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闇の胎動〜DarknessTide〜
小さな爆発が連続して起こる。黒い機体が黒煙を上げながら膝をついた。目の前の巨大なコンピューターから光が失われ、炎が噴き出す。
「…ココマデガ…ワタシの役割……レイヴン…」
「……セレ……貴様は…………」
「後は…あなたの役割……」
黒い機体はゆっくりと空を見上げるように動いたが、すぐに崩れ落ちた。それはまるで、翼をもがれて地に落ちた堕天使が、二度と戻れぬ天に焦がれているように見えた。
………………………………………………………………………目が醒めた……………………
「っ…………つう……」
男はベッドから体を起こすと枕もとのスタンドをつけ、吸いもしないのにタバコをくわえ、火をつけた。
先程の夢の光景が、男の脳にフラッシュバックする。
(今まで以外の……もう一つ……………………潮時……か………)
男はタバコを床に踏み付けると再びベッドに身を沈めた。
………………数時間後、グローバル・コーテックス本社、レイヴン控え室
控え室の壁に掛けられたテレビモニターを、セイルは食い入るように見つめていた。モニターにはアリーナの様子が中継されており、一体のACが画面の中で右往左往していた。
『ブレイクショットは完全に相手を見失っているようです。やはりこの広いステージで彼と戦うのは無謀だったか!?』
調子っぱずれな実況の声が聞こえたのか、モニターの中のACは自棄を起こしたように動き出し、隠れていた岩陰から機体を飛び出させる。しかしその途端、そのACは突然飛来した敵弾によって頭部パーツを吹き飛ばされていた。
急激な衝撃を受けてよろめくACに、二発、三発と続けて敵弾が命中する。全身の武装を破壊されたACは程なく投了し、試合は終了した。
『流石ですね……サジタリウスの名は伊達ではないということでしょうか……』
画面が切り替わり、勝利したレイヴンの機体が表示される。それはケイローンのAC、サジタリウスだった。
ブラウンを基調としたカラーリングの重量四脚タイプの機体にスナイパーライフルやリニアキャノンなどの重火器を装備しており、長距離からの狙撃に特化した機体構成となっている。
(ACの火力と機動力を利用した長距離狙撃か……すごいな……)
セイルは先日、ミッション中にケイローンに助けられた時のことを思い出した。ACの短距離レーダーでは捉えられない程長距離からの攻撃。普通ならまともに命中しないであろうそれを、ケイローンは針の穴を通すような精度で放ち、セイルのACを攻撃していたクライシスのACを撃退してくれたのだった。
(まぁ、生憎参考にはならないけど……ん?)
廊下のほうから話し声が聞こえたかと思うと、扉が開いて二人のレイヴンが入ってきた。片方はスキウレ、もう一人は知らない男だった。
「だから、あそこでブレードを受けなきゃ勝ててたって言ってるでしょ?」
「バカ言え。てめぇ脚部のブースターあらかた吹っ飛んでたろ。あれなら射撃戦に持ち込んでも勝てた」
「そっちこそ私のオービットをモロに受けてたじゃない。装甲薄いくせに……」
二人は言い争いながらそろってシャワー室の方へと歩いていき、やがて男女の分岐点に差し掛かると舌打ちをして別れた。
「…………」
「よぉセイル……どした?」
しばらくすると、アリーナ戦を終えたらしいケイローンが部屋に入ってきた。セイルがさっきの出来事を伝えると、ケイローンは声をあげて笑いだした。
「そいつはハヤテってレイヴンだ。スキウレとは、あれだ。喧嘩するほど何とかって奴だな。この地区じゃ、あんまし見ないんだが……」
「おいジジィ!」
「聞こえたわよケイローン!」
ちょうどその時、シャワーに行っていた二人が同時に帰って来た。どうやら仲がいいと言われたのが気に入らないらしく、二人してケイローンに突っかかっていく。
「………………」
セイルは巻き添えを食わないよう三人から離れて座ると、先程の考え事を再開した。右腕部を吹き飛ばされ、恨めしげにこちらを向いていたクライシスのACが頭から離れないのだ。
(恨み、か……)
傭兵たるレイヴンが日常的に向けられる感情、恨み。兵器であるACに表情など有る筈もないのに、セイルにはどうしてもあのAC、アブソリュートが恨みがましい目つきをしていたように思えたのだ。そう、まるで搭乗者の感情を代弁するかのように。
(別にレイヴンでなくても縁のある事だって言うのに……またずいぶんと……!?)
その時、セイルは不意に妙な感覚を覚えて思考を中断させた。
「…………?」
何かがおかしい。何がと聞かれて答える事は出来ないが、とにかく何かが異常だった。まるで左右反転した風景を見ているかのような異様な感覚が、セイルの脳髄に流れ込んでくる。
「……どうした? セイル?」
セイルの様子がおかしい事に気付いたのか、ケイローンが声をかけてきた。ほかの二人も、喧嘩を止めてセイルの方に振り替える。その数瞬後、セイルが『伏せろ!』と叫ぶのと同時に、控え室は強烈な揺れに襲われた。
「何だ!?」
「一体何が……」
「っ!」
揺れは一瞬で収まり、代わりにアラートが鳴り始める。セイルは伏せていた体を一瞬で起き上がらせると、部屋の隅に置かれている連絡用の端末に駆け寄った。オペレータールームにコールしようと端末を操作しているうちに、向こうの方から通信が入る。ディスプレイには困惑した顔のレナが映し出された。
「レナ! 一体何があった!? この爆発は……」
『セイル!? そっちは無事? レイヴンは何人いるの?』
「……レイヴンは俺を入れて四人だ。全員怪我は無い」
『OK、状況を説明するわ。コーテックスのアリーナが、正体不明の部隊に襲撃されているの。敵はかなりの規模よ』
「なっ!!……」
突然の出来事に、セイルは言葉を詰まらせた。混乱で視界が狭削し、レナの声が遠くなる。
(どういう事だ? 奴らの狙いはキサラギ社の筈……関係の無い他のグループなのか? それともこれも奴らの……でもコーテックスを直接狙ってくるなんてそんな……っ)
不意に肩を叩かれ、セイルは我に返った。後ろを振り向くと、ケイローンが表情だけで『落ち着け』と言っていた。 セイルはケイローンに頷いてみせると、ディスプレイの方に向き直る。
『それで、グローバル・コーテックス本社から直接、この部屋に居るレイヴン全員に、敵部隊の撃退を依頼するわ。受諾してくれる人は何人居る?』
「おい、ちょっと待て」
ハヤテが横から割りこんできた。セイルを押しのけるようにして端末の前に立つと、ディスプレイに顔を近づけてしゃべり始めた。
「ここに居るって事は、アリーナやミッションから帰ってきたばかりだって事だろ? 何でわざわざ消耗している奴に……」
『それが……さっきの爆発でガレージの入り口が塞がってるの。他のレイヴンを呼んでも機体が出せないわ。今戦えるのは、機体が整備ハンガーに置かれている貴方達だけよ』
「そんな……」
セイルが再び端末の前に立つ。深刻そうな顔で歯を噛みしめているハヤテをよそに、セイルは早口でまくしたてた。
「たったの四人だぞ。しかも俺は出撃帰りじゃないし、スキウレの機体は大破してるんだろ? 実質二人で敵を食い止めろってのか?」
『アリーナで試合中のレイヴン達にも出撃を依頼してあるわ。それと、チェックメイトは整備の関係でガレージの外に出てたの。出撃は可能よ。それと、これはあくまでも時間稼ぎよ。コーテックスの軍事施設から援軍が到着するまでのつなぎなの。お願い、今は少しでも戦えるレイヴンがほしいわ。』
「…………わかった。チェックメイトは動けるんだろ? 俺は行く。ケイローンは?」
「しゃーねーな。サジタリウスも出る。報酬は弾んでもらうぞ」
「私は無理よ。ソイツにボコボコにされちゃったから。小一時間は出られないわ」
「悪かったな妖怪女……オレもOKだ。これでも長期戦には強い」
ケイローンが不敵な笑みを浮かべ、疾風が手のひらに拳をぶつける。 レナは三人の顔を見渡すと、一度深呼吸して話を続けた。
『参加レイヴンは合計三人。了解しました。詳細は後でお伝えしますので、とりあえずガレージまで向かってください』
仕事口調になったレナがそう告げると同時にディスプレイが消える。三人は部屋を飛び出すと、ガレージに向かって走り出した。ガレージに近づくに従い、人の動きが慌ただしくなってくる。
「あっ、セイルさん!」
「エディ!」
チェックメイトの整備主任をしているエディが通路の向こうから現れ、三人に並走し始めた。顔中が煤と油にまみれ、作業服のあちこちが焦げ付いている。
「お前、どうしてこっちに?」
「セイルさんなら参加するだろうと思って出向いたんですよ。この方が速いですからね…………セイルさんのチェックメイトはほぼ完全。システムチェックでドック入りしてたのが幸いでした。ケイローンさんのサジタリウスも、戦闘には問題ありません。ただ、弾薬の補充が中途半端かもしれないので気を付けてください。ハヤテさんの……えっと、アメノカザナギ……ですか? こっちは結構損傷がひどいです。ナノマシンで応急修理してますけど、APの回復には限界があります。それと……」
エディは手元の携帯端末に表示された資料に目を通しつつ、三人に機体の状態を伝えていく。そのうち三人の速度についていけずに落伍し始めるが、それより早くエディは全情報を伝え終えていた。
「後は……ハァ、お願い、します……」
「ありがとうエディ。そっちも気をつけて!」
体力が尽きて立ち止まるエディを残し、三人はガレージに到着した。途端に熱風が顔に吹き付け、セイルはとっさに顔を覆う。ガレージの中はいつもとは違う喧噪に覆われていた。
あちこちで火災が発生し、パワードスーツや作業用MTが処理に追われている。ACハンガーへ通じる扉は瓦礫によって塞がれ、猛烈な炎をあげていた。
「ヒデェ……」
ハヤテがポツリとそう漏らした。熱気に包まれたガレージにはあちこちにけが人が横たわっている。おそらく瓦礫の下敷きになった人や、ハンガーに閉じ込められた人も居るだろう。この爆破がアリーナを襲うための陽動なら、それだけでいったい何人の人が死んだのか。そのことを考えると、セイルは怒りが込み上げてくるのを感じた。
セイルはチェックメイトのコクピットに入り、戦闘準備にかかる。と、レナから通信が入った。
『全員到着しましたね。いつも通り、移動用のリフトに乗り込んでアリーナに向かってください。アリーナ内部で敵を迎撃します』
『状況教えてくれ』
同じくACに乗り込んだハヤテが通信に入ってくる。疾風のACはスカイブルーにカラーリングされた細身の機体だった。
『現在敵部隊は、第二〜第五アリーナに侵入しています。狙いはおそらく、アリーナ内の作業員用ゲートから行ける統括用コンピューターでしょう。第二、第三のアリーナは試合中だったレイヴンが応戦しているので、残りは第四と第五を貴方達に担当して頂きます』
『組分けは?』
『サジタリウスはアリーナ間の連絡通路に配置しますので、チェックメイトとアメノカザナギで第四アリーナを担当して下さい。第五アリーナにも順次戦力を投入します。なお、私はコンピューターのセキリュティ強化に回るので、オペレートは他の人が担当する事になります。では』
通信が切れる。同時にACを乗せた三つのリフトが動き出した。しばらく進むと、サジタリウスを残して残りの二機がアリーナのゲートへ上昇をはじめる。古代遺跡を模したステージで、広いが障害物が多く視界も利かない所だった。到着と同時にオペレーターからの通信が入る。
『こちらオペレーター、エマ・シアーズです。ゲートは向かって奥、すでに敵が取り付いています。撃破してください』
「言われなくともっ!!」
ハヤテの掛け声と共にアメノカザナギがブースターをふかし、倒れた柱の間を縫って進ん行った。セイルはチェックメイトをホバリングさせ、空中から様子を見る。左前方、人間用の小型の扉にパワードスーツが取り付いていた。側には護衛のランスポーターが数機。と、柱の陰から飛び出したアメノカザナギが右腕部のレーザーライフルを連射し、ランスポーターを掃討する。扉に取り付いていたパワードスーツが反撃を始めたが、ブレードの一振りで融解し、落下した。
(すごい威力だな。あれは……)
セイルはコンピューターに武装を照合させる。二つともかなりの威力をもち、特にブレードは軽装甲のACなら一撃で撃破できるほど高性能なものだった。ただ、いずれも他のものとは桁違いの重量があり、通常の二脚タイプのACに装備するのは困難なようだ。
だがアメノカザナギは、それを感じさせないほどの素早さで動いている。クライシスのアブソリュート程ではないが、チェックメイトよりずっと速く、倒れた円柱や城壁の間を縫って飛び跳ねるように進んでいった。
「おい、何ボサっとしてんだ? 次が来てるぞ」
「あ……ああ」
セイルは我に帰って機体を回頭させる。奥のほうから別のMTとパワードスーツが侵入して来ていた。中にはナースホルンやファイヤーベルクなどの重MTも混じっている。
「パワードスーツを頼む。MTはまかせろっ!!」
アメノカザナギはOBを起動し、ブレードを構えてMTの群に突っ込んでいく。
「オラオラオラオラァ!!」
障害物に阻まれて身動きの取れない重MTたちは次々とブレードの餌食になった。セイルも負けじとマシンガンを掃射し、ゲートに向かって来るパワードスーツや装甲車を撃破する。やがて敵の出現が止まり、敵戦力メーターの数値がわずかに低下した。
『熱源の消滅を確認。第1アリーナに新たな敵が侵入しています。そちらへ向かってください』
エマからの通信が入り、同時にアリーナの出口が開いた。
「うおし次っ!!」
「お、おい待て! そんなに急がなくても」
アメノカザナギが出口に向かって突っ込んでいく。セイルもチェックメイトを向かわせようとするが、チェックメイトが回答するより早く、金属同士が衝突する激しい音が聞こえた。
「………あの馬鹿」
出口を抜けたところにあるリフトスペースの壁に、勢いを殺しきれずに衝突したアメノカザナギがめり込んでいた。
「ってぇ〜……」
「お前なぁ……」
セイルはめり込んだアメノカザナギを引き剥がしてやる。コアの装甲がひしゃげ、装甲が何枚か脱落した。
「あんな猛スピード出して突っ込んだらぶつかるに決まってるだろ」
「つつつ……ったく何でわざわざリフトに乗らなくちゃなんねぇんだよ。そのまま移動したほうが速いってのに……」
ハヤテはぶつぶつ言いながらもアメノカザナギをリフトに固定する。セイルはハヤテの直情的な性格に辟易しつつ、自分もチェックメイトを固定し始めた。
「うおおおおおおおっ!!」
ハヤテの雄叫びとともに、進入してきたカイノスが両断されて地に落ちる。第一アリーナは、セイルが以前シューティングスターと戦った障害物ステージだった。
ひっきりなしに二方のゲートからMTが現れていたが、なんとか落ち着いてくれたようで、二体のアローポーターを残すだけとなる。しかしそれらも、チェックメイトに砲門を撃ち抜かれ、天颯那岐にライフルで殴られて停止した。
「ふぅ……終わったか?」
「らしいな。お〜いオペレーターの姉ちゃん、次は?」
『レイ……次!……ザザッう……無い!?…ザッ敵のっ……』
「ん? 何? もう敵さんいないってか?」
電波状況が悪いのか、ハヤテは無駄に声を大きくしてしゃべっていた。セイルはスピーカーのボリュームを絞りながらマシンガンのマガジンを交換する。とその時、セイルは視界の隅にいやなものを見た。
「ん?……っ! これは……」
戦術画面のレーダーにノイズが走り、電波濃度を示す針が振り切っている。以前MT部隊と交戦した時と同じ、高濃度のECMが展開されていた。
「ハヤテ! 気をつけろ!!何かが……」
セイルがそう叫んだ瞬間、すぐそばの柱の一部が赤熱化し、融解して崩れ落ちた。疾風も即座にアメノカザナギを回頭させ、ブレードを構えなおす。ゲートの所に、一体の黒いタンクACが佇んでいた。
『イヴン! ……信不…………敵AC……未……』
セイルは今になって、エマの声から焦燥感がにじみ出ているのに気がついた。
タンクACは壁を背にした状態で背部の四連装レーザーキャノンと右腕部の二連装レーザーライフルを連射してくる。見た事の無い武装だったが、ACが戦うために作られているはずのアリーナにこれ程の傷をつけられるのなら威力は相当の物だろう。柱や壁を利用して何とかよけていくが、この狭いアリーナでは限界があった。
(くそっ! 何とか反撃を……)
チェックメイトの左足先をレーザーキャノンの光条がかすめ、セイルは舌打ちをしながらトリガーを引く。しかし放ったミサイルはタンクACの防御火器に全て迎撃され、マシンガンは丸みを帯びた装甲にはじかれてしまう。ブレードで切りつければダメージにはなるだろうが、タンクACも同じくブレードを装備している。しかもそれはアメノカザナギの物と同じ高周波ブレードだった。セイルは仕方なく、タンク型ACから距離をとりながら牽制の弾幕を張り続ける。
一方、アメノカザナギは弾が切れたのか、レーザーライフルを捨てて果敢にも接近戦を挑んでいた。タンクACのブレードを紙一重で躱し、反撃にブレードで切りかかる。タンクACは即座に刃を返し、アメノカザナギの太刀筋に自分のブレードを重ね合わせた。相互干渉で互いのブレードが拡散し、刀身が消滅したまま腕が振りぬかれる。数瞬後、再び形成された刀身を振るい、二機は激しく切りあいを始めた。
(俺の技術じゃ突っ込んだ瞬間切り裂かれるのがオチか。だが…………)
介入のタイミングを失ったセイルは、依然遠巻きに戦闘を続けていた。タンクACはまるで後ろにも目が付いているかのように、アメノカザナギのブレードを払いつつもチェックメイトの動きをけん制している。放たれたレーザーライフルがチェックメイトへの直撃コースをとり、セイルはあわててブースターを吹かした。その時、不意にコクピット内にアラートが鳴り響いた。
「なっ……チャージング? しまった!」
急激なブーストによってジェネレーター内の蓄積エネルギーが尽きてしまったのだ。これでは回復するまでブーストダッシュは使用出来ず、行動が大きく制限される。するとタンクACはそれに気づいたかのようにチェックメイトに火力を集中した。幾本もの光条がチェックメイトに降り注ぎ、幾重にも重なった装甲を次々と融解させていく。
「くっ……っ!!……」
ミサイルポッドが吹き飛び、カメラアイにヒビが入る。さらにレーザーキャノンの直撃でおきたエネルギーの拡散爆発でチェックメイトは壁に叩きつけられた。
「セイルっ!!」
「っあ……くそっ、フリーズしたか!」
セイルはコンソールを操作し、なんとかチェックメイトを起こそうとする。が、タンクACは無常にもレーザーライフルの銃口を向けた。チェックメイトのディスプレイにレーザーをイメージ化した光が二本表示され、チェックメイトにむかう。
いつもは一秒とたたずに着弾するはずのそれが、セイルには妙にゆっくり動いているように見えた。光の帯が空中を飛翔し、チェックメイトのコアへと向かう。しかし次の瞬間、その光は横合いから差し出されたレーザーブレードの光によってかき消されていた。アメノカザナギがチェックメイトをかばうようにタンクACとの間に立ち、レーザーブレードをタンクACに突き出すように構える。
「馬鹿止めろ! そいつの装甲であのレーザーキャノンを食らったら……」
「うるせえっ!! 黙ってろ!!」
ハヤテの起こったような声がセイルの耳に響いた。突然の事にセイルは自失し、一瞬捜査の手を止めてしまう。それ程までに疾風の声は感情的だった。
「レイヴンのオレが言うのもアレだけどなっ! たとえ今日会ったばっかの他人でも、一度同じ戦場に立った奴は、そいつが何と思おうとオレの戦友だ!」
「っ………」
「俺たちはレイヴンだ。でもそれ以前に人でもあるんだよ。同じ人を守って何が悪いっ! おいセイルっ! とっとと機体を立て直せ、こいつはオレが始末するっ!!」
アメノカザナギが威嚇するようにブレードを振るい、刀身をタンクACへと突き付ける。タンクACはおかまいなしにレーザーライフルを連射するが、放たれた光はそのことごとくが瞬間的に振るわれるレーザーブレードの光に飲み込まれていった。
「アメノカザナギの『ナギ』は『凪』……静止した風を捉える事なんてできねぇぞ!」
その言葉が聞こえたのか、あるいは攻撃が効かない事に痺れを切らしたのか、タンクACはレーザーキャノンを展開する。その瞬間、アメノカザナギは正面に構えていたブレードを収納し、転がるようにサイドステップして、パージしていたレーザーライフルを拾い上げると、まるで居合いの構えのように左腰に当てた。その時、レーザーライフルとACの腕を繋ぐグリップが鈍く光り、火花が散る。同時にコアの後部が展開し、まばゆい光が収束し始めた。
「さあ来やがれ! てめぇの一撃とオレの全力、どっちが上か確かめてやらぁ!!」
ハヤテの叫び声がアリーナにこだまする。レーザーキャノンの光条と、腰にレーザーライフルを構えたアメノカザナギは、同時に相手に向かって突進した。そして衝突の瞬間、アメノカザナギはレーザーライフルを光条に向かって振りぬいた。
「ヨモツヒラサカあぁっ!!」
銃口から膨大なエネルギーが溢れ出し、巨大な光の刃を形成する。その一振りはレーザーキャノンの光条を苦もなくかき消し、その先にいるタンクACのコアと脚部の接合部を消滅させた。
腹を大きくえぐられ、脚部と泣き分かれたタンクACのコアは重たい音を立てて落下する。爆発が起こり、薄暗いステージを赤黒く照らしだした。その中に、レーザーライフルを下ろし、姿勢を正した天颯那岐が浮かび上がる。
「アメノカザナギの『ナギ』は『那岐』……伊邪那岐の剣は神をも屠る……」
いつのまにかセイルは、爆炎に向かって立つアメノカザナギの姿に見入っていた。
「機体は大丈夫か?」
「なんとかリカバリした。まだ何とか……そっちはどうだ?」
「さっきのアレでライフルは逝っちまったが、ブレードがありゃ問題ないさ」
ハヤテが誇らしげにアメノカザナギの左腕を掲げて見せる。タンクACを撃破すると同時にレーダーと無線が回復し、二人は更なる敵の増援を聞いた。両機とも無視できないダメージを受けていたが、ナノマシンによる緊急補修を受けながら次のアリーナへと移動している。敵の攻撃は一向に止む気配がなかった。
「あ〜、セイル……さっきは、デカイ声出して悪かったな。ちょっとアタマに血ぃ上っちまって」
「別に構わないさ。そっちも、何か思うところがあるんだろ?」
先程のやり取りで、セイルは一つ気付いた事があった。これまた何の根拠もない、ただ雰囲気から感じ取った事ではあるのだが……おそらくハヤテは、以前戦闘で近しい人物を失った事があるのだろう。
「ああ……ありがとうよ」
ハヤテは照れ臭そうに礼を言う。それはまるで、少年がそのまま大人になったような、無邪気さを帯びた声だった。
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