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   忍び寄る者、遠ざかる者〜気付いた時には乗り過ごしている〜

 

 

「本当、雨は嫌になるよな。視界は利かないし足場は悪いし、おまけにジャスティスロードは汚れが目立ちやすいからさ」

「そりゃ、あんなモノクロなカラーリングじゃなぁ。結局色変えてねぇのか?」

「少しは変えていたでしょう? 腕部と脚部の一部分、エンブレムも前の物とは違っていたし、装甲もカッティングしてあったね」

「あ〜、大正解。よく分かりますねカラードネイルさん。私でも報告書見るまで気付かなかったのに」

 雨音が響くレイヴン控え室の中で、セイルとケイローンにレナ、そしてカラードネイルことアメリアが話をしていた。

 既に日は沈み、黒く染まった窓には激しい雨が打ちつけてくる。アメリアと一緒に行っていたミッションから帰還したセイルは、今朝から降り続いていた雨に不平を言いながら、レナが持ってきたコーヒーを飲んでいた。

「何だそりゃ、全然気付かなかったぞ。変えるんなら変えるでもっと大きく変えちまえよ。てか、そんな些細な事にも気付けるとは、カラード、お前さんも相当あぢゃあぢゃあぢゃ!」

 セイルに頭から熱いコーヒーをかけられ、ケイローンは新聞を投げ出してシャワールームへと飛んで行った。並の人間なら確実に火傷していただろうが、長年レイヴンをやっているケイローンの身体はこの程度ではビクともしないらしい。

 頭から水をかぶっているケイローンを横目に、セイルは不思議そうな顔をしているアメリアとにごまかし笑いをした。彼女は困ったように微笑むと、セイルに代わりの飲み物を渡し、彼の隣に腰を下ろす。

「わたしも、雨は好きじゃないな。普段見えているものが見えなくなってしまう気がする。ところで、君のあの機体、以前の物とはカラーリングが違うようだけど、あれはどういう?」

「そうそう、レイヴンって機体を変えてもカラーリングだけは統一するよね。それに、エンブレムを変えるって言うのも珍しいし。タロットカードの『正義Justice』だっていうのは変わってないけど」

「ああ、あの色はチェス板のイメージ。白黒はっきりつけると言うか、チェックメイトへの愛着も込めてさ。エンブレムの方は、Justiceに描かれてる女神を立ち上がらせて剣を掲げさせたんだ。以前より能動的になるようにって」

「そうか……君も色々考えているんだな」

 感嘆したような溜息を漏らし、アメリアはセイルに微笑みかける。セイルはコーヒーを飲み干し、カップを捨てようとゴミ箱に向かって歩いていった。

 一瞬激しくなった鼓動は気のせいでは無かっただろう。顔が熱いのはコーヒーのせいにしておき、セイルは彼女の元に戻る。部屋の隅に移動したレナがニヤついた視線を送ってきていたが、セイルは無視してピアスをいじり始めた。

「ふふん♪ ごまかしたって無駄よ〜。耳まで真っ赤にしちゃってまぁ……」

「まぁそのへんにしといてやれって。な?」

 シャワールームから頭にタオルを被ったケイローンが現れ、レナの背中をポン、と叩く。

 途端にレナは「ひゃん」と悲鳴のような声をあげ、肩をすくめて腕を抱くようにしながら慌てて部屋を出て行ってしまった。おそらく服の上からブラのホックを外されたのだろう。

「……ケイローン、セクハラで訴えられても知らねぇからな」

「バ〜カ、あのくらいでギャーギャー言ってる様じゃこの部屋に居らんねぇぞ。ほれ、言ってるそばから……」

「はぁ〜、スッキリした……あらセイル、カラードも。ミッション帰り?」

 その時、再びシャワールームに続く扉が開き、中からスキウレが現れる。それを見た三人は、三者三様に反応を返した。

「ったく……」

「ぶっ!」

「…………」

 シャワーあがりらしいスキウレは、上半身に何も着ていなかった。首にかけたタオルで申し訳程度に身体を隠してはいるものの、その豊満な胸はとてもタオルでは覆いきれずに大部分がはみ出している。

 下半身は流石に私服を着ていたが、充分以上に目の毒な光景だった。

「お前は……またなんつう格好してんだ」

「こ、この部屋は男女共用だぞ!」

「え〜、別にいいじゃない。知らない仲じゃないんだし」

 スキウレは部屋を横切ると、自販機にカードを差し込んでスポーツドリンクを取り出した。自販機へ振り向く時に揺れ動いたタオルから覗きそうになる先端部分に、セイルは思わず目を背けてしまう。

 と、そこには不自然なまでに無表情な顔をしたアメリアの姿があった。彼女はスキウレの豊満な胸をじっと見つめている。

「…………」

「…………」

 確かにアメリアのそれはスキウレのものに比べれば小ぶりに見えるが、それでも決して小さくは無いし形も悪くない。むしろアメリアは背が高い分スキウレよりもスタイルが良い様に思える。いや、そのせいでよけい胸が小さく見えてしまっているのか……

(って何を考えてるんだ俺は……)

 セイルは慌ててアメリアから視線を外すが、外したそこには腰に手を当ててドリンクを飲んでいるスキウレの姿があった。

 背中が反っていくにつれて反対に胸は突き出される形になり、余計に大きさが強調される。ケイローンが何か注意らしきことを言っていたが、スキウレは意にも介せずにいた。

「うるさいわね、この部屋の使用はレイヴン個人の自由なんだから別に……」

「こ、ここは俺の部屋でもある!」

 しかしセイルが言ったその一言に、スキウレは頬を膨らませながら服を着始めた。セイルは妙な既視感を覚えながらもほっとして溜息をつく。とその時、セイルはジャケットに袖を通しているスキウレの表情が妙に憂いを帯びているような気がした。

「…………」

「……ああ、そう言えばよ、お前らこんな話を知ってるか?」

 不意に話題を振ってきたケイローンに全員が向き直る。セイルも急な状況変化に思考を止められてしまった。

「コーテックス襲撃からこっち、レイヴン連中の間で妙な噂が広まってんだよ。なんでも、最近サイレントライン付近のエリアを作戦領域にしたミッションに出撃すると…………出るらしいぜ」

「…………何が?」

「幽霊だよ、ユ・ウ・レ・イ」

「…………はぁ?」

 セイルは半ば呆れながらケイローンに聞き返した。他の二人も同じ考えのようで、アメリアは半ば話を聞き流し、スキウレに至っては興味を失ってしまったらしくソファにもたれ掛かってしまっている。

「オイオイ何だよ、こりゃマジな話だぜ? ホントに。俺の昔の仲間で、今は傭兵やってるMT乗りから聞いたんだがよ……」

「…………」

 セイルも早々に話を聞くのをやめ、さっきのスキウレの表情について考え始めた。

 今思い返せば、スキウレはしょっちゅう顔を曇らせていたような気がする。何故それに今まで気付かなかったのかというと、それはスキウレがいつもニコニコと顔をほころばせているからだ。スキウレのことを想像すると、とりあえず笑っている顔が浮かんでくる。

 町に出た時も、この部屋で会った時も、彼女は四六時中笑っていた。ACに乗っている時でも声だけは楽しそうにしていた気がする。

「そいで、予定通り敵の部隊と戦ってたんだがよ、急にレーダーの端っこに……」

「…………」

 もしかしたらあの顔は、もろもろの憂いを隠す為の仮面だったのかもしれない。世界を統治する企業のトップを父に持つ彼女の心労など、一介のレイヴンである自分には想像もつかないだろう。

 しかし、それでも今の今まで気付けなかったのには疑問が残る。今さっきのセクハラ紛いな行動はともかく、今まで見てきた彼女の笑顔が全て演技だったとはとても思えない。一度くらいは違和感に気付いてもおかしくない筈だが…………

「ケイローン!」

「!」

「っ……」

 不意にスキウレが大きな声をあげ、セイルはまたも思考を中断される。見るとスキウレがソファから立ち上がり、激しい目つきでケイローンを睨みつけていた。

「……今の話……もう一度聞かせてくれる?」

「い、今の?……その、戦闘に乱入してきたACが、既に死亡した筈のレイヴンの機体で、戦法からちょっとしたクセまで、あらゆる所がそのレイヴンとそっくりだったって話か?」

「…………っ」

 スキウレは一瞬表情を強張らせると荷物を拾い上げ、足早に控え室を出て行ってしまった。残されたセイルとケイローンはポカンとした表情でスキウレが出て行った扉を見つめている。ただ一人、少し前から状況を静観していたアメリアだけが冷静だった。

「ケイローン……その話は、最近の事か?」

「…………噂が広がりだしたのは最近だ。今の話もほんの数日前のだしな。だが……噂自体は、もう数年近く前からある。そのころは忘れた頃に聞こえてくるくらいのモンだったが、最近はしょっちゅうだ。けっこう信憑性が高い話もあるし、実際に調べてる奴も居る。そう、俺も…………セイル、アヴァロンの大停電があった日のこと、覚えてるか?」

「……!……あれが、そうだって言うのか?」

 セイルは、アヴァロンの大停電があった日に交戦した謎のACのことを思い出していた。まるで錆び付いたスクラップのようなボディを持つ四脚AC、ケイローンはあの時も、あのACは行方不明になったレイヴンの機体だと言っていた。

「通称『ゴースト』、死んだレイヴンの怨念だなんて言われてやがるな」

「…………そうか」

 アメリアはそう答えると、立ち上がって荷物を纏め始めた。ようやく我に返ったセイルも、脱ぎ捨ててあったパイロットスーツを拾い上げる。二人は一緒に控え室を出ると、建物の出口に向かって歩き始めた。

「アメリア、何か知ってるのか? その……ゴーストについて」

「いや、詳しい事は何も。でも気にならないか? 噂が広まるという事は目撃情報が増えたと言う事。そして噂が広まりだしたのはコーテックス襲撃事件以来。幽霊かどうかはともかく、本当に多くのレイヴンが死亡してからそのゴーストが増え始めるなんて」

「……確かに……」

 先日のコーテックス本社襲撃事件の折に、敵対組織からの干渉によってコーテックスから離反したレイヴン達は、コーテックスから契約違反者とみなされ、その多くが事件中に抹殺されている。

 同時にコーテックス側のレイヴン達も多くが死亡、又は戦闘不能に陥っており、結果的にレイヴンの絶対数は激減してしまっていた。未だに敵組織からの犯行声明らしきものもなく、コーテックスも対応に窮している状態だった。

「俺の追ってる組織に、関係があると思うか?」

「おそらくね。実は、コーテックスでも一部の人間しか知らない事らしいけど………………あの時に撃破されて放棄されたACは、両軍共にその殆どが回収される前に消失していたらしいわ」

「……どういう事だ?」

「…………」

 アメリアは僅かに眼を細めて口元を引き締める。おそらくPLUS特有の鋭敏な感覚で周囲の気配を探っているのだろう。やがて安全が確認出来たのか、彼女は小声で話し始める。

「コーテックスの回収部隊が動き出す前に、何者かが回収してしまったという事よ。漁夫の利を狙ったジャンク屋の仕業とも考えられるけど、あれほどの混戦状態で自由に動けるような者がそれほど多いとは思えない。それに……」

 アメリアはセイルに目配せをすると一旦言葉を切り、沈黙したまま歩き続ける。暫くすると、曲がり角から歩いてきたコーテックスの職員とすれ違った。職員がどこかの部屋に入ったのを確認すると、再び話し始める。

「死亡したレイヴンの殆どが、機体から脱出できずに死亡しているらしいの。DランクやEランクの下位レイヴンはともかく、Aランクの実力者が脱出すら出来なかったというのはおかしいでしょう?」

「…………」

 確かにその通りだ。多くのレイヴンが死亡したのはセイルも知っていたが、それは脱出後に帰還し切れなかったものだと考えていた。

 あの時の出撃はコーテックスからの強制であり、セイルを除けばレイヴン達本人がそれほどミッションの成功に固執する意味は無かったはずなのである。

 例えあの事件でコーテックスが消滅していたとしても、戦力として重宝するレイヴンは生き残ることが出来る。自分達を管理する物が変わるだけで、それほど大きな損害は無い筈なのだ。危なくなったのなら早めに撤退するなり脱出するなりして、保身に走ってもいいはずなのである。

 それなのに、殆どのレイヴンが脱出もせずに死亡している。戦闘を継続する理由がそれほど強くないにも関わらずレイヴン達は脱出しなかった。その訳は………………

「……レイヴン達は脱出しなかったのではなく、脱出できなかったって事か? つまり、敵は意図的にコクピットを……ACよりむしろレイヴンへの攻撃を優先したと?」

「…………」

 アメリアは肯定の沈黙を返し、セイルは再びセイルは思考に入る。兵器同士の戦闘においてコクピットを狙うのは常道だが、ACのそれは他の兵器に比べて比較的コクピットの装甲が厚い。

 純粋に勝利したいだけなら、メインコンピューターのある頭部か、行動力そのものを奪える脚部を狙えばよい。それをして敵はコクピットを狙って攻撃していたのだ。

「それなら敵の狙いは…………」

 二人はアリーナ施設の外に出ると、人通りの多いメインストリートに向かって移動した。外は未だに激しい雨が降り続いていたが、未だに人通りは多い。これだけ騒がしくて移動の激しい所ならば、盗み聞きされる心配も無いだろう。

「コーテックス本社への攻撃ではなく、味方に付かなかったレイヴンの数を減らす為?」

「…………そう、少なくともわたしはそう考えてる」

「でもおかしくないか? あの戦闘で出た被害は双方共に大きかったんだぞ。敵のレイヴンを減らした所で、せっかく寝返ったレイヴンまで失ってしまったら意味が無いじゃないか」

 二人は僅かに距離を置いた状態で、顔を向き合わせずに話し続ける。別に何処へ向かおうという目的も無いが、下手に腰をすえればそれこそどこから情報が漏れるか分からない。

「だが、これで説明がつくこともある。敵がどれほどの被害を受けても撤退しなかったのは、目的がコーテックス本社だからではなく、コーテックスに所属するレイヴンだったからだ。あれほどの大部隊でも、そこらじゅうに散らばっているコーテックスの戦力が終結すれば容易く一蹴できる。それをして敵があそこまで執拗に攻撃を続けたのは、少しでも敵対するレイヴンを減らしておきたかったからだろう」

「成程、そう言われればそうか…………それで、今更だけどそれがゴーストと何の関係が…………!?

「…………チッ、失策だったわね。これ程の人ごみの中では……」

 二人はメインストリートを逸れ、路地裏へと入っていった。そしてもう一度角を曲がった所で立ち止まり、振り返る。

 瞬間、その角を曲がってきた男の喉下に、セイルは畳んだ傘の先端を突き出していた。喉笛を潰されて前屈みになった男の額に、セイルのデリンジャーが突きつけられる。

 至近距離から放たれた弾丸は容易く男の頭蓋を貫通し、路地裏の壁に弾痕を穿った。銃声は雨音にかき消され、少し離れたメインストリートからは何の変化も無い雑踏が聞こえてくる。

「盗み聞きはされ辛いけど、逆に誰が見張ってるともわからない、か……でも残念だけど……」

 いつの間にかセイルの背後から忍び寄っていた男が、別の通路に潜んでいたアメリアに腕を掴まれる。男は即座に袖口から取り出したナイフで応戦しようとするが、ナイフが掌に収まろうとした時には、男の腕は鈍い音をたてて跳ね上げられていた。

 男はくぐもった声をあげ、地面を蹴って強引にアメリアから距離を取る。男は振り子のように力無く垂れ下がった腕を庇い、セイルを突き飛ばして逃げようとするが、それより早くアメリアの足が男の足を掬っていた。バランスを崩した男は頭から地面に激突し、動かなくなる。

「感覚の鋭いわたしと、違和感に気付きやすいセイルを相手にしたのが間違いだったわね」

 二人は傘を差しなおすと、男二人の死体を調べ始める。所在を突き止められるような持ち物は無く、コートの中にいくつかの武器やツールがあっただけだった。二人は適当に自分達の痕跡を消すと、路地裏を後にする。

「だめだったな。まぁ、そもそもろくに情報も持って無さそうだったから殺したんだけど。そもそもあの組織関連の奴らだったのかな?」

「多分そうだろう。本当に君かわたし本人を狙ったヒットマンなら、こんな貧相な装備じゃない。単純に君から情報を集める為に雇われたのだろう。それほどたいした実力でもなかったしね。でも、君もなかなか危なくなってきたな。ここまで大きく動いているとは……今後はもっと慎重に行動した方が良い」

「そうする。ありがとな、流石に二人相手にするのは辛かった。ところでさ……」

 セイルが不意に話題を変える。暗にこの話を終わりにしようと言っているのに気づき、アメリアは僅かに緊張していた顔をほころばせた。

「その、君っていうの止めてくれないかな。なんだか随分年上の人と話してるように感じる。……いや、別にアメリアが年食ってるって意味じゃないんだけど……」

「…………ふっ」

 アメリアは僅かに眉尻を下げると、困ったような声で言った。

「そうは言ってもね、わたしはPLUSだから外見的な老化が起こっていないだけで、実年齢はもう30を超えてしまってるのよ。君はまだ20を過ぎた辺りでしょう? 残念ながら、君とは一回り近く年が違うのよ」

「…………ええっ!」

 セイルは思わず大きな声を上げてしまった。やはり雨音にかき消されて周りには聞こえなかったようだが、思わずオーバーリアクションになってしまった事に、セイルは恥ずかしくなった。

 考えてみれば、いくらアメリアが若くしてレイヴンになったといっても、それはSL事件以前の事だ。自分とは軽く10年以上も差が開いていることになる。

「まったく……君の目的には全力で協力するし、プライベートでも友人で居たいとは思っているけれど……いつまでもこんなオバサンに構っているのはどうかと思うわよ」

「…………はぁ………………」

 セイルの溜息は雨に煙るクロノスシティの夜に溶け、霞となって消えて行った。

 

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