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暗中視〜黒いよりも暗いほうがマシ〜

 

 

 跡形も無く風化した道路が縦横に走り、乾いた風がガスと塵を運んでいく。周囲には生物どころか動く物の気配すらなく、ただ時間だけが止まる事無く流れる死の世界。そんな中、砂埃に霞む空へ向かって朽ち果てたビルが何本も伸びていた。

「…………」

 セイルは網膜に映った光景に嘆息しつつ、ゆっくりとジャスティスロードを歩かせていた。周囲には似たようなカラーリングを施されたACが数機、ジャスティスロードに追随するように歩いてくる。

 

<ミッション:旧世代遺跡哨戒>

 reward:25000C  missioncordnight bug  criant:ミラージュ

 

 [わが社が予定している旧世代遺跡の調査に同行してほしい。

 この遺跡は、大破壊以前に都市として機能していたもので、高い歴史的価値を持っている。しかし最近、この近辺で未確認のACがたびたび目撃されるようになっている。

 他企業の差し金か、それとも先日のテロリストか、詳細ははっきりしないが、このエリアの管理を任されている者としては、そのような危険因子をこのままのさばらせて置く訳には行かない。

 また、場合によっては未確認の遺跡が発見される可能性もある。わが社の部隊に同行し、共同で哨戒を行ってほしい。よろしく頼む]

 

「ミラージュの量産型ACか……前に戦ったのとあんまし変わってないな……」

『当たり前でしょ、元々対MT戦を想定されてるんだから。ACとしての能力は各パーツの換装だけで、後は操作性を重視してるのよ』

レナの解説に溜息で答え、セイルは量産型ACに目を向けた。以前クライシスの逃走を援護したときに交戦した物と同じ種類だが、リーダー機はさらにレーダーとミサイルを装備し、カラーリングも一部変更されているようだ。

「まぁ、どうでも良いけどな。どうせACには敵う訳無いんだし。それにしてもミッション概要のこのミラージュのたてまえ、歴史的価値とか管理を任されてとか、反吐が出るな」

セイルはそう言いながら再び量産型ACを一瞥した。ミラージュ社が、あのアヴァロン大停電を起こしてまで作り上げた新戦力。人を殺して得た力で、彼らはまた新たな悲しみを生み出すつもりなのだろうか。

(そうなった時は、遠慮なく敵対させてもらうけどな)

セイルはアストライアを見せ付けるようにジャスティスロードの左腕部を持ち上げる。AC部隊の一体が僅かに反応したが、隊列は乱れる事無く進んでいた。

「それにしても、大破壊以前に作られた物なのに形だけは都市の様相を残してるんだな。一体どんな仕組みなんだ」

『この建築様式もロストテクノロジーらしいわ。基本的な構造は主要複合都市の高層建築なんかで再現されてるし……これ裏情報だけど、一部の軍事基地にも使用されてるみたい』

「って事は、今からさらに時間が経った後でもその技術は残るわけか。そしてそれを利用してまた戦いが起こる、と……」

『でしょうね。まぁ、そんな事を気にした所で……セイル、こちらのレーダーに反応。機影が三つ。こっちに向かってきています。熱量はMTクラス』

レナの口調が仕事時のものに変わる。やがてジャスティスロードのレーダーにも光点が表示され、ミラージュのAC部隊もそれぞれ戦闘態勢を取った。敵は大通りへ続くわき道を移動している。

角を曲がってきた三体のカイノスに対して、セイルたちは集中砲火を浴びせた。瞬く間に三体のカイノスが灰燼と化し、射撃が止む。しかし、すぐに同じ道を通ってくるいくつもの光点が見えた。

「俺が先行する。レイヴン、援護を頼む」

AC部隊のリーダーがそう言ってわき道へと突っ込んでいく。ジャスティスロードがそのすぐ後に続き、他の量産型ACたちも追々わき道へと飛び込んだ。

リーダー機はブレードを展開すると、敵部隊の先頭に居たアローポーターの脚部を切断する。そのまま敵が怯んだ隙を見て上方に離脱すると、後続の敵の群れにミサイルを放った。

そして混乱する敵の中をBISを展開したジャスティスロードが通り抜け、僅かに残った機体も量産型ACのレーザーライフルによって掃討される。それで敵の反応は消失した。

「やはり先日のテロリストか……各機、散開して哨戒に当たれ。集合は一時間後、定時連絡は十五分ごとにだ。レイヴン、君も周辺を警戒してくれ」

「……了解」

セイルはジャスティスロードを回頭させると、もと来た大通りへと戻って足を止めた。AC部隊はそれぞれ作戦領域に散っていき、その場にはジャスティスロードだけが残される。

『セイル? 行かないの?』

「ああ、ちょっと気になることがあって……」

セイルは最初に撃破したMTの残骸に目を向ける。AC部隊の集中砲火によってボロボロになっていたが、原形は留めていた。

「こいつら、俺達に気付いていなかった様な気がするんだ。初めは俺達に攻撃を仕掛けるためにこっちに来たのかと思ったけど、こいつらは戦闘態勢を取ってなかった。後続の部隊も同じで、まるで奇襲に混乱してるみたいだった。それに……」

『それに?』

セイルはジャスティスロードを、MTの群れが来た方向へと移動させる。そこには一体の量産型ACが居て、風化したビルを調べていた。

「見間違いかも……いや、確かにそうだった。後続の部隊の中に、被弾してた機体があったんだ。だから……!?」

セイルはふと後ろを振り返った。それに連動してジャスティスロードの頭部も後ろを向き、ディスプレイの景色が切り替わる。

そこには風化した道路と、そこを歩いていく量産型ACの姿があるだけで、特に変わった所は無い。しかし、先程自分を振り返らせた違和感に従って、セイルはジャスティスロードに量産型ACの後を追って歩かせた。

『セイル? 一体どうし……』

「静かに!」

ジャスティスロードは少し進んだところで足を止めると、その場にしゃがみ込んだ。

振り返った量産型ACが視線を向けてくるのも構わず、セイルは地面を見つめて思考する。やがてセイルはジャスティスロードを立ち上がらせると左腕部を振り上げ、

「……っ」

目の前の地面に向けて、アストライアを叩き込んでいた。降り積もった塵が舞い上がり、黒い亀裂が道路を侵食するように伸びる。

やがて現れた浮遊感に、セイルはTOBを起動させて上に跳び上がった。そして砂埃が収まった時、ジャスティスロードが立っていた所には、黒い穴が口を開けていた。

『地下に空間!?』

「……やっぱりな」

セイルはジャスティスロードを着地させ、穴の縁に着地させ、中を覗き込む。地下の空間はかなり深く、日が陰っているせいもあって中の様子は分からない。傍に居た量産型ACが近付いてきた。

「レイヴン、これは……」

「ここだけ、ACの足音が違っていた。地下の空間に反響してたんだ」

「そんな事が……他の者に招集をかける。そこを保持してくれ」

量産型ACは無線で他の機体を呼び寄せ始めた。セイルはライトで穴の中を照らしてみる。かなり深いところに、一応底らしき物が見えた。

「すぐに本隊が到着する。少……」

瞬間、その量産型ACは頭部を吹き飛ばされていた。寸前で離脱したセイルは、攻撃を仕掛けた存在を確認する。一体のACが、ビル影から飛び出して道路を疾走していた。

「レナ!」

『離反レイヴンと確認、ステルスを使っています……っ!……向こうには味方の本隊が』

「わかった」

セイルは攻撃された量産型ACがまだ動いているのを確認すると、攻撃してきたACを追って行った。道路を進んでいくと、やがてそのACが味方のAC部隊と交戦しているのを発見する。

一体がそのACと切り結び、残りが周囲から援護していた。四方から放たれるレーザーに焼かれ、敵ACのボディはボロボロになっている。セイルはリニアライフルを放ち、敵ACの頭部パーツを破壊した。

視界を失って行動が鈍った敵ACは慌てて逃げようとするが、次の瞬間には周囲のAC達に滅多切りにされ、地面に崩れ落ちる。

「損害は無いか?」

「全員無事だ。レイヴン、援護感謝する。ところで、地下の空間というのは……」

「こっちだ」

セイルはAC部隊を穴の入り口まで案内する。さっき攻撃を受けたACも既に復帰して辺りを警戒していた。

 

外部からの簡単な調査を終えた後、ジャスティスロードは穴の中に下りることになった。地下空間はかなり深く、量産型ACでは上って来れないらしい。照明用の発光装置を受け取ると、ジャスティスロードは地下へと潜っていった。

「暗いな……それに広い。下方向以外はライトの光が届いてないくらいだ」

『通信状況は良好。セイル、下に着いたらまず発光装置をセットして。それから周囲を探索してね』

「言ってる内に着いた……本当に深いな」

セイルが上を見上げてみると、通って来た穴が明るく光っているのが見えた。その場で発光装置をセットし、起動する。

地下空間が明るく照らし出され、視界が一瞬ハレーションした。やがて明度が最適化されていくにつれ、周囲の状況が把握出来てくる。

「おお……」

地下空間はやはりかなり広く、発光装置の強力な光でも遠くにある壁の部分は薄ぼんやりとしか照らせない。空間はどうやら短い円筒形になっているようで、ジャスティスロードは比較的壁際に立っていた。

『熱源、エネルギー源共に……待って、僅かだけど反応があるわ。セイル、何か見える?』

「ああ、なんかいろいろあるぞ」

セイルはジャスティスロードを空間の中央部へと移動させた。そこには照明器具や発電機、野営施設などが設営されており、何をしていたのか、鉄骨やクレーン等もある。そして周囲にはMTの残骸が散乱していた。

『例のテロ組織の物かしら』

「ああ、多分。それにしても随分新しいな。最近……ってか、今さっき破壊されたみたいに見えるけど……!」

セイルは不意に感じた寒気に後ろを振り返った。しかしそこには発光装置が有るだけで、悪寒の原因となるようなものは無い。しかし、悪寒は未だ終わる事無く続いていた。

「……っ」

やがて発光装置の光を見ているにも関わらず視界が明滅し始めた。五感の全てが闇へと染まっていき、感覚は鋭敏さを保ったまま消失していく。心配げなレナの声もやがて聞こえなくなり、コントロールスティックを握る掌も麻痺したように曖昧になる。

この感覚には覚えがあった。いつだったか、今と同じように旧世代の遺跡を調査に行った時、落雷の閃光の中に見たありえない光景……

「過去が……見える…………」

 

薄暗い地下の道路で、二体のACが対峙していた。一体は短いV字アンテナを付けた頭部と、ブラウンのカラーリングでがっしりしたボディをもつ中量二脚タイプ。もう一機は一本の長いブレードセンサーをつけた頭部と、白いカラーリングの角ばったボディをもつ軽量二脚タイプ。

二機は暫くの間にらみ合っていたが、やがて白い機体はもう一機に背を向け、ブースターを吹かしてその場を去っていった。

「これは警告だ、今のうちに……」

 

パイプやコンテナの林立する廃工場、ブラウンのボディをもつ中量二脚ACと、ピンクのカラーリングで細身のボディを持つ軽量二脚ACが共にMT部隊と交戦していた。突然天井が破壊され、白い軽量二脚ACが乱入してくる。

「……そいつを渡してもらおう」

 

巨大な地下空間で、ブラウンのACは立ちつくしていた。目の前には、一門のプラズマキャノンと二機の大型ミサイルランチャーを装備し、赤いカラーリングの平べったいボディを持つ大型兵器がある。

やがて赤い機体の周囲に高電圧がかけられ、電解した空気が虹色に輝き始めた。ブラウンのACは即座に後へと飛び、その場を離脱する。次の瞬間、地下空間は目も眩むような極光で照らし上げられた。

「もう誰も俺を止めることは出来ない……」

 

「いいか、俺は面倒が嫌いなんだ…………」

『どうしたの? 応答して、セイル!?

「……っ…………ごめん、レナ…………この場所、電波状況が悪いみたいで…………」

『あ、通じた……もうそれなら早く言って。連絡は常に密に、だよ』

「……ああ…………」

セイルは何とかそう答えると、パイロットスーツのヘルメットを脱いだ。ジャスティスロードとの同調が切れ、視界には薄暗いコクピットが映る。顔の汗を拭い、呼吸を整えると、セイルは再びヘルメットをかぶった。

(……あの時と同じ、あれはこの場所で起こった事だ……)

かつて旧世代遺跡で見た白昼夢、今の光景もそれとよく似た物だった。特に最後に見えた光景、ACと機動兵器との交戦は、この地下空間で起こった事に違いない。よく見ると、周囲の壁や床面には、弾痕や融解痕が多数あった。

(一体あのビジョンは何なんだ? 俺の能力のせいだとしたら、一体何を……)

しかし、妙に腑に落ちない部分もある。あの二機が戦ったのだとしたら、どちらかが敗北し、撃破された筈だ。

あれがどれほど過去の事なのかは分からないが、残骸くらいは残っていていいはずである。しかしこの空間にはテロ組織の残していった物以外それらしい物は存在しなかった。

(さっぱり分からない。そもそも何でこんな光景……っ!)

不意に空間内に響き渡った音に、セイルは我に返った。とっさにその方向にリニアライフルを向けると、発光装置のすぐ傍に何かが落ちている。セイルは距離を置いたまま、カメラをズームしてみた。

「っ!……レナ!

『敵反応確認、現在地下空間に降下ちゅ…………嘘……どうして……』

ディスプレイに映った物、それは地上で待っていた筈の量産型ACの残骸だった。下半身と泣き別れ、コクピットは無残にも突き破られている。やがてその隣に、一体のACが降り立った。まるで天から降り立った使いの如く黄金に輝くその機体は、

『……ランカーAC……ケルビムを確認…………』

かのトップランカー、キースの機体だった。かつて二度、友軍として邂逅したことのあるその機体は、今自分に銃口を向けて立っている。

「キース……ランバート……」

「お前は……そうか、こいつらの護衛か……」

スピーカーからキースの、まるで刃のような冷たい声が聞こえる。声だけで敵を萎縮させるその圧倒的な存在を前に、セイルは体が一気に汗ばんだのを感じた。

『……ミッションの上では、無理に戦う必要はありません。いえ、そもそも勝てる相手ではありません。セイル、すぐに撤た……』

セイルは無線のスイッチを切ると、ジャスティスロードをケルビムの前へと進ませる。ケルビムは依然、右腕部のプラズマライフルをこちらへ向けていた。

「キース……この場所は何だ?」

「……帰れ、ここはお前の居て良い場所ではない」

「質問に答えてくれ」

ジャスティスロードはケルビムへとリニアライフルを向けていた。ACの装甲を容易く貫通するその弾丸も、ケルビムのプラズマライフルに比べればまるで玩具のような威力である。さらにキース自身、戦闘の意思が無い事を告げている。にも関わらず、セイルはそれに刃向かっていた。

「……何のつもりだ」

「教えてくれ、この場所はなんだ? なぜ奴らがここに居た? お前は一体何をしに来た?」

「…………」

セイルが早口でまくし立てた問いに、しかしキースは一切答えなかった。代わりに、再び一方的な言葉を返してくる。

「……もう一度言う、この場を去れ……」

「断る」

迷う事無く、セイルはきっぱりと言い放った。レナの言う通り、たとえジャスティスロードの性能を持ってしても今の自分がまともに戦って敵う相手ではない。しかし、それでもキースの言う通りにする気にはならなかった。

もしその通りにすれば、それは今までの自分を否定することになる。さらにキースが知っているであろうあの組織に関する情報についても、諦めるつもりは無かった。

「……そうか」

瞬間、セイルにはケルビムが消えたように見えた。しかし、即座に機体を旋回させたその先には、既に彼我の距離を半分ほどに詰めたケルビムが居た。

「っ!」

セイルはとっさにリニアライフルを放つ。しかし放たれた弾丸はケルビムの右腕部によって弾かれ、牽制にすらなりえない。

一気に肉薄したケルビムは、ジャスティスロードへと左腕部のブレードを突き出していた。セイルは寸前でTOBを起動し、横とびに離脱する。

(くそっ、なんて速さだ。アリーナではちゃんと見えて……っ!)

セイルは再びTOBを起動し、進行方向を変える。しかしその瞬間、ジャスティスロードのボディは大きく傾いていた。コクピット内にアラートが鳴り響き、視界内に被弾状況を表した図が映り込む。左のBISが二本とも、半分近く融解して脱落していた。

「……くっ……そ…………」

セイルはやっとの事で体勢を立て直し、ケルビムを見やる。

ケルビムはジャスティスロードに切り込んだ姿勢のまま、プラズマライフルのみをこちらへ向けていた。反応すら困難な攻撃を繰り出していながら、セイルがそれを回避する事と、その方向を予測していたのである。

「これがキースの力……全レイヴンの頂点に立つ行動予測能力か……」

 キース・ランバートがトップランカーたりえる理由、それがこの能力である。敵機の能力と性能、周囲の地形と状況、さらには搭乗者の心理状態までも視野に入れ、敵が次に取るであろう行動を予測し、対応する。

 交戦中の敵の行動は全てパターン化し、敵のあらゆる動きを手玉に取る。セイルの洞察力のような状況判断でも、クライシスの高速反応のような見てからの対応でもない、思考と計算による行動予測。

 これにより、彼は若くしてトップランカーに上り詰め、サイレントライン中枢の破壊を成し得るに至ったのである。

「おまけに、重量二脚らしからぬあの瞬間加速……流石だな……」

 セイルはヘルメットに顔を押し付けて汗を拭い、機体の状態を確認する。直接APが減った訳ではないが、BIS無しではHOBの速度を制限しなければいけない。コアに直撃しなかった分幸いだが、状況はさらに不利になっていた。

「こうなったら一か八か、だな。長引けばその分だけ、こっちが不利になる」

 ジャスティスロードはアストライアを腰だめに構えると、HOBを起動した。ケルビムはこちらを向いてこそ居たが、攻撃せずに直立している。

(TOBのスタビライザーだけでどこまでいけるか分からないけど、出来る限りの速度を載せてアストライアを当てる。どうせ生半可な攻撃はあの重装甲とエクステンションのエネルギーシールドで防がれるんだ。相手が防御にも回避にも秀でているなら、最低限どちらかは不可能な攻撃を放つ。これでダメだったら……

 セイルの脳裏に、今までに出会った友人やレイヴン達のことが浮かぶ。これで悔いが無いなどと言える筈も無いが、今の自分にはこうするしか出来なかった。

「……俺はそこまでの男って事だ」

 HOBが発動し、ジャスティスロードはケルビムに向かって一気に加速する。ケルビムはオービットを放ってきたが、セイルは構わず突進を続けた。どうせこちらの行動は向こうに読まれている。回避するだけエネルギーと速度を無駄にする事になるのだ。それに、

(二つ……たった二つだけど、あいつの予測に含まれない不確定要素がある。これで……)

 三機のオービットはジャスティスロードの進路上に展開し、レーザーを放ってきた。レーザーは狙いあまたずコアを直撃し、ジャスティスロードの薄い装甲を削ってゆく。

 さらにこのままオービットの居る位置を通過すれば、今度は背後に向けてレーザーが飛んでくる事になる。発動中のHOBに直撃を受ければ内部爆発は免れない。しかし、

(……一つ目!)

 オービットとすれ違う瞬間、ジャスティスロードは機体をローリングさせる。機体の周囲に発生していた気流が乱れて拡散し、オービットを吹き飛ばした。

 これが一つ目の不確定要素、『キースはジャスティスロードの能力を知らない』という事実である。

「……っ」

 ジャスティスロードの迎撃に失敗したキースは、ケルビムのOBを起動する。通常のOBより遥かに速いチャージ時間で発動したOBは、キースが予測したジャスティスロードの進路上からケルビムを離脱させた。

 セイルは即座にその後を追うが、キースの予想通り、ケルビムの位置へ向かうには進路変更が遅すぎる。

(二つ目っ!

 しかしその瞬間、急に速度を上げたジャスティスロードは姿勢を維持出来ずに機体を大きくグラつかせた。脚部が地面に接触し、機体の片側に大きな制動がかかる。

 大きく方向を変えたジャスティスロードの進路上には、OB後の減速に入っているケルビムが居た。

 これが二つ目の不確定要素、『限界を超えた機体がどう動くかは分からない』という事実である。最も、それはセイル自身にも分かる筈は無かったのであるが……

「喰らえっ!!

 ケルビムは即座に体勢を立て直したが、ジャスティスロードは既に目前に迫っていた。狙いは下腹部。比較的装甲が薄く、パイロットへのダメージも少ない部分。セイルがキースから問いの答えを聞くには、強引にでも戦闘を終わらせるしかない。

「…………フン」

「っ!

 しかし、それすらもキースにとっては予測していた未来の一つでしかなかったのか。ケルビムは瞬間的な高出力ブーストで機体をズラし、突き出されたジャスティスロードの左腕部に自分の左腕部をぶつけて軌道を変える。

 アストライアの刀身は左腕部の装甲に掠ることすら無く、ジャスティスロードは倒れ込むようにケルビムの背後へと抜けていった。

「がっ!……くっ、っ…………」

 ジャスティスロードは機体を地面に擦りながら停止した。セイルは強烈な衝撃と視界に走ったノイズに息を詰まらせつつ、必死で体勢を立て直す。ジャスティスロードはオートバランサーが働いて即座に立ち上がったが、セイルは未だ自身へのダメージに苦しんでいた。

「……っ……く、そ……ん……ぐっ……」

 喉元まで込み上げた物を堪え、セイルはケルビムを凝視する。霞む視界の中、ケルビムがプラズマライフルを向けている事だけがなんとなく分かった。

 セイルは痛みに震える腕を伸ばし、トリガーを引く。放たれたリニアライフルは真っ直ぐにケルビムへと向かっていくが、そんなものがケルビムの装甲とキースの防御能力に通じる筈も無い。ケルビムは左腕部を盾にしてその弾丸を受け…………瞬間、肘から先の部分を吹き飛ばされていた。

「っ!?

「はぁっ……っ…………」

 キースが息を詰まらせる音が聞こえたような気がした。ケルビムはプラズマライフルを向けたまま動きを止め、自分の左腕部を凝視する。

 元々対実弾防御力の高くない腕部だが、エクステンションのエネルギーシールドと弾丸に装甲を掠らせるような防御姿勢によって、十分に攻撃を防ぎうる筈だった。

 現に初めに放たれた一発は、相対速度が上がっていたにも関わらず難なく防げている。左腕部は先程アストライアの一撃を防いだが、刀身そのものには掠りもしなかった筈で、無論今までの戦闘で疲弊などしていない。

「……セイル・クラウド…………」

「……何だ…………」

 再び発せられた冷たい声に、セイルは呼吸を整えながら返答する。キースはジャスティスロードに対して、破壊された左腕部を見せ付けるように持ち上げた。

「これは…………偶然か?」

「…………そこに当てれば……勝てるような気がした……」

「…………いいだろう」

 ケルビムはプラズマライフルを下ろすと、ジャスティスロードに背を向けた。

「明後日の午後十時……閉じた町のパブ、『ゴリアテ』まで来い…………俺の知っている事を話してやる……」

 キースはそう言うとケルビムのブースターを吹かし、入り口の穴へと上昇していく。セイルはそれを見届けると、まるでブレーカーが落ちたかのように意識の電源を切った。

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