このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
取材地域は、主として群馬県の前橋市です。 |
所は群馬県藤岡市高山237番地。関東平野から山岳地帯へ移行する入会地である。そんな山間の一つに三名川の細流があり、その畔に「国指定史跡-高山社」がある。今でこそ周辺にはゴルフ場がゴロゴロしているが、かつては養蚕が盛んな土地で、外貨を稼ぐ生糸の生産地であった。数ある養蚕農家を束ねていたのは、高山長五郎という人物。嘉永元年(1848)に18歳で名主となった。先祖伝来の屋敷を養蚕に適した構造に替えて、養蚕技術を研究し、養蚕飼育法を確立した。明治3年(1870)に高山組を組織し伝習所を開校した。
200mほど離れた高みに菩提寺興禅院があり、左手奥に高山長五郎の墓がある。
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