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E233系電車に見る車両設計思想の転換





■E233系電車の不可思議

 この12月26日よりE233系電車が運行を開始する。筆者には一つ不可思議な点があって、それは基本的なメカニズムはE231系を踏襲したものであるというのになぜ敢えて新系列としたのか、ということである。さまざまな媒体から得られる情報から読めるのは「機器の二重系化」という特色であったが、わざわざ新系列とするだけの意味があるのか、疑問が拭えなかった。

 中央快速線には 6+4両編成が充てられるから、E231系のMT比そのままとすると、 4両編成ではTc-M-M'-Tcとなり充分な出力が得られる。これに対して 6両編成ではTc-T-M-M'-T-Tcとなってしまい、単独での運行が困難な出力しか得られなくなってしまう。それゆえTc-M-M'-M-M'-Tc編成を組むための方便として、「機器の二重系化」がうたわれたのかな、などと漠然と考えていた。

 以上の感覚は実に浅薄だった。E233系の投入意図について、簡潔にして必要充分な記事があったので、以下に全文を紹介する。全文紹介という手法は引用の枠を逸脱するため、本来は避けるべきであるが、あまりにも優れた記事であるため割愛すべき余地がまったくなく、省略してはその良さが伝わらない。よって、批判を受けることを覚悟で全文紹介とするものである。

201系
中央快速線現在の主力 201系
中央線立川−日野間にて 平成19(2007)年撮影





■日本経済新聞平成18(2006)年12月16日付記事(全文)


「メガロリポート」ダイヤ乱さぬ / 電車に新顔
 JR中央線26日から新型スタート / 機器二重化 故障、走行OK

 東日本旅客鉄道(JR東日本)は26日から、JR中央線快速で新型電車「E233系」の営業運転を始める。主な機器を二重化し、一つが故障してもそのまま走り続けられるようにしたのが最大の特徴。来秋からは、大船−大宮間を走る京浜東北線にも投入する。都心の通勤路線では車両故障による遅れが増えており、新型電車の効果に期待が集まる。
 今年 8月。京浜東北線の港南台駅(横浜市)でドアが一カ所閉まらなくなる故障が発生。列車 2本が運休したほか、他の列車にも最大 9分の遅れが出て約 3,200人の足が乱れた。「過密線区ではちょっとした故障でも影響が大きいのです」。JR東日本運輸車両部の渡辺俊成課長はこう説明する。

突然ダウン
 旧型電車は装置の大半が機械部品でできており、どこが劣化しているかは一目瞭然。壊れる前に修理できた。だが車両の電子化が進み「きちんと整備しているつもりでも、突然ダウンする」。
 この反省から「E233系」では様々な機器が二重化された。扉の制御装置が故障しても、隣のドア装置がバックアップして開閉する。電動車には予備を含めて 2台のパンタグラフを設置。エアコンや照明に使う補助電源も二重化した。モーター台数も増やし、半分が故障しても通常の速度で運転できる。(b)
 二重装備のため製造コストは10両編成で10億円余りと、現在山手線などを走っている「E231系」より約二割高くなった。
 新型電車の投入が特に待たれるのが京浜東北線だ。1992年から走っている 「209系」は、初めて電子機器を全面的に取り入れて注目されたが、その分、故障も多かった。2005年度に、京浜東北線で発生した車両故障件数は37件と、首都圏の通勤路線では最多。JR東日本全体の輸送障害(運休と30分以上の遅れ)も 1,389件と会社発足以来最も多く「京浜東北線が足を引っ張った」との声さえある。(a)
 このため来秋から一年半ほどで全車両を置き換え、車齢十年余の現行車両は廃車も検討する。新型電車の導入で、故障件数は現在の三割程度にまで減る見通し。
 一方、中央線快速の05年度の車両故障件数は11件と京浜東北線ほどではない。それでも真っ先に置き換えるのは、今走っている 「201系」が首都圏の通勤路線で最も古い車両だからだ。「成熟した技術を使っており安定した性能」(JR東日本八王子支社の是此田真由美車両課長)とはいえ、ほぼ耐用年数に達している。

座席もゆったり
 今月以降、毎月数編成ずつ投入し、青梅・五日市線でも使用。07年度末で全車両を置き換える予定だ。
 性能向上や車体幅の拡大で 「2分程度の時間短縮や、約10%の混雑緩和が期待できる」(同支社の山田宏己輸送課長)。一人あたりの腰掛け幅をこれまでより 3cm拡大し、通勤型電車では初めて空気清浄機を搭載した。通勤通学もちょっぴり快適になるかもしれない。
 民営化後のJR東日本の輸送人員(在来線)はほぼ横ばいで推移しているが、東京圏だけは一割余り増えた。少々の遅れも大混乱につながる首都圏の通勤路線。二重化という飛行機並みのフェイルセーフ思想を取り入れた新型電車が多発する遅延の解決策となるか。私鉄など他の鉄道会社の関心も高い。(塚本直樹)



※係数・単位としての表記は、基本的に半角ローマ字に変換した。
※図表・写真・漢字読み注記は省略した。
※下線は引用者による。





■コメント

 繰り返しになるが、引用記事はたいへん優れた内容を伴っている。特に優れているのは下線部(a) で、車両故障の多さを数字で示し(※)、京浜東北線(即ち 209系)には問題があることを端的明快にあらわした。また、鉄道側の姿勢をとりあげるだけでなく、些かの遅れでも許容しがたい利用者心理をも暗示しているという点で秀逸である。下線部(b) も優れており、簡潔な表現でE233系の設計思想を明確に伝えている。そして、下線部(b) はさらに別の重要な意味を持つ。

※記事の図表には、京浜東北線と中央快速線の車両故障について直近 5年間の時系列推移が示されていた。車両故障が増加傾向にあること、中央快速線と比べて京浜東北線の車両故障が有意に多いこと、いずれもまさしく一目瞭然である。

E233系
中央快速線今後の主力E233系
中央線立川−日野間にて 平成19(2007)年撮影

 国鉄時代には、特に優等列車においてMT比は三対二、悪くとも半々以上が基本だった。10両編成で考えれば、標準的には6M4T編成ということになる。電動車はM-M'二両固定で一ユニットを構成しており、仮に編成中の一ユニットが故障しても、性能を落とすことなく運行可能とする措置であったといわれている。

 これに対する批判は当時から既にあった。電動機故障という事態は滅多にあるわけではない、だから故障時には性能を落として走ればよい、余計な電動車を用意している編成は無駄である、という批判である。国鉄財政が極端に悪化していた状況において、初期投資を抑えよという主張に強い説得力があったことは確かである。実際のところ、旧来の設計思想でつくられたはずの 185系電車付属編成が2M3Tで構成され、伊豆箱根鉄道などで単独運転もしていたから、電動車を減らすことは充分に可能であったはずなのだ。

201系
中央快速線現在の主力 201系
中央線国立にて 平成19(2007)年撮影

 以上の点を反省としたのか 211系電車で2M3T編成が採られ、さらにインバータ制御導入によって粘着性能が向上されたことを反映したせいか、 209系以降の新系列電車では2M3T編成が標準化されている(例外は山手線E231系電車の6M5T編成)。かくして、多数のサハをつなげた電車編成が首都圏では闊歩することになる。

 今までの電車設計思想の流れからすれば、このたびのE233系電車導入には、行き過ぎた経済設計に対する反省があることがうかがえる。これはかなり大きな方針転換であろう。そして、このような新型電車の本質が経済紙によって伝えられるという点が、実に大きいといわざるをえない。引用記事はたいへん優れており、まとめ方を変えるだけで、専門誌に掲載しても充分通用するだけの内容が伴っている。記事を著された塚本氏自身は鉄道の専門家でないかもしれないが、ものごとの本質をつかみとるという意味において、確たる専門性を備えていると高く評価できる。しかも実車デビュー前の発信であり、時宜を得ているという点でも価値が高い。

 これに対して、われわれ筆者らが教科書としてきた「情報誌」はいったいなにを伝えてきたのか。新車投入を紹介するだけで、表層を撫でているだけに過ぎないのではないか。引用記事は、昭和50年代の全盛期において「情報誌」が持っていた高度な質を連想させる。速報性が勝負の新聞記事でこれだけ高い質の記事を書けるならば、長い編集期間をかける月刊「情報誌」はさらに高度な記事を提供できなければなるまい。しかし、さにあらずというのが悲しい実態である。日刊の経済誌を凌駕するような記事を書けない情報誌には、もはや「情報誌」を名乗るだけの価値はあるまい。

E233系
中央快速線今後の主力E233系
中央線国立にて 平成19(2007)年撮影





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