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Punk〜水につけてみろ、場所が分かる〜

 

宇宙空間。黒々とした闇が果てしなく広がり、恒星の放つ光が所々に明るい穴をあけている伽藍の空間。光の届かない所にある物体はその存在を証明出来ず、あらゆる存在は容易に非存在へと切り替わってしまう。

しかし、灯火を持って夜を征服した人間は、そんな宇宙の闇すら照らし初めている。旧世代の昔から行われてきた宇宙開発により、人類はすでに太陽系の半分近くを行動範囲に収めていた。地球の衛星軌道上には多くのスペースコロニーが浮かび、月や火星にも人間が居住可能な環境が整備されている。

すでに宇宙空間は視界を遮る闇ではなく、ただ移動するための空白となりつつあった。

「やれやれ、今回は妙に時間がかかったな」

「ええ……現在、火星を出てから7日と0時間13分。このまま行けば地球到着は2時間後ッスね」

そんな宇宙空間の一角、地球にほど近い空域を、一機の宇宙輸送船が飛んでいた。火星から地球への荷物を運ぶ民間船で、まもなく地球の大気圏へと突入するところだった。

「7日こえちまうとはな……時差ぼけが面倒だぜ」

「ヤマさんはまだ帰りが有るから気にならないでしょ? 俺は地球についたら休暇ッスから、余計面倒ですよ」

「おめぇ、また休暇かよ! ったく最近の若い奴は……」

「会社のほうからしてみれば、適度に休暇をとってくれた方が過労死認定外れてくれて嬉しいらしいッスよ。ヤマさんも、久しぶりに帰ってみたらどうです? おかみさん喜びますよ」

輸送船のコクピットでは、二人のパイロットが雑談に興じながらのんびりと操船している。船は半自動モードで、じきに大気圏に突入しようとしている。

「うるせぇ! かみさんは今地球に旅行中だ。帰るの待ってる間にとんぼ返りだわ」

「なんだ、丁度いいじゃないスか。帰りの便が出るまでに会いに行けば……」

「うるせぇっ、つってんだろ! だいたいお前みたいな…………っ!」

 不意にコクピットを衝撃が襲い、アラートが鳴り響く。それまで無重力に体を任せていた二人はあわてて起き上がり、コントロールパネルに目を通す。その間にも、衝撃は二度三度と襲ってきた。

「何だ? デブリか?」

「いえ、これは……攻撃です! 船の後方、戦闘用MTが3機!」

「くそっ、こんな所で海賊かよ……エンジンは?」

「ダメです! メインは完全に停止、サブももう持ちません。このままじゃ……」

アラートの数はどんどん数を増やして行く。さらに、MTたちは船に取り付いて積荷のコンテナを切り離そうとしている。

「くそっ、ガードを呼んでも間に合わんか……しゃあねぇ、アス、あれやるぞ!」

「ちょ、ヤマさん、今回は人が乗ってんスよ! 後で何言われるか……」

「…………おし、今了承取り付けた。なんだか知らんがおもいっきりやれってよ!」

「ああもう、どうなっても知らないッスよ!」

 二人は船のサブエンジンをめいいっぱい吹かすと、船を大きく回転させる。コクピットのある前部を中心に、コンテナのある後部をハンマー投げの要領で思いっきり振り回した。取り付いていたMTが振り払われ、さらにロックを外されたコンテナは地球へ向かって真っ逆さまに落下して行く

「うおっしゃあ! 行ったか?」

「突入角度良好、速度規定値内。成功ッス! 海賊の奴ら、慌てて離れて行きましたよ……あ〜あ、休暇は取り消しかなぁ」

「ぼやくな、俺らも降りるぞ。コンテナの落下予測地点は?」

 大気との摩擦で真っ赤に燃え上がりながら落下して行くコンテナ。その先にあったのは、言わずと知れた地上最大の複合都市、コーテックスシティだった。

 

………………数時間後、ヒーメル・レーヒェ本部リグ

 リグの中にあるミーティングルームには、セイルを初めとするメンバーたちが一様に集まっていた。やがて、1人欠けていたクライシスが現れ、全員の視線が集中する。

「まず、突然の招集を詫びておく。だが、緊急の事態が起きた。これを見て欲しい」

 クライシスがモニターに一枚の画像を映し出す。地球の衛星軌道上で、1機の宇宙船がMTに襲われていた。

「つい先程、火星発地球行きの民間輸送船が何者かに襲撃された。乗員は辛くも脱出し、無事地球に降下したが、先に切り離した積荷はそこからかなり離れた場所に落下してしまった」

クライシスが次の画像を映し出す。船の乗員は無事コーテックスシティ管轄の宇宙港に降りられたようだが、コンテナはシティを挟んで反対側。先日、ディソーダーとの戦闘があった砂漠の方に落ちてしまったらしい。

「ほぅ……そんで? そのコンテナがどうしたってんだ? どうせじきにガードが動きだすだろうが」

「…………」

 ケイローンが口を挟むが、クライシスは意にも介せず言葉を続けた。心なしか、セイルにはクライシスの顔に焦りが浮かんでいるような気がした。

「……襲撃された船は俺が個人的に手配した船で……コンテナには今後予想しうるディソーダーの襲撃に対抗するための物資と……俺が呼び寄せた協力者が乗っていた……」

 メンバーたちが口々に驚きの声をあげる。そんな中、全員の意を代弁するかのように、セイルが口を開いた。

「つまり……襲撃はナハティガルによる物ってことか?」

「……おそらくその通りだ。同時期に行動していた他の輸送船は一切襲われていない。まるで狙いすましたかのように、この船だけが狙われた」

「待って……それじゃ、ナハティガルは貴方が物資の輸送を計画していることを知っていたって事?」

「………………」

 スキウレの問いかけに対し、クライシスは無言の肯定を返す。それはつまり、ヒーメル・レーヒェからナハティガルへと情報が漏れていることを意味していた。途端に室内のざわめきが大きくなる。まだ発足して間もないヒーメル・レーヒェがナハティガルに捕捉されているなど、いくらなんでも速すぎるのではないだろうか。

「組織の情報管理は、貴女に一任していたわね。エマ・シアーズ」

 アメリアがエマへと懐疑的な視線を向ける。確かに、組織内の実務はその殆どがエマに任せられていた。彼女を疑っているらしいアメリアへとキースが鋭い視線を送るが、エマはそれを制して言った。

「確かに荒が無かったとは言いませんが、セキュリティ管理は出来る限りの事をしたつもりです。無論、意図的な情報漏洩も有り得ません」

「姉ちゃんを責めるのは止めようや、ただでさえ仕事を任せっぱなしだったんだ。何も出来ねぇ俺たちが言えた義理じゃねぇ」

「……そうね、ごめんなさい」

ケイローンに諭され、アメリアが目を伏せる。それを見たケイローンは、視線を彼女からクライシスへと返した。

「んで? 結局何が言いたい?」

「……ナハティガルが諦めているとは思えない。すぐにコンテナの回収に向かうだろう。奴らより先に、このコンテナを回収したい。これはレイヴンへの依頼ではなく、ヒーメル・レーヒェとしての作戦行動を提案するものだ。リーダー、及びメンバーからの承認を得たい」

 クライシスはそう言ってセイルに視線を送った。こういった場合。セオリーではリーダーと、それを除いた他メンバーのうちの過半数が賛成することが必要となる。

しかし、この場においてその必要は無いようだった。セイルが無言で立ち上がったのと同時に、他のメンバーたち全員も腰をあげる。確認をとるまでも無く全会一致だった。

「反対する理由はない。すぐに出撃しよう」

「だな。とっとと行くか」

「わたしは先に行くわ。体の準備をしてくる」

「ガードへの連絡と、コーテックスへの独自行動許可依頼、頼んで良いかしら」

「お任せ下さい。10分で済ませます」

「…………」

 全員がすぐに出撃に向けて動き出す。セイルがクライシスの方を振り返ると、クライシスはほっとしたような笑みを浮かべていた。

 

………………一時間後、コーテックスシティ東側の砂漠地帯。

 セイル達、ヒーメル・レーヒェのメンバーを乗せたコンバット・リグは、コーテックスシティ東側に広がる砂漠を走っていた。操縦はエマが担当し、他6人のレイヴンはすでにACへと乗り込んで待機している。

セイルも同様に、コクピット内でジャスティスロードとの同調具合を調整していた。目や耳に直接情報を送り込むこの機体の情報供給能力はセイルの洞察力を格段に引き上げるが、同時に脳への負担も大きくなる。セイルが慎重に値を調整していると、クライシスからメールが届いた。

「ん、何?」

 セイルは調整中の専用ヘルメットを脱ぎ、戦術画面を確認した。

『全機へ。コンテナはACでは運搬できない大型のものだ。そのままの回収が理想だが、いざとなったら中身だけでも持って離脱して欲しい。コンテナの開閉用パスワードはWISH TO STAR(ホシニネガイヲ)』

「…………?」

セイルは釈然としない気持ちを抱えながらメールを閉じ、ヘルメットの調整を再開した。奇妙な事に、メールの送信先がメンバー全員ではなく、セイル一人になっていたのだ。

(……どうして一人ひとり別々に送ったんだろう。そのわりに文面は『全機へ』になってるし……そもそも何で口頭で伝えなかったんだ?)

 そうこうしている内に、リグはコンテナの落下予測地点へと近づいていた。同時に、リグのコクピットにいるエマから通信が入る。レーダー上に敵部隊らしい幾つもの光点が写っていると言うのだ。

『識別は不明、少なくともガードではありません。ナハティガルと判断していいでしょう。皆さん、準備はよろしいですか?』

『OKだ』

『問題ない』

『行けるわ』

『いつでも』

『全員、よろしく頼む』

「よし……ヒーメル・レーヒェ、出撃!」

 セイルの号令とともにリグのハッチが開き、ACが吐き出される。各機は瞬時に脚部の制御プログラムを砂漠用に最適化すると、前方へ向かってブーストダッシュする。加速の速いジャスティスロードとフェアリーテールが先行し、グラッジとA・Rが後に続く。射程距離の長いサジタリウスはリグの上部に陣取り、機動力の低いケルビムはギリギリまでリグの中に留まっていた。

「セイル、見えたわよ」

 並走しているフェアリーテールからスキウレが声を飛ばす。セイルの目にも、こちらに向かってくるカイノスの群れが視えた。

「ああ、やっぱり先に来てたみたいだな……クライシス、コンテナはパスワード無しじゃ開けられないのか?」

『通常の方法なら、な。無理矢理に開けることも可能だろうが、それなりの装甲は施してあるだろう。それに、輸送機無しでの移送は不可能なサイズだ』

「つまり、ちょっとはもってくれるんだな……よし、俺とスキウレで敵をひきつける。そこをクライシスとアメリアで叩いてくれ。あとの二人は……」

『いつも通り援護してやるよ』

『……好きにやらせてもらう』

「……OK、じゃあそっちは適当に頼む……行くぞ!」

 カイノスの放ってくるレーザーを躱し、ジャスティスロードはリニアライフルを発射する。何体かのカイノスがレーザーライフルの砲門を貫かれて姿勢を崩し、フェアリーテールの放ったオービットに駆逐された。

 カイノス達の注意が二機に引き付けられ、同時に2機は左右へと散開する。2機を追うようにしてカイノスの群れが2つに分かれ、横に伸びて行く。その横っ腹に、無数のミサイルが降り注いだ。クライシスのA・Rが、後方から追いついてきていた。

『8割は片付いたか……残りを頼む』

『了解』

残ったカイノス達を、グラッジのバズーカが撃ち抜いていく。敵の先鋒隊を瞬時に殲滅し、ヒーメル・レーヒェのAC達は敵の本体へと接触した。

『本部リグより全機、コンテナの位置を確認しました。すでに敵が取り付いています』

後方から追随しているリグから通信が入り、戦術画面にコンテナの位置が表示された。セイルはジャスティスロードを振り向かせ、カメラをズームする。ACが入りそうな程大きなコンテナに、作業用MTが取り付いていた。

「確認した。俺が行ってコンテナを確保する。アメリア、一緒に来てくれ。スキウレは突撃支援を頼む。後のみんなは敵を包囲して殲滅を!」

「まかしといて!」

『了解、すぐに向かうわ』

『リグの護衛は俺がやる。キースも前にでろ』

『……任せた』

 ジャスティスロードのHOBが起動し、ブースターに大量のエネルギーが注ぎ込まれる。その間にアメリアのグラッジが合流し、二機は同時にコンテナへ向かって突き進んだ。ジャスティスロードが先行し、グラッジがスリップストリームを利用して後に続く。

(アメリア……)

セイルはジャスティスロードの頭部パーツを動かし、後方のグラッジに気を配る。以前、彼女に自身との年齢差を指摘されて以来、セイルはアメリアとの距離感を測りかねていた。

セイルは自分をテロリストから助けてくれたことでアメリアに感謝しているし、アメリアもまた自責の念から自身をすくってくれたセイルに感謝しているだろう。関係が良好なのは言うまでもないのだが、アメリアはどうやら、年齢的な問題からこれ以上の関係の発展を望んでいないらしいのだ。

(そう……出来れば、アメリアには遠慮なんてして欲しくないんだけど……)

 レイヴンによって家族を殺され、復讐のために自分もレイヴンとなった。しかし復讐は果たされること無く、彼女は自身の背負った罪の重さに苦しんでしまう事となった。そんな彼女だからこそ、例えこのままレイヴンを続けるにしても、苦しみの生を送って欲しくは無いと。セイルは思っていた。

(もう自分を卑下する必要なんて無いんだ。自分の人生を楽しんでいい筈なんだ。普通の人と同じように、趣味を楽しんだり、友達を遊んだり、こ……)

『セイル、何を見てるの?』

「っあ! や、何でも、ない……」

アメリアの声でセイルは我に返る。考えていたことが読まれたような気がして、声が上ずってしまった。体温が一気に3度くらい上がった気がする。

『しっかり前を見て。君が操縦を誤ったらわたしも巻き込まれる』

「ご、ごめん……大丈夫、ちゃんと前は見えてるから……」

そう言いながら、セイルは前方から来る敵弾やMTをスラスラと躱し、しかも機動力が高いとは言えないグラッジが追随しやすいようにルートを選んでいる。依然、頭部パーツを横に向けているにも関わらず、だ。

『君……一体どんな目をしているの?こんな速度で移動してるのに、周囲の状況をそこまで認識できるなんて……』

「え? でも、ピントがあってるのは視線が向いている方向だけだよ。その他は、物の形が分かるくらいだし……」

『それでもだよ。君の洞察力が優れているのは知っていたけれど、OBによる高速移動に認識能力が追いついているなんて……PLUSの私でも攻撃を躱すのが精一杯なのに……』

 アメリアは訝しげな声でそう言った。

 確かにセイルは、今までOBを使用した戦い方について、他のレイヴンと話した事が無かった。

 最も付き合いの長いケイローンとスキウレの機体はOBを装備していないし、クライシスのアブソリュートもそれほど複雑な軌道でのOBは使用しない。キースのケルビムも瞬間的な加速を得るためにごく短時間使用するのみで、これほどに長時間、OBを続けながら戦っているのはセイルくらいだった。

(そういえばそうか……俺の洞察力の高さ、感覚の鋭さは、こんな所でも活用出来てた訳か……)

 OBを使用した戦闘に高い適性を持つセイルと、高いOB性能を持つジャスティスロード。つまりクライシスは、早い段階からセイルのOB適性の高さを見抜いていたと言うことになる。セイルは改めて、クライシスの自分への気配りに感謝した。

(あれ? でも俺、クライシスの前で……っ!)

不意に前方から飛来したミサイルの群れをスピンで弾き、セイルはジャスティスロードを減速させる。前方には目標のコンテナと、それに取り付いている作業用MT、そして、それを守るように立ちはだかる1機のACがあった。

「セイル、あの機体は……」

並んで停止したグラッジからアメリアが問いかけてくる。セイルはジャスティスロードにリニアライフルを構えさせつつ、それに答えた。

「見覚えがある。コーテックス本社ビル襲撃の時に戦った離反レイヴンだ……エマ、見えてたら情報送ってくれ」

『確認出来ています。元コーテックス所属レイヴン、コバルトブルーの『キラーホエール』です。件の戦闘で撃破が確認されています』

「と言う事は……」

『はい……『ゴースト』ですね』

 エマの言葉が終わらないうちに、キラーホエール・ゴーストは大小様々なミサイルを放ってくる。ジャスティスロードとグラッジは左右に散開してそれを躱し、反撃に移った。

「こいつは俺が片付ける。アメリアはコンテナを!」

「了解、任せるわ」

 アメリアは牽制のグレネードを撃ちこむと、即座にグラッジを反転させてコンテナの方へと向かって行った。セイルはジャスティスロードをブーストダッシュさせ、キラーホエール・ゴーストに接近する。

キラーホエール・ゴーストは両腕部のミサイルポッドからミサイルを放って攻撃するが、ジャスティスロードはコアの迎撃機銃でそれを撃ち落とし、次弾が発射される前に肉薄すると右腕部のミサイルポッドへとアストライアを撃ち込んだ。砲門を貫かれたミサイルポッドが爆発を起こし、キラーホエール・ゴーストが体勢を崩す。

その瞬間、セイルはBISのレーザーブレードを起動し、それをキラーホエール・ゴーストの首関節目がけて突き入れた。頭部そのものではなく、頭部とコアを繋いでいる首。そこを切断されたキラーホエール・ゴーストは、糸が切れたマリオネットのように動かなくなり、やがて倒れ伏した。

「成功……」

セイルは周囲の敵MTを牽制しつつ、キラーホエール・ゴーストの切断された頭部を拾い上げた。ここにはゴーストの制御装置、かつてこの機体の搭乗者だったレイヴンの脳髄が入っている筈だった。

「ジャスティスロードより本部リグへ、ゴーストを撃破。頭部パーツのサンプルを入手した」

『僥倖です。すぐに持ち帰れますか?』

『私が行くわ。セイルはコンテナの方に行って』

「わかった。頼む」

通信を聞いて接近して来たフェアリーテールに頭部パーツを手渡すと、セイルはグラッジが護衛しているコンテナの方へと向かって行った。フェアリーテールも踵を返し、戦場を離脱して行く。残りのメンバーたちが展開していた包囲網も、次第に狭まりつつあった。

 

………………数分後

 キラーホエール・ゴーストの撃破から程なく、ナハティガルのMT部隊は壊滅した。結局コンテナを奪うことは出来ず、戦力の低下に気付いた時には、すでに周囲を包囲されていたのだ。

 殆どの機体が撤退出来ずに撃破され、投降を余儀なくされたものもあった。撃破したキラーホエール・ゴーストの残骸は、ゴーストの貴重なサンプルとして回収され、リグ内に保管されている。そして現在、目標となったコンテナの周囲に、ヒーメル・レーヒェのメンバーたちが集まっていた。

「確かにでかいコンテナだな。リグに収まんのか?」

 ケイローンの言うとおり、コンテナはかなりの大きさだった。ACが軽く2機は収まるだろう。装甲も厚く、有人での大気圏突入を可能とするための装備も着けられていた。

「サイズは計算してある。ギリギリ移送可能な筈だ。エマ、リグのクレーンで搬入してくれ」

「待てよ、中に人が居るんだろ? 早く出してやらないと。えっと、パスワードは……」

 セイルはジャスティスロードのマニピュレーターでコンテナにアクセスし、パスワードを入力する。しかし、ロックは解除される事は無かった。コンソールには、パスワードが間違っていると表示されている。

「あれ? おかしいな。パスワードはWISH TO STAR(ホシニネガイヲ)であってるよな?」

セイルが他のメンバー達に問いかけると、帰ってきたのは予想だにしない答えだった。

「何寝ぼけてやがる、パスワードはRETURN TO MARS(クニヘカエレ)だろうが」

「待って、私はSNOW WHITE(シラユキヒメ)だって聞いたわよ」

「私はPOLE NIGHT(キョクヤ)でしたが……」

「わたしはSNEAK EATER(ヘビクライ)だった」

TOWER OF BABEL(バベルノトウ)の筈では……」

 やがて全員が静まり返り、視線が一点へと集中した。全員にパスワードを通達した人物、クライシスの方へと。

「クライシス……どういうつもりだ? なんで全員に違うパスワードを教えた?」

「……訳はすぐに話す。少し待て」

 クライシスのA・Rがコンテナにアクセスし、パスワードを入力する。ロックが解除され、コンテナのシャッターが開かれた。

瞬間、コンテナの中から飛び出した赤い影がA・Rに飛びかかり、押し倒す。しかしA・Rは脚部を蹴り上げてその影を押しのけると、即座に体勢を立て直してハイレーザーライフルを構えた。蹴り飛ばされた影……コンテナの中から現れたACの方も同様に右腕部のマシンガンを構え、2機のACは互いの眉間に銃を突きつけあったまま静止する。

咄嗟のことに反応が遅れ、硬直していたメンバーたちを我に返らせたのは、ACのスピーカーから聞こえてきた笑い声だった。

「かははははっ! 腕は落ちてねぇな。相変わらずの反応速度だ、クライシス」

「予測済みだ阿呆が、毎度毎度お前は……」

「かてぇ事言うなって。海賊に襲われた上にスカイダイビング1000キロコースやらされたんだ。嫌でも警戒するってもんだろ」

コンテナの中から現れた赤いACはA・Rに突きつけていたマシンガンを降ろすと、メンバーたちの方に向き直った。

「あんたらがコイツの言ってた組織のメンバーだな。火星でレイヴンやってるバーストファイアだ。こいつに呼ばれて来た」

 ACは器用にもメンバーのACにむかってお辞儀をして見せる。メンバーたちは再びあっけに取られていたが、やがてケイローンが口を開いた。

「対テロ武装組織、ヒーメル・レーヒェだ。協力に感謝する。んでクライシスよ、まさかこの馬鹿に襲われないために偽のパスワードを教えた訳じゃあるまいな」

「おいコラジジィ! テメ初対面の……」

「無論だ……先程のブリーフィングで、組織の情報が漏れている可能性があるのは話したな。実は、俺が地球に戻ってからすぐにその兆候が現れていた。これはそれを検証するためにした事だ。バースト……」

 バーストファイアはケイローンに馬鹿と呼ばれたことに憤慨していたようだったが、それを遮るようにクライシスが問いかけた。

「コンテナにパスワードが入力されたのは何回だ?」

抗議をスルーされたバーストファイアは、しぶしぶながらその問いに答える。

「……地球についてからは合計6回だ。それがどうした?」

「……セイル、お前はパスワードを何回入力した?」

「……1回……だけど……」

「……他のメンバー達は? 今までにパスワードを入力したものが居るか?」

 全員が否定の意を示す。それを確認すると、クライシスは再び質問を始めた。

「ではバースト、最後に入力されたパスワードは何だった?」

「……ARMORED CORE(ヒトガタヘイキ)だ。お前が入れたんだろ?」

「では、その前は?」

WISH TO STARだったな」

セイルが入力したものだろう。つまり、残り4回は先にコンテナにたどり着いていたナハティガルが入力したことになる。

「では……他4回のパスワードは何だった?」

「…………入れられた順に、WISH TO STARRETURN TO MARSSNOW WHITE、そしてもう一度WISH TO STARだ」

 メンバーたちが一斉にざわめいた。つい先程のブリーフィングで初めて告げられた筈のパスワードが、1時間も経たないうちに敵側に漏れてしまっていたのだ。

「どういう事だ? 情報が漏れてるにしてもこんなに早く……」

「これは……認めたくはありませんが、やはり私の…………」

「いや、クライシスは1人に1つずつパスワードを送ったんだろ? だったらエマのミスじゃない。エマだってパスワードは1つしか知らない筈だ」

「入力が一周してるって事は、漏れたパスワードはこの3つのみ……正解が入ってないからクライシスも白だな」

「漏れたパスワードを知らされていたのは……セイルと、ケイローン、スキウレ……なにか共通点はある?」

 アメリアの言葉に、バーストファイアを除いた全員が共通点を考え始めた。

「比較的俺との付き合いが長いけど……いや、だったらクライシスが入ってないのはおかしいな……」

「いや、多分それだ。俺らを繋いでるのはセイルだからな。クライシスが居ねぇのは、火星に帰ってた期間があるからだろう。多分、俺たちに共通の知人や経験だ。何かあるか?」

「いろいろあるけど……っ!?」

ケイローンの言葉から人りの人物が連想され、セイルは息を飲んだ。出来る限り音を抑えたつもりだったが。どうやら全員に聞こえてしまったらしい。

「……セイル? 貴方まさか……」

 スキウレも同じ考えを持っていたらしい。しかもそれを否定したい気持ちまで一緒だった。しかし状況はそれを黙秘することを許してはくれず、セイルは仕方なくその名を口にする。3人と関わりがあり、情報収集を得意とする人物。それは……

「……レナ、なのか?」 

  

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