このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
※都合上横書きにしてあります。
1. トラウマ
焼け焦げた残骸が無数に漂う黒い海を、船上から一人の青年が見つめていた。
彼は波間を漂う残骸の中から何かを探すかのように、必至の形相で重い双眼鏡を右へ左へと振り回している。
「…………っ!」
ふと聞こえた水音に、双眼鏡を下ろして視線を向けると、彼が乗っている小さな内火艇のすぐ側に、幼い外見をした一人の少女の姿があった。
少女は黒一色に統一されたセーラー服に白いネクタイを締め、黒いパンティストッキングを履いている。
いかなる仕組みか、少女は水面の上に自らの足で立っており、若葉のような緑色の髪を、焦げ臭い潮風に揺らしていた。
「…………」
まるで縋るかのような表情を向けてくる青年に、少女は左右に首を振って答える。
青年は顔を伏せて歯を食いしばると、内火艇の手すりに握った拳を叩きつけた。
「くそっ!」
錆(さび)の浮いた手すりが甲高い音を立て、青年の手が鈍い痛みに疼く。
だが、彼の心を苛む痛みは、そんなものとは比べ物にならない。
彼は今、自らの指揮する艦隊を失ったのだ。
「提督……」
悲壮な表情を浮かべる青年に、かけるべき言葉を見つけられない少女は、辛うじてそう呟いた。
2. 結成! 新艦隊
埋め立てによって作られた無数の堤防が、縦横に伸びる佐世保港。
古くから貿易港・軍港として栄えたこの地には現在、海上自衛隊佐世保基地が置かれ、日本西端の守りを担っていた。
堤防には白銀に輝く多数の護衛艦が停泊し、赤と白に塗り分けられた作業クレーンが、秋の空を突いてそびえ立っている。
そんな基地の一角に設えられた簡素な建物。その一室に、あの日、艦隊を失った青年の姿があった。
「はじめまして、提督。呉鎮守府(くれちんじゆふ)より一時転属となりました、軽巡洋艦『矢矧』です。どうぞ、よろしくお願いします」
「お待ちしていました。矢矧さん。佐世保鎮守府へようこそ」
美しい姿勢で敬礼してくる、長い黒髪をポニーテールにまとめた少女、矢矧に対し、青年———提督も椅子から立ち上がると、しっかりとした返礼を行う。
「私達の艦隊は、小規模ではありますが、今後の日本の国防において大きな意味を持つことになります。短い間ですが、お力添えをよろしくお願いします」
「……はい!」
「……では、訓辞までもう少し時間がありますので、今のうちに宿舎の方を見ておいて下さい。場所はわかりますか?」
「問題ありません。では、失礼します」
再び綺麗な敬礼を行い、矢矧は部屋を出て行く。その足音が遠ざかっていくのを確認した提督は、溜息を付いて椅子に腰を下ろした。
「ふぅ……」
「たったこれだけで疲労困憊か? 先が思いやられるぞ?」
そんな彼の様子を見て、それまで脇に控えていた少女が口を開く。
彼女は、あの日提督と一緒に居た、緑色の髪の少女だった。
「そう言うなよ長月……こればかりは、もうどうしようもない……」
「二年経っても、人付き合いが苦手なのは同じか……しょうがない奴だ……」
ぐったりとした表情で頬杖をつく提督を見て、緑色の髪の少女———長月は困ったような微笑みを浮かべた。
3. 砲雷撃戦、よーい!
「菊月!」
「ああ!」
長月と菊月は一瞬視線を交わした後、同時に敵艦隊へ向かって突撃をかける。
敵艦隊は即座に二人へ向かって砲撃を始めるが、二人は素早い動きで次々と砲弾を躱していった。
不規則なスラロームで敵艦の火器管制を混乱させ、時折混じる鋭いステップがさらに射線に揺さぶりをかける。
二人は立ち位置をめまぐるしく入れ替えつつ、踊るような軌跡を描いて前進し、瞬く間に敵艦隊との距離を詰めた。
「砲雷撃戦!」
「開始する!」
二人は一斉に、右手に持った主砲を連射する。多数の水柱が敵艦隊を包み込み、僅かに敵の砲撃が弱まった。
瞬間、二人は足元の水を蹴立てて砲弾のような踏み込みを行うと、ほぼ零距離まで敵艦隊に肉薄する。
「っ!」
菊月は勢いのままに、敵駆逐艦の脇へと躍り出た。
まるでデフォルメされたクジラのような外見の敵駆逐艦は、慌てて菊月の方に旋回しようとするが間に合わず、横合いから何発も砲撃を食らって転覆する。
敵の撃破を確認する間も無く、回頭した菊月はもう一隻の駆逐艦へと向かって行った。
既に菊月を捉えていた駆逐艦は口腔内に装備された主砲を放って攻撃してくるが、菊月は独楽のように身を捻ってそれを回避する。
そして、そのまま一回転しつつ敵に接近すると、開きっぱなしになっていた口に主砲の砲身を突き入れた。
「いけ!」
装甲の施されていない体内を直接砲撃された駆逐艦は、内側から爆発を起こし、四散する。
爆風に背中を押されるようにして離脱した菊月は、低い姿勢で制動をかけながら後ろへ振り返り、細く息を吐いた。
「こんな事は、威張れるものじゃないがな……」
体を起こした菊月はそう言いつつ、左腕に軽く手を添える。先程敵弾が掠めたその場所は服が破け、僅かに血が滲んでいた。
「喰らえ!」
長月は敵軽巡洋艦に向けて、至近距離から砲撃を加える。
駆逐艦の船体から歪な人体が生えたような異形の敵艦は、長月の砲撃を苦もなく受け止めると、反撃の砲弾を放ってきた。
「っ……」
駆逐艦のそれよりもはるかに大口径な砲弾を避け、長月は敵艦の死角に回りこむように移動する。敵艦もそれに合わせて長月とは逆の方向に動き、双方は互いに円を描くような旋回戦に突入した。
しかし、船体が大きく旋回の遅い敵艦は長月の動きを完全には捉えられず、さらに何発かの砲撃を受けてしまう。
(……ここだ!)
長月は即座に、脚部に装備された魚雷発射管から魚雷を射出した。
魚雷に気づいた敵艦は即座に回避行動をとろうとするが、その瞬間、突然敵艦の背後で爆発が巻き起こる。ちょうど背後で、菊月が敵駆逐艦を撃破したのだった。
既に長月の砲撃によって姿勢が危うくなっていた敵艦は、発生した爆風と波に煽られて完全にバランスを崩し、無防備な状態になってしまう。
そうして、今にも転覆しそうになっている敵艦の横腹に、長月の放った魚雷が突き刺さった。
激しい水柱が立ち上り、敵艦は船体を崩壊させながら水中へと沈んでいく。
「敵巡洋艦、撃沈!」
最後に残った敵旗艦から即座に距離を取りつつ、長月はそう叫んでいた。
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