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レイヴン試験〜Leave The Nest

 

「さて……要点はわかっているな?お前の目的は、この廃工場内に逃げ込んだ武装集団の排除する事。敵戦力はMTだ」

「MTね……数と規模は?」

「……正確な情報は無いが、ごく小規模なテロリストだ。ACの脅威ではないだろう。これに生き残れば、お前はレイヴンとして登録される。ちなみに俺は試験監督だ。手助けをするつもりは無い」

「了解……それにしても、わざわざ新米レイヴンにやらせる必要無かったんじゃないの?手が足りてない訳でもあるまいし」

「……無駄口をたたくな。行くぞ」

あからさまに不機嫌そうな声でそう言うと、試験官のレイヴン、カロンブライブはスピーカーを切った。

セイルはACの戦闘システムを立ち上げ、コントロールスティックを握る。コクピット内の計器や戦術画面に光が入り、ジェネレーターの駆動音が急激に上がっていった。さらにACの装甲表面が、まるで光の幕の様な防御スクリーンによって覆われ、右腕部に装備されたライフルが構えられる。

最後にコンピューターの無機質な声が戦闘モードの機動を告げ、セイルは自分を落ちつけるように短く息を吐いた。

 

 SLサイレントライン事件、そしてセイルを巻き込んだテロ事件から、既に六年が過ぎていた。

セイルはその後何事も無く、ごく普通の一般市民として生きてきた。生憎父親以外との再会は叶わず、その父親もその後すぐに姿を見せなくなってしまったものの、ごく普通に生活し、ごく普通に進学し、ごく普通に職を求めた。

しかし唯一の、そして最大の相違点は、それら全てがレイヴンになると言う目標のもとに行われたものであったことだった。

あの事件以来、セイルはどこかでテロが起きたことを聞くたびに、あの日、自分たちを助けてくれたレイヴンのことを思い出していた。あのレイヴンは一体どうしているだろうか。何故わざわざ自分を助けてくれたのだろうか。何そもそもあのレイヴンは何者だったのだろうか……いろいろなことを考えるうちに、彼はいつしかレイヴンになりたいと思うようになっていたのだ。

レイヴンになりたい、レイヴンになって、あの日のあのレイヴンのように、テロリストたちと戦いたい。セイルはその思い一つで、この六年間をレイヴンになるための準備期間として費やしたのだ。

今になって思えば、随分幼稚な考えだったのだろう。正義の味方に憧れるような年齢はとっくに過ぎていたと言うのに、なぜかセイルはテロリストを潰して回るレイヴンと言うヒロイックな虚像が頭から離れなかった。そしてそれは、当時の考えを幼稚だと思えるようになってしまった今でもなお、彼の脳裏に焼き付いている。セイルは無意識のうちに、右のこめかみにある小さな傷跡をなでていた。

「レーダーに感。来るぞ!」

 不意に聞こえたカロンブライブの声に、セイルは唐突に懐古の中から引き戻される。戦術画面の多目的レーダーに敵戦力を示す赤い光点がいくつか灯り、工場から数体の戦闘メカが現れた。

「敵機を捕捉……施設防衛用の自立型ガードメカ『グライドコブラ』か……」

装甲は薄く、武装は小型短砲身砲のみと貧弱である。セイルはブースターで空中に飛び上がり、敵の真上からライフルを連射した。ACの使用する強力な徹甲弾を浴びたグライドコブラは瞬く間に沈黙し、セイルはACを工場内に進める。

工場は二つの大きなブロックが細い通路でつながれた作りで、それほど複雑ではない。セイルは最初の部屋へむけてACをゆっくり進ませていく。と、曲がり角に差し掛かった所でレーダーに赤い光点が写った。ACのヘッドパーツを覗かせて敵を確認すると、一体のMTが待ち構えているのが見える。

「あれは……量産型の戦闘MT『ランスポーター』か……」

やはりACに比べればたいした事は無いが、装備しているロケット砲は先ほどのグライドコブラより遥かに強力な筈だった。セイルは曲がり角からライフルだけを覗かせると、ランスポーターを攻撃する。ランスポーターは即座に反撃してきたものの、結局セイルのACに有効打を与えられないままに爆発、四散した。

「よし……」

「ふん、まあまあと言った所か……道が二つに分かれているな。ここで別れて両ブロックに二機で同時攻撃をかける。以後の連絡は無線を使え。手を煩わせるなよ」

カロンブライブはそう言うと、自分の機体である赤いAC『ファイヤーバード』を先に進ませ、通路の向こうへと消えて行った。セイルもその反対の通路へと、自分のACを進ませる。通路には何機ものMTが待ち構えていたが、攻撃は散発的で敵の技量も大したことは無い。セイルは特に詰まる事もなく、順調に先へと進んでいった。

『撃破確認。順調のようだな』

「まぁな。一応シュミレーターはやりこんだんだ。これくらいなら軽い」

『ふん、この程度の奴らを倒したくらいで良い気になるなよ……まぁ、スジは悪くない。そのまま敵を殲滅しろ』

「……了解」

 セイルはカロンブライブからの通信を終えると、口元を小さく歪めて微笑した。先程の取ってつけた様なフォローの言葉に、彼の人柄が見えた様な気がしたのだ。

「……よし!」

セイルはフットペダルを強く踏み込み、ACのブースターを起動する。体が後ろに引っ張られる感覚と共にACが急激に加速し、広い通路に待ち構えていた二体のランスポーターに急接近した。さらにセイルはACの左腕部に装備されている近接戦闘用のレーザーブレードを展開すると、呆けたように突っ立っている二体のランスポーターを続けざまに切り裂いた。

紫電をあげながら倒れ伏すランスポーターを尻目に先へと進んだセイルは、目的のブロックへとたどり着いた。中には予想通り、何体ものランスポーターが待ち構えている。

「そおらっ!」

 ACをブーストダッシュさせて出会いがしらの一斉射撃を躱し、セイルはACの背部に装備されているミサイルポッドを起動する。そして移動しながら一体のランスポーターをロックオンすると、トリガーを引いた。射出されたミサイルが推進済の尾を引いて飛翔し、ランスポーターに直撃、爆散させた。残ったランスポーター達も、次々に放たれるライフルとミサイルによって瞬く間に殲滅されてしまった。

『敵勢力の全滅を確認した……成程、初めてにしては悪くない。認めよう、君の力を、今この瞬間……何?敵反応?……馬鹿な、どこに隠れていた!?

 カロンブライブの驚愕が聞こえた瞬間、セイルのいるコクピットを強烈な衝撃と爆音が襲っていた。ACのボディがぐらりと大きく傾き、セイルは必死でコントロールスティックを握り締めた。

「っあ!……っ、何だ?」

セイルは警告表示に埋め尽くされた戦術画面を確認する。機体強度を表すAPが大きく減少し、機体の温度も急上昇している。ディスプレイに視線を移すと、先程まで閉じていたシャッターの向こうに一体のMTが鎮座していた。ボディは鋼色で、直方体が立ち上がったような形をしている。

『ナースホルン?バカな、こんな小さな組織が……すぐに向かう。持ちこたえろ!』

 カロンブライブの焦り声は、再び爆音によってかき消されていた。MTの大口径砲から放たれたプラズマ弾がセイルのACのすぐ近くに着弾し、壁面を融解させたのだ。セイルはとっさにACをブーストダッシュさせ、攻撃を回避する。

「っ……強い、なんつうMTだこりゃ……」

戦術画面に表示された情報を横目で確認しつつ、セイルは感嘆した。重砲撃型MT『ナースホルン』は拠点防衛用に開発された機体であり、ACにも対抗可能な高出力プラズマキャノンを装備している。セイルが乗っている安価なACにとってみれば驚異的な攻撃力だった。

「くそっ、どうすれば……」

再び放たれる砲弾を柱を盾にして躱し、セイルは悪態をつく。こめかみを嫌な汗が流れて行った。

 

 

………………同時刻、同工場内、別のブロック

カロンブライブのAC、ファイヤーバードは工場内を高速で移動していた。セイルの乗っている機体に比べて遥かに高い機動性を持つファイヤーバードは、猛スピードで通路を進んでいく。しかし曲がりくねった通路ではそのスピードを生かしきる事が出来ず、時折壁面とこすり合いながら急停止を繰り返していた。

「ちっ…………?」

 カロンブライブは遅々として進まない機体に舌打ちするが、同時に妙な感覚を覚えていた。元々彼は新人のお守りなど乗り気ではなかったのだが、必死になってその新人を助けようとしている自分に気がついたのだ。

「……俺もヤキが回ったか。あんな餓鬼の為にここまで必死になるとは…………?……ああ、そう言う事か……成程、誰かに似ていると思ったが……」

カロンブライブはコクピットの中でひとり苦笑した。彼は、セイルに別のレイヴンを重ねて見ていたのだ。六年前、高調子のランカーレイヴンだった彼を易々と追い抜いて行った一人のレイヴン……サイレントライン事件を終結させた現トップランカーレイヴンに、セイルはどこか似ているような気がしたのである。

カロンブライブは再び苦笑すると、手元のコントロールグリップを強く握りしめる。そろそろやめようかと思っていたこの仕事だが、もう少し続けても良いだろうと思えてしまったのだ。

「妙なもんだな。性格は全然違うってのに……まあいい、とっとと終わらせるか……しかし……」

先程よりも速度を上げたファイヤーバードを自在に操りつつ、カロンブライブは訝しげに思案した。

(こんな小さなテロリスト共が、どうやってあんな上級MTを……)

 

 

………………同時刻、同工場内、セイルの居るブロック

ナースホルンは相手が初心者だとわかったのか、プラズマキャノンを無駄に乱れ撃ちしてくる。セイルはそれを必死でかわしつつ、反撃のチャンスをうかがっていた。

ACのディスプレイからはひっきりなしに警告音が響いている。既にコアパーツは第二装甲板まで吹き飛び、ブースターも過剰使用による発熱で出力が落ちている。ジェネレーターのエネルギーも供給が間に合わず、尽きるのは時間の問題だった。

「このっ……まだ墜ちないか……」

セイルは隙をついてライフルを撃ち込んでいくが、ナースホルンの重装甲には大したダメージになりえない。レーザーブレードやミサイルならあるいは有効かもしれなかったが、ブレードは接近しなければ使えないし、ミサイルはロックオンするほどの余裕が無かった。それに、それらとて攻撃力が十分とはいえないのだ。

(もう二、三発も貰えばお終いか……あいつも間に合いそうにないし、俺がなんとかして倒すしかない。最低でもあのプラズマキャノンさえ破壊できれば…………?)

 その時、不意にセイルはおかしな感覚を覚えた。ディスプレイに映っているナースホルンの姿が、妙にはっきりと見えてきたのだ。

装甲の損傷具合やボディ各部のディテール、砲身をはじめとする可動部分の動きまでが、まるで虫眼鏡で覗いているかのように間近に見えてくる。さらにプラズマ弾の発射音や爆発による振動など、戦場を構成するあらゆる要素が脳に向かって流れ込んできた。

(…………そう、か……プラズマキャノンか……)

セイルは先程まできつく噛み締めていた口元を歪め、ナースホルンを注視する。そして数瞬の後、セイルはACにレーザーブレードを展開させると、シートに深くもたれこんでコントロールスティックのあるスイッチを押した。

ACのコアパーツ後方にあるハッチが開き、内部に高濃度のプラズマが収束される。そしてナースホルンが放ったプラズマキャノンをサイドステップで躱した瞬間、セイルのACはコアパーツの後部から大量のプラズマを噴出し、ナースホルンに向かって急加速していた。

オーバード・ブースト。ACのコアパーツに装備された大型ブースターであり、大量のエネルギーを消費する事で非常に強力な推力を得る事が出来る。急加速や長距離移動に多用される利便性の高いパーツであり、ACとMTの大きな違いの一つでもあった。

「くっ!……っ…………んのぉっ!」

 通常のブースト移動とは比べ物にならない強烈なGに顔を歪めつつ、セイルは必死にコントロールスティックを操作した。ナースホルンのプラズマキャノンはリロードが遅く、即座な反撃には移れないでいる。そして、一瞬でナースホルンに肉薄したセイルのACは、腰だめに構えたブレードを、ナースホルンのプラズマキャノンの砲門に突き刺していた。

「っ!……ああああああっ!!

レーザーブレードはそのままプラズマキャノンを貫通し、セイルのACはナースホルンの後方へと抜けて壁面に衝突した。激しい揺れとともに金属がひしゃげる音が聞こえ、工場の壁が大きく陥没する。その背後で、プラズマキャノンを貫かれたナースホルンは大爆発を起こしていた。

いかに重厚な防御を施した機体であろうと、内部機構に通じている砲門部分を攻撃されればただでは済まなかったのである。そしてナースホルンの撃破と同時に、カロンブライブのファイヤーバードが滑り込んできた。

「っ……ほぅ、倒せたのか…………?……お前……」

ファイヤーバードは壁に突っ込んだセイルのACに近づくと、マニピュレーターを器用に使って助け起こした。機体に重大な損傷は無く、コクピット周りにも異常は無い。

「OBのショックで気絶したか……まあいい。ミッションは成功だ。ようこそ、炎と硝煙と鉄錆の世界へ。幼い鴉」

 カロンブライブはそう言うと、味方部隊に通信を入れ始める。いくつもの警告音が鳴り響くコクピットの中、セイルは満足そうな表情で眠りについていた。

 

 

「合格おめでとうございます。以後あなたのオペレーターを務めるレナ・エリアスと申します」

薄い茶色の髪をポニーテールにまとめたモニターの女性は、少し頭を下げた。こちらもつられて会釈する。レイヴン試験から数日後、晴れて正式なレイヴンとして登録された彼は、担当となるオペレーターから説明を受けていた。

「以後は私が戦闘中の誘導と、ミッションの契約その他マネージメントを受け持ちます。諸連絡はこちらのアドレスへお願いします。説明は以上です。何かご質問は?……ありませんね。では…………そう言う訳だから。今後ともよろしく」

そういって、彼女……レナは、先程までとは打って変わってフレンドリーな笑顔を向けてきた。急な表情と口調の変化にセイルは一瞬戸惑ったが、すぐに返事を返す。

「ああ、よろしく……随分若いな」

「そうね。あなたの……二つ上くらいかな。一応新人では無いから安心して。所で、もうそっちに書類届いてるわよね。そこに書いてある必要事項、メールにして送って。IDカード発行しとくから。それと、今後はそのIDカードが身分証とクレジットカードにもなるから、受け取ったら常時携帯しておいてね。それじゃ、バイバイ」

通信が切れ、モニターから彼女の顔が消える。セイルは早速端末を立ち上げると、必要事項の確認を始めた。

レイヴンネームとエンブレム、後は機体の機動や金銭のやり取りなどに使うパスワードの記入、さらに基本的な機体のアセンブリングなど、特に詰まる事無くこなしていく。

レイヴンはただでさえ人から恨まれる仕事のため、あまり個人情報は公開しない。だがセイルは特に何も考える事無く、レイヴンネームに『セイル』と記入していた。安全性を考えればそれほど良い選択とは思えなかったが、姓は入れていないしうえに『セイル(Sail)』だけでも一つの普通名詞なので問題は無いだろう。

「こ、れ、で……よしと。後はエンブレム……これだな。それと機体名は……」

エンブレムは、まえからこれと決めていたイラストを貼り付けておく。剣と天秤を持つ女神、タロットカードのJustice正義である。さらに機体名を『チェックメイト』と記入した。ありきたりだろうが、いつか自分はこの機体を使って世界中のテロリストに王手をかけるという意思の表れでもある。自分の半身として行動を共にするには悪くない名だと思った。後は機体構成を残すのみとなる。

とりあえずは、腕部を軽量化したCAM11SOLに、右腕武装を使い勝手のいいマシンガン、MWGMG/350に変更する。と、これでもう準備金としてもらった金は使い果たしてしまった。

自分自身の貯金も生活に困らない程度にはあるのだが、ACのパーツを買うにはとても足りない。セイルはつくづく、ACが一般の常識から外れた存在なのだと痛感した。

最後に機体カラーを、メタリックブルーを基調にホワイトをいれた清涼感のあるものに決定し、データを転送する。即座にレナから返信があり、今後の活動方針その他と、あっせんされているミッションが表示された。輸送車両襲撃、新設基地護衛、そして……

「不審武装集団排除……か……」

依頼を受諾しておいてほしいとメールを返信し、セイルは端末を離れる。

不審武装集団……いかにもテロリストといった感じである。レイヴンとしての初任務、テロリストの殲滅を目的とする自分にはいい滑り出しかもしれない。ミッションスタートは二日後、自分がギリギリ一般人でいられるのもあと二日だった。

「…………」

 これと言って感慨は浮かばなかった。ここまで来たのは全て自分の意志だったし、今更日常に戻るつもりは無い。そもそも既にレイヴン試験の時点で、MTに乗っていたパイロットを殺害してしまっているのだ。自分の手は早くも血に塗れてしまっている。例え戻りたいと思っても、もう戻る事は出来ないだろう。

「そう……どうせ戻れないなら、行ける所まで行ってみるか……」

 セイルはそう言うと、外出の準備を始めた。特にする事も無いのだが、グローバルコーテックス本社へ行ってみたくなったのである。特に持ち物も持たず、財布と携帯端末だけをポケットに突っ込むと、セイルは部屋の外に出て行った。ちょうどその時、つけっ放しだった端末にメールが届き、自動的に開封される。

 

<メールニュースサービス:テロ組織、強大化か>

「最近頻発するテロ活動について、迎撃にあたったレイヴンやシティーガード達は、皆口々に『最近、急に組織的な行動をとるようになった』『使用しているMTの水準が上がっている』などと言っている。下層階級の市民が主となっている筈のテロリスト達が如何にしてこのようになったのか、専門家たちは大手企業の介入や武器密売組織などの関与を挙げているが、詳しいことは不明。各地のシティーガード達は、警戒を強めている]

 

 それは特にどうと言う事のない、単純なニュースだった。しかし、不意に端末の画面がブラックアウトしたかと思うと、数瞬の後に再び点灯する。その画面からは、先程のメールは跡形もなく消え失せていた。

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