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腕相撲にズルしようとしたお陰でまた大切な人たちを失いそうになったけど、私の義体のことを知っても今まで通りにつきあってくれるかけがえの無い人たちに出会えたことに感謝したい。ホントはアレが無くてもうすうす気づいていたみたいだけど、もうそんなことはどうだっていい。偏見なく普通に接してくれるのがとっても嬉しいんだ。
藤原と京都にも行けてただ今、幸せモードに入っている八木橋裕子22歳。
「はぁ」
幸せモードだってのにいきなりため息なのには訳があるんだ。退院から2週間たって今日は検査入院しなくちゃいけないんだ。なんでも無理がかかったところをいろいろと予定外に交換したから検査しなきゃだめって松原さんの厳命。普段の検査入院じゃやらないじゃないって抗議したけどダメったらダメ。あのときの鬼の松原さんがお出まししそうで強く言えなかった。あ〜、またまっ暗の中におしこめられちゃうのかぁ。南の島に行くお金なんてもう無いし憂鬱だよぅ。
足取りも重く府南病院の長い廊下を抜けて受け付けに向かったのでした。あ、松原さんがいる、このまま回れ右したいよぅ、と思ったところで松原さんの近くに見慣れた人影があることに気づいた。
「八木橋さん、いつも遅れてやってくるって松原にきいたけど今日は時間通りじゃない?」
「タマちゃん・・・、なんでここにいるの?」
そう、タマちゃんこと汀さんが松原さんと一緒にいたんだ。
「八木橋さん、すごいことやってくれたじゃない。開発部でも3日は話題になったわよ」
「う〜、やっぱり・・・」
「古堅部長なんて、八木橋さんが喜んで実験につきあってくれるに違いないって、喜んでたわよ。入社したら覚悟しときなさい」
「う〜・・・」
やっぱり、150馬力なんて勝手にプロテクトを外したのはまずかったかなぁ。でもそんなことを言うためだけにタマちゃんやってきたのかな?そんな気配を察したのか松原さんが疑問に答えてくれた。
「八木橋さん、今日はこの前の入院のときに交換した部品の検査なんですけど、それだけではないんです。サポートコンピューターのあるはずのないバグで義体のプロテクトが外れたなんてことが原因不明のままだとイソジマにとってちょっと困ったことになるんです。ですから、プロテクトが外れた原因を特定させてもらいます」
「原因の特定って、大きな声じゃ言えないとおもうけど、あれって茜ちゃんに私が頼んだからで・・・」
「だから、特定が必要なんじゃない」
とタマちゃん。
「あのね、八木橋さん。このことはあなたが考えているほど簡単な事じゃないのよ。ウチの製品が勝手に原因不明のままプロテクトが外れることがあるなんて厚生労働省に報告があがってしまったら全身義体の検査とリコールが必要なのよ。ほんとは問題がないにしてもね」
そうかぁ。非公式にも公式にも片づいたと思ったけど、義体のバグってことになったら役所にも届けないといけないんだ。茜ちゃんが簡単に義体の設定に触れるから気にならなかったけどほんとはとんでもないことだったんだ。茜ちゃんのことも出来るだけ公にしたくないのはこういう訳もあったのね。
「う〜。こんなに大事になるなんて思ってなかったよぅ。松原さん、タマちゃん、本当にごめんなさい」
「そうよ、ちょっとした思いつきだったのかも知れないけどとんでもないことだったんですからね」
タマちゃん、眼が怖いよ〜。この前の松原さんも怖かったけど、声が優しい分すごく怖いよ〜。
「もしかして、入院が長引くのかな?」
おそるおそるお伺いをたててみた。
「いいえ、入院自体は普段の検査入院と変わりません。ただ、普段は交換しない部品も交換させてもらいますし、その調整にはつきあってもらいます」
「ウチの部でもいろいろと考えたんだけどね、八木橋さん。故障が起きても不自然ではなくて、かつ八木橋さんの義体にだけ起こりそうなバグっていうことにしたいのよ。でね、原因はこれってことにしたらってことで一応まとまったの。で、公式には開発中には予見できなかったってことだから見届けに今日は私も来たって訳」
そうかぁ。義体に予見できない故障が起きたって事なら開発部の人も関係してくるわけだ。でもタマちゃん、まだ声は笑いが入ってそうな優しい声なのに眼が笑ってないんですけど・・・。
「理由は判ったけど、何が壊れてたって事になるの?」
「じゃあ、一応見てもらいましょうか。ここでは何だし部屋に入りましょう」
もう見慣れた検査室に入ると交換するらしき部品の箱がいくつか棚に収まっていた。ご丁寧に八木橋裕子とラベルされている。今まではこんなこと無かったけど、やっぱり今回は特別なんだ。
タマちゃんが棚にあった箱の一つを持ってきた。
「えっとね、問題の部品はこれってことになったわ」
「ね〜、タマちゃんこれってどう見ても・・・」
「そうよ、ゼンマイよ」
「・・・・、ちょっとちょっとタマちゃん。それギャグのつもり? だとしたら全っ然面白くないんだけど」
「全然冗談じゃありません。これはゼンマイです」
聞き違いじゃない、タマちゃんも松原さんもはっきりとゼンマイって言った。でもでも、違うって言ってほしい。でもどう見ても箱の中に入っていたのは古い時計の中に入っているような金属のリボンがぐるぐる巻きになったゼンマイだった。時計で見たことがあるのとちょっとリボンが太いのが違うところだけど、どう見てもゼンマイだった。
「え〜、義体のどこにゼンマイなんて使ってるのよ。もしかして私ってゼンマイ仕掛けのお人形なわけ? それこそ全然面白くなんかないよぅ」
「八木橋さん、義体はね、ゼンマイで発電機を動かしてその電気でモーターを動かしてるのよ。昔、説明しなかったかしら?」
「そ、そんな〜。なんでバッテリーで動かさないのさ?モーターなんだからその方が自然じゃない」
私の体は作り物だ。毎日充電が必要だし、電気で動かすからにはモーターで動いているっていうのは仕方ないって思うよ。でも、いくらなんでもゼンマイ仕掛けなんてあんまりだー。びっくりして心臓が、あ、ゼンマイ(とほほ)が止まりそうだよ〜。
「八木橋さんも電車やバスに乗るでしょう?」
「そりゃ乗るけど、それがどうしたの?松原さん」
「つまりは法律の問題なんです。電車やバスに乗ると危険物の持ち込みはご遠慮くださいって言われますよね。つまりはそういうことなんです。」
「それって私が危険物だってこと?」
「ねぇ、八木橋さん。義体って節約すれば2,3日は充電しなくても生活できるでしょ?」
「話がまだ見えないけどさ、節電モードに入っちゃうけどそのくらいは持つよ」
「人間を2,3日動かすのに必要な電力を蓄えることが出来る蓄電池って法律上の危険物なんです。だから、このゼンマイをモーターで巻いて発電機を回して義体に必要な電力をまかなっているんです。この法律問題を解決するのに相当の時間がかかったそうですよ」
う〜、そりゃ日本のお役所は頭の固さでは私の頭より固いってのは解るよ。でも、でもそんな理由でゼンマイなんてあんまりだ〜。私、惨めすぎる・・・。
「ひ・ひどいよ〜。そんな理由なんて。ゼンマイが低級でバッテリーが高級だなんて言えないのかも知れないけどやだよぅ」
「そんなこといっても仕方ないじゃない。私たちも日本の企業だし、日本に住んでるんだから法律は守らなきゃ。ゼンマイ人形だなんて悲観してるようじゃ、入社してから大変よ。」
タマちゃん、なんか楽しそう。
「そんなぁ。まだ他にも情けない仕掛けがあるのぉ。泣きたいよぉ」
「ぷぷっ。もう駄目っ。汀さん、私、もう限界です」
えっ、えっ、どうしたの松原さん眼に涙を浮かべて笑いを堪えてる。あれ、タマちゃんも今は眼も笑ってる・・・
「あ〜、もしかして私を担いだの?ひどいよ、ひどすぎるよ〜」
「ご、ごめんね、八木橋さん。ちょっと待ってね、松原、私もそろそろ限界」
タマちゃんも笑い出しちゃった。ちょっとちょっと、これっていくら何でも許せない。
「タマちゃん、松原さん、ひどい、私の体をネタにするなんてひどい〜」
タマちゃん、ちょっと笑いすぎたと思ったのか、真剣なでもちょっと申し訳ない顔で
「八木橋さんが体のことを持ち出されるのが嫌だってのはほんとに解ってるわ。ごめんなさい、本当にごめんなさい。でも、これでおあいこよ。今度のことではイソジマも本当に大変だったんだから」
「そうですよ。八木橋さん。この前は今度やったら強制遮断の刑だって言いましたけど、社内的にはとんでもなく大変だったんですから。開発部の方々の協力がなかったらこんな穏便な処理は出来なかったんですよ」
松原さん、笑いながらもふくれてる。
タマちゃんや古堅部長、開発部のみんなの仕返しだって気づいちゃった。そりゃ、何かしたくなるよね。あんなことしでかしたんだし。そう思ったら、さっきの怒りがすぅって治まっていった。
「タマちゃん、松原さん、ここにはいないけど開発部にきっと他にもかけずり回ってくれたイソジマの人に私、謝ります。本当にごめんなさい。軽い気持ちで茜ちゃんに頼んじゃったんだけど、こんなことになるなんて思わなくて、でも、思わなかったではすまないようなことをしちゃいました。反省します。あんまり気は進まないんだけど強制遮断でも受けます。ごめんなさい」
自然と私は二人に向かって深々と頭を下げていた。
「わかってくれたみたいね。ほんとに約束よ。もうこんなことはしないで。今回はこのくらいですんだけど、勝手なことして生命維持装置に異常が現れたら死んじゃうかも知れないんだから。」
タマちゃん、泣いてる。天涯孤独の身だとおもってたけどタマちゃん私のために泣いてくれてるんだ。胸が熱くなってきた。泣けないけど涙を流せたら私も泣いていたに違いない。
「汀さん、泣かないでくださいよ。私まで・・・ひっく」
松原さんまでもらい泣き。なんかしんみりになっちゃった。
「松原さんもタマちゃんも、もう泣かないでよ。私も泣きたくなるじゃない」
「そうね。もう八木橋さんも大丈夫なんだし。でも、本当に約束よ」
「わかった。わかりました。約束します。・・・でね、すごく気になるんだけどそのゼンマイは・・・」
「ふふっ。気になってたの?嘘よ、嘘。あなたの体にはバッテリーが入ってるわ。高性能のね。でも法律のことは本当だったのよ。開発の時には性能と法律の両方をクリアするのにとっても苦労したらしいわ。入社してウチの部に入ったら義体のこともしっかり勉強してもらうわよ。覚悟しときなさい」
もう、タマちゃん、いつもの顔。でも、義体の仕組みかぁ。今まではユーザーだったから知らないで済ませたけど大変だよぅ。
「う〜、お手柔らかにお願いします」
「私も謝りますね。八木橋さんの体のことで引っかけたりしてごめんなさい。ケアサポーターとしてはやってはいけないことだって解ってるんですけど、八木橋さんに危険だって事を理解してもらいたくて・・・」
「松原さん、もういいよ。松原さんも私のことほんとに心配してくれてるって判って私今とっても嬉しいよ」
「ありがとう。んんっ、これからの事を説明しますね。公的な報告のためにまた部品を換えるってのは本当です。この棚にある部品なんですけど八木橋さんの義体の整備レポートを調べたところ、義体化されてから一度も交換されたことが無くて生命維持には問題ないけど壊れると出力制御に不具合が出そうだという制御チップの一つが壊れたということで交換します。前回の入院では予想がついてなくて、調査の結果これだということで確認したらやはり壊れていたということでお願いします」
松原さんは、棚に向かって八木橋裕子とかかれた箱を取ってこようとした。
「いいよ、いいよ。松原さん。どうせ見たって判らないだろうし」
「そうそう、松原。これでまた中身を見たら八木橋さんが卒倒しちゃうわ」
「タマちゃん、まさかとは思うけどテコだったりするの?」
「そうよ。よくわかったじゃ・・・・冗談よ、冗談。れっきとしたICよ。安心して」
「う〜。そのギャグ、全っ然面白くなんかないよ〜」
三人で大笑い。
こうして臨時の検査入院が始まった。
今は真っ暗で何も見えないし、何も聞こえない。体の感覚が何もない。いつもはすごく嫌でたまらない時間。でも、今度はいつもと感じが違う。サポートコンピューターから切り離されて何も感じないけど、今はそんなものでは感じられない何かでつながっている感じがする。つながっている先はタマちゃん、松原さん、しろくま便、開発部のみんな、きっとジャスミンと佐倉井にも。私は一人じゃない。そして、藤原にもぜ〜ったいつながってる。今度目が覚めたらうまく伝えられるか判らないけど、みんなに説明したい、そしてありがとうの言葉を伝えたい。
八木橋裕子22歳。義体歴6年。生身の体は失っちゃったけどこの義体のおかげで得られたものがあるって気づいて成長したような気がするヤギーをちょっと褒めてあげたいぞう。
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