丘に吹く風
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

86.7 北海道旅行




     ———風が体を叩いてる。僕の心を揺らしてる。
         広がる雲よ、水平線よ。僕はどこへ行くのだろう。



●4.函館 【4日目】 

 16時35分に函館に到着。改札を出て駅前に出ると、(当たり前のことだが)函館市街が 目の前にあった。荷物を持ったまま、僕は一種爽快な気分になった。こうして駅を降り、 函館の街に佇むと、何とも言えず「来たなあ、北海道へ」という思いがこみ上げてくる。 やはり北海道へは、汽車+船で来なくてはいけない。飛行機では、どう転んでもこんな 感慨は湧いてこないだろうから。何しろ、18日に神戸を発ってから、既に4日目を 数えているのである。疲れも丁度今がピーク、その分感激もひとしおである。

 市電に乗り込む。ゴトゴトと、古びた車両は走る。車内は心持ちすいてるかな、という 位の乗車率。地元の乗客は市バスにでも乗っているかのようにすましている。需要は多く、 いまだ残るべくして残っているのだ。この市電は生きているのだ。その点では、3年前に 乗った長崎の市電と、甲乙つけ難い。街の雰囲気もやはり、長崎に似ている。
 末広町で降り、坂を上ってゆく。静かな、街。廃墟になった感じの旧イギリス領事館を 経由して旧道庁函館支庁々舎へ。今は観光案内所になっているらしく、17時をもう 過ぎていたため、扉は閉まっていた。旧英領事館といい、神戸の北野町の建物を古く したような雰囲気だが、北野町より遥かに、風景が広い。これはやはり、北海道独特の ものなのだろうか、何処へ行っても広々としたイメージがある。この元町公園では、 高校生のブラバンが談笑しながら練習をしていた。こんな素晴らしい風景の中で演奏、 さぞ気持ちいい事だろう。港を船が出て行くのさえ、見えるのである。

 元町公園から南へ歩く。地図を頼りに歩いて行くと、神戸を歩いているかのような 錯覚を覚える。街並みが、ここへ至って神戸の街はずれに似てきたのだ。
 ハリストス正教会は工事中とかで、入れず悔しい思いをした。元町カトリック教会、 聖ヨハネ教会もエキゾチックな造りである。函館公園を通って、夕暮れ、函館での お目当ての一つ、谷地頭温泉に着く。温泉といっても旅館はなく銭湯が一軒あるだけなので、 たいていのガイドブックではお目にかかれない。今回持ってきた「たびんぐ」の函館 絵地図にも、辛うじて小さく示しているだけだ。が、たとえ銭湯といえども天然の 湧き湯である以上、間違いなくこれは温泉なのである。
 広々とした脱衣場からガラガラ、と戸を開けると広々とした湯舟が横たわっている。 並の銭湯とは広さが違う。客の入りは決して少なくないが、あまりに広いためか閑散とした ムードが漂う。そして湯の色は茶色く濁っている。ちょうど有馬温泉の“金風呂”のような ものだ。ただしタオルを漬けても有馬のように変色したりはしない。紛れもなく温泉である のだが、脱衣場で荷物や服装を見た限りでは客はほとんどが地元客だ。まあ函館市民に 混ざって温泉につかる、これも悪くない。旅の疲れをいやす、ひととき…。

 温泉を出て、すぐ近くの市電・谷地頭駅から再び、函館駅に戻る。既に夕暮れ、街は夜に 入ろうとしていた。
そろそろ夕食の時間なのだが、前日から引き続いてどうも食欲がない。 マコちゃんにもらった滋養強壮の栄養剤で辛うじて栄養を保っている感じである。この頃が 疲れも絶頂期であり、17日間もの日程をこなせるのだろうか、と不安になったものだ。

 駅の食堂に入り、せめて北海道らしいものを食べようと思い、「かに定食」を注文する。その 食堂の中で、埼玉からバイクで来ているという人に出会った。年は忘れたが、恐らく20代の 後半だったと思う。もう北海道を見てまわり、これから埼玉へ帰るのだと言う。北海道に来た ばかりの僕と、充分見聞して帰ってゆくこの人が函館で出会う、何ともいいではないか。
 僕は北海道の“ポイント”を訊いた。「そうだねえ、やっぱり知床が一番良かったねえ。あそこ 知ってる?カムイワッカ。あの露天風呂に1日中入ってたのさ。それと、宗谷岬だね。やっぱり 一番“北”を感じたよ。ずっと、ユースホステルに泊まってたんだよ。君もユースホステル なのかい」「いいえ、僕は札幌に友達がいるから、そこを本拠地にして、あとは夜行列車を 利用しまくるつもりです」「へえっ、強行日程だね」「いや、毎度のことだから、もう 慣れました。汽車に乗るのも、元々の目的なんです」
 彼は肯いた。そういう輩とも、 色々会ってきたと言う。「でもね、こうしてバイクで走り回るのもいいもんだよ。夏になると 北海道は本当にライダーのツーリストが多い。君もこれから、色々方ぼうを回ったら分かるよ。 お互い、すぐ仲良くなっちゃうよ」彼は言った。
 そうして、彼に海外旅行術をも教わって、彼は大沼のYHへ、僕は函館山へと、進路を分け合った。 「じゃあ、長い日程を頑張って。札幌の友達たちにもよろしく。北海道は、本当にいいもんだよ」 そう言い残して、彼はバイクにまたがった。「長旅お疲れさま。色々とアドバイス、有難う」 僕は手を振った。さりげない出逢いと、爽やかな別れ…僕はこの時、まさに北海道旅行を再認識 した。また来る時は、バイクで来るのもいいな、と思った。まだ今回の旅行の、3分の1も 終えてないのに。

 駅前からバスに乗って(このバスは女性の車掌が乗っている)、函館山 へ登る。もうとっくに陽は暮れており、山頂から函館の夜景を見下ろすのだ。
 山頂に着くと、結構大きな建物があり、そのみやげ屋と展望台を兼ねた建物の向こう側から夜景が 見られるようになっていた。もう夜も9時前というのに、かなりの観光客である。その群集の 声のする方へと歩を進めていくと、…突然、目の前が拓けた。冷たい風が、吹き抜けた。その風が、 まるで霞を吹き払ってしまったかのように、くっきりと、100万ドルの夜景…函館の街の灯が、 ちりばめられていた。すごい、なんて綺麗なんだ。と言うより、何て大きいんだ。函館の街は、 こんなに大きかったのか。
 僕も神戸の人間だから、夜景は飽きるほど眺めてきたつもりだった。 函館が100万ドルなら、神戸は1000万ドルの夜景だ。…と言いたいが、この函館の夜景は、 明らかに違う。一味違う。神戸の夜景は山上から見ると、横に伸びている。夜景が、平面的な 広がりなのだ。これに対して、今目の前にしている函館の夜景は、縦に伸びている。光の筋が 整然と、突き抜けているのだ。しかも横に伸びている灯もある。…これは恐らく、木古内や 青函トンネルの出てくる、福島あたり…の灯が、かすかに浮かぶ。縦と横と、十文字に広がる 夜景は、立体的な広がりを見せる。北海道的な、広大さがあるのだ。
 周りからは、「すごいねえ」「素晴らしいわあ」という旅行者たちの声に混じって、年配の オッさんが「うーん、生きてきた甲斐があったというもんだ」と言っているのも聞こえる。 が、こんな凄いセリフがオーバーには聞こえない。むしろその言葉に共感できる。ちなみに この夜の山頂は風がきつく、しかも冷たかった。「気温、10℃だって」という情報も 聞かれた。僕もセーターを着込んでいたが、それでもブルブルと震え上がった。7月も下旬 だというのにこの寒さ、さすが北海道だ。

 こうして、夜景を見たあと、バスで駅へと 戻って行った。函館の夜景は、今回の旅行の中でも印象に残った所のうちの、一つである。


「5.歌志内線」へ続く



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