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※都合上横書きにしてあります。
IS学園の第三アリーナは、ISの訓練を行う生徒達で賑わっていた。
何人もの少女達がアリーナのあちこちで量産型ISを装着し、機動練習や射撃訓練を行っている。
十年前に一人の科学者、篠ノ之束によって開発された宇宙開発用のパワードスーツ、IS—インフィニット・ストラトス—は、女性にしか扱えないという欠点を持ちながらも、現用の兵器をはるかに上回るその圧倒的な性能から、即座に兵器としての使用が禁止され、スポーツ用の道具として扱われるようになった。
それにも関わらず、現在世界各国は、スポーツの道具に過ぎないはずのISの開発に全力をかけており、熾烈な開発競争が行われている。その結果、公正な技術開発の場としてIS学園が設立されたのだ。
運用方法についての様々な紆余曲折の末が教育機関の設立というのは、何とも皮肉な話である。
現在、IS学園は数十機ものISを保有しており、生徒達はそのうちの何機かを訓練用の練習機として使っているのである。
アリーナで稼動している機体は、日本産の量産型IS『打鉄』が主だが、中にはフランス産の『ラファール・リヴァイヴ』の姿も見られる。そんな中、明らかに異彩を放つ二体のISが、アリーナの一画で模擬戦をしていた。
「だから、何度言ったら分かるのだ一夏! お前の踏み込みは大雑把すぎる! もっとこう……一瞬でバッ! と踏み込んでドン! とだな……」
「それじゃ分かんねぇって。もっと分かりやすいように説明してくれよ……」
「なっ! ……人がせっかく説明してやっているというのに、何だその言い草は!」
激しい剣幕の少女と、それに押されがちな少年。二人の使っているISは、学園の保有する量産機ではなく、個人のために作られた専用機だ。
少年の白いISと少女の赤いISは、同じような機体しか無いアリーナの中では一際目を引いており、少女の声の大きさも相まって、先程からアリーナの注目を集めつつあった。
「大体お前は、私に教授される立場でありながらいつもいつも……」
「お、落ち着け箒。ほら、もうちょっと声を小さく……」
自分達二人に周囲の視線が集中しているのに気づいたのか、少年が少女をなだめにかかる。少女もそれで周囲の状況を理解したのか、一瞬顔を赤らめるとそれまで発していた言葉を飲み込み、バツが悪そうに視線を下げた。
「……休憩しよう」
「そ、そうだな……」
二人はISを浮遊させてアリーナ端のピットへ戻ると、装着していたISを待機状態に戻す。
重力に引かれて床に降り立った二人は、共にIS用の特殊スーツに身を包んでいた。
少女のそれはまるで競泳水着かレオタードのようで、露出された腕や太腿が健康的に見える。少年の方も同様で、こちらはダイバーのウェットスーツのようだった。
二人はピット脇に備え付けられたベンチに腰を下ろすと、スポーツタオルで顔を拭う。一息ついた二人は再び顔を付き合わせた。
「まったく、私がこれ程丁寧に教えてやっているというのに、何だあの言い草は!」
「いや、だからそこは……その、音楽性の違いというか性格の不一致というかそういうものがあって……」
「一体何の話をしているのだ!」
衆人環視から逃れてほっとしたのか、赤いIS———『紅椿』を装着していた少女、篠ノ之箒は再び声を荒らげ始める。それに対し、白いIS———『白式』の少年、織斑一夏もタジタジとしながらそれに答え始めた。
2. 異常発生
「やれやれ、酷い目にあったな……」
「まったくだ。一体何だったんだアレは……何か操作を間違えたのか?」
箒も荒い息を整えつつ、地面に腰を下ろしている。紅椿も機能停止に成功したらしく、待機状態の飾り紐へと変わっていた。
「いや、操作は間違ってなかったと思う。でも故障にしては変な感じだったな……」
「ああ、後で先生に見てもらうとしよう……ところで一夏、いいかげんに直視映像を切ったらどうだ? また暴走したら事だぞ」
「え? もう白式の機能は停止したはずだ……け、ど……」
一夏は白式の状態を確認しようと、目を開けて体を起こす。すると、視界の隅におかしなものが目に入った。それは、地面に座り込んで右手に視線を注いでいる自分の姿で……
「あれ? なんで直視映像が続いてるんだ? 白式の機能は停止して……っていうか、紅椿の方も映像を送信し続けてるんじゃないのか?」
「そ、そう言えばそうだな……こちらも今解除を……む? おかしい、解除できないぞ……」
「こ、こっちもだ。映像が消えない……」
一夏は白式のコンソールを空中投影し、直視映像を停止させようとするが、白式はまたもエラーを返すばかりで全く反応を返さない。箒も手首の飾り紐をいじっているが、紅椿も同様らしかった。
「まさか……さっきの強制終了でエラーが出ちゃったのか? まいったな……」
「待て、と言う事はまさか……プログラムが修復されるまでずっとこのままなのか?」
「…………え?」
箒の言葉に一夏が顔を上げると、ウインドウに表示された自分の顔と目が合った。改めて見る自分の顔は、意外と間の抜けた顔をしていた。
自室に戻った箒は早速入浴の準備を始めた。幸い、ルームメイトの鷹月静寐は外出しているらしく、余計な気を回さずに済みそうである。やがて準備を終えた箒は、バスルームに入る前に直視映像のウインドウに目を向けた。
一夏はどうやらベッドに仰向けに寝転がっているらしく、視界には一面、天井が広がっている。だが、落ち着いているというわけでは無いようで、視点は所在無さ気に天井を動きまわっていた。
「い、今から入るからな! 絶対にウインドウを見るなよ! 音も聞くな! 耳を塞いでいろ!」
『わかったよ。努力するから急いでくれ……』
一夏はそう言うと同時に部屋のテレビをつけ、さらに目を閉じてしまった。直視映像がどのような方法で人体と視覚情報をやり取りしているかは分からないが、とりあえず目を閉じればウインドウは見えなくなるようだった。
「よ、よし……」
箒はウインドウが真っ暗になったのを確認すると、脱衣所に入って服を脱ぎ始めた。腰のベルトとリボンタイを外し、制服の合わせを外す。そのままスカートのホックを外してジッパーを下げ、下着をとって髪を解くまで、箒はずっと横目でウインドウを凝視していた。
「…………」
直視映像の解像度がどの程度なのかは分からないが、一夏が目を開けたような様子は一瞬たりとも無かった。聴覚情報の方も、テレビの音が少々気にはなったが、これで衣擦れの音や水音が誤魔化せるのなら安いものだった。
反面、一夏が全く反応を返さないのが少々気がかりであり、箒は別の理由で頭を悩ませ始めた。
(一夏……どうしてそんなに平然として居られるんだ……)
先程の風呂発言といい、一夏は女性に対して少々気を使わない所がある。幼い頃から姉の千冬と二人で生活し、私生活に少々ルーズな彼女の世話を焼いてきた事がその原因なのかも知れない。
IS学園に入学してからは、周囲が女性だらけという事もあって流石に困惑していたが、千冬や箒に対する遠慮の無さは相変わらずだった。
(まさか……私は一夏に女性として見られていないのだろうか……)
一夏と箒は昔からの幼なじみだが、箒の転居で会えなくなってからIS学園で再会するまでは六年間ものブランクがある。昔はお互いの性別なんて気にしていなかったし、今は今で、箒はそれほど明確なアプローチはかけていなかった。
(私よりも魅力的な人は他にいくらでも居るし、私は逆に一夏にきつく当たりすぎていたかもしれない……さっきも怒ってたような口調だったし……)
一夏と箒の友人である各国の代表候補生達は、皆それぞれに女性として魅力的な一面を持っている。それでなくともIS学園は生徒の殆どが女性であるし、下手をすれば先生や用務員、技術者の方々でさえその範疇に入ってしまうだろう。
しかも一夏は女性に対する苦手意識が無い分、誰とでもすぐに仲良くなってしまう傾向があった。
(だ、駄目だ駄目だ! こんな事で弱気になっていては……そうだ、少なくとも臨海学校の時はいい雰囲気だったではないか。大丈夫、大丈夫だ……)
箒は無理矢理に自分を納得させ、浴室へと入っていった。湯けむりに包まれて視界の悪い浴室内で手探りで椅子を探していると、ふと壁にかけられた鏡が目に入る。この湯けむりの中でも全く曇る事のない、無駄に最先端な技術で作られた鏡には、妙におどおどした様子の自分の顔が映っていた。
「…………」
箒は視界の隅のウインドウに視線を送る。律儀なのか、それとも興味が無いだけなのか、一夏はしっかりと目を閉じていた。それを確認した箒は、鏡の正面に立つと自分の姿を鏡に映してみる。幼い頃から剣道で鍛えた体は、力強い筋肉を内包しつつも女性らしい靭やかな曲線を描いている。特に年齢不相応に発達した乳房は、女性らしさを超えた、何か別の雰囲気を醸し出していた。
(う……また大きくなったか?)
箒は胸の下で腕を組むと、まるで重さを確かめるかのように組んだ腕を上下させてみる。箒は昔から周囲に比べて胸部の発育が良かったが、IS学園に入学してからは余計に成長が著しくなったように思える。
おまけにISやISスーツは胸部を強調するようなデザインのものが多いせいか、最近では意識せずとも周囲の視線を集めるようになってしまっていた。特に、箒専用に設計された紅椿を使用するようになってからは尚更で、授業やアリーナに出るだけで注目の的になるくらいである。
一時は、この胸で一夏の気を引く事ができるならむしろ僥倖と考えていた事もあり、実際に臨海学校ではキス寸前まで行く事が出来たのだが、それ以来今日に至るまで全く進展は無かった。
一体自分は、一夏にとってどんな存在なのか、このような状況に陥ってしまった事をどう思っているのか、何度も考えては、その度に混乱するだけで終わってしまうその問いに、箒は囚われつつあった。
(ま、待て、落ち着け、何も今考えなくてもいいだろう。今はとにかく今は風呂だ、風呂!)
箒は再び強引に思考を切り上げ、シャワーの栓を捻る。不思議なほど高揚し熱くなった顔に、シャワーのお湯は妙に冷たく感じた。
一方一夏は、目を閉じたままベッドの上に寝転がり、奇妙なデジャヴを覚えつつも感覚を遮断しようと必死になっていた。
(これは……想像以上にきつい……)
目を閉じる事によって視覚情報を遮断する事には成功したものの、聴覚情報はどうにもならない。音量を大きめにしたテレビは気休め程度にしかならず、一夏の耳には衣擦れの音や水音がしっかりと聞こえていた。
(まずい……見えてない分余計に想像が……)
おまけに、視覚を封じた事が裏目に出たのか、視覚以外の感覚が鋭敏になり始めた。当初はこのまま眠ってしまうのも手かと考えていたが、こんな状況ではそれも望めない。
白式を通して供給されるあらゆる情報が脳内で像を結び、ともすれば視覚以上に鮮明な形を持ってしまっていた。
(箒……随分大きくなったよな……)
具体的にどこが、という点についてはあえて深く考えず、一夏は脳裏に浮かんだ箒の姿を観察する。
幼い頃から剣道で鍛えた体は、力強い筋肉を内包しつつも女性らしい靭やかな曲線を描いている。特に年齢不相応に発達した……
(ま、待て待て、そっちじゃなくて他に……)
身長そのものは標準なのだが、姿勢がいいのか、それとも鍛えられた体のせいか、箒はどこか長身に思える。さらに強い眼差しと、はきはきした物言いは、男と比べても全く謙遜無いだろう。
また、一夏にISの操縦を教えているだけあって、本人の操縦技術もかなり高い。残念ながらISへの適性はそれほど高くないらしいが、こちらも剣道の賜物なのか、近接戦闘では頭ひとつ飛び抜けた成績を残している。
だが、ISやISスーツは胸部を強調するようなデザインのものが多いせいか、最近では意識せずとも周囲の視線を集めるようになってしまっていた。特に、箒専用に設計された紅椿を使用するようになってからは尚更で、授業やアリーナに出るだけで……
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