再会の日
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86.7 北海道旅行




     ———それはたった一言だけど、思い出に入れ忘れた。
         だから会いに行きましょう。言うよ「ありがとう」。



●7.IBAとの再会 【5日目】 

 上川から旭川までは普通列車で石北本線を戻って行く。本線とは名ばかりのローカル線を、2両 しかない気動車が進んでいく。途中、二・三の仮乗降場にも停まった。待合室もベンチも無い、 ただホームがあるだけの、「駅」と認められぬほど小さな、乗降場。紛れもなく、付近のわずか 十軒ほどしかない家の人たちのためのものだ。ローカルムードが漂う。沿線は人家のまばらな 農村地帯。夕暮れの中、その風景は少し淋しい。列車の中に響く、乗客の一人のつけている オールスター第三戦を伝えるラジオだけが、わびしさを払拭してくれる。
 旭川に着いて駅弁を買い込み、ここからはエル特急「ライラック24号」に乗り換える。 20時0分に旭川を出発、街角の灯りが流れて行く中で弁当を食べていると、今日の黒岳の 光景への興奮と、IBAとの再会への期待が交錯して心が落ち着かない。「ライラック」の 車内は僕の感情と対照的に、落ち着いたアコモデーションだ。昼間乗った「オホーツク」と いい、北海道の特急列車用の車両は乗り心地が良く、レベルはなかなかの水準である。

 この旅行で飽きるほど乗ることになる旭川=札幌間を駆け抜け、札幌駅に着いたのが、21時 42分。急いで列車を降り、改札を抜けると、夜の札幌が眼前に広がっていた。サッポロ… 北大が中央部に居座る街。北の都、ニュー・トーキョー札幌。IBAとたくやが住んでいる街。 遂に僕は、サッポロの町に降り立っていた。一種独特な札幌市街の雰囲気に、僕は不思議な 気分になっていた。僕はIBAとの待ち合わせ場所である第一ワシントンホテルの2Fロビー へ足を運んだ。いない。そうだ、これがIBAなんだ。時間通りに現れるような奴ではない。
 随分と時間が経ち、さすがに僕もイライラしてきた時、やっとIBAが現れた。この顔、この 風貌。前のままだ。懐かしいではないか、いつもの色つきメガネをかけている。
「ひっさし振りやのォー。それにしても、ほんまに札幌まで来るとはなあ。さすがお前やなあ」 IBAの第一声だ。待たせて待たせて、僕がイライラし始めた頃、フッと現れる。絶好の タイミングではないか。
 思えば4月5日、大阪空港で別れを惜しんで以来、実に三ヶ月半 ぶりの再会だ。この間、神戸では一人として現れて来なかったIBAの代わり。こんなにも 空虚だったのか、IBAのいない日々というのは…。そんな思いが、IBAの顔を見た途端に 消えていく。

 IBAの自転車(自称ベンツ…と彼は言うが、実際はかなりくたびれて いる)に乗せてもらい、すすきのの街へと向かう。「お前、ちょっと痩せたな」IBAが 言った。僕がこの5日間で崩した体調の変化を、奴は見逃さなかった。

 すすきのは 賑わっている。北の地に作り上げられた不夜城。何ともスケールがでかい。神戸の細長い 繁華街を見馴れていると、この正方形の不夜城に圧倒される思いがする。
「すすきのは 客引きが強引やからな。気ィつけろよ」
IBAが言う。それにしても、この人の多さは 何だ。もう22時になり、神戸あたりだともう通りが寂しくなってくる頃だ。それなのに、 まだまだ宴はこれから、といった雰囲気さえ感じられる。一種独特な札幌の雰囲気。僕には 北に住む人々が短い夏を心から楽しんでいるように思われた。これは、北海道へ渡って来た 旅行者の、センチメンタリズムなのだろうか。

 自転車を置き、居酒屋に入って話を しても、三ヶ月間のブランクなど全くない。考えてみれば、同じ神戸に住んでいても何ヶ月も 会わない友達というのはいくらでもいる。IBAと僕に関しても、決して長い別れではなかった 筈である。にも拘わらずその三ヶ月が長かったのは、距離的な訣別感が大きかったのと、 やはりIBAは数少ない親友だった、という事だろう。
 昔の懐かしい話や今回の旅行の 打ち合わせなどをして居酒屋を出ると、いつしか時刻は神戸でいう真夜中に入っていた。なのに街は 未だ賑やかさを失っていない。四方八方、浮かび上がるネオンが眩しい。オジさんが、強引な 客引きに遭って無理やり引き込まれようとしている。確かにこれはヒドい。が、見ている方に とっては、何ともユーモラスだ。

 たっぷり楽しんだ後、IBAの自転車にまたがり、 札幌の街を北上する。途中、北大構内を通る。広いことも広いが、何とも緑が多い。環境抜群、 さすがは全国唯一の「観光ガイドに載る大学」だ。「この道を通ったら、あの有名な ポプラ並木や」とIBAが言う。とりあえず並木を見るのは後日にして、今夜は無人の 構内を真っ直ぐ北へ向かう。

 北33条まで上ると、IBAの下宿「安楽荘」に着いた。 部屋に入ると、かなり散らかっている。カップめんの空箱や雑誌が散乱している。それらを 端の方にバサーッと追いやって、IBAが布団を敷く。仙台での、マコちゃんのまとまった 部屋と比べて、あまりにも対照的だ。これは余談だが、仙台での飲食費の一切をおごってくれた マコちゃんに対し、先ほどの居酒屋でのIBAの第一声、「あかん、金ないわ。すまん、おごって くれ!」…どちらが良い悪いではなく、二人の性格がそのままにじみ出ており、「彼ららしいなぁ」 と思うと笑いがこみ上げてくる。

 結局その夜、床に着いたのが3時半だった。それから 更に、しばらく話をしていたので、眠ったのはもっと後だっただろう。7月というのに、冬用の 布団で眠るのも札幌らしいと思った。

 翌朝は8時半に起床、眠たそうなIBAと共に 地下鉄の「北34条」駅まで出掛け、しばしの別れを告げた。今度安楽荘に戻り、また出掛ける 時には、IBAとたくやも一緒なのだ。3人で道東・道北を巡るまでは、僕もひとり旅が 続くのである。


「8.夕張」へ続く



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