にして“改悪”になっている事が多いが、この時間帯 に新快速を投入したのは、国鉄にしては珍しい、まさに「改正」だ。三ノ宮から左側のシートに 座り、乗り心地の良さを堪能して彦根へ。彦根では、先ほど神戸を一緒に出た湘南電車が、 新快速より遅れること11分、19時22分に到着、僕を乗せて大垣へ着く。
57年3月に来た時の大垣駅は確か、どことなく古びたイメージで、夜には淋しいムードが 漂っていた。ところが今回には、かなり立派になっていて、駅の改札やロビーは2階に新設されて 近代化されている。4年半の間に、時代は流れているのだ。
程なく東京行き列車が入線、僕はグリーン車に入っていく。僕がグリーン車に乗るのは、57.11 の急行「能登」以来だ。あの時は、最後の客車グリーンを、飯野と一緒に乗ったっけ。グリーン車は すいており、57.3の普通車の時のような賑やかさはない。シートを倒すと、何ともいえず 気持ちが良い。
やがて21時01分、大垣を発車。夜の東海道を駆けてゆく。恐らくジュニア・オールスター戦が 終わったばかりなのであろうナゴヤ球場のライトを右手に見る頃から、ウトウトとしてくる。 4年半前は同じ神戸出身の兄ちゃんたちと色々な話をしながら進んだ路線を、今日はゆったりした シートに身をうずめて眠っている。一人の夜は少々寂しい気もするが、先は長い。とりあえず、 今夜は体を休めておこう。
目覚めると、もう既に横浜の辺りを走っている。16泊のうちの、最初の夜が明けてゆく。夜行に 乗って、朝目が醒めると全く遠い所を走っている、この感覚は何度体験してもいいものである。 こうして、旅行気分も高まりながら、4時39分、東京についたのである。
4年半前とほぼ同じ旅程で東京に着き、4年半前は東京が旅行の終着点だったが、今回は東京から、 さらに北上してゆく。山手線で上野へ出て、常磐線の2本の鈍行で仙台へ行くのだ。仙台には 高校・予備校と一緒だったマコちゃんがいる。札幌にはIBAとたくやもいる。旧友たちに久々に 会うのも、今度の旅行の目的の一つだ。
平行きの常磐線の近郊型電車に乗り、セミ クロスシートに座る。車内を見てみると、やたら荷物の大きいギャルたちがいる。話し声をよく聞くと、 関西弁ではないか。何となく親近感が湧いて来たのは言うまでもない。やはり大垣発の夜行で 来たのだろう。ゆうべはよく寝なかったと見え、出発前から眠りこけている連中もいる。
5時06分、朝日も眩しく上野を発車。首都圏を脱出して、茨城辺りまで来ると、畑の平野が 広がる。「北海道は、この風景よりもまだ広々としているのだろうか?」そう思えるほど、関東平野 の田園地帯は広い。相変わらずギャルたちは眠っている。
のんびりした車窓とはうらはらに、平行きは活況を呈している。目立たないが、水戸は茨城県の 県庁所在地である。通勤者風の人間で満員になっているのだ。そして水戸を過ぎても通勤者は 減らず、通学の少年少女も併せて日立、高萩辺りまで立ち客は減らなかった。勿来駅が見え、 駅名標に福島県と書かれているのを見ると、ついに東北地方に足を踏み入れたんだと感慨も ひとしおである。こんな所の列車でも満員になっているのだ、と思うと、「鉄道健在」という 言葉が浮かび、嬉しくなってくる。
やがて電車は平に到着、同じホームに接続している仙台行きに乗り換える。仙台行きの列車は 急行形だ。かつては「もりおか」号などで活躍してたのだろうが、今は少々くたびれた感じで、 普通列車用に甘んじている。とっくの昔に、常磐線急行は消えているのだ。
進行方向右側のシートに座っていると、さっきの大荷物ギャルズが僕の真横とその後ろのボックス をどっかと占領した。これは偶然の一致か、先ほどまで僕の横のボックスで眠っていた女の子 たちが、またもや僕の横にいる。そして、やはり大阪弁でしゃべりまくっている。もう眠気も 取れたようで、話し方にも元気がある。
はっ、と僕の頭にひらめきが走った。自転車だ。あの大きな荷物は、自転車をつめ込んでいるのだ。 彼女らは、どこかの大学のサイクリング・サークルなのだろう。女しかいない所を見ると、 女子大の団体か。そういえば服装も、サイクリングっぽいラフなスタイルである。色気はないが 快活な感じで好感が持てる。
平を発車して間もなく、やはり大きな荷物を背負ったばあさんが入って来て、東北弁で彼女らに 話しかける。「どっから来たの、あんたたち」「はい、大阪から」「へえ、大阪ねえ。で、どこさ 行くの」「平泉まで」「女だけでかい」「はい」
ギャルたちはにこにこして答える。行商に行くのであろうそのばあさんは、「ふうん、若い人たち はいいねえ」と言い残して隣の車両へ消えていった。平泉まで行くとなると、彼女たち、中尊寺 にでも寄るのだろうか。いずれにしても、生の東北弁を聞けたのは幸いだった。
広がる田園風景にちらちらと海が見える中、ギャルたちの話は弾む。いつしか話題は大阪弁談義に 入ったようで、「この辺の人らに“寒イボ”なか言うても、分からへんやろなァ」等々、聞いて いると思わず笑ってしまう。どことなく、4年半前の大垣夜行での5人組をも思い出す。
「そう言うたら、和歌山弁もちょっと変わってるんやで」「ふうん、どんな風に?」「何か、 言葉の終わりに“ね”と“よ”を入れるんや。やたら丁寧な感じがするで」とも言っている。 和歌山出身の助ちゃんやゆかりちゃんを、ふと思い出す。そんな風に、喋ってただろうか…?
やがて12時15分、列車は仙台に着いた。計7時間11分かかって駆け抜けた常磐線は、 のどかな風景とサイクリング・ギャルズの会話とがオーバーラップして、いい印象だった。 長時間の鈍行路も全く退屈せず、鉄道旅行の原点めいたものを堪能できた。
さりげない出逢いと爽やかな別れ…。彼女らは東北線乗り換えホームに消えていった。
「2.仙台にて」へ続く
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