Give me a chance
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

86.7 北海道旅行




     ———Give me one more chance.
         Everyday, everynight, everytime I wanna be with you.



●15.シートポケット 【8〜9日目】 

 予定では、8日目の夜は遠軽駅で駅ネの筈だった。しかし帯広駅で夜1時30分から3時まで待合室 を閉め出された事だし、駅ネは避ける事にした。もう日本全国どこでも、駅ネなどは企てない方が 賢明だろう。駅側が敬遠するのももっともだ。あんなに大勢の野宿者がいたのでは、駅の風紀が 乱れて仕方がない。

 とりあえず今夜は、上川から「オホーツク6号」等で江別まで行き、そこから「大雪3号」で遠軽 まで引き返す事にする。翌朝遠軽には3時53分の到着だ。江別から乗って「大雪3号」に座れる かどうか甚だ不安だが、駅ネを諦めた以上、これしか仕方がない。
 よく空いていた「オホーツク6号」で岩見沢まで戻り、普通列車に乗り換えて江別に着いたのが 22時27分だ。22時43分にやって来た急行「大雪3号」は、案の定満員。しかし、それでも 乗らなきゃ仕方がない。
 この際だから指定席は空いてないかと思って見てみると、これまた満席。いよいよ追い詰められて しまった。立ち客も多い自由席の中で、僕は途方に暮れた。どうするんだ、このまま立ちっぱなしで 朝を待つのか。冗談ではない。かといって、どうしたらいいのだ。床に座るのか、それともデッキに 行こうか。デッキにも洗面所にも人が居たな。どうしよう。どうやって眠ろう。

 ここで僕は、すごい所を発見した。これまで僕が考えついたこともないような盲点を発見してしまった のだ。あった、眠る所があったのだ。
 それは14系客車の簡易リクライニングシートの所産だった。シート最後列の座席と後ろの壁との 間に20cm位の隙間があったのだ。ここに身を突っ込めば、眠れるではないか。
 僕は独自に、この隙間をシート・ポケットと名付けた。もはや恥も外聞も無い。僕は新聞紙を敷き、 自分の大きなバッグを押し込んで枕がわりにし、最後に、体を頭から突っ込んだ。おお、すっぽりと 体が入ったではないか。この時ばかりは、自分がスリムな体である事に感謝した。足が通路にはみ 出るが、こんなもの曲げりゃあいい。しかも足が上になってふくらはぎの疲れも取れるから、 一石二鳥だ。白いズボンが少し汚れるけど、ズボンの汚れは洗えば落ちる。体の疲れはきちんと 睡眠をとらなけりゃ取れない。今は睡眠を優先させよう。

 そして、実際に眠れたのである。目覚めるともう朝だった。駅に停車しているようだった。はたと 見ると、「えんがる」と書いてある。午前4時少し前。遠軽では18分の停車だから、富良野の ように慌てて飛び降りる必要はない。それにしても今回のこの旅行、実にタイミングよく眼が醒める。 よく寝過ごしてしまわないものだ。降りるべき駅に着くと眠りを自動的に破る本能のようなものが、 僕には備わっているのだろうか。
 こうして、シートポケットでの一夜はなかなか快適に過ごす事が出来た。中途半端に座るのでなく 完全に寝ころんでしまうことが出来たのと、大それたことをやってのけたという満足感で気分爽快だ。 もし道内夜行で満員の憂き目に遭ったら、迷わずこのシート・ポケットで眠る事をお薦めしたい。 とはいっても、座れない事のないようにちゃんと始発駅で並ぶか、指定券を用意すれば済むことでは あるが…。

 ワイルドな夜を終えて、4時23分発の名寄本線列車で中湧別へ。この中湧別では、2時間20分 ほどの待ち合わせだ。最初は、睡眠を補おうと待合室のベンチで寝ころんでいたが、これでは余り にも芸がない。せっかく充分な時間があるのだから中湧別の町を散歩しようと思い立った。むしろ こんな所のように観光資源のない素朴な町の方が北海道らしさがあるかも知れない。
 バッグに錠をして待合室のベンチに置いたまま、町を散歩してみる。この中湧別からは四方に線路が 別れ、東の方へはうち三方が分岐していく。その三方への分岐点に立ってみる。真っ直ぐ伸びている のが湧別方面。右へ曲がっているのが湧網線。左へ曲がるのがオホーツク沿岸を走りゆく名寄本線。 この三方へ伸びるレールの全てが廃止対象線だ。そのうち、湧網線は既に廃止が決定している。 一見のどかに見えるこの中湧別の町も、ローカル線廃止のあおりをモロに食らう町なのだ。町並みは 民家も多く、朝日に輝いて明るく見える。この町が国鉄廃止に悩まされているとは、何か信じ難い。 この町の人たちは、線路が消える事に対してどんな思いでいるだろうか。広尾線での政治のオッさん は「廃止?しょうがねえな、汽車よりバスの方が本数も多いしな」と、ドライな口調だったが。

 町の中心部の駅前から少し離れると広大に畑が広がる。改めて、近くで見てみると一区画の広さを 実感する。畑の向こうにはサイロも見られる。針葉樹の防風林がある。牧歌的な風景。北海道らしい 風景。
 こうして見ていると、夏の楽園、これほど美しく生き生きと輝く町並みが、冬には一体、どのような 姿を見せるのだろうか、冬の北海道に来てみたくなった。北海道の自然面での光と影の…“光”の 部分の夏季は、今まさにその美しさを堪能している毎日である。みずみずしい緑、あでやかな花々、 そこに戯れる動物たち…家畜の牛や馬、黒岳のシマリス。そしてこれからの旅の後半部でも、 ますます自然の美しさをとくと見せてくれるだろう。一方、対して自然の“影”の冬季。吹雪が 荒れ狂い、気温はマイナスを逆下り、何もかもが氷と冷風に閉ざされる長く暗い闇の季節。それでも、 だからこそ、時折見せる不思議な、幻想的な現象…流氷の鳴る音や、ダイヤモンド・ダストや、 冬の祭り…雪まつりや流氷まつりなどで見られる光景は、このうえなく美しい。夏のきらめくような 美しさとは、また違った趣がある。勿論、本来の日々は冷たく厳しいのであるが。その“厳しさの 中での美しさ”に、僕らは例えようのないロマンを感じる。ちらっとやって来て見物する旅行者の、 勝手なロマンチシズムではあるが、どうしても僕らは冬の「厳しさ」より「美しさ」を求めたく なる。

 やがて来たるべき冬の北海道を予感しつつ、中湧別の夏を歩いた。いつかこの町の 冬にやって来て散歩し、同じ町の夏と冬を対比させてみれば、面白いだろう。


「16.湧網線」へ続く



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