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施設名称 日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設
ホフマン輪窯六号窯
設計者名 ナスチェンテス・チーゼ
施工者名 ナスチェンテス・チーゼ
建 築 年 明治40(1907)年5月
構 造 煉瓦造 及び 木造
所 在 地 埼玉県深谷市上敷免89
備 考 ◆建築面積:1044.2m2 煙突付き・木造覆屋附属
◆指定基準:(二)技術的に優秀なもの
ホフマン輪窯とは、ドイツ人の窯業(ようぎょう)技術者フリードリッヒ・ホフマンが1858(安政5)年に考案した、煉瓦製造の焼成窯である。六号窯は、煉瓦製造技師ナスチェンテス・チーゼが、ドイツから持ってきたホフマンの設計図に従って設計されたものである。
※ホフマン輪窯の詳しい説明は 旧下野煉化製造会社煉瓦窯 をご覧ください。
ホフマン輪窯は輪状の構造になっているが、六号窯は全長56.5m・幅20m・高さ3.3mのドーナツを伸ばした様な楕円形をしている。窯全体は18室に仕切られており、各室に煉瓦の搬出入口・燃料の石炭投入口・排煙口が設けられている。一室を焼成する際の余熱を、次室の素地を乾燥・加熱に利用していく仕組になっており
第1号焼成室 「窯詰」→「焼成」→「冷却」→「窯出」
↓ 焼成する際の余熱
第2号焼成室 「窯詰」→「乾燥・加熱」→「焼成」→「冷却」→「窯出」
↓ 焼成する際の余熱
第3号焼成室 「窯詰」→「乾燥・加熱」→「焼成」→「冷却」→「窯出」
↓ 焼成する際の余熱
第4号焼成室 「窯詰」→「乾燥・加熱」→ ・・・
というように、合理的で熱効率の良い方式で、長期にわたる連続操業が可能であった。現役時代は、六号窯だけでも月産約65万個の煉瓦を製造していたといわれている。
竣工当時は、六号窯は地上3階の木造上屋(うわや)に覆われ、2階は燃料投入室、3階は煉瓦乾燥室となっていた。
六号窯は建造以来、昭和43(1968)年までの約60年間、煉瓦を焼き続けてきた。現在では木造上屋と乾燥室は撤去されたが、残った柱材や2階床面と燃料搬入用のトロッコレールが、操業時の様子を伝えている。また煉瓦造の煙突は関東大震災で崩れ、鉄筋コンクリート造になってしまったが、煉瓦製造を休止した昭和43(1968)年の状態で、現在も保存されている。
鉄筋コンクリート造になってしまった煙突 →
参考文献一覧
◆ 国指定文化財等データベース
( http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp )
◆ 日本煉瓦製造 六号窯
( http://www2s.biglobe.ne.jp/~stakers/arch/bnitiren.html )
◆ 日本煉瓦製造専用線
( http://members15.tsukaeru.net/club-shinko/nichiren_3.html )
◆ 日本煉瓦製造
( http://www5e.biglobe.ne.jp/~yajima/cultural%20heritage-6.html )
◆ 産業技術遺産探訪〜旧・日本煉瓦製造会社・煉瓦製造施設
( http://www.gijyutu.com/ooki/tanken/tanken2000/nichiren/nichiren.htm )
◆ ホフマン輪窯6号窯
( http://mobile.city.fukaya.saitama.jp/mobile/i/index.cgi?page=352&uid=NULLGWDOCOMO )
【 作成:2007(平成19)年10月7日 】
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