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進蝕〜我々は、大勢であるが故に〜

 

 

地平線を覆いつくす陽炎の壁の向こうから、アメリアたち偵察部隊のACが撤退してくる。そしてそれらを追う様にして、数え切れないほどの戦闘兵器の群れが押し寄せて来ていた。

ディソーダー。火星で確認される正体不明の無人兵器群。地球には居ないと思われていたその蹂躙の使徒たちに、前線のレイヴン達は僅かながら動揺を見せていた。何人かのベテラン達は即座に前進し始めたものの、何機かのACはその場に留まったまま動こうとしない。

『敵部隊が作戦エリアに侵入、迎撃を開始してください』

『みなさん、戦闘開始です。よろしくお願いしますです』

『さぁて敵さんのお出ましだ。そんじゃ、後はよろしく』

 そんな中一斉に響いたオペレーター達の声に、我に返ったように残りのAC達も各々行動を開始する。セイル達ヒーメル・レーヒェのメンバーたちも、それに習って前進を開始した。途中アメリアと合流し、移動しながらの作戦会議を始める。

「お疲れ、どうだった?」

「数だけなら前回以上、でも個々の戦闘力はそれほど高くないように思えたわ。下手を打たなければ無駄なダメージは受けないと思う。詳しい情報は今送るわ」

 アメリアからメールが届き、敵機体の外見と呼称、性能などが表示される。ディソーダーは数だけでなく、種類も戦闘に応じて多岐にわたるようだった。多くはMTやガードメカ程度の大きさだが、中にはACに匹敵する大型の個体も確認されている。

「しかし、ディソーダーとはな……昔火星で見たことがあるが、戦うのは初めてだ。そりゃそうと、生体センサーを装備してるやつは何人居る? 奴ら、どういう訳か通常のFCSやレーダーには反応してくれんぞ」

 ディソーダーは明らかに金属のボディを持つ兵器であるのだが、生体センサーを使わなければ電子的に認識できないという奇妙な特徴があった。

 おそらく一種のステルス性を備えているのだと考えられているが、詳細は不明である。セイルはコンソールを操作してジャスティスロードのマニュアルを表示し、頭部パーツの性能を確認した。レーダーだけでなく、ちゃんとFCSにも生体センサーが装備されている。

 設計者であるクライシスの気質が現れているようだった。

「俺は大丈夫だ。生体センサーは装備されてる」

「私も大丈夫よ。問題ないわ」

「わたしもだ。レーダーには装備されていないけど、位置情報だけなら感覚で判る」

「って事は、持ってねぇのは俺だけか……まぁ、あの数なら撃ちゃ当たるだろ」

 ケイローンはそう言うと、しきりに頭部パーツを左右に動かし始めた。おそらくスナイピングポイントを探しているのだろうが、この平坦な地形ではなかなか見つからないらしい。無線越しに不機嫌そうな息遣いが聞こえてくる。

「ところでスキウレ、具体的にどう連携するんだ? この状況じゃ長期戦になる。みんなの戦闘可能時間も考えないと」

「そうね……最終防衛ライン近くには補給部隊が配置されたらしいけど、此処からじゃ戻ってくるまでに時間がかかるし……戦闘可能時間は、搭載弾数から言えばセイルが最短。でもブレードがあるから戦闘自体は可能か……逆にブレードを持ってないケイローンやアメリさんは、弾薬の枯渇が即戦闘不能に繋がってしまう。各機の装甲も考慮すると……」

 スキウレはしばらくぶつぶつと思考していたが、やがて考えが纏まったのか独り言をやめてキーボードを弾き始めた。程なくフェアリーテール以外の三機にメールが届き、戦術画面にウインドウが表示される。複数のACを相互リンクさせて情報を共有するシステムだった。

「まず、私たちヒーメル・レーヒェの戦略的目的は、敵部隊の侵攻を少しでも遅くする事。それには敵の頭を押さえるのがもっとも効果的だわ」

 画面に敵部隊を示す大きな矢印と、自分達を示す小さな矢印が四機分表示される。小さな四つの矢印は大きな矢印の先端に食い込み、その侵攻を押し留めた。

「ただし、効果的である分リスクも最も高い選択だわ。そこで、各機がそれぞれ綿密に連携を取り合う事で、個々の負担を最小限に押さえ込むの。具体的には……」

 四つの矢印にそれぞれメンバーの機体名が表示され、さらに大きな矢印との衝突地点が拡大される。四つの矢印はそれぞれ大きな矢印に対して違った距離をとり、射線を示す細い矢印を展開した。

「セイルは最前線に出て敵を撹乱、敵の組織的な行動を阻害する。それからC級の小型ディソーダーを優先的に狙って、とにかく数を減らす事を考えて頂戴」

 ジャスティスロードを示す矢印が大きな矢印の中でせわしなく動き回り、周囲の赤い色を白く塗りつぶしていく。

 ちなみにディソーダーはその戦闘力によって格付けが成されているらしく、セイルが目標とするのは最も小型な種類だった。ACの膝くらいの高さしかなく、個々の戦闘力は量産型MTにも劣るらしい。

「それで、セイルが通り抜けて出来た空間に、私とアメリさんが入り込んで攻撃していく。私たちが狙うディソーダーはB級以上。数はともかく、戦闘力は油断できないレベルらしいから、油断せずに一体一体倒してもらえるかしら?」

「わかったわ。でも、敵の数を考えると、あまり長い時間はかけられないんじゃない? セイルが露払いしてくれるにしても、すぐに敵が押し寄せてくるわよ」

「その辺はケイローンに任せるわ。ケイローンはいつも通り、後方からの援護射撃をお願い。特に、セイルが切り開いた空間に敵が再集結し始めたときは優先的に私たちの背後を注意して頂戴ね……こんな感じかしら」

 ジャスティスロードが塗りつぶした空間の中にグラッジとフェアリーテールが入り込み、周囲の赤い空間を攻撃していく。攻撃された地点は白く変わっていくが、押し寄せる赤色に空間自体は少しずつ狭まってきていた。

 すると後方に位置取ったサジタリウス改が長距離攻撃を放ち、赤色の進行を遅らせる。その隙に二機はジャスティスロードが開けた新たな空間へと進んでいた。

「それから、装甲や弾薬が心もとなくなったらすぐに連絡入れて頂戴。私がみんなの状態を見ながら撤退のタイミングを指示するから。最後にもう一度言うけど、本当にリスクの大きな作戦だから、いざって時には連携より自分の身を優先して。場合によっては撤退の指示を出すかもしれないわ」

 スキウレが凛とした声で指示を出していく。そうしている内にも前線との距離は着実に縮まってきており、やがて前方から砲声や爆発音が聞こえ始めた。

 時折前方から飛んで来る光条———荷電粒子を収束させたラインビーム———を避けつつ、セイルはカメラをズームする。こちらの先頭部隊が敵部隊に攻撃を加えていた。

「そろそろね……セイル、行って頂戴。出来るだけ離れないようにしてね」

「了解、援護頼むぞ。3……2……1……Go!」

 セイルの掛け声と共にHOBが起動し、ジャスティスロードは前線へと突っ込んでいく。

 最前線に居た小型ディソーダーを数体、リニアライフルで撃ち抜くと、BISのブレードを展開して群れの中へと進入した。周囲の小型ディソーダーを適当に切り払いつつ、セイルは群れの中を進んでいく。

 辺りにはACの膝くらいの高さがある亀のようなディソーダーがウヨウヨしていた。多くが薄いグリーンのボディで、時折赤い固体が混じっている。

「このミドリガメは……C級ディソーダー『アーマイゼ』、それに赤いのが『ビーネ』か。たいして強くは無いけど……」

 セイルはジャスティスロードのカメラを操作して機体の左右を確認した。

 周囲のアーマイゼたちはブレードに触れただけでシャーベットのように溶け出していく。ビーネは時折持ちこたえる個体があるが、それでも戦闘不能な程の損害を受けていた。

 そしてブレードの範囲外にいる個体もジャスティスロードのスピードを追いきれず、ラインビームはてんで見当違いの方向に飛んでいく。情報どおり、一体一体の戦闘力はたいした物ではなかった。しかし、

(やっぱり数が多いな。撃破してる実感が全く無い……)

 セイルは視界の隅に表示されているレーダーに目を移す。レーダーは既に一面真っ赤に染まり、所々に友軍のACらしい緑色の光点がちらほらと映っていた。

(みんな戦ってる筈なのに、光点が全く減ってない。小さな隙間くらい出来ても良さそうなのに……)

 局地的な戦闘ではACが優位に立っている筈であるが、レーダーを見る限りでは敵は全くと言っていいほど減っていない。ジャスティスロードの後ろのみが僅かに敵の密度が薄くなり、その隙を突いてフェアリーテールとグラッジが敵の有力な個体を攻撃していく。

 二機はアーマイゼの群れの中に時折混じっている逆間接タイプの茶色いディソーダーを攻撃していた。

(あれは……逆間接型のディソーダー『ソートレル』……B級の……っ!!

 セイルは戦術画面からディスプレイへと視線を戻し、こちらへと向かってきたソートレルへと狙いを定める。データを見ていた隙にラインビームを何発か被弾してしまっていた。

「ちっ…………」

 セイルはジグザグ移動で射線を反らしつつソートレルに接近すると、すれ違いざまにレーザーブレードで切り裂いた。左足を断たれたソートレルはバランスを崩して転倒し、バタバタともがき始める。

 セイルはそれを確認する暇も無く機体を回頭させると、新たに見つけたソートレルへとリニアライフルを放った。

(あのラインビーム、弾速……つまりエネルギーのチャージタイムか。それが随分速い。ただ動いてるだけじゃダメか……)

 ソートレルの大きく張り出した頭部をリニアライフルで撃ち抜きつつ、セイルは思考した。

 ディソーダーはただ数が多いだけだと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。敵の主武装であるラインビームは捕捉から発射までのタイムラグが小さく、イメージ化された光条の速度が異常に速い。

 敵の補足能力や旋回性能にも依るのだろうが、ジャスティスロードのスピードをもってしても単純な直線移動だけでは攻撃を躱しきれなかった。

 さらにもう一つ。先程初めに攻撃してきたソートレルは、初めにセイルが見た時は明後日の方向を向いていたのに、セイルがちょっと目を離した隙に死角に居た筈のジャスティスロードを捕捉していた。

(俺の注意が他に向いている事に気付いていた……もしかして、他の個体と連絡を取り合ってるのか? だとしたらやっぱり侮れるような相……っ!)

 不意に背後から悪寒を感じ、セイルはジャスティスロードをTOBでステップさせた。背後から放たれた四本のラインビームをすんでの所で躱し、機体を回頭させる。背後には別のソートレルが回りこんで……

「っ!?

 不意に脳裏をかすめた違和感に、セイルはトリガーにかけた指を強張らせる。しかしそのソートレルは、セイルがトリガーを引く前に横合いから放たれた弾丸によって仕留められていた。セイルの視界の隅には、空中に浮遊しながらライフルを構えているサジタリウス改の姿が映っている。

「ありがと!」

『おうっ』

 セイルは簡潔に礼を言うと、撃破されたソートレルに接近して残骸を確認した。その脚部には、不自然な位置に繋ぎ目のような節ができている。そう、丁度BISのブレードが展開されていた辺りの高さに。

「これは、ひょっとして……」

 セイルはジャスティスロードを宙に飛び上がらせると、今まで進んできた道を戻りながら眼下の軍勢に目を走らせた。

 砂漠の白砂を覆いつくすアーマイゼの中に、僅かに混じっているビーネ。セイルはそれを一体見つけるたびに、カメラをズームして状態を確認していった。

 するとセイルの予想通り、何体かのビーネにはボディの一部に融解したような痕があった。

「自己修復能力……迂闊だったな。何体か撃ち漏らしたか……」

 セイルは舌打ちするとジャスティスロードを着地させ、ブレードを展開する。さらにコンソールを操作してブレードへのエネルギー供給をアップさせると、再び敵の群れへと飛び込んでいった。

ディソーダーの大きな特徴の一つとして、破損した体を自力で修復できるという物がある。それは、まさに生物が自らの傷を癒すかの如しで、少々のダメージならば瞬く間に回復してしまえるのだった。

セイルは敵の耐久力は低い物だと高を括っていたが、アーマイゼのような脆弱な種はともかく、ビーネやソートレルは並外れた自己修復能力によって短時間での戦線復帰が可能だったのだ。

セイルはレーザーブレードの出力を上げる事でそれに対応しようとするが、それでも一撃で撃破できるのはビーネが限界で、さらに移動に回せるエネルギーが減少した分被弾率が上がる危険があった。出来るだけ機体を低い姿勢でブーストさせつつ、セイルはスキウレに通信を入れる。

「くそっ……スキウレ、そっちは大丈夫か?」

『ええ、なんとか持ってるわ。でも出来たらもう少し数を減らしてくれないかしら?』

「分かった。それとごめん、あいつらの自己修復能力に気付かなくて、何体か撃ち漏らしちまった」

『ああ、それで被弾した敵が……っ……セイル、北側を見て。かなり大型の個体が混じっているわ』

 そう言われたセイルはジャスティスロードのカメラを北へと向ける。そこには他の個体の倍ほどもの大きさがあるアーマイゼがいて、友軍のAC部隊と交戦していた。

「……あれは…………」

『多分、あれがリーダー格だわ。あれを撃破すれば、敵の指揮系統は混乱する筈。その隙に……』

「いや、あれはリーダー格じゃない。ほら……」

 一体の大型アーマイゼが、交戦していたACの攻撃を受けて爆散する。しかし周囲のディソーダーの群れは一切乱れる事無く、混乱した様子もない。

『これは……どういう事? データには何も……』

「あれはリーダーじゃなくて、単純に戦闘力を強化した個体だよ。やつらにとっての『兵器』、有力な戦闘要員って奴だ」

 セイルはそう言うと、近場に居た大型のビーネにアストライアを突き刺した。赤い装甲板がパイ生地のように砕け、いくつもの層になって剥がれ落ちる。このビーネは活動を停止したが、他の個体に大きな変化は無い。

「うん、やっぱり指揮官って訳じゃないみたいだ。どうする? 流石に俺一人で削れる数には限界があると思うけど……」

『そうね……ケイローンに支援の強化を頼んでみるわ。セイルはそのまま敵を減らし続けて頂戴。でも、貴方どうしてそんな事を知ってるの?』

「え?……っと、そう言えば何で知ってるん……うおっ! とと……」

 すぐ近くでグレネード弾が炸裂し、セイルは慌てて降り注ぐ榴弾からコアを防御する。前方に一際大きな黄土色のディソーダーが居た。T字型の太いボディを持ち、T字の横辺両端にある二機の大型ブースターで宙に浮かんでいる。

 そしてそのブースターのすぐ傍にグレネード砲があり、さらにT字の縦辺からはミサイルとマシンガンを放っていた。

「新手……かなり大きいな。スキウレ、見えるか?」

『見えてるわ。A級ディソーダー『リュシオル』ね。有力な敵だけど、今は無視して他に回って頂戴。またアーマイゼが集まり始めてるわ』

「分かってるけど……ダメだ、こんなのに背を向けたら一発でやられ…………っ!!……?」

 再び放たれた砲弾を躱し、距離をとるセイル。しかしその時、セイルの脳裏をまたも違和感が走り抜けた。放たれたグレネードが爆発した瞬間、奇妙な感覚を覚えたのだ。

(何だ?……今の……)

 違和感は一瞬で消え去り、再び正常な感覚が戻ってくる。まるで月が雲に隠れてしまったかのように、セイルは異常を感じ取れなくなってしまった。

 放心と困惑を瞬く間に終わらせ、セイルはリュシオルを攻撃する。しかしライフル弾が命中した瞬間、リュシオルの装甲は爆発を起こしてライフル弾を吹き飛ばしていた。さらに装甲が吹き飛んだ部分も、体の内側からせり上がってきた新たな装甲によって塞がれてしまう。修復能力も他のディソーダーに比べてずば抜けていた。

 しかも攻撃の狙いはかなり正確で、ジャスティスロードの速度にも十分に対応できている。特に広範囲に榴弾をまき散らすグレネードの制圧火力は高機動・軽装甲なジャスティスロードには鬼門だった。おまけに周囲のディソーダー達が醸し出す生体兵器の気配は、濃密な毒霧となって常にセイルの脳を侵し続けている。

「っ……このまま離脱はできないし、撃破しようにもこれじゃ近づけない……スキウレ、援護頼めないか? 出来ればオービットを何機か……」

『無茶言わないで。こっちは小さいのに囲まれて動きが……ケイローンはどう? 射線通らない?』

『ザザッ……あん? ちょっと待て、通るこたぁ通るが……クソッ、駄目だ弾が……』

『セイル!』

 不意にジャスティスロードの背後から飛び出した影が空中に飛び上がり、直下のリュシオルへと向けて両腕部の銃を乱射する。リュシオルの装甲表面で見事にガンクロスした二つの砲弾は、幾層にも重なったリュシオルの装甲を易々と撃ち砕いた。リュシオルがバランスを崩し、ボディが仰向けに傾き始める。

『今っ!』

「よし!」

 空中にホバリングするグラッジの下を潜り抜け、セイルはリュシオルに肉薄する。

 最大出力のTOBで急激に加速したジャスティスロードは、グラッジが開けた装甲の穴にアストライアを撃ち込んだ。超硬度の杭がリュシオルの内部機構を蹂躙し、放たれたエネルギーが背中側へと貫通する。

 ジャスティスロードはリュシオルのボディを蹴って離脱し、一瞬遅れて爆発が巻き起こった。

(っ!?

 それと同時に、再び例の違和感がセイルを襲った。まるで、知っている出来事をもう一度体験したような、デジャ・ヴのような感覚がセイルの脳に残響している。

 しかしセイルはそれに関する思考をいったん保留し、ジャスティスロードを着地させた。先ほどと同じく、違和感はあっという間に消え去ってしまっている。

「…………やったか?」

『そうみたいね。でも、グラッジの火力とジャスティスロードの格闘能力を合わせてやっと倒せる相手なんて……セイル、作戦を変更するわ。私と役割ロールを交換して』

「了解。俺が大きいの狙いで、スキウレが数狙いだな。でもそうすると、俺が皆から離れちゃうことにならないか?」

 セイルはアメリアと一緒に周囲のアーマイゼを掃討し、群れの中に小さな空間を作る。やがてスキウレのフェアリーテールが前に出てきた。

『そうね……今までだって私とアメリさんが連携していないと行動は難しかったし、ジャスティスロードはともかくグラッジは単独での行動は難しいかしら』

『いや、奴らとの戦い方はもう覚えたよ。わたしは大丈夫だ』

『そう……でも無理はしないでね。ああケイローン、そういう訳だから、これからはアメリさんを重点的に……』

『馬鹿ザ郎! こっちはゾれどころザッ……くそっ!』

 戦闘に慣れ始めてきたアメリア達とは対照的に、ケイローンの声には焦りが混じっていた。セイルはジャスティスロードを回頭させてケイローンが居る筈の方向を見る。

 先ほどまで空中からの狙撃を繰り返していた筈のサジタリウス改の姿が、まったく見当たらなかった。

「おい、どうしたケイローン。何が……」

『弾が……弾薬が尽きかけてん……こんな戦いづらい戦ジョウも……ク……!!

 距離が遠いせいか、ケイローンからの無線はノイズがひどい。それでも彼が相当切羽詰まった状態にあることはわかった。スキウレが息をのみ、アメリアは怪訝そうな声を上げる。

『サジタリウスの重装備で弾薬枯渇タマ切れ そんな筈は……』

「多分、腕部武装だけを使ってたせいだ。ケイローンはホバリングしながら射撃してた。この平坦な地形じゃスナイピングポイントを確保できなかったんだ」

 ケイローンのサジタリウス改は、先代のサジタリウス以上に長距離狙撃に秀でている。

 しかし背部武装の大口径砲は接地していなければ使うことはできず、自機の防衛に使うには接近戦での取り回しが悪すぎる。愛用のリニアキャノンもこの戦場では無用の長物だった。

『それにわたし達も、何度も彼の射撃に助けられた。この戦い方では、必然的に彼への負担が大きくなってしまうようね』

『そう言うこった。ゾれに……くそっ、何だこいつら、無駄にデカイのばかり集まりやがって……っあ!』

 無線越しに聞こえる轟音に、セイルはとっさにHOBを起動していた。コア後部から吐き出される膨大な量のプラズマ粒子によって、ジャスティスロードは一気に加速する。

『ちょっとセイル! どこに行くつもり?』

「ケイローンのカバーに回るんだよ。決まってるだろ?」

 一人戦線を離脱していくセイルを追って、あとの二人も機体をダッシュさせる。セイル達が開けた空間も次第に狭まり始め、これ以上留まるのは危なくなってきていた。

『勝手な行動をしないで! 貴方の役割は有力な敵の撃破よ。今貴方が離れたら私たちじゃ抑えきれないわ』

「役目は忘れてないさ。ベテランのレイヴンが苦戦するほど強力な敵が集まってる。それを撃破するだけだよ」

『…………もう、貴方って人は……』

 フェアリーテールが、それに続いてグラッジがブーストダッシュの速度を上げる。無論ジャスティスロードの最高速度には追い付くべくもないが、それは明らかな肯定の意志だった。

『戦線を移動するわ。ルートを示すから道を開いてちょうだい』

 フェアリーテールから送られてきたデータがセイルの視界の隅に映し出される。敵の密度が薄い部分を縫うように移動し、ケイローンの居る所まで向かう道が表示されていた。

『他のACにも注意して。敵を引っ張りながら撤退してる馬鹿が何人か居るわ』

『わたしが殿しんがりになる。早く彼の所へ』

「分かった。ありがとう!」

 セイルはHOBの出力を最大まで引き上げ、さらにジャスティスロードを加速させる。

 音速に限りなく近い、恐怖感すら麻痺していくような超高速。残像にしか見えない景色が次々に後方へすっ飛んで行く中、セイルの目にははるか前方で奮戦するサジタリウス改の姿が映っていた。

 

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