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〜なつかしのJR車両たち〜





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写真

タイトル

写真

タイトル

総武・中央緩行線101系

両国 1987年8月29日

101系は1957年、中央線にデビュー。総武・中央緩行線用では1963年から使用され、1988年11月迄の25年間使用された。分割民営化後、101系はは10両編成7本在籍したが、全車非冷房車で夏季は敬遠されがちだった。ライトが一灯白熱灯だった編成もいた。三鷹・習志野電車区に所属されたが、三鷹電車区所属車は、1985年春に201系に座を譲り引退となり、習志野電車区所属の車両は、103系に混じり1988年11月末日まで使用された。首都圏最後の非冷房車10両編成だった。

総武・中央緩行線103系

両国  1987年8月29日

103系は1963年〜1984年までに3000両以上製造された、国鉄通勤車の主力車両。1970年代の総武・中央緩行線は、101系もみだったが、1979年より103系を習志野電車区に導入。新製投入・他線から移転した車両を含め、初期車から後期車まで幅広く使用された。写真は、デビュー時よりライトが2灯になったタイプ。E231系に座を譲り、2001年3月、総武・中央緩行線系線から103系は引退した。

東西線直通用301系

西船橋  1988年1月8日

東西線直通用として1966年にデビューしたアルミ車。1978年頃に、ボディーベースはグレーに塗装された。帯色は、写真のように黄であったが、乗入相手の総武・中央緩行線系にステンレス車205系がデビューし、誤乗防止の為、1989年9月〜10月にかけて帯色が青に変更された。2003年夏、後継のE-231系800番台に座を譲り廃車になった。

営団05系(右)、総武・中央緩行線103系(左)

津田沼  1993年7月31日

写真左の103系は、1974年以降に製造された後期形高運転台タイプ。総武・中央緩行線の103系は、後期車も多かった。営団地下鉄東西線から乗り入れてきた05系と並んだ。写真右の営団05系は、当時最新タイプの編成だった。

総武・中央緩行線201系

平井  1990年9月

201系は、国鉄初の電子チョッパ車として1979年夏に試作車デビュー。1981年夏より量産車がデビューし、205系がデビューした1985年迄製造された。最初は中央快速線に導入された。総武・中央緩行線用201系は1982年8月にデビュー。1985年春迄に三鷹電車区所属の101系は皆、同系に置き換えられた。同線初の省エネ車で、カナリア塗装にブラックフェイスはマッチしていた。尚、1編成は、1988年12月5日の東中野駅衝突事故により廃車になってる。2000年以降、E231系のデビューにより同線の201系は京葉線・青梅線・中央快速線等に順次移転。総武・中央緩行線からは、2001年11月に消滅した。


総武・中央緩行線205系

西船橋 1989年12月23日

205系は、1985年春、初の界磁添加励磁制御を採用してデビューした国鉄初のステンレス車。山手線に集中導入され、民営化後の1988年以降、横浜線等他線にも順次導入。1989年8月、前年暮の東中野追突事故の補充等から総武・中央緩行線初のステンレスカー205系が導入された。同系は少数でありながらも、同系で他線への移転も数回あり、2〜4編成のみ常時在籍した。総武線といえば‘黄色い電車‘であったが、ステンレス車体に黄帯巻いた車両は異彩を放ってた。E231系に押され、2001年11月に同線から引退し、武蔵野線等他線に移転した。

東京駅開業前の京葉線103系

海浜幕張 1989年10月29日

京葉線は1986年3月3日に、西船橋〜千葉港が暫定開業。車両は、東京駅延伸までは他線から移転した103系のみで、車体色は京浜東北線同様のスカイブルーだった。1988年12月1日に新木場まで延伸し、ディズにーランド最寄駅の舞浜駅も誕生した。写真は幕張メッセ開業から間もない時期の海浜幕張駅で、東京駅までの開通は半年後の1990年3月10日だった。同線の103系は、比較的初期車が多く、写真の車両も初期型非冷房車。その後は、他線より後期車の高運転台車等を中心に後期車も配属された。103系自体は、2005年度に、総武・中央緩行線から移転された201系や、山手線から移転された205系に替わり引退した。

京葉線205系(左)と103系(右)

稲毛海岸  1990年3月25日

写真は東京駅開業から間もない時期。京葉線仕様の205系も営業運転開始した(205系は1985年〜1991年に製造した国鉄・JR通勤車初のステンレス車)。東京駅延伸後も、103系で1灯白熱ライトの初期車も残った。


東西線直通用301系更新車

西船橋  1992年7月8日

301系は、1966年に営団東西線乗入専用車としてデビューした国鉄通勤車初のアルミ車・空気バネ台車車。当時はアルミ生地に黄帯を巻いてデビューしたが、1978年前後にアルミ生地はグレーに塗装された。乗入区間の総武・中央緩行線でステンレス車体に黄帯を巻いた205系がデビューした為、1989年9月〜10月に帯色を黄から青へ変更。それと近時期に冷房化を行った。1992年1月より車体更新が行われ、写真はそれ以降の姿。2003年夏に、後継のE231系8000番台に座を譲り、全廃になった。

東西線直通103系1200番台

原木中山 1992年7月17日

1969年、301系同様に地下鉄東西線直通用としてデビュー。301系はアルミ車である点、特殊箇所が多く、故障時の部品調達も困難なことから、103系で営団地下鉄東西線乗入仕様の1200番台を製造することになった。1989年秋に青帯化、1988年秋〜1990年春にかけて冷房化、全編成には至らなかったが冷房化と近時期に車体更新が行われた。2003年8月に301系と共に引退した。

横浜線103系

東神奈川 1988年4月2日

横浜線は、1960年代末までは釣掛駆動の旧型車一色だった。1971年10月に103系を初導入し、1979年9月末に同系に統一され旧形車を一掃した。車体色は、他線からの移転車が多かった為、国鉄時代は多種色存在したが、基本色は山手線と同色ウグイス色とした。同線の103系は正面に‘ 横浜線‘ のヘッドマークが掲げられたことが特徴だった。1987年4月の分割民営化後も全編成103系だったが、1988年9月、首都圏では山手線に続いてステンレス車の205系を順次導入。翌1989年2月下旬に全編成が205系に統一され103系は運用離脱した。

青梅線103系

東青梅  1994年4月29日

青梅線・五日市線は、1976年に101系と共に103系をデビュー。1985年春のダイヤ改正以降、101系は消滅した為、103系のみになった。2001年春頃より、103系代替として総武・中央緩行線から201系を順次移転、2002年春に103系は同線を引退を消した。

総武快速・横須賀線113系

平井 1990年9月

総武快速線は、1972年7月、総武線複々線化に伴い開業。1980年10月に横須賀線と直通運転を開始し、ほぼ同線扱いされるかのように千葉〜大船・鎌倉・横須賀方面の運用を開始。車両は、1972年以来、ブルー+クリーム色の塗装(スカ色)の113系を使用。1994年12月、113系の後継として E217系がデビュー。1999年12月までに全車置き換わり同線の113系は引退した。スカ色の113系は、2007年現在も千葉以遠の房総地区で活躍中だが、2006年10月より宇都宮線・高崎線から捻出した211系が営業運転を開始し、113系の立場も狭まってきた。

南武線103系

久地  1992年4月6日

南武線は、1989年2月以降205系を順次新製導入し、101系を1991年初頭に引退。以後、103系と205系・209系(1993年春に1編成のみ導入)は約半々の割合で使用。2002年度に入ると山手線から205系が転入し103系は順次引退に。2004年11月、南武線から103系は引退した。

201系車内
総武・中央緩行線用 クハ201-108にて 

1988年6月
写真は、オリジナル時の201系車内。1990年代前半にシートが、写真の茶系から模様入ブルー系に変更され、多少イメージが変わった。201系デビュー時、アイボリー系の暖色系の室内は、ライトグリーン系の寒色系の101・103系に比べ明るく好評であった。


鶴見線クモハ12系

武蔵白石 1990年5月

1980年代以降、首都圏国鉄(JR)の釣掛駆動の旧型車が走る路線は、神奈川県横浜市鶴見区の臨海工業地帯を走る鶴見線の一部区間のみだった。写真はチョコレート色のレトロな感が特徴のクモハ12系で民営化後も残った最後の旧型車。
同系は1996年3月、103系に座を譲り廃車になった。尚、鶴見線は、2005年度中にステンレス車の205系に統一された。

京浜東北線205系

大宮 1991年3月中旬

ステンレス車体にスカイブルー帯の京浜東北線205系は、1989年10月にデビュー。6編成のみの導入で、103系全車を置き換えるには至らなかった。1992年5月に209系試作車のVVVFインバーター 901系デビュー。翌、1993年2月に209系量産車がデビューし、京浜東北線の既存車(901系以外)を置き換える為、順次新製導入。205系は103系より2年早く、1996年2月に引退し、他線に転属した(103系は1998年3月引退)。

常磐線103系1000番台

成田  1990年5月

営団千代田線乗入用に1971年にデビューした103系の1000番台で、常磐緩行線用に使用。塗装もグレーにエメラルドグリーンの帯を配した。1984年以降、203系に押され緩行線の乗入用から、常磐快速線に転属。快速線移転後も、地下鉄乗入カラーであった編成もいたが、ほどなく0番台(地上線用)の103系同様にエメラルドグリーン一色に変更された。E-231系に押され、0番台より一足はやく2003年度中に全廃になった(0番台車は首都圏最後の103系として、2006年3月17日に運用脱退)。

ホリデー取手 常磐快速線103系

大宮 1990年5月27日

常磐快速線用103系を使用した、休日用臨時運用‘ホリデー取手号(大宮〜取手間で武蔵野線一部経由)‘。常磐快速線用の103系は、1967年12月にデビューで塗装はエメラルドグリーン。分割民営化後も白熱1灯の103系が残った。2002年3月に、総武・中央緩行線に続いて、後継のE-231系がデビュー。2006年3月17日、首都圏最後の103系として運用脱退した。

鶴見線クモハ12形車内

1990年5月

チョコレート色の釣掛車の同形で、室内は御覧の通り。木造床、白熱照明、壁の塗装、レトロな空間が味わえる車両だった。首都圏近郊で、室内に木材を利用した車両は、撮影時は鶴見線のほか東急世田谷線70・80系ぐらいだった。


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