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初動〜人生全て初体験〜
『もうすぐ作戦領域だよ。セイル、準備して』
「…………」
『セイル?聞こえてるの?もうすぐ……』
「…………zzz」
『……AC放り出すわよ』
「わっ、わあったよ……ジェネレーターイグニッション、システムオンライン、通常モード起動……っと」
ドスの利いたレナの声にせかされ、セイルはACを起動する。薄暗い輸送列車の中にジェネレーターの駆動音が響き渡り、ACのカメラアイが赤く輝いた。
セイルとそのAC、チェックメイトを乗せた輸送車両は、狭く薄暗いトンネルの中を作戦領域へ向けて移動していた。ここはレイヤードの最上層に張り巡らされた輸送用の通路網になっており、コーテックスに所属するレイヴンや企業軍のみが使用を許されている。航空機の使用が制限される地下世界においては、未だに列車による輸送が主となっているのだ。
mission:不審武装集団排除 client:キサラギ
reward:20000C mission cord:Extermination
セクション513に集結している不審集団の殲滅を依頼する。
この区画は、先の事件の折、わが社がミラージュ社より買収したものであるが、最近この区画で不審なMTが目撃されている。
この区画は、わが社にとって重要な区画であり、不審者たちの勝手を許すわけにはいかない。彼らの完全な排除をたのむ。
「買収か……あのミラージュ社が、そうそう自分の所持物を売り払うとは思えないけどな……」
『正解。この区画って、以前キサラギ社がレイヴンを使ってミラージュ社から奪取したんだって。おまけにその前はクレスト社が持ってたなんてデータもあったし、この区画って三大企業の手を渡り歩いてきたらしいのよね』
「へぇ……まともに人が住めるような場所には見えないけど、なんでそんなに欲しがられるんだ?」
『主な理由は輸送路への利用ね。この場所って、工業区と産業区のちょうど境目にあるでしょ?工業区で作った他社に見られたくないモノを本社に運ぶのには、人が居なくて機密性の高いこの区画を通るのが最適なのよ』
「ああ、そう言う事か。SL事件の被害復興も中途半端だって言うのに、三大企業もよく…………ん?レナ、なんでお前がそんな機密情報を知ってるんだ?」
『フフン……何を隠そう、学生時代はハッキングの女王としてネット上では少しは名の知れた女だったのよ。上は三大企業から下は一般家庭まで、作ったバックドアは数知れず。あの頃は若かったわ〜、仲間と協力してミラージュのマザーに侵入した事があるんだけど、そこらじゅうトラップだらけでもう……』
「…………」
セイルは半ば呆れたような表情でレナの声を聞いていた。三大企業のマザーコンピューターに侵入するなど、バレれば逮捕どころか謀殺されてもおかしくないレベルである。仕事上のパートナーとしては心強かったが、セイルは正直彼女の感性を疑いたくなってしまった。
管理者が倒れ、政治の実権が完全に企業の物となったこの時代、既に法による護りすらも信用できる物ではなくなって来ている。そんな中でそれ程までに大胆な行動を起こせるのは、同じ三大企業かテロリストくらいの物だった。
『さて、雑談はこのくらいにして……レイヴン、作戦領域に到達しました。ACのロックを解除します。区画内の敵部隊を排除してください』
「っ!……了解、出撃する」
不意にレナの口調が変化する。先程までのフレンドリーなものから、一転してシリアスな物へと、喋り方どころか無線越しに伝わってくる雰囲気までが変化しているように思えた。
セイルは一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直してコントロールスティックを握り直す。何の事は無い。風が吹いただけで命が消えていくようなこの世界で、人付き合いがうまいだけの人間が生き残れる筈無いのだから。
『システム キドウ』
チェックメイトのコンピューターが無機質な声を上げ、ACの戦闘モードが起動する。右腕部に装備されたマシンガンが水平に構えられ、ジェネレーターの出力が跳ね上がる。最後に機体表面を防御スクリーンが覆いつくし、戦闘準備が完了した。
「戦闘モード起動。チェックメイト、出撃する!」
セイルは輸送車両の外に出ると、ACのマニピュレーターから伸びたコネクタを使って目の前にある『513』と書かれたゲートを操作する。緩衝空間を挟んだ二重扉をくぐりぬけると、廃墟となった旧市街地が見えた。同時にACのセンサーがいくつもの熱源を感知し、レーダーに赤い光点が灯る。
「よし……行くぞ!」
セイルはチェックメイトを前進させる。ほどなくして、崩壊したビルの陰から一体のランスポーターが現れた。ランスポーターはロケット砲を撃って攻撃してくるが、狙いは甘く、危険度は低い。
セイルはチェックメイトを操作し、ロケット砲をブーストダッシュで回避しながらマシンガンを浴びせ掛ける。直撃をうけたランスポーターは蜂の巣になって膝をつき、爆散した。
マシンガンは小さくて軽い分、ライフルよりはるかに使いやすい。さらに時間当たりの攻撃回数が多い分、敵の撃破も早かった。セイルは満足そうにグレーの銃身を見つめると、次の標的を求めてチェックメイトを前に進めていく。
と、不意にコクピット内にアラートが響き渡り、セイルはチェックメイトをステップさせた。すぐ隣を白い尾を引きながらミサイルが抜けていき、廃ビルに着弾して爆発を起こす。ミサイルが飛んできた方向を見ると、襲撃に気づいたのかいつのまにかMTが集まってきていた。ミサイルを装備した逆関節MT『アローポーター』やパワードスーツもいる。
セイルはチェックメイトを駆って各個撃破していくが、敵の数はなかなかに多い。チェックメイトを取り囲むように集まって来たMTたちから、何発ものミサイルが雨あられと撃ち出された。コアパーツの迎撃機銃が何発かを叩き落とすが、残りのミサイルは狙いあまたずチェックメイトに命中した。
「くっ……?よし!」
セイルはチェックメイトを包囲しているMTの一体をレーザーブレードで切り裂くと、開いた穴から包囲網を抜け出した。そしてチェックメイトを道路わきの細い道へと滑りこませる。壁面と擦れた装甲が火花を上げるのにも構わず路地の奥へと入り込んだチェックメイトは、追いかけてくるMTをマシンガンの弾幕で迎え撃った。
この狭さではまともな回避行動はとれないが、一度に相手をするMTは一、二体ですむ。本来はタンク型などの重装型ACがとる戦法だったが、セイルは構わず戦闘を続けた。
フルオートのまま撃ち続けられたマシンガンは迫りくるMTやパワードスーツを次々に撃破し、物の数分もたたずに周囲の敵をせん滅してしまっていた。
「ふぅ……終わったか?」
『まだです。隣の区画から増援が出現しました。撃破してください』
「まだ来るのか……ちっ……」
セイルは舌打ちをすると、レーダーの端のほうに灯った赤い光点に向けてチェクメイトをダッシュさせた。
数分後、大通りには多数のMTの残骸が転がり、その中央でチェックメイトと最後のランスポーターが戦っていた。チェックメイトのブレードがランスポーターの砲門に突き刺さり、ランスポーターが爆発する。
「ふぅ……全機撃破。レナ、もう居ないか?」
『まだです。すぐ近くに熱源が……』
「すぐ近く?レーダーには何も……っ!?」
レーダーに視線を移したセイルは愕然とした。先程まで正常に作動していた筈のレーダーには激しいノイズが走り、何も映っていない。セイルはすぐに戦術画面から機体のダメージをチェックしたが、レーダーに損傷は見られなかった。
「っ!レナ、レーダーが異常だ。どうなって……くっ!!」
その瞬間、コクピットを激しい震動が襲っていた。戦術画面に被弾の警告が映り、APがどんどん減少していく。セイルはチェックメイトの頭部パーツを旋回させて周囲を見渡して見るが、敵機どころか攻撃の発射地点すら特定できない。
「くっ……駄目だ、敵機の位置が分からない。レナ!どうなってるんだ!?」
『作戦領域に高濃度のECMが展開されています。こちらのレーダーで索敵を行うので、もう少し耐えてください!』
レナの声に僅かながら焦りが混じり、無線越しに激しいタイピング音が聞こえてくる。セイルはチェックメイトを再び路地裏に避難させたが、それでも敵の攻撃は止まずに続いていた。
「どうなってる。こんな閉所にまで攻撃が及ぶなんて……」
『レイヴン!こちらのレーダーで補足できました。データを転送します!』
腕部パーツでコアパーツを庇いながら攻撃に耐えていると、レナから連絡が入った。コンピューターにメールが着信し、戦術画面に上表が表示される。
[Enemy one:X-4, Y-2, Z-42, Enemy two:X-12, Y-3, Z-42, ]
「これは……真上!?」
セイルは頭部パーツを旋回させ、真上を向く。崩れかかったビルの上、二体のMTがこちらを狙撃していた。
ACとほぼ同じ形をした戦術型MT『カイノス』……MTの武装の中では非常に高い威力を持つレーザーライフルやミサイルポッドを装備しており、機動力もACに匹敵するものがある。チェックメイトの疲弊しきった装甲では辛い相手だった。
(のんびり戦っている暇は無い。だったら……)
セイルはコンソールを操作し、背部武装のミサイルを起動する。そして二体のカイノスにそれぞれマシンガンとミサイルをむけると、タイミングを計って発射した。同時にカイノスのレーザーライフルが発射され、計四つの火線が空中で交錯する。
チェックメイトは急加速でレーザーを躱し、カイノス達も身を引っ込めようとする。しかし、それより早くチェックメイトの放った二つの火線がカイノス達のレーザーライフルに狙いあまたず命中していた。レーザーライフルが爆発を起こし、右半身を吹き飛ばされた二体のカイノスは姿勢を崩してビルから落下する。そのまま数十メートル下の地面に叩きつけられたカイノス達は、グシャリと潰れて動かなくなった。
『熱源の消滅を確認。レイヴン、おつかれさまです。帰還して下さい』
「はぁ……はぁ……了解…………」
セイルは始めてのミッションを遂行した喜びと安堵をかみしめつつ、ACを区画の出口へと進める。薄暗いコクピットの中では、レーダーが向かうべき出口を指し示していた。
………………一時間後、コーテックス本社、ACガレージ
チェックメイトがハンガーに固定されるが否や、待機していた整備員たちが機体にとりついていく。コクピットハッチを開けて外に出たセイルは彼らと入れ替わるようにしてその場を離れて行った。
ここはコーテックス社のACガレージ。コーテックス所属レイヴンのACは殆どがこのガレージに収納されており、数多くのメカニック達によって管理されている。その様相はさながら巨大な立体駐車場のようで、どちらを向いても巨大な人型兵器が鎮座しているその光景には見る者を圧倒するものがあった。
「…………」
「失礼、あなたがセイルさんでしょうか?」
離れた所からチェックメイトの様子を見ていたセイルは、不意に背後から声をかけられて振り返る。そこには一人のメカニックが立っていた。
セイルと同い年か少し下くらいの青年で、少し長めの青い髪に大きな黒い瞳をしている。メカニックの制服らしい作業着は少々オーバーサイズで、童顔で中性的な顔立ちはどこかセイルに似た雰囲気を持っていた。
「……そうだが、何か?」
「申し遅れました。チェックメイト担当の主任整備士で、エディ・ルークラフトと言います。よろしくお願いします」
そう言って彼、エディは手を差し出してきた。セイルが躊躇いがちにその手を握り返すと、エディは軽く微笑みを返してきた。
「えと……今回が初めての出撃ですよね?ガレージの説明をさせていただいてもいいですか?」
「あ、ああ……頼むよ」
「分かりました。え〜、コーテックスに所属しているレイヴンのACは、基本的にこちらのガレージで修理と整備を行う事になっています。まず、修理についてですけど……」
エディはガレージのあちこちを指さしながら説明を始めた。一見するとレナと同じくフレンドリーで付き合いやすそうな雰囲気だが、その口調には内容に関する熱さと力強さがこもっており、さらに要点や疑問点を非常に的確にとらえている。事実、セイルは話が始まってからずっと聞きに徹していた。
(すごいな……まるでこっちの聞きたい事が分かってるみたいにすらすらと説明が出てくる。コーテックスはメカニックの一人一人まで並の人材じゃないって事か……)
「……それと、機体のアセンブルやカラーリングの変更もこちらで行う事になっているので、必要なときは連絡してください……以上です。何か質問は?」
「……いや、無いよ。ありがとう」
セイルはそう言うと、軽く頷きながら礼を言った。結局、説明の途中でも後でも、一つたりとも質問をする必要は無かった。疑問に思った点は、セイルがそれを問おうとした時には彼によって補完されてしまうのだ。
「わかりました。では、損傷の調査が終わったら連絡しますから、控え室の方で待っていて下さい。残念ながら、少々時間がかかりそうです」
エディはチェックメイトを見上げながら言った。装甲のあちこちがレーザーによって融解し、最終装甲板どころか内部機構まで露出してしまっている所があった。
「悪い、死角から思いっきり攻撃受けちまったからな……」
「いいんですよ。僕たちはそれで儲かる訳ですから。それに、あなたの戦闘スタイルを把握する意味もありますから、どんどん壊してくれて構いません。ただし、帰っては来て下さいね。セイルさん」
少々打算的な言葉だったが、彼なりに新人のセイルを心配してくれているのだろう。セイルは苦笑すると、礼を言ってその場を離れて行った。人の無情が浮き彫りになるこの世界においても、人の情けは存在しているようだった。
彼は今まで何人の出撃を見送り、そのうち何人の帰還を迎えたのだろう。そして自分も、あと何度無事に帰ってこられるのだろうか。
(まぁ、それは俺の腕次第、か……)
取り留めのない事を考えながら歩いていると、控え室はすぐにみつかった。ちょうどガレージと本社ビルの中間にあたる位置にあって、どちらからも簡単に行き気が出来るようになっているらしかった。セイルは取っ手を握って扉を…………
「……あれ?」
押しても引いても扉が開かない。鍵は無いようだし、新しいので立て付けが悪いわけでもなさそうである。それ以前になぜ自動ではないのだろうか。セイルはしばらく扉とにらめっこをしていたが、突然中から笑い声が聞こえてきた。
「引き戸だ。横に引っ張れ」
「……………は?……」
声の通り取っ手を横に引いてみると、開いた。中は待合室の用になっており、結構な広さがある。現在部屋の中に居るのは男と女が一人ずつで、正面のソファーに座っている初老の男が話し掛けてきた。
「新人だろ。大体のやつはそこでひっかかる。残りの何人かは開け方に気付くなりドアをぶち破るなりするがな。ははは……」
男は笑いながら脇に詰めてソファーを開けてくれた。セイルは少々躊躇いながらも彼の所へ歩いて行く。セイルが男の前までたどり着くと、男はソファに座ったまま手を差し出してきた。
「ケイローンと呼んでくれ。ACはサジタリウス。一応十年はレイヴンやってるからな。分からん事があったら俺に聞け。よろしく」
「ああ、ありがとう……セイルだ。こちらこそよろしく……」
セイルはそう言って男……ケイローンの手を握り返し、彼の隣に腰を下ろす。と、別のソファーに座っていた女性も立ち上がって話し掛けてきた。
「へぇ……さっき帰還してきたAC、あなたのだったのね。ずいぶんやられてたみたいだけど、大丈夫だったのかしら?」
「……ご心配なく。この通り何でもない」
「そう、初陣の後でこれだけ落ち着いてられるなら上等ね。才能あるわよあなた……スキウレよ。よろしく」
スキウレはセイルを値踏みするような視線を送ると、試すように手を差し出して来る。セイルは戸惑いを悟られないようにしっかりと手を握り返すと、こう言った。
「よろしく……女性レイヴンって本当にいるんだな」
「…………失礼ね。オペレーターかなんかだと思ってたの?機動兵器のパイロットは小柄な女性の方が向いているのよ」
スキウレはペースを乱されたのが少々気に障ったらしく、セイルから視線をそらしてしまう。セイルは逆にしてやったりと口元を歪めながらソファに座りなおした。
思っていたほど殺伐とした雰囲気ではない事にほっとしたが、とたんにこの二人もレイヴンに違いないという事実が脳裏に浮かんできた。今はごく普通に話せているが、いざ戦場に立てば強大な敵となるだろう。しかも確実に自分より格上の、である。
(レイヴンになったらなったで、知らなきゃいけない事がまだまだ有るんだな……)
セイルがそう思って小さく溜息をついたた時、扉を開けて若い男が一人入ってきた。くすんだ灰色の頭髪と、青いレンズの眼鏡が視線を引いている。
「よう、クラ。今終わったとこか?若ぇのに無理すんなよ………こいつ、新人のセイルな。よろしくしてやってくれ」
ケイローンがセイルの肩を叩きながら彼に話し掛ける。セイルは少々居心地が悪かったが、そのまま成り行きを見守っていた。
「頼むからでかい声を出さないでくれ…………クライシスだ」
彼は、淡々とした口調でそう告げると、控室を通り抜けて隣の部屋に行ってしまった。セイルが首を伸ばして見ると、隣の部屋へ続く通路には『仮眠室』という看板が掛けられており、『静かに』『置き引き注意』『連れ込み禁止』などと落書きがされている。
「ったく、相変わらず付き合いの悪い……まぁ気にするな。あいつはミラージュの専属レイヴンでな、いろいろと無茶な仕事を引き受けてる。さっきも徹夜明けで機嫌が悪かったんだろう」
「でも、クラっちも大変みたいね。メガネでよくわかんなかったけど、クマができてたみたいだし………あっ、私もう行くわ。じゃあね」
スキウレは携帯端末で時間を確かめると、部屋を出て行った。部屋にはケイローンとセイルだけが残され、一瞬の沈黙の後にケイローンが口を開いた。
「どうだ?レイヴンだって、結局は人間だろ」
「ああ……聞いてた程辛辣じゃなかったな」
「だろ?レイヴンになったからって特別な事は何も無ぇ。お前さんが今までしてきた通りに、仕事や人間関係をこなしてきゃいいんだ。緊張する必要なんざねぇよ」
ケイローンはそう言って、再びセイルの肩を叩いた。セイルはケイローンの言動に驚きつつも、その気遣いをありがたく思って口元を緩めた。
「みたいだな……ありがとうケイローン。正直助かったよ……これからもよろしく頼む」
「おう、戦場で敵にならないことを祈るぜ」
「……なぁ、実際の所、本当に戦場で知り合いが敵になったらどうするものなんだ?」
「はは、ルーキーが一番気にする所だな。まぁ、それについても心配はねぇよ。知り合い同士の戦いなら、適当な所で不利な方が手を引くか、撃破に至ったとしてもオーバーキルは狙わないようにする。そんな所だ。俺も大体はそうしてっから、お前さんも気に留めといてくれや」
「わかった。あんたに会った時は気をつけるよ」
セイルはそう言うと、ポケットから携帯端末を取り出して時間を確認した。自分がガレージを出てから少々時間がたったが、まだエディからの連絡は来ない。
「何だ?ガレージの方か?」
「ああ、ちょっと派手にやられたから時間がかかるとは言われたんだけど……」
「ほぅ…………ちょっといいか?」
セイルは急にケイローンの口調が変わったのを感じ、自分も表情を引き締めた。
「おまえのACな……窓から見えたんだが、全体じゃ無く局所にダメージが集中してる。つまり、ありゃお前の腕が悪いんじゃなく、何か想定外の事態が起きたって事だ。違うか?」
「……いや、その通りだ。突然レーダーが映らなくなって、慌てた所を真上から奇襲された」
セイルは先程の戦闘の様子をケイローンに告げた。それを聞いたケイローンは、表情を少々険しくしながら言った。
「やっぱりそうか……ECMメーカー付きのMT……ったく、面倒な……」
「……どういう事だ?詳しく教えてくれ」
「ん?ああ、かまわねぇが……どうかしたのか?」
セイルは、自分がテロのせいで家族を失ったこと、テロ組織を殲滅するためにレイヴンになった事などをケイローンに告げた。
「なるほどな…………セイル、最近テロが多いのは知ってるよな。やってるのはだいたいレイヤードの下級市民なんだが、それにしては高度な戦略をとってたり、カスタマイズされたMTを使っていたりする。ここいらのレイヴンたちは皆まいって来てる所だ」
「……どうして唯のテロリストがそんな事を?」
「ああ、こっから先は俺の推論だが……やつらにカスタムMTを流したり、戦術指南をしてる奴らが居る。そんな気がするんだ」
「……テロリストを支援してる奴がいるって事か?」
「ああ、前にも……サイレントライン事件のころだが、レイヤードのやつらがどこからか上級MTを手に入れてビルに立てこもったことがあってな。そのときやつらにMTを流したやつが、また同じ事をしてるんじゃないかとな。俺はそう考えてる」
「そうか……ありがとう。当面の目標が決まった」
「そうか……ま、せいぜい無理しないようにな。んじゃ、俺もそろそろ行くわ。じゃな」
ケイローンはそう言うと、部屋を出て行った。セイルはソファーに深く座ると、ケイローンが言った事を思い返し始める。強化されたMTと、それを流通させる存在……テロリストに力を貸す謎の勢力……とりあえずは、その勢力を追ってみようと思ったのだ。と、不意に部屋に置かれていた端末に着信があり、セイルの名前が呼び出される。セイルはその端末に近寄ると回線を開いた。
『セイル〜……あ、いたいた。ACの修理終わったって。こっちも報告すんだから、ガレージに戻って頂戴』
通信の相手はレナだった。どうやら初ミッションの結果報告があるらしい。セイルはもう少し考えていたい気もしたが、ガレージに行くことにした。
レイヴンをレイヴンたらしめている物の一つに、莫大な報酬がある。今回は初めての本格的な戦闘と言う事もあってそれ程良い結果では無かったが、それでも一般人からすれば破格の報酬がもらえている筈だった。
「……やれやれ、確かに、レイヴンもただの人間らしい……」
セイルは溜息をつきながら控え室を出て行った。その貌には、僅かな微笑みが浮かんでいる。それは報酬に対する歓喜なのか、それとも思いがけない人の優しさに触れたせいなのか。セイルには、どちらなのかよく分からなかった。
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