このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 なだらかな丘陵地帯を、一台の大型トラックが走っていた。整備されていない、道とも分からないような道を、車体を激しく振動させながら移動している。

 一見すると、複合都市間を移動する小規模な運送業者のようにも見えるが、搭載されているのは積荷ではなく、巧妙に偽装されたレーダーだった。

「哨戒3、Bポイント通過」

『了解』

 トラックの助手席に座っていた男が無線を飛ばし、無線の相手も簡潔な答えを返す。男は無線を元の位置に戻すと座席にもたれかかり、トラックを運転しているもう一人の男に話しかけた。

「かぁ〜……タイクツだなおい……」

「しゃぁねぇだろうが、これも仕事なんだからよ……」

「そもそもあれだ、あの妙なアドバイザー……あいつが来てから組織は変わっちまったよ……」

 男はポケットからたばこを取り出し、一本咥えて火をつける。気だるそうに紫煙を吐き出した男は、再び話を始めた。

「前まではよ、荒削りでもハジけてるって感覚があったじゃねぇか。シティ・ガードの拠点襲ったり、企業軍の輸送部隊止めたりしてよ……それが何だ、今は毎日毎日見回りばっかりよぉ……」

「っせぇな……確かに俺もあのアドバイザーは信用できねぇけどよ、それでも結果だけは確実に出てんじゃねぇか……」

 二人は、企業による支配体制に反抗する武装集団、いわゆるテロリストだった。大破壊による国家の崩壊から始まった、企業による人民の統治……それに反感を抱く者たちは、それこそ大破壊直後から存在し、枚挙に暇がない。

 しかし最近、元々は異なる思想から始まったテロ組織は、知らず知らずのうちにある組織によって統合されようとしていた。

 兵器や技術を提供し、自らの思惑に合わせて複数のテロ組織を誘導する謎の組織……企業による支配を根底から揺るがしかねないその組織に、三大企業を始めとする世界中の統治者たちは頭を悩ませている。

しかし、この男たちはそんな事を知る由もなく、退屈な哨戒任務を続けていた。助手席に搭載されたディスプレイにはレーダーが表示されているが、かなりの広域を表示しているにも関わらず、一切反応がなかった。

「まぁ、俺もそのへんは分かってるけどよ……ほら、よく聞くだろ? あの噂……」

「噂? ああ、あれか? 俺らみたいな連中の殲滅を目的に活動してるっていうACの……なんてったっけか? なあ?……おい……」

 返答を返さない相方を訝しんだ運転手が横目で彼の方を見ると、相方の男は咥えているたばこの先をじっと見つめていた。たばこの火はトラックの振動によってゆらゆらと揺れているが、その揺れ方が、先程までに比べて激しくなっている。

 その時、先ほどまで何も表示されていなかったレーダーに、突如として一つの光点が灯った。その赤い光点は、トラックと重なり合うようにして表示されており…………

「うあああぁぁぁっ!」

「ぬおおおぉぉぉっ!」

 真横からの衝撃にトラックが吹き飛ばされ、レーダーが積まれた荷台部分がバラバラに粉砕される。横倒しになった運転席では、助手席に座っていた男が、壊れた無線機に向かって必死に叫んでいた。

「至急! 至急! こちら哨戒3! 襲撃を受けた。敵機は……」

 男の目の前に、巨大な鉄塊が落下する。いや、それは鉄塊ではなく、金属で出来た巨大な足だった。

男は、ゆっくりと視線を上げていく。そこには白と黒のツートンカラーで彩られたボディに、マントのような巨大な布を纏った、一機のアーマード・コアが立っていた。

白黒騎士チェッカーナイトだああぁぁ!」

 

「っ! 通信されたか?」

『いえ、電波は飛んでないわ。そのまま行って。次は方位315、距離5000!』

 オペレーターからの通信を聞くやいなや、ACのパイロットは即座に機体をダッシュさせた。ACの背部に装備された大型ブースターがプラズマ化した粒子を噴出し、機体を覆うマントが大きく翻る。一瞬にして亜音速まで加速したACは、土煙を上げながら丘陵地帯を疾走し始めた。

遮蔽物が少なく、見通しのいい場所だからこそ、そこに拠点を置くテロ組織は厳重な警戒網を敷いていた。その警戒網を一枚一枚引き剥がしつつ、ACは、テロ組織の拠点に向かって突き進んでゆく。

『死角から急接近しての射突ブレード、即座に反転しての急加速、そして亜音速巡航……流石ねセイル。久しぶりに見たけど、腕は落ちてないわ……』

「よく言うよ。レナこそ、俺をオペするのは久しぶりだって言うのに、万全のサポート体制じゃないか」

 戦闘中にもかかわらず、フランクな話を降ってくるオペレーター、レナに対し、ACを操縦するレイヴンは同じく砕けた口調で返事をする。その間にもACは、付近を巡回するトラックを撃破しつつ、猛スピードで移動していった。

 やがて前方に、テロ組織の拠点らしき巨大な建造物が見えてくる。すると、二人はまるで申し合わせたかのようにおしゃべりを止め、ACのカメラごしにその建造物を凝視する。

かつては太陽光発電の実験基地として建造されたものらしく、付近には巨大なソーラーパネルが一面に敷き詰められていた。

『解析完了。建造物の屋上から侵入が可能です!』

「了解!」

 ACは地面を強く蹴って飛び上がると、ブースターの噴射を下方に向け、建造物の屋上に向けて上昇した。しかし建造物に備え付けられた対空機銃が攻撃を始め、曳光弾が列を作ってACへと迫る。

「っ!?」

銃撃を受けたACはみるみるうちに失速し、落下する。対空機銃は地に落ちた影を追って銃身を下げるが、そこにあったのは穴だらけになったマントだけだった。

「遅いぞ!」

 異常に気づいた対空機銃は慌てて銃身を上に向けるが、その瞬間、まるで狙い済ましていたかのように放たれた弾丸が、対空機銃の銃口に真正面から着弾する。銃身をへし折られ、沈黙する対空機銃のカメラが最後に捉えたのは、太陽を背に、まるで昆虫の翅のようなスタビライザーを広げた白と黒のAC、ジャスティスロードの姿だった。

「さあ……覚悟はいいか!」

 コクピットの中、ジャスティスロードの視覚素子と同調した目で建造物を見渡しながら、ジャスティスロードのレイヴン、セイルはそう言った。

 

 

終焉への一歩〜近く、不知覚〜

 

………………数分後、ヒーメル・レーヒェ本部リグ、ミーティングルーム

ものの数分で敵施設を制圧したセイルは、自分が主催する対テロ組織ヒーメル・レーヒェのリグに戻り、コーテックスシティへと帰還の途についていた。

「と言う訳で、目標の施設は制圧、武器兵器は全て沈黙、敵兵はナハティガルの関係者と思われる人物も含めて全員捕縛……パーフェクトね。コーテックスも喜ぶわ」

 満面の笑みを浮かべつつ、レナは報告を終える。それに対してセイルも、満足そうな口調で相槌を打った。

「そういえば、頼まれてた実戦テストはどうだった? ステルスマントの……」

「ああ、最初はスタビライザーに引っかかるかと心配だったんだけど、そうでもなかったな。ステルス性も、思ったより高いし。でも、やっぱり近づきすぎるとすぐ気付かれるみたいだな……」

「そっか……まあ、役には立ったのね。それなら良かったわ」

「ああ、これでまた、ナハティガルに一歩近づけたわけだしな……」

 セイルは座っていた椅子の背もたれに体を預け、窓から外の景色をみる。窓の外では、ヒーメル・レーヒェのリグと並走するようにして、グローバル・コーテックスのロゴをつけた輸送車両が走っている。今回、敵施設の制圧するための歩兵戦力や、捕縛した敵人員を輸送する目的で、ヒーメル・レーヒェに同行していたのだ。

 グローバル・コーテックスから正式に支援を受けることで、ヒーメル・レーヒェの活動規模は以前とは比べものにならないほど大きくなっていた。資金や情報は豊富に入手できるようになり、物資や戦力の調達も容易になってきている。今までの半ば闇雲な活動とは違い、成果を上げているのが手に取るように分かった。

「そういう事。まさに順風満帆フル・セイルね」

「……それ、俺の名前とかけてるのか? なんか変な感じだな……」

 自分の名前を駄洒落に使われ、セイルは顔をしかめる。レナはそんなセイルの表情を見て、さらに話を続けた。

「何? 別に自分の名前が嫌いなわけじゃないでしょ? レイヴンネームにそのまま使っちゃうくらいだし」

「別に嫌いってわけじゃないけど、ちょっとな……この名前って、親父がつけてくれたらしいんだよ……」

「ふぅん……まあいいわ。気に障ったならごめんなさい。それじゃ……」

「いや、いいよ……」

 セイルの表情から何かを読み取ったのか、レナは話を切り上げて退出しようとする。しかしセイルはそんなレナを制すると、着席するように促した。

「レイヴンネームの事なんだけど……変更しといてくれないかな……」

「……」

 突然の頼みごとに、レナは一瞬キョトン、とした表情になる。しかしすぐに表情を正すと、セイルと視線を合わせた。セイルは、左耳のピアスを指でくるくるといじっている。

「俺が、子供の時テロに巻き込まれて両親と別れたっていうのは、知ってるよな」

「ええ……確か、家族の中ではお父さんだけが生き残ったのよね……」

 レイヴン『セイル』の原点となっているテロ事件……それは、SL事件の直後であった当時では特に珍しくもない、しかしセイルのその後の人生を大きく変化させるに至った出来事だった。家族との離別に、カラードネイルとの出会い……セイルの持つ高い洞察力と認識能力が開花したのも、その時だった。

「ああ、あのテロの後、それほど時間をかけずに親父とは再開できたんだよ。でも、親父はすぐに俺を親戚に預けて、行方をくらましてしまった。それ以来、ずっと会ってない」

 セイルは沈んだ様子で話し始めた。レナはその話に、じっと耳を傾けている。当初はセイルを気遣って話を切り上げようとしたレナだったが、セイルが聞いて欲しいという意思を示した以上、彼女はその話を最後まで聞くつもりだった。

「だから、レイヴンネームに本名をそのまま使ったのは、親父へのアピールのつもりもあったんだよ。俺はここに居る、って……」

「……お父さんに、会いたかったの?」

「いや、よく分からない……正直、自分を捨てた親父を恨んでた時期もあったからさ。次に会ったらどうしてやろうとか考えてたのかもしれない……でも、今になって考えてみると、自分が何をしたかったのかさっぱり分からないんだ……」

 セイルはまるで途方にくれたような表情で、再びピアスをいじり始める。レナはセイルから視線を外すと、セイルのピアスに視線を送った。飾り気のないシンプルな逆十字型のピアスは、セイルに弄ばれてゆらゆらと揺れている。

「会いたいとか会いたくないとかじゃなくて、親父に対する感情が一切浮かばない。何年も会ってないから当然なのかもしれないけど、もう好きとか嫌いとかも曖昧になってきてるんだよ……」

 セイルはピアスをいじる手を止め、レナに視線を向ける。依然として意思は固まっていないようで、曖昧な表情を浮かべていた。

「だからさ、手が空いたらでいいから、変更して欲しいんだけど…………」

「あ〜……それなんだけど、コーテックス側の人間としては、あんまり変えてほしくもないのよね。普通のレイヴンとは、ちょっと違う立場になっちゃってるし、今後のコーテックスからの支援も考えるとね……」

「ああ、そっか……じゃあいいよ。別に不都合があるわけじゃないし。引き留めて悪かったな」

 そう言うとセイルは席を立ち、ミーティングルームを出ていった。レナはセイルが部屋を出ていくのを見送ると、肩を落としながらため息をついた。

「相変わらず甘いわね……自分の状況ぐらいちゃんと把握して欲しいものだけど……」

 レナはそう言いつつ、手に持っていたブック型端末に視線を落とす。そこには、セイルのレイヴンとしての登録データが、事細かに記されていた。 レイヴンネームの欄と本名の欄には、同じセイルSailという文字が書き込まれている。

「名前の変更が難しいなんて嘘に決まってるじゃない……」

 レナはブック端末のディスプレイを撫でつつ、悲しげに目を伏せた。セイルにとって、父親とは既に感情を向ける対象では無くなりつつある。誰よりも近しいはずの家族から、一切の興味を持たない他人へと、カテゴリが変化しようとしているのだ。

「むずかしいものね……家族って……」

 そう言いながら、レナは端末を操作して表示するファイルを切り替える。現在、このリグにはセイルとレナ以外には人が乗っておらず、他のメンバーは別の場所で活動、または非番となっている。

「居なかったら居なかったで問題だし、居たら居たで……はぁ……」

 レナの端末には、その、今は居ないメンバーの一人が映し出されていた。

 

………………同時刻、ネオ・アイザックシティ、某所

 クレストが管轄する複合都市、ネオ・アイザックシティ。その中心部にあるとあるビルの一室で、スキウレは一人の男性と話していた。

部屋の中は高級感のある調度品で飾り立てられており、また壁の一面がガラス張りになっているせいで、ネオ・アイザックシティの街並みを見下ろせるようにもなっている。

そんな、一見すると見栄えを重視した部屋だが、スキウレの目には、実用性や緊急時への対応力に優れた、機能的な部屋として映っていた。

「それで? 我々にも協力しろと?」

「はい……昨今のテロリストの活性化は、貴社にとっても無視出来ない筈です」

 男性の年齢は、ケイローンと同じか少し上くらいに見える。彼はスキウレと向い合うようにして座り、何やら複雑な表情をしながら彼女の話を聞いていた。

「それは君の……組織からの正式な要請かね? それとも……」

「その通りです。書類はこちらに」

「……分かった。近日中に会議を通そう」

 彼の問いかけを遮るようにして、スキウレは詳細の記された書類を差し出した。彼はそれを一瞥すると、詳しい確認もせずに了承の旨を告げる。そしてスキウレも、まるで話は終わりだと言わんばかりに、荷物を片付けて立ち上がった。

「では、私はこれで」

「……シルヴィ、そろそろ……」

「失礼します」

 有無をいわさず、スキウレは足早に部屋を出ていった。一人取り残された男は、目を閉じて深くため息をついた。

 

………………同時刻、コーテックスシティ、グローバル・コーテックス本社

グローバル・コーテックス本社にあるレイヴン控え室。本来は出撃前や帰還後のレイヴン達の待機所として使われる部屋であるが、その実は既にレイヴン達の溜まり場となっている。

「そんじゃ、帰るわ。親父さん、またな」

「私も失礼します。ケイローンさん、ありがとうございました」

「おう、そんじゃあな」

 何人かの若いレイヴン達が、既に控え室の主になりつつあるケイローンに挨拶をしながら部屋を出ていく。ケイローンは彼らを見送った後、手元の新聞に視線を落とした。

「…………」

「よぉ、ケイさん。久しぶり」

「ん? ああ、お前か、まだ生きてやがったのか……」

 他のレイヴンに話しかけられ、ケイローンはにこやかに返事をする。返事をしながら、ポケットからこっそりとペンを取り出した。

「久しぶりだな。何年ぶりだ?」

「7年ぶりってところかな……随分会わなかったっすね……」

「まったくだ。昔は暇さえあれば会ってたってのによ……お前、もう何年だ?」

「15年! ランクは20! とっくにベテランってモンっすよ。まぁ、ケイさんには負けるけどな」

 レイヴンはケイローンの隣に腰を下ろすと、腕を組んで目を閉じる。まるで、懐かしい思い出に浸っているかのようだった。ケイローンは新聞のアリーナの欄を開くと、ペンでチェックをつけ始める。

(7、15,20……)

「そういや、ミッション中でのAC撃墜数がこのあいだやっと15機になったな。随分かかったもんだわ……」

「おめぇはビビり過ぎなんだよ。ほれ、俺と一緒に行った……いつだったか?」

「4機目を倒した時っすね。あの時は世話になりました。15時間乗りっぱなしなんて初めてだったもんで……」

「ありゃあ、きつかったな。俺ももうあんな長期のミッションは受けらんねぇわ……今度メシでも行こうや。いつがいい?」

「じゃあ、22日の5時くらいで……そんじゃ」

 レイヴンはそう言うと、部屋の隅でゲームに興じている他のレイヴン達に混ざりに行ってしまった。ケイローンも新聞をたたむと、席を立ってトイレに向かう。

「…………」

 トイレの個室に入ったケイローンは、再度新聞を開くと、先程チェックを入れていたページを凝視する。そこには、こう書きこまれていた。

go to dove

「…………」

 ケイローンは顔をしかめると、そのページを丸めてトイレに捨てる。紙くずが水と一緒に流れていくのを確認し、彼はトイレの個室を出た。

 

………………同時刻、閉じた町、某所

 明かりもつけられていない薄汚れた部屋の中、キースは唯一の光源である端末に視線を落としていた。傍らにあるベッドでは、エマが安らかな寝息を立てている。

「…………」

 端末の画面には、映像らしきものが映し出されていた。画質の悪さと酷いブレのせいで何が映っているのかほとんど分からないが、不思議な事に音声だけは鮮明に聞こえてくる。

『…ココマデガ……ワタシの役割……レイヴン……』

………くっ……セ、セレ………」』

『後は…あなたの役割……

「…………」

「ぅん……」

 寝返りではだけたエマの毛布を、キースはそっとかけ直してやる。毛布から覗く色白の体は、再会した時より少し痩せたようだった。

「…………そう、後は俺の役割だ……」

 キースは端末を消すと、エマの隣に静かに体を横たえた。

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