青春の色
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86.7 北海道旅行




     ———めぐり会い 別れゆく 愛しあい 憎んで 
         誰もが傷つかずゆく青春は無い。



●20.大倉山 【11日目】 

 翌朝は昼頃まで眠り込んでいた。前夜がかなり遅かったのと、久々に暑い夜で寝つきが悪かった のだ。それでも誰からともなく起きると、IBAとたくやは今夜から始まる旅行の準備に 余念がない。
 今日11日目は僕にとっても、「予備日」ということでリラックスした一日になる。 17日間という長期の日程の中盤でポンと休養日を置いた訳だ。この制度は僕の旅行としても 初めての事で、こういった体力の回復の機会を設けられるのも、まあ札幌にIBAの下宿という 拠点があったからだ。その点では、運命に感謝をしなければ…。

 昼頃IBAの下宿を出発、昨日のように自転車を三台連ねて走ってゆく。今日も駅前までは 北大経由で行く。クラーク博士像前の広場は、シートを広げて家族連れがお弁当を広げている。 それにしても大学構内でピクニック気分とは、さすがは北大だ。相変わらず観光客風の人が多い。

 北大から昨日も寄った旧道庁の前を通る。旧道庁はレンガ作りの瀟洒な建物だ。そこから今日は 、昨日行けなかった大倉山シャンツェを訪れる。大倉山は札幌市街の西のはずれにあり、 チャリンコで行くんはしんどいでェ、とたくやらも言う。

 円山公園近くのカフェテラスで昼食を取った後、えんえんと上り坂を登ってゆく。汗を流しながら 進んでいると、5日目に登った黒岳の事が思い出されてくる。あの時はすれ違う登山者の快い 挨拶に励まされながら、最後まで登り詰めたなあ…。そして今日は、すぐ横にIBAとたくやが ついている。はあ、はあ、奴らの息遣いも聞こえてくる。

 坂を大分上って、ようやく大倉山シャンツェに着く。72年の冬にオリンピックが開催された ジャンプ台は、今でも冬季には連日ジャンパーたちを包む会場となっている。
 上の展望台へはリフトで上がる。リフトはジャンパーが滑り降りるスロープのすぐ横を通っている。 よく見ると改めて、ジャンプのスロープは急斜面であることに気がつく。僕らが通常、急だなあと 思うスキー場の上級者コースよりもまだ勾配がきつい。
 展望台はジャンプ台の上部にあり、大会なんかだとここからジャンパーが飛び出していくんだなあ と目を見張る。今、こうして雪がなくても、スロープに降りればそのまま滑って行ってしまいそうだ。 そして見渡せば、展望が素晴らしい。札幌市街は勿論のこと、その向こうの郊外までもが遥かに 続いている。ほぼ180°に渡って展開する、石狩平野。
 雄大である。本当に北海道らしい雄大さだ。この眺めは4日目に見てきた函館の夜景にも匹敵する。 右手に藻岩山が見える以外は山らしい山もなく、遥か向こうは地平線のように平野の切れ目が 霞んでいる。昨日危うくカメラをなくしそうになったテレビ塔がちょこんと見える。「よくあんな 遠くからチャリンコで登って来たなあ」とたくやも感心するようにつぶやく。

 ジャンプ台のリフトと反対側の斜面は観覧席になっているが、そのすぐ後ろはもう林である。まさに 自然の中の競技場なのだ。この観客席からジャンパーが飛び立つのを見れば、恐らくすごい迫力で あろう。なにしろスロープのすぐ横に並んでいるのだから。

 その競技場横の林を抜けて下へ。売店で渡道記念に「好きですSapporo 」のTシャツを買う。売店は スキージャンプ博物館も兼ねていて、笠谷等の有名選手のパネルやスキー板などが飾られている。 冬に来て、札幌でスキーをするのもいいもんだろうなァ…と、また思い始める。IBAも「早よ 冬にならへんかなァ。スキーしたいなァ」と言っている。

 こうして、雄大な眺めを記憶にしまいつつ、円山公園を抜けて市街へ戻っていったのである。


「21.旅の準備」へ続く



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