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頂の鴉、原点の鴉〜黄金二翼と血濡れの無翼〜

 

 

三つ目の作戦領域は標準的なアリーナだった。

 

適度に広く、障害物も無いステージである。攻撃の射線が通りやすい分、敵の進行も早い。

 

三つのゲートから隙を突くように進入してくる敵に対して、セイルとハヤテは懸命に対応していた。ここに来る前に申し訳程度の補給は受けたものの、応戦できる機体が少ない事に変わりは無かった。

 

「セイルっ!第一ゲートのほう頼むっ!」

 

「こっちは一気に四体も来てるんだよ、それにそっちのほうが近いだろうが」

 

「ライフルが無ぇから接近しないと攻撃できねえ」

 

「……っ……ンの野郎……」

 

「あの黒い奴に消し炭にされたかったか?」

 

「…………」

 

『レイヴン、敵が扉に取り付きました』

 

「チッ……」

 

 セイルはチェックメイトを反転させるとOBを起動させ、扉に向かってダッシュする。さっきからフルオートにしっぱなしのマシンガンをばら撒き、ゲートに取り付いていた歩兵たちをなぎ倒す。アリーナの床に赤い水たまりが広がった。

 

「うえ…………」

 

 セイルは目を背けるようにチェックメイトを回頭させると元のゲートへ戻っていった。

 

 セイルは血の色が好きではない。赤い色、とりわけ戦場ではその色は否応なしに昔の事を思い出させる。

 

 絶えない爆発音、立ち昇る黒煙、飛び交う悲鳴に降り止まぬ灰と瓦礫。ビルが崩れ、車は横転し、鉄とコンクリートが人々を蹂躙する中で、鼻をつくのは火薬と粉塵と焦げた肉と、赤い赤い鉄錆の匂い。あの日、自分は確かに地獄にいた。

 

「……っ…………」

 

 かぶりを振っていやな記憶を振り払い、セイルは突っ込んできた高起動MTエグゾセをすれ違いざまにブレードで切断する。後方からの爆発音を聞きながらセイルは銃撃を再開した。

 

(そう……そう言えば、あの時のレイヴン……未だに正体が掴めないんだよな……)

 

 三体のファイヤーベルクがそれぞれの砲門にミサイルを受けて爆発する。同時にレーダーから赤い光点が消えた。

 

「っ……何とかおさまったか。ハヤテ、そっちは?」

 

「まて、今終わる……っと」

 

 小型ガードメカがアメノカザナギに放り投げられ、床に激突して動かなくなった。

 

「……原始的な攻撃を…………」

 

「っせぇな、あんなのわざわざブレード振るまでも無いだろ」

 

 アメノカザナギが振り向き、腕をヤレヤレといったふうに動かしてみせる。

 

 余裕のある話し方だが、アメノカザナギの装甲は連続した接近戦で傷だらけになっていた。機体表面の防御スクリーンはあらかた消滅し、中でも壁につっこんだ時にひしゃげたコアは最終装甲板まで露出していた。

 

「お前……大丈夫なのか?」

 

「そっちこそレーザーライフル何発も直撃してただろうが」

 

 そういわれてセイルは機体の状態を確認する。所々装甲が危ないところがあるが、装甲は何とか大丈夫そうだった。一番問題なのは………

 

『熱元急速接近!レイヴン、第二ゲートから新たなACです』

 

「!」

 

「っ……」

 

 二機は第二ゲートのほうに向き直る。

次の瞬間、ゲートの扉を吹き飛ばして一体のACが滑り込んできた。実弾ライフルとブレードを持ち、リニアキャノンを背負った中量二脚タイプ。カラーリングはまたも漆黒だった。

 

「まだACがいやがんのかよ。しかもブレードはダガーときたもんだ。いい加減ヤになるな」

 

 そう言いつつもアメノカザナギは突っ込んでブレードを振るう。黒いACはジャンプして躱すと同じくブレードを発生させ、空中からアメノカザナギに切りかかった。アメノカザナギもそれに応じ、地を蹴って飛び上がる。

 

 ACのレーザーブレードは実体を持たないため、刀身どうしがぶつかり合う事は無い。

 

 だが重なったブレードの刃は相互干渉でいったん拡散した後再び形成される為、ACによる至近距離での切りあいは、互いにブレードをぶつけ合って消滅させ合う形になる。二機は半ば空中戦のような形で光の刃を振り合い、腕をぶつけ合った。

 

「ぅおらああああああ!」

 

 アメノカザナギがブーストの慣性をこめて腕をぶつける。黒いACは弾き飛ばされて床面を滑るが、すぐに体勢を立て直し、牽制にライフルを放ちつつ飛び上がった。

 

「……………」

 

 セイルはそれを呆然と見つめていた。技量的に言って自分が飛び込める戦いではないが、無論援護はすべきである。にもかかわらず、セイルは動かなかった。

 

 一つ気にかかっている事があったのだ。

 

 ついさっき、黒いACがアリーナの扉を破壊して侵入してきたときのことを思い出す。

あの時扉は確かに、切り裂かれたのではなく、吹き飛ばされていた。

 

(あのACの火器はライフルに、小型のリニアキャノンCWC-LIC/100二門。あのリニアキャノンなら十分あのゲートを吹き飛ばすだけの威力があるはずだけど……)

 

 どうも引っかかるところがある。ACの背部に装備される武装のうち、キャノン砲に分類されるほとんどの武装はみな強い反動を持ち、直立した姿勢で打てばACが転倒してしまい、パイロットにも大きな負担がかかる。

 

 そのため安定性の高い四脚型や、重く低い重心を持つタンク型をのぞくほとんどの機体は、片膝をつき、重心を低くした状態でなければキャノン砲を使えない。

 

 しかしあの黒いACは、扉を吹き飛ばした後まるで今さっきまでブーストダッシュしていたような速度で進入してきたのである。セイルの脳裏にいやな考えがよぎる。

 

「……っ!ハヤテ!そいつから離れろ!」

 

「あん?今なんて……うおっ!」

 

 今度はアメノカザナギが弾き飛ばされた。ハヤテはコントロールグリップを操ってどうにか転倒を防ぎ、手を付いた低い姿勢で着地した。そのアメノカザナギに向かって空中の黒いACは、左肩のリニアキャノンを展開する。

 

「なっ!」

 

 砲門から放たれた、音速をゆうに超えた白熱弾はアメノカザナギの頭部と左腕を撃ち抜き、ボディをアリーナの床にたたきつけた。レーダーから友軍機を示す緑の光点が消える。コンピューターがアメノカザナギをACと認識できなくなったのだ。

 

「ハヤテ!大丈夫か!?」

 

「……ザッ……ザーッちっくしょザザッ……ザッの野郎……PLUS強化人間かっ!ザザザッ

 

 ハヤテは何とか無事のようだが、機体は酷い状態でいつ爆発するかわからない。しかし今のセイルには他人を気にかける余裕は無かった。いまだに空中に浮いているあの機体は、おそらく並のACではないのだ。空中からのキャノン発射など、確固とした重心を持つタンク型ACにしか出来ない芸当である。

 

現在の機械技術において、ACに今以上に高い性能を与える事など容易だという。

 

一瞬での急加速や広範囲破壊兵器の搭載などはもちろん。空中からキャノンを撃つことも、専用のオートバランサーを取り付ければ可能ではある。

 

しかし、『人が乗って使う』という条件が付けば話は違ってくる。人の体では加速時のGや砲撃時の衝撃、ブースターや火砲の熱に耐えられないため、ACはその性能をセーブせざるを得ない。人が使うために作られたACにとって、その人こそが最大の枷になっているのだ。

 

その枷を取り払うのが、通称PLUSプラス技術と言われるもので、搭乗者の肉体を人為的に強化する事でACが本来の力を発揮しても耐えられるようにするのだ。

 

事実、現在アリーナの上位に位置するレイヴンたちのほとんどは、生体強化やサイボーグ化を施されたPLUSだといわれている。レイヴンは高位になればなるほど、護身のために自身の情報を隠蔽する傾向があるため真実とは言い切れないが、レイヴンたちの間ではすでに事実として考えられている。

 

つまりそれだけ上位のレイヴンとそのACは化け物ぞろいだという事なのだが、今セイルの目の前にいるのは、少なくとも機体の性能だけはその化け物達と同位の存在なのだ。

 

「こんのおおおおお!

 

 セイルはマシンガンで弾幕を張る。しかし黒いACはその鉛の雨を難なくかわし、セイルの視界から消えた。

 

「っ!何処に………!!」

 

 セイルは直感に任せてチェックメイトを後ろに飛びのかせる。右腕のマシンガンが切り裂かれて爆発した。黒いACは上に跳んだ後、急降下しつつブレードを振るったのだ。

 

「……飛びのいてなかったら頭から串刺しだったか……」

 

 セイルの頬をいやな汗がつたう。機体だけではない、ハヤテとも渡り合える剣技と、高い空中戦能力、搭乗しているレイヴンも一流のようだ。

 

「くそっ!!」

 

 セイルはブレードを展開して黒いACに斬りかかり、黒いACも同じくブレードを出して迎え撃った。二機は激しく光刃をぶつけ合うが、ハヤテと渡り合えるほどの剣技にセイルがかなうはずもなく、チェックメイトはしだいに後退し、受けに回るようになった。

 

(強い……どうする?火器はもうないし、かといって接近すればこのザマだ。何とか一度距離をとって、あいつが近づいてきた所でリニアキャノンにブレードを……っ!)

 

 大振りの一撃を何とか受け止め、床を滑るようにして弾かれた慣性を殺す。足先と床が火花を散らし、二機の間が開く。黒いACはすかさずリニアキャノンを展開した。

 

(今っ!)

 

 セイルはブースターを起動させ、一気に肉薄するために床を蹴る。しかし、

 

「っ?」

 

 金属がひしゃげた音とともに、床を蹴ったチェックメイトの左足首が折れ曲がった。

 

「しまっ!!」

 

 左足首。先のタンクACとの戦闘時に4連装レーザーキャノンMWG-MX/STRINGが掠めた所だった。

 

 セイルも気になってはいたのだが、間に合わせの補給程度では修復できず、疲弊しきった関節部が衝撃に絶えられずに崩壊した

のだ。膝を付くチェックメイトにリニアキャノンの白熱弾が降り注ぐ。

 

「うああっ!!」

 

 コクピットが大きく揺さぶられ、あちこちから火花が散る。すぐ近くで爆発音が聞こえ、機体が大きく傾いた。

 

「……っこ………の……」

 

 ぶつけた頭を抑えつつ、セイルは戦術画面を確認する。

 

 かろうじてAPは残っているが、武装は全て破壊され、左足は使い物にならない。

 

 装甲もそのほとんどが消滅し、事実上の戦闘不能だった。黒いACは赤熱化したリニアキャノンを収納し、チェックメイトに近づいてきた。

 

 つい先日、クライシスのアブソリュートと戦った日の事が思い出される、クライシスは見逃してくれたようだが、このACはそうはいきそうにない。ボロボロになったチェックメイトのコクピットを打ち抜き、自分の任務を続けるだろう。

 

 セイルは震えが止まらなくなっていた。スピーカーからハヤテとエマの声が聞こえるが、耳には少しも入ってこない。必死で脱出装置をガチャガチャ鳴らすが、そんなものはとっくに壊れていた。

 

 黒いACがチェックメイトに向かってライフルを構える。セイルの脳裏に、銃口を向けるパワードスーツと砲門を向ける戦車がフラッシュバックする。その瞬間、チェックメイトに向けられたライフルは三本のレーザー光に貫かれていた。

 

「…………え?

 

 セイルが我に返るのに数秒かかった。あわてて、軋む頭部を動かし、周りを見渡す。

 

 セイルの左側のゲートに一体のACが立っていた。大型のコアに円筒形の頭部を持つ、黒と金に塗られた重量二脚。

 

『ACを確認……!?……ケ、ケルビム?…………そんな…キース?キースなのですか?』

 

「おい……ま、待……ビム?ザッ……ケルビムだって?……行方不明にザザッてたアリーナのトップじゃねえか!!」

 

 エマとハヤテの驚いた声が聞こえる。セイルも話は聞いたことがあった。十年前、暴走した無人兵器たちをコントロールしていたサイレントラインの中枢部を破壊し、帰還した直後に消息を絶った最強のレイヴンの機体を。

 

「あれが、ケルビム……最強のレイヴンの機体」

 

 黒と金のAC、ケルビムは黒いACに向かってゆっくりと歩き出した。ブースターを使わずに一歩一歩、踏みしめるようにして進んでいく。黒いACは両肩部のリニアキャノンを交互に切り替えて連射してくるが、ケルビムの分厚い装甲に有効なダメージを与えられない。

 

 不意にケルビムの左肩から何かが飛び出したかと思うと、それは黒いACの上部で静止するとレーザーを放ち、左右のリニアキャノンを破壊する。

 

「オービットキャノン?あんなピンポイントでよく……」

 

 いつの間にかコクピットの外へ出ていたハヤテが感嘆する。黒いACは負けじとブレードを発生させ、ケルビムにむかって突っ込んで行く。ケルビムはロケットを放つが、黒いACは持ち前の機動力を生かしてそれを躱し、ケルビムの右側に回りこんだ。

 

 さらにOBを起動して一気に肉薄し、ケルビムの斜め上から上段に構えたブレードを振り下ろそうとする。しかし、

 

「え?」

 

 ほんの一瞬の出来事だった。ケルビムが腰を低くしたかと思うと、次の瞬間にはケルビムの姿は黒いACの背後にあり、黒いACは左腕を切り落とされていた。ケルビムの左腕からは黒いACと同じ高密度ブレードが発生している。

 

「なっ……おい、今何が……」

 

「ブーストダッシュで黒いACの脇をすり抜けるようにしてブレードを躱し……すれ違いざまに左腕を切断した?」

 

 バカな、とセイルは思った。重量二脚は機動力を犠牲に装甲と火力を強化したACだ。それが今、ほんの一瞬とはいえ軽量二脚並みの速度で移動していたなど、にわかには信じがたいことだった。

 

ケルビムは体勢を立て直すとゆっくりと黒いACの方に向き直る。左腕を失った黒いACはがくがくと機体を振動させながら振り返る。その頭部に、ケルビムの右上腕部に装備されていたプラズマライフルMWG-XCG/10が突きつけられた。

 

 発射されたプラズマの光弾は頭部パーツをコアの上部もろとも消滅させる。するととたんに黒いACの動きが止まり、倒れ伏した。通常、ACは頭部を破壊された場合、視界の欠落や情報処理能力の低下などが起きるが、一瞬で停止してしまうことはない。

 

(頭部を破壊しただけで?無人ACだったのか?でも、無人機にあれだけの動きが……)

 

 ケルビムは身をかがめて黒いACを見ていたが、やがて立ち上がって背を向けた。と、セイルの目にアメノカザナギのコクピットに上半身を突っ込んだハヤテが写った。

 

「ザッ……おいセイル!………装甲車だ。右……ザーッ……ゲートに!」

 

 アメノカザナギの外部スピーカーから切れ切れになったハヤテの声が聞こえる。はっとして頭部を動かすと、丁度ケルビムの視線の先に装甲車と四体のパワードスーツが見え、今にもゲートをこじ開けようとしていた。

 

「しまっ……ACに気をとられてる隙に!」

 

 セイルはあわててコンソールをたたき、レバーを引くが、もはやチェックメイトは動ける状態ではなかった。ケルビムも気づいてはいるようだが、攻撃範囲外なのか動く気配が無い。

 

「くっそ!」

 

 ハヤテの叫び声が聞こえる。セイルは歯を噛みしめた。目の前に倒すべき敵がいて、守るべきものがあるのに、自分は動かないACの中でじっとしているしか出来ない。

 

 レバーを折れそうになるほどに握り締めるが、そんな事をしてもどうにもならない。パワードスーツは無情にもこじ開けたゲートの中へと足を踏み入れ、

 

「……っ!?」

 

 瞬間、四体全てのパワードスーツと装甲車は、爆風に吹き飛ばされて粉々になった。

 

「な、何が……」

 

 何が起きたかは判っていた。左のAC用ゲートから飛来したグレネード弾が装甲車とパワードスーツを吹き飛ばしたのだ。ただセイルは、そのグレネードを放った別のACに……

 

「あの機体、グラッジか?カラードネイルまで来てるなんて……」

 

 グラッジ、カラードネイル、そんなハヤテの言葉もすでに雑音と化していた。セイルにはもうあのACしか見えていなかった。

 

 ドーム型の頭部、角ばった脚、軽量級の腕と円筒形のバズーカ。六年前、地獄にいた自分を救ってくれた緑色のACが、そこにいた。

 

「あ……ああ………」

 

 まるで声帯が声の出し方を忘れてしまったように、セイルは声にならない声を上げていた。腕も震えて動かず、感覚すらわからない。でも不思議と、自分が涙を流しているのは判った。

 

「迂闊だな。キース・ランバート」

 

「貴様こそ、依頼に失敗したようだな」

 

 緑のAC、グラッジから声が聞こえる。ケルビムからのキース・ランバートの声がそれに答えた。その時、セイルはやっと我に返った。二人の会話の中に、かすかに違和感を覚えたのだ。

 

「依頼の失敗は謝罪しよう。だがお前もわたしが来るのは分かっていたようだが?」

 

「…………ふん」

 

 ケルビムは背を向けるとゲートに向かって歩きだした。

 

『待ってください…キース、いったい今まで…何処に行ってたんですか?

 

「!!……、エマか!?」

 

 ケルビムが歩みを止め、キースがおどろいた声を出す。

 

『そうです。あなたのオペレーターをしていたエマ・シアーズです!!………キース、いったい今まで……何処に……』

 

「………」

 

 エマの声に嗚咽が混じり、キースが僅かに言いよどむ。

 

『あなたをっ……迎えに行った輸送機がっ……帰還したと聞いて駆けつけたらっ……格納庫はもぬけの殻でっ…………私が……私がいったいどれだけ…………』

 

「っ……」

 

 二人の声が途絶える。永遠にもにも思える沈黙の後、

 

「……アドレスを送っておく。話はそこでだ。それと、正式にコーテックスを脱退したい。手続きをしておいてくれ」

 

『…………………………』

 

「…………………………」

 

『まったく…………六年も行方をくらませて、戻ってきたとたんにこれですか……強引な所は変わっていませんね……出来る限りやってみますが、ペナルティは覚悟しておいて下さい……また後で』

 

「………………すまない」

 

 キースはそう言うと、ケルビムのブースターを起動させ、出口へと向かっていった。

 

「…………ふん」

 

 グラッジのパイロット、カラードネイルが不満そうに鼻を鳴らし、後を追うように機体を動かす。ここに来て、セイルはやっと体の感覚が戻ってきた。

 

「ま、待て!」

 

 やっとの事で声を絞り出し、セイルはカラードネイルに話しかける。グラッジは足を止めなかったが、返事は返ってきた。

 

「……応戦していたレイヴンか?じきに回収部隊が来る。それまで……」

 

「いや、違う。いいからちょっと待ってください」

 

 セイルは普段使いもしない敬語を使っていることに気づいたが、そのまましゃべり続ける。それでやっとグラッジは動きを止めて振り向いた。

 

「覚えてないだろうが、俺は昔あんたに助けてもらったんだ。六年前、トレネの近くの観光都市で……」

 

「待て……お前、あのときの子供か?」

 

「セイル?お前何でこんな奴と知り合いなんだ!?」

 

「そうだ!……っ……あの時、ACの腕を伸ばしてミサイルを防いでくれただろう」

 

 ハヤテが余計な口を挟んだが、今は気にもならない。ゆがんだコクピットハッチをこじ開け、セイルはACの胸の上に立った。硝煙とオイルのにおいが鼻を突き、熱せられた空気がほてった顔をなでていく。チェックメイトの僅か数十メートル先に、グラッジが佇んでいた。

 

「……なるほど、僅かに面影が残っているな……そうか、レイヴンになったか……」

 

「ああ、俺は……もうあんな思いするのがいやで……あんたみたいな……」

 

「止めろ」

 

 セイルの言葉を遮るかのように、カラードネイルはそう言い放った。セイルが一瞬言いよどみ、代わりにカラードネイルが話し始める。

 

「わたしはそんないい身分じゃない。わたしなどに憧憬を抱いたところで……」

 

「わかってる…………声が……」

 

 セイルは僅かに言葉を詰める。あまり言うべき事ではない事は判っている。でも、自分の感謝と憧れを、確実に伝えたいと思った。

 

「六年前に聞いた声は、随分若い声だった。でも、六年経った今でも、声が全く変わっていない……」

 

「…………」

 

 グラッジがこっちに振り向き、コア後部のコクピットブロックがスライドしてハッチが開く。中からパイロットが現れ、多くのコードがつながれたヘルメットを取った。

 

 ヘルメットの下からは、背中までありそうな長い白髪と赤い目をした、端整な顔が現れる。中性的な雰囲気だが、おそらく女性。しかもどう見ても二十代がそこそこの容姿だった。

 

 

「……PLUS……だったんだな」

 

「……………」

 

 カラードネイルが僅かに顔を背ける。純白の髪と真紅の目は生体強化を受けたPLUSの証だった。

 

 人工の生体組織で体を構成し、薬物とナノマシンでそれを維持しているタイプのPLUSは、しだいに体の色素が薄れ、アルビノのような体色になるのだ。

 

「そうだ。すでに人だと言えるのは形だけ。老いる事も病むことも無く、痛みすら情報としか受け取れない。褒められた物では……」

 

「だから……」

 

「?」

 

「だからなんだと?自分は人間じゃないから近づくなとでも?PLUSなんて上位のレイヴンなら珍しい事じゃないし、そんな事

であなたが……」

 

「それ以上言うな」

 

「っ……」

 

 カラードネイルが高い声を荒げた。セイルは驚いて言葉を失なってしまう。

 

「……セイル……だったか」

 

「……っ」

 

 しばらくして、カラードネイルが口を開いた。

 

「来月3日の22時、クロノスから『閉じた町』に入ってすぐの店に来い」

 

それだけ言うと、カラードネイルは機体に戻り、グラッジを出口に向かって走らせた。

 

「3日に……『閉じた町』の、入ってすぐの店……」

 

 セイルは言われた事を反芻する。詳しい場所はケイローンにでも聞けばいいだろう。と、チェックメイトの下の方からハヤテがよじ登ってきた。

 

「よっ……と、お前も妙な理由でレイヴン始めたもんだな。憧れた相手がよりによってアイツとは……」

 

 スーツに付いた塵を払い、ハヤテはセイルの隣に立つ。

 

「そんな言い方はよしてくれ。俺はあの人がどんな人なのか知らないけど、俺はあの人を尊敬してる」

 

「……ったく、無知ってのは不運なもんだな…」

 

「おいハヤテ、いい加減に……」

 

「まぁ聞けよ」

 

 ハヤテはほんの数十分前とは違う、いやに真剣な顔で

 

「知らねぇだろうな。アイツが全レイヴンの中で、最も冷酷な奴だって事を」

 

 なんてことを、口にした。

 

「なんだよ、レイヴンなんだから汚い事なんて日常……」

 

「そのレベルが尋常じゃないからそう言われてるんだ。セイル、奴は血に塗れた復讐鬼だ」

 

「復、讐鬼?……」

 

 セイルは一瞬耳を疑った。自分を救ってくれたあのレイヴンがハヤテの言う復讐鬼だと、信じたくはなかった。

 

「アイツは元セカンドランカーのゼロに家族を皆殺しにされて、そいつを殺すためにレイヴンになったんだ。二十歳過ぎでレイヴンになって、ほんの数年でランカーにまでのし上がった。それまでに何をしてきたと思う?とにかく上へ上へ行くために、汚ねぇ仕事ばかりやって、体いじって、コーテックスに金積んで、あいつの邪魔をしたレイヴンは尽く暗殺されてる。きっとテロリストまがいの事もやってただろうな」

 

「っ……」

 

「SL事件の折、ゼロが行方不明になってからはいい加減虚しくなったのか大人しくしてるが……今もアイツを復讐鬼と呼んで白い目で見る奴も多い」

 

「……………」

 

「セイル………これを聞いてもお前は、あいつに憧れてると言えるのか?」

 

 セイルは拳を強く握り締めた。うつむいた顔を上げ、かみ締めた口を開き、絞り出すように声を出した。

 

「それでも俺は………あの人を尊敬している……」

 

 セイルは、今言った言葉がハヤテではなく、自分自身に向けられている物だと感じた。

 

「…………そうか……」

 

 ハヤテは装甲の上に腰を下ろし、ゲートから整備員と回収部隊が入ってくるのを眺めていた。

 

  

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