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86.7 北海道旅行




     ———さあ、ここへおいでよ。
         新しい世界へ。



●22.カムイワッカの露天風呂 【12日目】 

 網走では乗り換え時間が8分しかなく、慌ただしかった。網走で何とか朝食を調達するつもり だったがその余裕すらない。たくやらも、網走滞在は僅か8分かァと言う。3日前に銭湯を 捜し回ったこの町を、湧網線ギャルズと別れた網走を、今日は早足で駆け抜ける。

 しかも6時48分発、釧網本線の普通列車は、若い旅行者で満員だ。今日で北海道に到達してから 9日目になるが、予想に反して乗る列車乗る列車、どれも活況を呈している。北海道の夏が、 旅行者でこんなにも賑わうとは思いもよらなかった。実際、今までに乗車した列車の中で、 ガラガラだったのは下り歌志内線や上り三菱石炭鉱業線など、数えるほどしかない。

 沿線はオホーツク海岸に沿って走っていて眺めがいい。きっとこの沿線も、冬には流氷が 押し寄せて来る事だろう。あの常呂駅で不意に見つけた、黒砂の汚れを知らない海がまた 思い出される。素朴な聖域・オホーツク海は、何故か冬の流氷の季節に来てみたいなァと 思わせる魅力がどこかある。

 この釧網本線には有名な「小清水原生花園」が沿線にある筈だったのだが、見落としてしまったのか どうか、その所在が分からないまま浜小清水駅を過ぎてしまった。どうしても、注意がオホーツク の方に向いてしまう。海は朝日を浴びてキラキラと眩しい。

 やがて7時34分、斜里に到着。ここから斜里バスに乗り換え、いよいよ知床に向かう訳である。 ところがバスの乗車券売り場は満員。「大雪3号」→普通列車→そしてこのバスと、乗り継いで 知床を目指すという、我々と全く同じ経路をたどる旅行者が数知れずいるという訳だ。 そこで我々はチームワークを駆使し、乗車券を買う者、バスの座席を確保する者、朝食のパンを 買う者と三手に分かれた。グループ旅行はこういう時に非常に便利だ。その甲斐あって、バスの 最前列4席を占領することが出来た。

 パンをぱくついている内に、7時50分、バスは斜里を発車した。斜里の町を過ぎると、車窓には のどかな風景が展開する。IBAが
「何やこの道、どこまで真っ直ぐが続くんや」
と言うので前方を眺めると、本当に真っ直ぐに、遥か向こうまで道路がキリで穴を開けたように 突き進んでいるではないか。凄い、これは凄い。どこまでこの直線が続くのか注目していると、 どこまで進んでも終わらない。果てしなく続く、直線道路。まさか山ばかりの知床半島でこのような 真っ直ぐな道路が見られるとは思わなかった。後に大学の友人に聞いたのだが、日本の直線道路 NO.1はやはり北海道の美唄−砂川間、約28kmらしい。28kmには及ばないが、この 知床道路もなかなかのものだ。こういった発見があるから、バスは最前列に座らなければいけない。 ちなみに僕は、層雲峡、士幌線代行バス、阿寒湖と、今のところ乗車したバスには全て最前列に 陣取っている。

 いかにも北海道らしい、遥かな直線道路をようやく左に曲がると、バスはオホーツク岸沿いに姿を 現し、海岸と平行に知床半島を進んでゆく。暫く行くとバスは有名な「オシンコシンの滝」に着き、 そのすぐ横で一時停止してくれた。左側の座席に座っていたたくやが、カメラを構える。 オシンコシンの滝は途中で二方に分かれており、“双美の滝”として名高い。その景観は素晴らしいが、 行動派旅行の僕らとすれば、これから訪れる露天風呂の「カムイワッカの滝」の方が興味深い。

 オシンコシンを出て間もなく知床の中心、ウトロに着いて乗客の3分の1が降りた。今夜お世話になる 民宿「しれとこペレケ」はバス停のすぐ横である。ウトロから更に進み、知床五湖に着くと乗客の 殆どは降りた。知床五湖は、後で寄ることにしている。

 知床五湖から更に奥へ進み、「知床100万平方メートル運動」の辺りを進むと、やがて舗装道路とも 終わりを告げ、バスは砂利道の林道を走ってゆく。これだ、これこそが大自然の知床なのだ。既に とっくの昔に民家は姿を見せなくなっている。もう、この辺りまで来ると、ガスも水道も、電気も 引かれていない。道も細い砂利道であり、本当に申し訳ていどに人間が入り込ませてもらっている 感じである。周囲は大原生林が広がり、バスは密林の中を走る。タイヤが通ると砂利道から砂ぼこり が立ち、パリ=ダカールレースのようである。

 林を縫うように走り、少し広い所に出ると、そこが「湯の滝」停留所だった。カムイワッカに到着 したのだ。停留所といっても、立て札があるだけで他には何もない。売店も電線も、何も見つからない。 人工物が一切ない、まさに自然の楽園。

 かといって、人間が全くいないかと言うと、そういう訳でもない。僕らのようにバスで訪れる者も いれば、車やバイクでやって来た者もかなりいるようで、道端に列を作って停めてある。中には ここで野宿した人間もいるのだろう、テントが二軒ばかり張ってある。

 とにかく、このバス停付近はカムイワッカの、ほんの入り口に過ぎない。ここから大分上にまで 上っていくのだ。勿論、川沿いには道路などない。急流の川の中を直接、上っていくのだ。
「荷物はどうするんや。かついで上っていくんか?」とたくやが訊く。
「かついで行くんは、ちょっと大変やなァ。足場も悪そうやし、どっかその辺の林の中に 突っ込んどいたら大丈夫やろ。まあ多分、盗られたりせんやる」
「熊に持っていかれたら、どうする?」
「こんな荷物をあさるくらいやったら、その辺の人間襲いよるやろ」
という話になって、Tシャツにジョギングパンツというラフな格好に着替えて、タオルとカメラだけ を残して、あとの荷物は林の中に全て突っ込んだ。僕のバッグは、1日目からずっと鍵を付けて いるので、丸ごと持って行かれない限りは安心だ。

 裸足の探検。川に入ると、水はなま温かく、上流の温泉の存在を暗示する。川の底は岩状のフロアで、 歩きにくいデコボコはない。
「せやけど、これ、何かヌルヌルするなァ。滑らんようにせなあかんな」
「ほんまや。こけてカメラ壊したりしたら大変や」
更に上ってゆくと、次第に川の勾配はきつくなってくる。ゴツゴツした岩場を上り、滝の横をはい 上がっていく。何となくロック・クライミングの様相を呈してくる。

 この辺りまで来ると、川の温度も徐々に高まり、「湯の滝」にふさわしく川全体が温泉みたいになって 来た。決して狭くない川幅の窪みには、気持ちよさそうに入浴している者が少なくない。IBAが 「もうこの辺で手を打たへんか」と言うが、僕は「まだ、まだ」と二人を引っ張ってゆく。とにかく 可能な限り上まで上がるのだ。これ以上人が行けぬ所まで。カムイワッカで一番大きな滝壺のある 所まで。この滝壺の情報は、函館で出会ったバイクの兄ちゃんや広尾線で出会った近大氏らに提供 してもらった。バイクの兄ちゃんは「何人も人が入れるくらいにでかい滝壺」だと言い、近大氏は 「いきなり飛び込んだら足が下に着かないくらい深くてあせった」と言った。旅行先、折り折りで 出会った旅行者の情報を早速参考にさせて貰ったのだ。ちなみに、礼文島へ渡るのをやめたのも、 湧網線で出会った女の子たちの「本当にいい所だから、最低二日はいるようにプランを作り直した 方が…」という助言があったからだ。

 女性もわりあい多く湯の滝を訪れており、みんな水着を付けて露天風呂を楽しんでいる。いわば 混浴なのであるが、人工物が一切ない天然露天風呂だから当然といえば当然だ。「あれ見てみい」 とたくやが指さすので見てみると、左側の川岸上方から硫黄とともに湯気が岩間から噴き出している。 この荒涼とした光景に、ますます野趣性を帯びてくる。
 この辺りから女性の姿は影をひそめ、殆ど男だけになってきた。この急勾配な滝の流れは既に 女性の限界点に達しているのだろうか。

 そして僕らはやがて、遂に人間の上れる最上部に辿り 着いた。バイクの兄ちゃんや近大氏のいっていた滝壺がそこにあった。既に五、六人が滝壺の 湯舟につかっていた。男だけの、聖域。

カムイワッカの湯の滝
 カムイワッカの露天風呂は、この滝壺こそが起点だったのだ。つまり、ここで右方から来る渓流と、 左方から来る温泉の湧き湯が上部で合流し、合わさって滝壺へ落ちて来る頃にはちょうどいい 湯加減に混ざり合っているという訳なのだ。従って熱すぎず冷たすぎず、ここが一番入り心地の 良い湯温。また、滝壺の大きさもカムイワッカ一。

 岩場に脱いだ服を無造作に置き、四、五人先客がいる滝壺に入ってみる。しぶきが飛ぶ。湯けむり が上がる。気持ちいい。実に気持ちがいい。ちょうど良い湯温だ。函館の兄ちゃんの言った通り、 底は深い。中央部では足の届かないところもある。

 野趣溢れるカムイワッカの露天風呂に、僕とIBAとたくやは並んで入っていた。実に爽快だった。 至福の瞬間だった。この地にいつしか僕は、北海道を訪れた意義を見いだしていた。そう、自然だ。 大自然に抱かれることの喜び。それを感じるために僕は、ここまでやって来たのだ。それが今、 達成された。我々はまさに、知床の森林を縫うように流れるカムイワッカの湯の川に抱かれて いた。野鳥が鳴いていた。滝は相変わらず、轟音を立てて湯を滝壺に注ぎ込んでいた。

 北海道の大自然の中で、我々はいつまでも至上の歓びに満ち溢れて佇んでいた。


「23.知床の大自然」へ続く



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