このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

戦慄の銃口〜光闇の螺旋〜 

 

 

 

 強い風が轟々と吹き荒れ、細かい砂塵を宙に巻き上げる。

 

 空は一面黄土色に染まり、地平線近くは霞んでしまって何も見えない。

ここが屋内だという事を忘れてしまいそうになる光景が、目の前に広がっていた。

 

(そう言えば、ここって屋内に当たるんだろうか……)

 

 取り留めのない事をぼんやりと考えつつ、セイルはチェックメイトの頭部パーツを動かして景色を見渡してみる。周囲は見渡す限り砂漠が広がっており、すぐ隣にはケイローンのAC、サジタリウスが鎮座していた。

 

 

 

mission:機密物資強奪    client:キサラギ

 

reward:30000C  mission cordhoney bees

 

 

ミラージュが新開発した兵器のサンプルを輸送しようとしている事が判明した。詳細は不明だが、ミラージュはこの新兵器を利用した部隊の設立を急いでいるらしい。

 このまま放置すれば、いずれ我が社にとって大きな脅威となるだろう。輸送部隊を襲撃し、物資を強奪、もしくは破壊してもらいたい。よろしく頼む。

 

 

 

「それにしても、すごい広さだよな。これが限定された空間内だなんて……」

 

「レイヤード第一層自然区、アヴァロンヒルだ。砂漠を模して作られたらしいが、一体何の目的があってこんな物を作ったのやら……」

 

 ケイローンの解説を聞きつつ、セイルは再び周囲に目を向ける。

とてつもなく広い空間の中に作られた人工の自然。これを作ろうと思ったのは一体どんな人間だったのだろうか。

 

「本当に……気持ち悪いくらい何にもないな。広くて動きやすいのは良いけど、ちょっと待ち伏せには適さないんじゃないのか?」

 

「馬鹿、その為にわざわざ通常モードで隠れてるんじゃねぇか」

 

サジタリウスとチェックメイトは、共に戦闘モードではなく、通常モードで岩陰に隠れていた。

 

この状態では武装はおろか、機体表面を防護する防御スクリーンすら使用する事が出来ない。

敵に発見されれば一方的にやられてしまう危険な状態である。

ただし排熱量が少なく、エネルギー反応も小さいため、敵に探知される可能性が非常に低くなるのが特徴だった。二人はそれを待ち伏せに利用しているのである。

 

「敵の斥候や護衛部隊をやり過ごして、本隊が到着した所で奇襲だろ?分かってるって」

 

「よし、OKだ。俺が周りの雑魚を抑え込み、その隙にお前が突撃する。分かってるな?」

 

「ああ、そっちも大丈夫……実際のタイミングは任せていいか?」

 

 セイルは少々心細げにそう言った。と言うのも、隠密行動を取る上でレーダーは切られており、無線も封鎖している為、周囲からの情報供給量が極端に少ないのである。

 

「おう、任しとけ。お前は手早く……何だこんな時に……」

 

ケイローンが訝しげな声を上げる。同時にチェックメイトのコンピューターに一通のメールが着信した。どうやらレナからのものらしい。

 

「どう言う事だ?無線は封鎖しておく予定じゃ……」

 

「その筈だが……っ……そうもいかなくなったらしい……」

 

 レナからのメールには、敵の輸送部隊が二班に分かれて行動しており、両者の距離がかなり離れている事、そして目標の物資がどちらに有るか分からない事が記されていた。

 

「クソッ、いい加減な情報寄越しやがって……どうする?」

 

「二手に分かれよう。ヤマを張って失敗なんてしたら目もあてられない。最悪両方が持ってるかもしれないしな」

 

「よし、わかった……一人で大丈夫か?」

 

「大丈夫だって。座標は……これだな。俺が向こうに行くよ」

 

セイルはメールに添付されていた敵の位置情報を確認すると、チェックメイトを戦闘モードに移行させる。そしてOBを起動すると、エネルギーのチャージを始めた。

 

「じゃ、こっちの方頼むよ」

 

「おう、気ぃつけてな」

 

 セイルはOBを点火し、チェックメイトを急加速させた。

 先程まで潜伏していた岩陰が一瞬にして後方へと消え、周囲の景色が砂色に染まる。時折現れる障害物を躱しつつチェックメイトを走らせたセイルは、やがて目標地点へ到着した。

 即座にチェックメイトの戦闘モードを解除し、OBで蓄積した熱を排出する。

 

(二つの部隊が同じタイムテーブルで動いてるとすれば、じきに目視出来る筈。見つかってなきゃいいけど……)

 

 適当に見つけた大型兵器の残骸らしき物の影にチェックメイトを隠し、セイルは敵部隊の到着を待った。ほどなく霞んだ地平線の向こうから隊列を組んだMTが現れ、周囲を警戒しながら通過してゆく。

 

(どうやら見つからなかったみたいだな。で、問題の輸送機は……あれか……)

 

 何体ものMTに守られつつ、大型のトレーラーが走って来た。予想していたものよりかなり大きい。新兵器はACクラスの機体のようだった。

 

(護衛機はそれほど多くない。これくらいなら……)

 

 セイルはチェックメイトを再び戦闘モードに移行すると、残骸の陰から飛び出してトレーラーへと接近した。

 マシンガンの連射で周囲のMTを蹴散らすと、トレーラーのコクピットにブレードを突き刺す。トレーラーが横滑りし、砂を巻き上げながら横転した。荷台に被せられていた幌がやぶけ、中からAC用の武装らしきパーツが転がり出る。

 

(よし、後は周りのMTを……っ!?

 

不意に横合いから飛来したミサイルを躱し、セイルはトレーラーから離れた。ミサイルはトレーラーの積み荷に着弾し、積み荷を爆破、炎上させる。

 

(今のは……っ!!

 

 チェックメイトを回頭させ、振り返ったセイルの目には、砂漠を疾走してくる一つの影が映っていた。グレーを基調としたボディに、赤と青のラインを織り交ぜたダークトリコロール。背後にOBの光を迸らせ、こちらへ向かって高速で接近してくる。

 

「まさか……AC?」

 

 現れた機体はチェックメイトと同じ、二脚タイプのアーマード・コアだった。機体のシルエットはチェックメイトとよく似ているが、全体的に局面を基調とした流線的なボディをしている。

 

「ジャスティスのエンブレム……あの時の奴か……」

 

「っ?その声……クライシス?」

 

 敵ACのスピーカーから聞こえた声に、セイルの脳裏に一人の男が浮かぶ。

 つい先日、コーテックスのレイヴン控室で出会ったレイヴン、クライシスだった。

 

「通常モードでコンシールとは考えたようだが……それ故に離れていた俺の事は気付かなかったようだな」

 

 クライシスのACが右腕部の銃を構え、射撃した。銃口から放たれた光をチェックメイトはすんでの所で躱し、戦闘態勢を取る。対AC用の高出力レーザーライフルのようだった。

 さらに背部には、先程トレーラーを破壊した連装ミサイルポッド。左腕部には小型のハンドガンらしきものを装備している。エンブレムには、仮面をつけた灰色の天使が描かれていた。

 

「運のない奴だ。レイヴンになって間もないうちに敵のACに……それもこのアブソリュートに出くわすとは……」

 

「さて……それはどうかな?」

 

 さらにレーザーライフルを連射するクライシスのAC、アブソリュートから、チェックメイトは距離を取る。僅かにレーザーにかすった装甲が、融解して脱落した。

 

「っ!……なんて威力だ……」

 

 アブソリュートが装備しているレーザーライフルは、セイルが今まで見たACの武装の中では間違いなく最高の威力だった。

まだまともなカスタマイズを施していないチェックメイトがまともに相手をするのは不可能だろう。セイルは牽制のマシンガンを放ちつつ、後ずさる様にしてアブソリュートから離れていく。

 

(不本意な形だけど目標は破壊したんだし、こいつを無視して撤退しても良い訳だよな。でも……)

 

 セイルはアブソリュートが放ったミサイルの群れをマシンガンで迎撃しつつ、舌打ちする。

 ミサイルに混じって放たれたレーザーライフルが、またもチェックメイトの装甲を破壊していた。反撃に放ったマシンガンも、アブソリュートの装甲に傷をつけた程度にしかならない。

 

(強い……攻撃力も防御力も、今のチェックメイトより遥かに高い……おまけに……)

 

 セイルはチェックメイトの移動方向を急激に変化させ、アブソリュートを振り払おうとする。しかしアブソリュートは一瞬開いた距離を同じく一瞬で詰め、ピッタリとチェックメイトに張り付いている。

 

(あれだけの火力と装甲を持ってるのに……何だこの速度は……)

 

 アブソリュートの速度は、完全にチェックメイトのそれを上回っていた。

 どんなに引き離そうとして機体を揺さぶっても、アブソリュートは一定の距離をキープしている。おそらくこれ以上に接近することも可能なのだろうが、戦闘距離の問題であえてそうしないのだろう。しかし、

 

(そう……あの機体はレーザーブレードを装備していない。つまりショートレンジでの戦闘を想定していないって事だ。隙をついて距離を詰めてやれば……)

 

戦闘距離を奪われたアブソリュートは一瞬追撃の手を緩める筈。セイルはそう考えていた。

出来る限り敵の攻撃を躱しつつ、隙をついて接近しブレードを放つ。撃破する事は出来なくとも、逃げるための隙を作る事は出来るだろう。

 

(そのためにも何とか攻撃を凌いで…………?……)

 

 懸命にコントロールスティックを操作していたセイルは、一瞬違和感を覚えた。チェックメイトに追随するアブソリュート。その動きに僅かながら疑問が浮かんだのだ。

 

(こいつ……妙に方向転換が早い……もしかして、動きを読んでるのか?)

 

 セイルは先ほどから、アブソリュートの動きを読むのに集中するために回避行動を単調なものにしていた。アブソリュートはその行動パターンを読んだのか、チェックメイトの方向転換とほぼ同時に動いている。

 

(そうか、なら……)

 

セイルはじっとアブソリュートの動きに注目しつつ、コントロールスティックを強く握りしめた。

アブソリュートがこちらのパターンを読んで動いているのだとすれば、パターンを崩してやればいい。セイルは先程までのようにチェックメイトを方向転換させようと減速させ、同時にアブソリュートへと向かって地面を蹴らせていた。フェイントまで交えた急激な状況打破をうけ、アブソリュートは……

 

「なっ!?」

 

突っ込んできたチェックメイトに向かって、左腕部の銃を突き付けていた。

人間で言えばハンドガン程度の大きさしか無い筈のその小さな銃から放たれた弾は、着弾の寸前に破裂し、広範囲に炸薬を撒き散らす。一瞬遅れて爆発が巻き起こり、チェックメイトのコクピットが強く揺さぶられた。

 

対装甲粘着榴弾砲。ACのような強固な装甲を持った機動兵器を攻撃するための武装である。

破裂した弾頭から吐き出された炸薬を爆発させるという。二つの段階を踏む事でACの防護スクリーンを透過するという特性があった。

 

直撃を受けたチェックメイトの頭部パーツが吹き飛ばされ、コクピットのディスプレイがブラックアウトする。さらに制御を失った機体が転倒し、セイルはシートに叩きつけられた。

 

(くっ!……っあ……あんな小さな銃からグレネード弾が……しかも、今の動きに反応できるなん……)

 

 自らの思考の内に先ほどの違和感の真の正体を見つけ、セイルは一瞬呼吸を止めた。

そう、クライシスはチェックメイトの行動パターンを読んでいたのではなく、チェックメイトが行動を起こした後、それに驚異的な反応速度で追い縋る事によって追随していたのである。

 

まるでじゃんけんで「後出し」をするかのように常に優位に立って動き、「速さ」ではなく「早さ」で敵を手玉に取る。それがクライシスの戦法だったのである。

 

「く……くそっ……」

 

セイルはチェックメイトを立ち上がらせようとコントロールスティックを必死で操作するが、コクピットを再び衝撃が襲い、立ち上がりかけていたチェックメイトは再び地面に叩きつけられる。

回線をサブカメラに切り替えて回復したディスプレイには、チェックメイトのコアパーツを踏みつけるアブソリュートの姿が映っていた。

 

「残念だがここまでだ……死ね」

 

 アブソリュートのレーザーライフルがチェックメイトのコクピットに向けられ、銃口が淡い光を放ち始めた。

 レーザーライフルに必要以上のエネルギーがチャージされ、チェックメイトのセンサーが警告音を激しく鳴り響かせる。次第に視界を埋め尽くして行く白い光にセイルは体を震わせ、歯を強く噛み締めた。

 

やがて恐怖に塗りつぶされた思考がその役目を手放そうとした時、セイルはアブソリュートのスピーカーから、荒くなった呼吸を必死で整えようとするような音が聞こえている事に気づいた。

瞬間、アブソリュートの右腕が吹き飛ばされ、レーザーライフルが上腕部ごと地に落ちる。ディスプレイを覆い尽くしていた白い光が消え、同時にセイルの思考も僅かながら冷静さを取り戻していた。

何処からか放たれた攻撃によってアブソリュートの腕部が破壊されたようだった。

 

『よぉ、クライシス……』

 

「っ!……ケイローン?」

 

右腕部を破壊されたアブソリュートは左腕部のグレネード銃を構えながら周囲を警戒している。

しかし敵弾の飛んできた方向を向いても機影は見えず、レーダーにも反応は無かった。クライシスは無線の周波数を合わせ、ケイローンに通信を送る。

 

『貴様……何のつもりだ?』

 

『悪いな、俺今そいつの保護者なんだわ』

 

『………………何をふざけた事を』

 

 クライシスが言葉を言い終わらないうちに、今度はアブソリュートの右肩部分が吹き飛ばされる。先程と同じ部位を寸分違わず狙い撃った長距離狙撃。しかもほんの少し狙いをずらすだけでコクピットを撃ち抜けていた状況だった。

 

『スマン……見逃してくれ』

 

『………………チッ』

 

無線から舌打ちが聞こえ、アブソリュートがチェックメイトから足をどける。やっとの事で立ち上がったチェックメイトを操作し、セイルはアブソリュートから退避した。

 

『大丈夫か?ミッションは成功だ。よくやったよ……』

 

終わりを告げるケイローンの声を聞きつつ、セイルはボロボロになったチェックメイトを操って作戦領域を離脱していく。その頬を、一筋の涙が伝っていった。

 

 

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