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プロローグ〜初めに光があったなら、それよりも前に闇があった筈〜
ビルの壁面で爆発がおこり、逃げ惑う人々の上に大量のガラスと瓦礫が撒き散らされた。巻き起こる悲鳴が耳をつんざき、周囲に血の匂いが充満していく。周囲の空気はまるで炎のように熱く、呼吸する度に喉が痛むほどだった。
地下世界レイヤードの地方都市、トレネシティ郊外の居住区は、現在大規模なテロに巻き込まれていた。
再開発が進められていた地上を再び戦場へと変えた「サイレントライン事件」から数ヶ月、暴走した無人兵器による被害がやっと復興し始めた矢先の出来事だった。
以前からも地上とレイヤードの環境格差について不満を訴えていた下層市民の過激派達が、地上の復興ばかりに手を回し、レイヤードの環境整備を疎かにしていた管理企業に対して暴動を起こしたのだ。
「はぁ……はぁ…………っ……」
爆炎が巻き起こるビル街の中を、一人の少年が走っていた。
年齢は十代前半と言った所。黒髪に薄いブルーの目をしており、巻き起こる戦火から必死で逃れようとしていた。大通りから路地へと駆け込み、細長い通路をまっすぐに進んでいく。
「何で……何でこんな事に……」
彼の名はセイル・クラウド。旅行で偶然この町に来ていた所をテロに巻き込まれたのだ。
泊まっていたホテルはとうに破壊され、両親とも逸れてしまっていた。避難用のシェルターを探してもうかれこれ一時間近く走り通しだが、土地勘が無い事もあってなかなか見つからない。
しかしそれ以上に厄介なのは、この町で起こっているテロその物だった。このテロを引き起こしたテロリスト達は、なんとこの町に居る市民を人質にして企業側に要求を突き付けていたのだ。
そして企業側はそれに応じる事なく、テロリスト達の本拠点に奇襲をかけ、失敗。テロリストたちは市民への攻撃を開始したのだった。
「くそっ……シェルターはまだか?」
セイルは誰にともなく無意味な問いかけをしつつ、力の限り走り続けた。
彼は現在、トレネシティの郊外から中央部の方へ向かって移動している。テロリストたちが標的としているのは市民の住んでいるベッドタウンであり、都市機能の集約された中央部は比較的安全だろうと判断したのだ。
「……っ!?」
しかし、路地を抜けたセイルが見たのは、無残にも破壊されたシェルターだった。近くには数台の戦車とパワードスーツがおり、大型兵器の残骸もある。おそらくシェルターを守ろうとしたシティーガードのMTだろうが、テロリストの戦力に対応しきれなかったようだった。
セイルは慌てて引き返そうとするが、彼に気づいた一体のパワードスーツが発砲してきた。人が使うには大き過ぎるほどの機銃が火を噴き、セイルめがけて弾丸の雨が降り注ぐ。
「っ!!」
セイルは間一髪の所で路地に逃げ込んだが、パワードスーツはブースターで浮遊しながらセイルを追ってくる。路地と言っても道幅は優に三メートルはあり、大柄なパワードスーツでも移動には困らない。しかも路地は長い直線になっており、身を隠せるような障害物も殆ど無かった。
「くっ……ああああっ!!」
反対側の出口にたどり着こうとしたあたりで背後から銃撃を見舞われ、セイルは倒れ伏した。直撃こそしなかったものの、こめかみをかすり抜けた至近弾の衝撃波によって脳震盪を起こしてしまったのだ。かろうじて意識は繋ぎ止めたものの、満足に立つ事も出来ないセイルに向けてパワードスーツが近づいてくる。
「…………ああ……」
セイルは朦朧とする意識の中、不思議とはっきりした思考を働かせていた。自分はシティの中心部は安全だと思って移動していたが、敵の攻撃はその中心部の方から来ていたのだ。敵は始めからシティの中心部に本拠点を構えており、それを取り囲むベッドタウンを盾にする形で企業軍と対峙していたのだった。
「気付かなかった……なぁ……」
セイルの脳裏を、今更ながら後悔の念が駆け巡る。特に専門的な知識を持たない彼でさえ、攻撃の飛んでくる方向や町の被害状況などから、いや、そもそも報道や避難情報に注意していれば敵の進行方向は容易に分かった筈なのだ。
自身を守ろうとして必死で動き続けていたせいで、もっとも重要な事に気付けなかった。そのせいで今、自分は命を失おうとしているのだ。
「もっと早く……気付いてればなぁ……」
何を今更と思い、セイルは自嘲する。背後からは近づいてくるパワードスーツの足音が聞こえ、銃弾がかすめたこめかみからは熱い液体がじわじわと流れ続けていた。周囲には硝煙と鉄錆の匂いが充満し、口の中でも血の味がしている。そしてぼんやりと霞む視界には、銃を携えた巨人の姿が写っていた。
「…………え?」
頭上から銃声が聞こえ、何か重い物が倒れたような音がする。次第に感覚のはっきりしてきた手足を動かして起きあがると、目の前の大通りには一体の巨人が立っていた。背後には巨大な弾痕をいくつも穿たれたパワードスーツが倒れており、逆に自分の体には傷一つ無い。
「アーマード・コア!?レイヴンが来ていたのか?」
背後から攻撃されようとしていたセイルを、目の前のアーマード・コアが助けてくれたようだった。セイルは立ち上がると、そのアーマード・コア———ACをまじまじと見つめ始める。
そのACはスリムな胴体にドーム型の頭部をしており、全体が迷彩パターンの緑色をしている。軽めの装甲と大型の武装から、攻撃力に優れたタイプだと分かった。
「これが……AC…………」
ただ報酬によってのみ任務を遂行し、何物にも縛られる事のない最強にして孤高の傭兵『レイヴン』と、その手足たる最強の機動兵器『アーマード・コア』……企業が全てを支配するこの世界において唯一の完全なる自由を持つ存在が、今目の前に存在していた。
「…………」
「そこの民間人、聞こえているか?」
不意な問いかけに、セイルはハっとして緑色のACの頭部へと視線を移す。目の前のACが外部スピーカーで話しかけてきていた。声は高く、搭乗しているレイヴンは随分若いらしい。
「右にまっすぐ進んで地下街に入ればシェルターがある。行け!」
声の主たるレイヴンはそう言うと、セイルから見て左の方へと攻撃を開始した。右腕部に装備された円筒形の銃から放たれた砲弾が音速を優に超える速度で飛翔し、大通りの先にいたMTに命中、爆発を起こす。
セイルは感嘆しつつも立ち上がると、路地から大通りに出て言われた通りの方向に走り始める。しかしその時、不意に周囲に影が差したかと思うと、地面が激しく振動した。
たまらず地面に手をついたセイルが振り返ると、先程のACが一体のMTと組みあっている。そのMTはACより一回り小さいものの、ほぼACと変わらない姿をしていた。左腕部に装備された装置からレーザーブレードを発振させ、緑色のACを切り裂こうとしている。
対する緑色のACはその左腕を自身の左腕で抑え込んでいるが、いかにACと言えど出力馬力の低い軽量級の腕部は高性能MTのそれとさほど変わらないらしく、容易には押し返せないでいた。さらに緑色のACの武装はどれも射撃戦を想定したものばかりで、接近戦には向いていないように見える。
「何をしている!急げ!」
「…………あっ!」
その光景に目を奪われてしまっていたセイルは、思い出したかのように体を起こすと、シェルターの方へ向かって走り出そうとする。しかしその背中に向けて、高性能MTの近くで戦闘を援護していた武装ヘリがミサイルを放っていた。
「危ない!」
突然の大声と、金属同士がぶつかり合う甲高い音。続いて巻き起こる爆音と強風にセイルが振り返ると、緑色のACは武装ヘリへ向けてまっすぐに左腕を伸ばしていた。武装ヘリが放ったミサイルを左腕で受け止めたのである。
しかしそれによって緑色のACはMTの左腕を開放してしまう事になり、左胸部分に大きな傷を負ってしまっていた。さらに左腕部も武装への直撃を受けたらしく、激しい火花を飛び散らせている。
「っ!……あんた……」
「行け!」
緑色のACは左腕部をパージすると、後方へと下がりつつ敵部隊へと向き直った。不意にACのコアパーツから何かが飛び上がったかと思うと、敵部隊へ向けて銃撃が加えられる。自律的に敵を補足して攻撃する浮遊砲台、イクシードオービットだった。
先程セイルを狙っていたパワードスーツを撃破したのもおそらくあれだったのだろう。援護の武装ヘリや戦車を撃破され、僚機を失った高性能MTは即座に撤退しようとするが、背後からACの攻撃を受けて瞬く間に撃破されてしまう。
まさに一瞬、緑色のACは不利だった状況を易々と覆して見せたのだった。
「…………っ!」
セイルは暫しその戦闘に見とれていたが、やがて意を決したようにシェルターへ向かって走り始める。
その直前、パージされて路上に転がったACの左腕。その肩に当たる部分に、輪をつかんだ爪のようなエンブレムが描かれているのを見た様な気がした。
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