このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

予定された水害〜上を向こうが涙は落ちる〜

 

 

 巻き起こる爆発が辺りを照らし上げ、無数の曳光弾がいくつもの残像を描いて消えていく。主要な複合都市や幹線道路から大きく離れ、まともな照明の一切無い辺境の丘陵地帯。限りなく漆黒に近い闇の中を戦闘の光だけが支配していた。

『定刻まで残り三分。姐さん、もうちょいだよ』

「OK、この分なら楽勝ね」

 オペレーターの報告に軽く返答しつつ、スキウレはコントロールグリップを操作する。ディスプレイは一面の闇に染まっており、自機のライトによって開けられた丸い穴だけに色が着いていた。スキウレはその穴の中に敵の姿を捉える度、的確にマシンガンを撃ち込んでは撃破していく。

 

<ミッション:不法占拠集団排除>

 reward:20000C  missioncordWalk to Canossa

criant:グローバルコーテックス

 

[ホワイトランド地方の旧城砦跡を占拠している不審集団の排除を依頼する。この城砦は旧世代文明によって建造された物であり、既に形骸のみを残す物となっているが、ここ最近この城砦を不法に占拠している集団がいることが判明した。規模からして、先日の本社襲撃事件を起こしたテロリスト達である可能性が高い。城砦を襲撃し、奴らを排除する事を依頼する。なお、我々は本社襲撃事件以来奴らについての情報を捜査している為、敵兵士の拿捕、又は何らかの情報を入手した場合は、それに応じて追加報酬を払わせてもらう]

 

 一年を通して深い雪に覆われたホワイトランド地方、その北西部のにある城砦跡に対してスキウレは攻撃を仕掛けていた。

 敵の戦力はカイノスを前面に押し出し、ブーバロスが後方支援についている。さらに城砦には長距離砲も備え付けられており、時折大型のグレネード弾が飛来してきた。広範囲に拡散する制圧火力は装甲の薄いフェアリーテイルにとっては鬼門だったが、この暗闇での目視射撃は難しいらしく、それ程精度は高くない。

『残り二分……っ! 周囲に新たな熱源反応、MT六機を確認! 機種は判別不能……ンの野郎、伏兵を隠してやがった! 姐さん!』

 オペレーターの女性が激しい口調でそう告げる。しかしスキウレは危機的状況を笑い飛ばしてこう言った。

「落ち着いてミリー、山の稜線から考えて直接の射線は通らないわ。でも現れてから動いていないところを見ると、機動力の低い重砲撃型。この条件から考えられる敵の攻撃手段は……」

 スキウレは集まってきていたカイノスを振り払い、フェアリーテールを城砦に向かって一気に加速させた。後方からの追撃を蛇行してかわしながら暫く進んだ頃、フェアリーテールのレーダーに全方位から急激に接近する光点が映った。

「ナースホルンの垂直発射ミサイルによる全方位多重攻撃!」

 フェアリーテールはカヌーのような下半身を一気に左へと方向転換させ、ほぼ直角に進路を変える。後を追ってきたカイノスたちはその動きに反応しきれずに直進し、同じくフェアリーテールを追いきれなかったミサイルによって灰燼と化した。

『すげぇ、あんな動きが出来るなんて……』

「まだまだこれからよ…………各機体レーダーリンク完了、相互位置補完確認、敵弾再発射まで残り4……3……」

 スキウレはコンソールを目にも留まらぬ速さで弾き、複雑な行動パターンを瞬時に構築する。そして戦術画面の時計を確認しながらトリガーに指をかけ、自分のカウントがゼロになると同時にトリガーを引いた。

「発射!」

 瞬間、フェアリーテールを中心とした同心円上の六箇所から同時に爆発が起こった。しかしフェアリーテールは攻撃どころか、一歩たりとも動いた様子は無い。

!! 敵ナースホルン、全滅を確認……姐さん、今何を……』

「人が眠っている間に仕事をしてくれるのは、誰だか知っている?」

『……あ!』

 ミリーと呼ばれたオペレーターが声をあげるのと同時にフェアリーテールに向かって六方向から小さなカプセルが飛来し、両背部のユニットに次々と吸い込まれていった。

 フェアリーテールの切り札であり、スキウレの十八番オハコ、遠隔操作型のオービットである。FCSによるロックオンを介さず、レーダーによる位置把握によってオービットを射出し、敵のミサイル発射に合わせて攻撃、誘爆させたのだ。

「私の妖精フェアリー達なら、この暗闇に乗じて奇襲も出来る……ところでミリー、定時まではあとどの位?」

『えっと……もうすぐです。3……2…………定刻、突入時刻です!』

 彼女がそう告げるのと同時に、城砦の方から轟音が響き渡った。何事かと一瞬動きを止めたカイノスたちを新たに展開したオービットで撃ちぬき、スキウレは城砦へと接近する。敵の防御網は一気に緩み、長距離砲の攻撃もいつの間にか途絶えていた。

「時間通り、相変わらずたいした威力ね……」

 

………………同時刻、ホワイトランド城砦、横手門

「突入成功! レナ、目標は?」

『確認しました。敵長距離砲、城壁最上部です。全四機の機動を確認、破壊してください』

「了解」

 ジャスティスロードはHOBを起動し、城壁の上まで一気に飛び上がると、目の前にあった長距離砲にBISのブレードを叩き込む。破壊された砲身を踏みつけて着地すると、離れたところにある長距離砲へとリニアライフルを放った。

 残り三機の長距離砲が沈黙し、城砦正面への砲撃が止む。接近してくるフェアリーテールを確認しつつ、セイルは残りのMTに狙いをつけた。突然の奇襲に混乱しているのか、城砦直衛のブーバロスたちは全く連携が取れていない。装甲の薄い背面部をリニアライフルで撃ち抜き、フェアリーテールの侵攻を援護する。

 数分後、フェアリーテールはジャスティスロードと共に城壁の上に立っていた。

「陽動ご苦労、おかげで楽だった」

「セイルこそ、戦闘モード切った状態で隠密行動は心細かったんじゃないの?」

 二人は軽口をたたき合いながら、しかし城砦からは目を離さない。フェアリーテールが派手な動きで敵を釘付けにしているうちに、戦闘モードを切る事で探知が難しくなったジャスティスロードが城砦に接近し、一気に突破口を開くという作戦だった。

 そして首尾よく城壁の内側へと入り込めたものの、敵は城砦内部に引きこもったまま一切動かなくなってしまったのだった。ジャスティスロードとフェアリーテールはどちらも装甲の薄い高機動型ACであり、安易に城砦内部に踏み込むのは気が引けた。

「……グローバルコーテックスだ、武装を解除して投降しろ!」

 セイルがスピーカーで投降を呼びかけるが、敵は何の反応も見せない、スキウレは定期的に威嚇射撃を続けていたが、こちらも大した効果はなさそうだった。

「……レナ、まさか地下にトンネルとか無いよな? とっくに逃げられてた、なんてオチは痛すぎるぞ」

『少なくともMTが移動できるサイズの物は無いわ。あ、でも人間用のまでは掴みきれないし……ミリア、城砦内部のデータってある?』

『ンなモンねーよ……でもトンネルは流石に無いだろ。この城山の上だし、あたしらの監視から逃れるほど遠くに出るには相当深いトンネル掘らないと……』

 レナが別のオペレーターと相談しているのが聞こえる。面識は無いが、おそらくスキウレの担当だろう。男勝りを通り越して乱暴な口調が印象的だった。

『……だそうよ。いっそのこと城砦ごと破壊しちゃったら? 許可は出てるわよ』

「ん〜、出来れば拿捕したいんだけど……?……レナ、城砦の上部に何かあるけど、あれは?」

 セイルはジャスティスロードのカメラをズームさせ、城砦の屋上部分を映し出した。暗視モードのせいでよく分からないが、上に向いたハッチのような物が見える。何故か太陽のようなマークがペイントがされていた。

『あれは……何だろう、あそこだけ城砦と作りが違うわ』

『ちょい待ってレナっち、これ……サイズからしてMT用の通路じゃね? 多分あの下は大きな空間があって、ガレージ代わりに使ってるんだ』

「成程……スキウレ、ゲート見張っといてくれるか?」

「OK、分かったわ」

 二機は同時に城壁から離れ、城砦へと接近した。フェアリーテールは地上に降り、城砦正面の扉の前に移動する。ジャスティスロードは空中を移動して屋上に降り立つと、ハッチの前へと移動した。

 ハッチは急ごしらえの物で、元々空いていた穴を塞ぐのに使ったのだろう。セイルはフェアリーテールに向けて合図を送ると、リニアライフルでハッチを破壊した。さらに内部をライトで照らしあげ、外部スピーカーを起動する。

「もう一度言う、武装解除して投降しろ。五分以内に投降を確認できなかった場合は内部に突入……っな!」

 その時、不意に敵戦力メーターが跳ね上がり、コクピット内にアラートが鳴り響いた。セイルはとっさにジャスティスロードを後退させるが、城砦内部から放たれたレーザーをコアに直撃させてしまう。ジャスティスロードはそのまま地面へと降下すると、フェアリーテールの隣に着地した。

「セイル!?

「損傷軽微、大丈夫だ。でも……」

 セイルはジャスティスロードの被弾状況を確認する。融解は第二次装甲板まででたいした損害ではないが、カイノスの貧弱なレーザーライフルで付けられる傷ではない。頭部を傾けて上を仰ぎ見ると、破壊されたハッチから一体のACが現れた。

「……!」

「っ!!

 再び放たれる二本のレーザーを、二機は左右に分かれて躱す。その寸前、スキウレが息を飲む音がやけに大きく聞こえた。

「レナ、コイツは……」

『っ!……確認するわ。ちょっと待って』

『おいレナっち、何だよこれ……ACなのか?』

「…………」

 敵ACがゆっくりと地面に降下する。セイルは急に始まった頭痛と耳鳴りに耐えながらその機体を凝視した。

 丸い球形の武器腕と、四方に張り出したプレートを持つフロート脚。今にも崩れそうなボロボロのボディをセメントの様な物で補修し、他のACとは明らかに違う圧倒的な違和感を醸し出している。

 本社襲撃事件のあった日、自分がジャスティスロードと出会う寸前に遭遇した、あのACだった。

「——————」

 敵ACの外部スピーカーから風が唸るような音が聞こえてきた。セイルは自分の視界に黒い淀みが流れ込んでくるのを感じ、目を細める。

 間違いない。この異様さに加えて、セイルの五感を容赦なく侵食してくるこの気配。それはこの機体がかつて戦ったAC、『スネイクチャーマー』と同じくゴーストの亜種であり、スキウレの知人らしいレイヴンが使っていた機体だという事を示していた。セイルは無線を起動し、フェアリーテールに通信を入れる。

「……スキウレ、大丈夫か?」

『…………ええ、大丈夫よ……どうする?』

「拿捕しよう。それで全部はっきりする……例の、この機体の搭乗者だったレイヴンの戦法は?」

『……私と同じ、攻撃をオービットに任せた高機動戦よ。ただし……』

「っ!」

 背後から感じた気配に、セイルはジャスティスロードをTOBでステップさせる。同時にフェアリーテールも機体を横滑りさせ、二機を同じ射線で狙っていたオービットのレーザーを避ける。敵ACは周囲に計四機のオービットを展開させ、攻撃態勢を取っていた。

『オービットへの依存傾向とその技術は、私より遥かに高いわ』

「……分かった。レナ、そっちは?」

『今確認取れた。元レイヴン、プロミネンスの『ウォーターハザード』よ。SL事件の直前に行方不明で登録抹消されてるわ』

 レナから敵ACのデータが送られてくる。当時のランクはC-07、当時のレイヴンが現在より少なかった事を考えると、比較的高位のランカーだったようだ。

「俺が相手をする。スキウレは後方から援護してくれ……行くぞ」

『……了解』

 ジャスティスロードはリニアライフルを放ち、敵AC———ウォーターハザード・ゴーストへと接近する。

 対してウォーターハザード・ゴーストは消耗したオービットを収納し、新たに三機のオービットを自機の周りに浮遊させてレーザーを発射した。同時にエクステンションからミサイルが放たれ、ジャスティスロードへと向かっていく。

「——————」

「甘い!」

 セイルは機体をロールさせつつステップし、ミサイルを弾きながらレーザーを回避した。反撃とばかりにリニアライフルを放つと、ウォーターハザード・ゴーストは機体を浮遊させて後方へと下がって行く。

(速いな……速度はフェアリーテール以上、持続力だけならジャスティスロードすら越えてるか……)

 フロートタイプのACは脚部に専用のブースターを内蔵しており、かなりの高出力を長時間維持する事ができる。

 さらにその独特な推進機構とサブブースターにより、旋回や切り返しも想像以上に速い。操縦系統の複雑さにさえ目をつぶれば、あらゆるACの追随を許さないその機動力は非常に大きなアドバンテージとなる。

 ウォーターハザード・ゴーストはさらにコアのEOを展開し、攻撃の手を強めてきた。しかしセイルはそれを物ともせず、ジャスティスロードを突進させる。

 オービットのレーザーは威力こそ低い物の連射が利き、さらにスキウレと同様に複数本のレーザーを一点に集中させる事で焦点を作り、攻撃力を跳ね上げている。直撃すればジャスティスロードの装甲では大ダメージは免れない。

 だがその瞬間、ウォーターハザード・ゴーストのオービットは一斉に爆発し、地に落ちていた。ジャスティスロードをロックして動きを止めた一瞬の隙を、フェアリーテールのオービットが撃ち抜いたのだ。

「プロミネンス、私よ。攻撃を止めて!」

 スキウレが外部スピーカーで呼びかけるが、ウォーターハザード・ゴーストは気にも留めない様子で新たなオービットを展開し、フェアリーテールへと向かわせた。

「止めて! 私よ、シルヴィなの! 分からないの!?

「——————」

 スキウレはマシンガンの弾幕でオービットを牽制し、自機のオービットでウォーターハザード・ゴーストの動きを止めようとする。

 しかしウォーターハザード・ゴーストはそのオービットを速度だけで振り切り、フェアリーテールの横に回りこむとEOのレーザーを発射した。フェアリーテールはそれを躱し損ね、左腕部のブレードを破壊される。

「……っ」

 スキウレは即座にブレードをパージし、後退する。しかしその間にウォーターハザード・ゴーストは再度オービットを交替させ、フェアリーテールに狙いをつけた。

「させるかっ!」

 その背後に向けて、ジャスティスロードはブレード光波を放っていた。急激な加速でそれを回避し、回頭するウォーターハザード・ゴースト。しかし距離を取ろうと移動した先は、城壁に囲まれた角になっていた。

「かかったな。フロートの機動力もこの狭い空間では仇になる。スキウレ、上への逃げ道を塞いでくれ。俺が動きを止める」

『分かったわ……セイル、あの……』

「コクピットは狙わない。フロートなら脚部を破壊すれば動けなくなる筈だ」

『…………』

 微かに聞こえたスキウレの「ありがとう」を合図に、セイルはジャスティスロードを突進させる。城壁の角に追い詰められ、上空への逃げ道はスキウレのオービットが塞いでいる。そしてジャスティスロードの瞬発力ならば、左右どちらへ逃げようと即座に対応できるだろう。

 セイルはジャスティスロードの左腕部を振りかぶり、アストライアをリロードする。そしてウォーターハザード・ゴーストの脚部へと腕を突き出し…………瞬間、ジャスティスロードは脚底部を接地させて急ブレーキをかけていた。

『セイル!?

 急激なGに顔をしかめつつ、セイルは寸前で感じた違和感に上を向く。夜空には満天の星…………環境整備の行われていない辺境で、見れる筈の無い光景が広がっていた。

「っ!! 馬鹿な……」

『そんな……こんな数を……』

 それは城砦上空を埋め尽くす無数のオービットだった。視認出来るだけでも約三十、全天なら五十を越えるだろう。同時に、セイルの脳裏にさっきまでの戦闘がフラッシュバックした。スキウレより遥かにオービットコントロールが上手い筈のあの機体が、常に片手の指で数えられる程度のオービットしか展開していなかった事が思い出される。

「———」

 スキウレの展開していたオービットをEOで破壊し、ウォーターハザード・ゴーストが上方へと離脱していく。同時に城砦内に残った二機のACに向けて、無数の流星が降り注いだ。

「くっ!!

『っ……あああっ!!

 特定の目標を追わず、固定された方向への単純な攻撃。しかしこれ程の数が同時にそれを行えば、装甲の薄い二機には致命的な攻撃となる。

 物凄い速度で減少していくAPと、それと反比例するように増えていくアラートを視界から消し去り、セイルはジャスティスロードをダッシュさせた。

 それに続くようにしてフェアリーテールも動き出し、二機は全身をレーザーの雨に穿たれながらも城壁を飛び越えて外へと離脱する。オービットは二機を追おうとはせずに暫くの間攻撃を続けていたが、やがて全てが力尽きて落下した。

「……スキウレ、無事か?」

『……っ……うっ! あっ…………ぐっ……』

「…………分かった」

 セイルは一旦通信を切ると、別の周波数でレナに通信を入れる。レナも心なしか沈んだ声で作戦の失敗を告げ、リカバリーポイントを指定した。結局テロリストたちはさっきの攻撃の隙に地下から逃げたらしい。捕捉は続けていたが、この状態で追撃は難しいだろう。

『目標地点まで少し距離があるけど…………大丈夫?』

「こっちはなんとか。スキウレの方もギリギリ動けると思う…………落ち着くまで暫くかかりそうだけどな……」

『……そう…………』

 

………………同時刻、同所、フェアリーテールコクピット内

「………………っ……」

 スキウレはヘルメットを脱ぎ捨て、縮めた体を抱くようにしてシートに座っていた。足元には使用済みの『ロッカー』が幾つも散乱している。

 喉から搾り出すような嗚咽を耐え、彼女は僅かに顔を上げた。ディスプレイの半分以上を埋め尽くすサンドノイズに、一人の青年の貌が浮かんで消える。彼女は再び顔を伏せ、縋るようにその名を呟いた。

「プロミ……兄さん…………」

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