人生ゲーム
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86.7 北海道旅行




     ———幸せなんかがあるのなら、それはなぐさみのことだろう。
         知らない国へ行ってみたい。昔夢見た、魔法の靴で。



●24.標津線 【13日目】 

 翌日はウトロから再びバスに乗り、今度は知床峠へと向かった。1年の半分は雪に閉ざされ、 夏季の一時期しかバスは走っていない。僕の知識が間違っていなければ、ウトロと羅臼を 結び、知床峠を越えるこの「知床縦断道路」が全通したことすら、そう遠い昔の話では なかったはずだ。

 知床山脈の豊かな緑を分け入り、バスはやがて知床峠に着いた。観光客用の駐車場と、 そこに何軒かの屋台の売店があるだけの、ここも簡単なところだ。ゴテゴテした観光客目当て の施設は何もない。

 知床峠からの眺めは素晴らしかった。羅臼側を見ると、遥か太平洋が見渡せ、水平線の彼方に 国後島が浮かんで見えた。僕にとっては少なからず感動的な光景だった。海外旅行など 行ったこともない僕にとっては、外国…クナシリを外国と呼ぶべきかどうか、は議論の分かれる ところだろうが…初めて見る、異国の地だったのだ。

 「知床峠」と書かれた石碑にIBA、たくやと3人で並び、記念撮影した。しかしシャッターを 押してもらったおじさんは、我々よりも風景を優先してくれたのか、出来上がった写真を見ると、 我々は豆つぶみたいになって写っていた。

 再びバスに乗り、もと来た道を戻って行った。途中、たくやが突然、「あっ!」と声を上げた。 「いま、あそこに熊がおったんとちゃうか?」
「何?どこ、どこ」とみんなでたくやの示すあたりを見てみたが、もう動物の姿は見当たらなかった。 「どんな熊やった?たくや」「いや、よく見えんかった…ホンマに熊やったかどうかも、確信は ないけど…。でも、熊やったように見えたなあ」
「この道は出ますよ、熊が。私も何度か見たことがあります」と、バスの運転手さんが言った。 「へえーっ…」たくやの熊目撃によって、にわかに車内は盛り上がった。5日目に大雪山の黒岳に 登ったとき、「あなたは熊の生息地に足を踏み入れています。」との看板を見たことが思い出されて くる。

 バスはそのまま斜里駅まで戻り、ここでようやく我々の旅も「汽車旅」に戻ることになる。標茶 までは急行「しれとこ4号」に乗車。座れはしたが、やはり車内は若い観光客で賑わっていた。

 標茶からは標津線に乗り換え、根室標津へと向かう。ここからは、僕の鉄道旅行趣味にIBAと たくやにもつき合ってもらう事になる。標津線は根釧台地ののどかな丘陵地をコトコトと走る。 その風景は広い。道内の他の線区と比べても、牛が草をかむ姿がよく見られる。ここも廃止対象線区 で、最初で最後の貴重な乗車であることは間違いない。

 根室標津駅に着き、近くにあった「北方領土館」に寄った。根室で訪れた「北方資料館」に似た 構成で、ヒグマやオジロワシなど、道内の野生動物のハク製を置いてあったり、北方領土問題に ついて紹介してあったりした。「吉田茂は北方領土を放棄したのさ。てめえの懐に入る金と 引き換えに、北方領土が犠牲になったんだ」広尾線のおっさんの言葉が、ふと思い出される。しかし、 カムイワッカの露天風呂にも立ち寄った今、北方領土に対する新たな期待感が、僕の中で芽生えつつ あった。それは、観光地としての北方領土。まだ自然が美しく、温泉源も豊富であろう国後、択捉 には、きっと知床のカムイワッカをも凌ぐほどの素晴らしい楽園が、いまも密やかに佇んでいるに 違いない。いつか日本に返還され、自由に旅行が出来るようになれば、その時にはぜひ、訪れてみたい ものだ。

 根室標津から中標津まで戻り、厚床までの大平原を列車は進んで行く。一日四往復半の列車が 走るだけのこの区間は、僕を圧倒した。地平線に身を傾けようとしている太陽が、眩しく西の方を 照らしていた。人よりも牛の方が多いと言われる根釧台地は、パステルトーン に色を染め、遥か遠くまで牧歌的な草原がどこまでも続いていた。 これだ、これこそが、僕が北海道に求めていた風景なのだ。ずっと憧れていた、 緑に潤う遥かな大地…遠い地平線。夢に見た風景。
 なんて美しいんだ。そして、なんと皮肉 なのだろう。こんなにも素晴らしい区間を走る、この標津線が、赤字廃止対象線区で、もう二度と この見事な車窓に魅せられながら鉄道旅行を楽しむ機会は、永遠に訪れては来ないのだ。

地平線の見える駅、厚床
 やがて17時54分、列車は根室本線との合流駅・厚床に着いた。7日目にも急行「ノサップ」から見た 、見事な地平線が駅の向こうに広がっていた。IBA・たくやと記念撮影をしておいたのは、 言うまでもない。

 厚床では19時30分の釧路行き鈍行列車に乗車するまで時間があったので、駅付近を散歩した。 広々とした台地のなか、駅前は実に静かだった。

 厚床から釧路まで、夜の原野をコトコトと鈍行列車で2時間近くをかけて上った。さすがに退屈した 我々は、しりとり遊びに興じる。
「ず…ず?うーん、“ズーダラ節ファンクラブ・メンバーズ”!」
「ズーダラ節ィ?それ、スーダラ節やなかったか?…まあ、ええか。ズ…ズ?またズ?うーん、うーん、 …“ズーダラ節後援会組織図”!」
「!!うーん、ズ…ズ?またズぅ?うーん、うーん、…“ズーダラ節研究会会場見取図”!」
などと、下らないことを延々と続けているうちに、列車は釧路に到着した。

 釧路からは、つい4日前に乗ったばかりの上り急行「まりも」に乗り込む。4日間かけて、道内を ぐるりと一周し、再び札幌へと移動するわけだ。釧路での自由席を狙う行列は経験済みなので、 「うん、この程度の並び具合なら、座れるやろ」と、待つ身にも余裕が出てくる。サッポロビールで 乾杯し、今夜も夜行列車に揺られながら眠りについた。


「25.道北」へ続く



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