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狭間の世界〜ドコでもないココ〜 

 

  放たれたいくつもの光弾が空気を焼いて飛来する。セイルはチェックメイトをブーストダッシュさせて柱の後ろに逃げ込ませて光弾を躱すと、マシンガンのマガジンを交換した。

そしてマシンガンの銃身を柱の影から覗かせて反撃を試みるが、またも迫り来る光弾の雨の前にあえなく柱の陰に引っ込む事となった。

「くそっ、何だってこんな……」

セイルは悪態をつきながら武装をミサイルに切り替え、チェックメイトを後退させた。先程まで身を隠していた柱が崩壊し、爆炎の向こうから敵機が現れる。

くすんだイエローのボディに細長い手足、そして全身に装備された数々の武装。チェックメイトと同じ、二脚タイプのアーマード・コアだった。

「これが……AC同志の戦い……っ!」

再び放たれた光弾———電離したイオンを放つパルスライフルの攻撃を避け、セイルはさらにチェックメイトを後退させる。セイルは今更ながら、自分の安受け合いを後悔し始めていた。

 

 

………………数日前、セイル宅

「アリーナ?」

『ええ、レイヴン同士が賞金をかけて試合をする。あのアリーナよ。知らなくはないでしょ?』

「……ああ……」

セイルはディスプレイ越しにレナと話をしている。起き抜けなのか、表情にはあまり真剣さが見られない。半分寝ぼけた頭でかろうじて返事をしているようだった。

 

アリーナ。グローバル・コーテックスが主宰するAC同士の模擬戦闘の場であり、レイヴンの実力を示すランキングでもある。

コーテックスに所属しているレイヴンは皆そこに登録されており、試合に勝つことによってファイトマネーを得、レイヴンランクのアップが可能となるのだ。

また、一般の人々も観戦や賭博への参加が可能であり、そのほとんどが謎に包まれているレイヴンの、唯一よく知られている箇所でもある。

 

「で……アリーナが何の用なの?ふぁ……」

 大口を開けてあくびをしながらセイルはそう尋ね返した。レナは少々むっとしたようだが、特に咎めもせずに話を進めていく。

『アリーナのレイヴンから挑戦が来てるわけ。セイル、試験でいきなりナースホルン撃破なんて事やっちゃってるから、通常は最下位のE−20に登録されるんだけど、試験の功績のせいで何人かすっ飛ばしてもうE−17になってるの。そのせいで、それより下位のレイヴンはみんな不満タラタラなのよ。で、その内のE−19のレイヴンが挑戦してきたの』

「ふぅん……それは強制?」

『別に強制ではないけど、あんまり断わってもいい事無いわよ。アリーナでの戦果はそのままレイヴンのイメージに直結するから、ランクを上げていけばコーテックスを含む各企業からの評判もその分よくなるの。出て損はしないわよ』

「……ふぁ」

セイルは再び大きなあくびをする。レナはいい加減気に障ったようでわざとらしく溜息をついたが、セイルは気にも留めていなかった。

実のところ、初めての本格的な出撃からそれほど日が経っておらず、セイルは未だに疲労を残していたのだった。

『じゃあ受諾って事にしておくから、後でちゃんと情報確認しておいてよ。じゃあね』

半ば呆れた様な口調でそう告げると、レナは唐突に通信を切る。程なくして試合の日程や挑戦者の情報が記されたメールが送られてきたが、その頃にはセイルの意識は再び眠りの淵へと沈んでしまっていた。

 

 

………………現在、グローバル・コーテックス本社、第二アリーナ

(やれやれ、せめて相手の情報だけでも確認していればな……)

セイルは自嘲しながら武装を切り替えると、ミサイルを発射する。

前回のミッションで得た報酬で手に入れた六連装ミサイルは一度に複数のミサイルをロックオン出来るが、現在のチェックメイトではFCSの機能が追いついておらず、発射数が制限されてしまう。

放たれた二発のミサイルは一発のみ敵ACに命中し、装甲板を吹き飛ばした。ぐらりと姿勢を崩す敵ACに、セイルは更にミサイルを放つ。

「E−19、シュティングスターのAC『キングフィッシャー』か……やっぱり装甲は薄いみたいだけど、さて……」

 今度は二発とも回避され、敵ACキングフィッシャーは反撃とばかりにロケット砲を撃ち込んでくる。直撃を受けたチェックメイトの装甲が弾け飛び、鳴り響くアラートにせかされるようにしてセイルは回避行動に移った。

 

 相手のレイヴン、シューティングスターはランクこそ低いものの、SL事件以前からレイヴンをやっている熟練者だった。操縦技術や才能には特筆すべきところは無く、むしろ劣悪と言ってもよい程の物であったが、初心者であるセイルと違ってそれなり以上の経験を積んでいる。実のところ、このセイルへの挑戦自体、新人であるセイルを食い物にしようとしての物だったのだ。

乗機であるキングフィッシャーも、防御力はともかく機動力でチェックメイトに勝っており、精度の低いマシンガンにはあまり当たってくれない。しかも敵のパルスライフルと、自律兵器イクシード・オービットの作り出す光の弾幕に、チェックメイトの装甲はかなり削られてしまっていた。

(いいかげん装甲が心許なくなってきたな。くそ、何か手は……)

そう思って敵機を注視したとたん、セイルの目がキングフィッシャーの肩に留まった。

そこには多弾数タイプのロケット砲が装備されており、チェックメイトの方に砲身を向けている。

FCSを介さない手動標準の為命中率が低く、それ程使われてはいなかった武装だった。ただし威力はかなりの物で、先程直撃を受けた個所は最終装甲板まで露出している。

(あんまり喰らいたくはない武装だけ、ど…………それは、相手も同じか!)

セイルは何かを思い切ったように口元を歪めると、チェックメイトのOBを作動させ、一気に距離を詰める。キングフィッシャーの放つ多数の光弾が疲弊した装甲を容赦なく叩き、残り装甲値を示すAP値がどんどん減っていくが、セイルは構わずチェックメイトを突っ込ませた。

と、それまでパルスライフルを撃ち続けていたキングフィッシャーが不意にロケットを起動し、発射する。まっすぐに突っ込んで来るチェックメイトを見て、今なら当たると思ったのだろう。装甲の疲弊した今のチェックメイトでは、一撃でも喰らえば戦闘不能になりかねない。しかし、

「そおおらっ!」

セイルは被弾の寸前にOBの噴射口を左に向け、ぎりぎりの所でロケットを躱す。そのままキングフィッシャーの脇を通り抜けつつ、ロケット砲の砲門にレーザーブレードを差し込んだ。

弾倉内に残っていた大量の砲弾が爆発を起こして弾け飛び、キングフィッシャーのボディーを幾度となく打ち据える。同時にチェックメイトの戦闘システムが強制的にストップされた、ディスプレイに『WIN』の文字が表示された。

「はぁ……はぁ……勝った、か……」

戦闘の結果を伝えるアナウンスが流れる中、アリーナに作業用の装甲車がかけ込んで来た。セイルは彼らの誘導に従い、チェックメイトをアリーナの外へ移動させる。チェックメイトの背後では大破したキングフィッシャーに向けて、何台もの装甲車が放水していた。

 

 

………………一時間後、コーテックス本社、レイヴン控室

「よう!ハツ・ショーリ!」

「……どんなアダ名だよ」

出会い頭に妙な呼びかけをしてきたケイローンに軽くツッコミを入れ、セイルは溜息をつく。ケイローンはニヤニヤと笑いながらセイルの隣に並ぶと、一緒に歩き始めた。

「知らねぇのか?『ハツ・ショーリ』。初めてのアリーナ戦に勝利した新人レイヴンに与えられる栄誉ある称号だ」

「……それじゃ全レイヴンがそう呼ばれる事にならないか?」

「バーカ、初めてのアリーナ戦で相手に勝てる奴はそうそう居ないって話だよ」

 セイルはそう言われて絶句した。言われてみれば、アリーナに登録されている相手と戦うという事は、その相手はアリーナ戦の経験があるという事になる。

新人同士の戦いでもない限り、相手は常に格上と言う事になるのだ。現に先程戦ったシューティングスターも、経験だけならセイルより遥かに上である。

「で?……どうだったよ。ACとの戦いは」

「そうだな……正直きつかった。まだACもまともに組めてないしな。それに、思った以上にAPの減りが早い。やっぱりACとMTじゃ戦闘力は段違いって事か……」

「そうだな。まぁ、APの減りが早いのはレイヴンの安全性を考慮したアリーナでの仕様だが、AC戦がキツイもんであることに変わりはねぇな……」

 セイルは小さく相槌を打つと顔を伏せた。これからもレイヴンを続けていく以上、ACとの戦いは避けられないだろう。それがもしケイローンの様な穏健なレイヴンが相手ならあるいは見逃してくれるかもしれないが、そうでは無い大多数のレイヴンと遭遇した場合、おそらく敗北は即、死につながるだろう。自分はすでに、明日の命も知れぬ世界に身を置いているのだ。

「…………」

「…………ところでセイルよ、これから暇か?」

「え?……まぁ、帰ろうとしてた所だけど……」

「よし、んじゃちょっと付き合え。戦勝祝いにいいところ連れてってやる」

ケイローンはそう言うと、足を速めて歩き始める。セイルは少々面喰いながらも、その後に続いて行った。

 

 コーテックスシティ。人類が地上に進出する過程で建設された開発拠点がそのまま都市化したものである。中心部には巨大なビル群がそびえ立ち、郊外にある繁華街からは昼夜を問わず、若者たちの騒ぎ声や流行のミュージックが響いてくる。さらにベッドタウンとなっている町の外周部には数千万人もの人々が生活しており、まさに人類の繁栄の象徴ともいえる都市だった。

しかし、一見完璧に見えるこの町は、しかし同時に多くの人々から忌み嫌われてもいた。コーテックスシティ。その名の通り、この町はレイヴン達の巣であるグローバル・コーテックスによって管理されているのである。

中心部には地上本社となっている巨大ビルがあり、周辺にはアリーナのドーム。地下にはACのガレージと、郊外の輸送施設へと続く地下通路が張り巡らされている。居住しているレイヴンの数も他の複合都市に比べてはるかに多く、この町が彼らと、その分身たるACたちによって支えられている事を示していた。

また、コーテックスは企業間の争いにおいて常に中立の立場を取っているが、ひとたび動き出せばこの町に存在する戦力だけでも十分に三大企業の一角と渡り合えるという。レイヴンと言う戦力の重要性もあいまって、コーテックスに正面から対立する勢力は現状存在しないものの、この町が再び人類を破滅させるだけの要因を抱えている事に変わりは無かった。

戦力に裏打ちされた平和、人々の血によって得られる繁栄。漆黒の鴉達が巣くう白亜の大都市。人はこの町をこう呼んだ。クロウズシティ(Crow’s City:鴉たちの町)と。

「んで?どこまで行くんだよ。もう繁華街の端っこだぞ」

「いいから黙ってついて来い。もうすぐそこだ」

そんなクロウズシティの一角、中心部とベッドタウンの中間あたりにあるダウンタウンを、セイルとケイローンは歩いていた。ケイローンはいくつもの曲がりくねった路地を抜け、突き当りにあった店に入る。

一見するとバーのようだが、看板はさび付いて読めず、外壁は何年も掃除をしていなかったかのように黒ずんでいる。営業しているとは思えない外観だが、中に入ってみると以外と小ざっぱりしており、何人もの客で賑わっていた。

「ほぅ、そんじゃ彼が?」

「ああ、顔覚えといてくれや……セイル、こっちだ」

セイルはケイローンに招かれるまま店の奥に進み、カウンターの前に立つ。店主らしい老人が小さく頭を下げ、セイルも遅れて会釈を返した。

「まずここで金を払う。一人一回5コームだ。今日は俺が出しといてやる」

そう言うとケイローンは、自分の分と合わせて10コームを店主に支払った。店主は金を受け取ると、セイルとケイローンに小さな声でいくつかの数字を告げた。

「言われた数字を忘れるなよ。書き留めるのも禁止だ。んで最後に……」

ケイローンはセイルを伴ってバーのカウンターの奥に入っていく。奥の扉を開けると、2メートル四方ほどの小さな部屋があった。なぜか四方の壁には金網が貼り付けられており、錆びた鉄のにおいが充満している。

「この部屋でさっきの番号を入力する訳だ。やってみな?」

金網の一つには一から百までの数字が書かれた百個のボタンが付けられたパネルがある。セイルが先ほど言われたいくつかの数に該当するボタンを押すと、突然部屋が振動し、床板と金網が下方へとゆっくり下がり始めた。

「っ……エレベーターなのか?

「ゆれるから気ぃつけろよ」

「ああ……にしても、やけに速いな。地下何階……ってか、なんでただの飲み屋にエレベーターなんか着いてるんだ?それに、結局どこ行くんだよ」

「はは、んじゃそろそろ教えてやるか……旧世紀時代、かつて大破壊の激化から地下都市の必要性が問われ、レイヤードの建設が始められていたころだ。既に記録が残って無いほど昔だから詳しくは知らんが、作業員たちの詰め所として、地上と地下の建設現場の中間あたりに大規模な居住区が作られたんだよ。やがてレイヤードが完成し、大破壊もおわった頃、工事の終わりと共に破棄されたその居住区に、大破壊から生き残った脱走兵や傭兵たちがたどり着いたらしい。彼らは、いまだに混乱の続くレイヤードに入ることを嫌い、まだ稼動する施設のあるそこに住み着いたんだ。そのうち、浮浪者や世捨て人みたいな逸れ者達が集まり、極秘で拡張工事も行われ、地上やレイヤードのいくつかの飲み屋や武器屋が秘密の入り口として機能しはじめ、そして…………」

突然セイルの目の前が開けた。金網越しにセイルが見たものは、レイヤードの1区画に匹敵するほどの巨大な地下空間だった。

「っ!!これは……………」

「秘密の地下都市として発展したってわけだ。いかなる企業の目も、かつては『管理者』の監視さえも潜り抜け、無法地帯として存在し続けている。こんな町が、地上とレイヤードの間にいくつもあるのさ」

そうこうしている内にエレベーターは下に着き、まだ呆然としているセイルを残してケイローンは外に出る。そこはまるで地上の繁華街のような賑わいがあった。何かの店らしい建物からは音楽が鳴り響き、ネオンサインが瞬いている。行き交う人々も、みな一般人でなさそうなこと意外は、地上やレイヤードと何ら変わりなかった。

「ようこそ。地上とレイヤードの狭間、世界中の逸れ者たちの最大の溜まり場。人間の闇が作った無法地下都市。本当の意味でのクロウズシティ(Close City:閉じた町)へ」

ケイローンは仰々しく笑いながらセイルに手を伸ばした。

 

セイルはケイローンにつれられて大通りを歩いていた。地上の繁華街となんら変わらない。人々の喧騒も、通りに面した多くの店も、何一つ違わない。ただ、時折どこからかやばそうな音が聞こえてくる。今も後ろのほうで銃声が聞こえたような気がした。

「そうだ、無法地帯といっても暗黙のルールくらいはあるから……いらねぇよ、行け行け……覚えとけよ」

艶めかしい肢体をあからさまに見せつけながら近寄って来た女性を追い払い、ケイローンはそう言った。セイルはと言えば、先程からずっともの珍しそうにキョロキョロと頭を動かしている。

と、不意にケイローンの表情が強張ったかと思うと、何かに気づいたセイルが今しがたすれ違った男の肩をつかんだ。男は身をゆすって逃げ出そうとしたが、ケイローンが距離を詰めたとたんに体をビクリと痙攣させ、地面に崩れ落ちる。セイルは倒れた男の懐を探り、自分の財布を回収した。

「……こういうのもここのルールか?」

「まぁ、そんな所だな。基本的にやられた奴の負け、バレても逃げきれば勝ちだ。ただし、やるからには命をかける必要があるがな」

ケイローンはスタンガンをポケットにしまうと、歩みを再開した。男は未だに道の真ん中で伸びていたが、通行人たちはまるで気にもかけずに通り過ぎていく。

「しかしよく気づいたな。いまの奴は中々のやり手だったぞ」

「なんとなくね。何かは分からないけど、何かが起きた気がしたんだ……それにしても、これじゃ丸腰で動き回るのは止めた方がよさそうだな」

「そりゃそうだ……と、そうか。お前さん、まだチャカを持った事が無いか……」

「オモチャを除けばね。そのうち必要になるだろうとは思ってたけど……」

セイルは所在なさげに肩をすくめて見せる。武器を持っていない事が急に心細く思えてきたのか、姿勢が僅かながら前かがみになっていた。

「うし、そんじゃちっとばかし寄り道するか。流石に得物無しは問題だわな」

「ああ、そうしてくれると……っていうか、そもそも何処に行くつもりなんだよ。この町の存在を教えるのが目的じゃ無かったのか?」

「あん?……ああ、そういやまだ言って無かったか……そうだな。そっちのが近いし、先に済ましちまうか……」

 ケイローンは少し思案すると、再び歩き始めた。横合いから飛び出してきた追いかけっこをしている二人組を躱しつつ、セイルも後に続いて行く。

「それで?結局ここにきた理由ってのは何なんだ?」

「ああ、ここは逸れ者たちの無法地帯だろ?レイヴンや他の傭兵たちも集まっているし、そいつらを相手にした商売も多い。武器・兵器、薬物・ナノマシン、仕事の斡旋や人材募集、それに……」

 ケイローンはある店の前で立ち止まる。一見ただの民家のようだが、『情報屋 各種情報売買』と看板がかかっていた。

「こんな店もあるって事だ。確証は無いが、お前の追っているテロ組織の情報も転がってるかもしれん」

「へぇ……そりゃ助かる。正直、目標立てただけで何すればいいか分からなくなってた所だからさ。ありがとうな」

「いいって事よ。俺は得物の方を見繕ってくっから、終わったら呼んでくれ」

ケイローンはそう言いながら人ごみの中に消えていく。その細い背中を見送り、セイルは店の方に向き直った。玄関脇には『御用の方はインターホンを』と張り紙がしてある。セイルは特に迷いもせずにインターホンを押した。

「…………」

 チャイムは聞こえなかったが、建物の中で人が動いている気配がする。暫くすると扉が開き、一人の少女が現れた。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 セイルは少々たじろぎながらも少女に続いて中に入っていく。彼女はまだ幼いと言っても差支えないほどの年齢で、分厚い丸眼鏡に三つ編みのおさげをしている。なぜか左側だけ編み方がぞんざいになっていた。

「っ…………」

 セイルは少女に案内されるまま、応接室らしい一室に通される。そこには店主らしい一人の女性が、ソファにもたれかかって座っていた。年は三十代を過ぎたころで、ボリュームのある栗色の髪を二つの団子状にまとめている。

「いらしゃい、とりあえず座って」

セイルは促されるままに、テーブル向かいのソファに腰を下ろした。先程の少女は壁際に置かれたサーバーからカップにコーヒーを注ぎ、セイルの前に差し出した。それから店主の方にもコーヒーを運び、最後に部屋の右奥に据え付けられたデスクに着くと備え付けられている端末を起動した。

「えっと?……とりあえず、始めましてね。この店の事は誰に?」

「ああ……レイヴンの、ケイローンから……」

「あの爺さんから、か……って事は、君もレイヴンね。それも最近なったばかりの新人で、この町に来るのも初めてじゃない?」

 図星をつかれ、セイルは言葉を詰まらせる。こう言った事に慣れていない事を悟られないように虚勢を張っていたつもりだったが、始まって数分も経たずに見破られてしまった。

「もう、そんなに緊張しなくてもいいわ。ケイさんの紹介なら少なくとも安全だし、別に身ぐるみ剥いだりはしないわよ。それで、何の用かしら。売り?それとも買い?」

「買いのほうかな……最近、テロリストの戦力が強化されているってのを聞いたんだけど、それについて知ってる事を教えてくれないか?」

「テロリスト絡みねぇ……レニー、出して頂戴」

 店主がテーブルの天板に触れると、はめ込まれていたガラス板が輝きはじめる。どうやらテーブルそのものが大きなコンピューターになっているようだった。さらに先程の少女が端末を操作すると、テーブル上にいくつもの文章や画像が表示される。

「正直言って、それについてはこっちも調べてる最中なのよね。『テロ組織に武装を提供し、戦略を教授する謎の組織について』……レイヴンを囲い込んでるとか、某企業が絡んでるとか、話だけは多いけど、信用できる物は殆ど無し。情報操作もされてるみたいだし、あまり有力な情報は無いわ。強いて言えば……そうね、これかしら?」

 ディスプレイを操作していた店主の手元に、不意に一つのファイルが移動してくる。彼女はそのファイルを開くと、何枚かのレポートを表示させた。

「これを見て。最近このあたりの地区で活動しているテロ組織が、みんなしてレイヤードの管理施設からキサラギ社の管轄区や施設に攻撃目標を変えているの。いずれも小型MTやパワードスーツを使った小規模のものだけど、確実にダメージを与えてるわ」

表示されたレポートがセイルの方へと向き直る。レポートには、『旧ウィリアス植物研究所への破壊工作』『セクション513における各テロリストの動向』『警備隊基地への自爆テロ情報』などと書かれていた。

「次に、こっちのほう。最近の兵器の売れ行きなんだけど、買い主匿名になってる欄がやけに多いの。しかも決まって高性能パーツや上級MTを買っているわ」

次に、MTやACなど、機動兵器のパーツの売れ行きが書かれた表が表示された。確かに、高価なものや量の多い注文をしている所の買い主欄が空欄になっている。

「……その、テロ組織を支援してる組織は、MTを流したり戦略を教えるふりをして、いくつかのテロ組織を、結果的に共闘させてるって事か?」

「そう。そしてそいつらの目標はおそらくキサラギ社。しかも、これだけの兵器を買い集めてるのに、動いているのはほんの少し。かなりの戦力を温存されている筈よ」

「つまり……近々大きな行動を起こすって事か?」

「御明答。だから、テロリストを追っかける心算なら、キサラギ社をマークしてみるといいわ。私が言えることは以上よ。レニー、これ出力してきて」

そういって彼女はディスプレイの電源を落とし、ソファから立ち上がる。例の少女も、端末から記憶媒体を引き抜くと部屋から出ていった。

「ああ。ありがとう……ところで、代金の方は……」

「その前に……一つ聞いてもいいかしら?」

 店主は煙草を咥えると、火を着けながら部屋の隅へと歩いて行った。そして少女が座っていたデスクにもたれかかると、セイルに質問する。

「あの、小間使いの娘ね。レニーって言うんだけど……何か気付いた所は無い?」

「…………彼女、左目が見えてませんね。左手も義手で、多分それほど自由には動かせない。それに、もしかして失語症ですか?」

 少々思考した後、セイルはそう答えた。不揃いな髪形と、不必要に度のキツイ眼鏡。二つのカップをわざわざ往復して運び、客との接触は出迎えの挨拶のみ。それもあらかじめ録音されていた声を再生するだけの物だった。

「…………御明答。驚いたわ、初見でそこまで気付くなんて……」

 彼女は着けたばかりの煙草を灰皿に押し付けると、セイルの方に戻って来る。そしてテーブルのキーボードを操作すると、テーブルから吐き出されてきた一枚のカードをセイルに手渡した。偽造防止処理を施されたICカードの様な物で、『3』と書かれている。

「次からはこれ見せて。定価から三割引いてあげる。それと、今回の分はいいわ」

「……理由を聞いても?」

「……別に、これって言う理由は無いわ。ただ……」

 店主はレニーが座っていたデスクの方に目をやりながら、長くゆっくりと溜息をついた。

「こんな業界でも、人の優しさが存在しちゃいけないなんて事は無いと思っただけよ……」

 

………………一時間後、閉じた町、エレベーター

 鉄くさいエレベーターがゆっくりと上昇していく。セイルは金網にもたれかかりながら、ケイローンに見繕ってもらった銃をしげしげと眺めていた。

「クレスト社製ダブルデリンジャー、22口径マグナム弾を二発装填。携行性と攻撃力を両立したモデルだ。気に入ったか?」

「ああ……ありがとうな……」

「…………どうした?あのじゃりんこに何か言われたのか?」

 相変わらずの鋭さにセイルは舌を巻いたが、努めて表情には出さずにこう答えた。

「別に、何でもないよ。ただ……」

「ただ?」

「……世界が平和になったらいいなって。思っただけだよ」

 

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