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タイ王国バンコック曼谷5日間


月日行動
第1日目 2003年7月31日木曜日成田→バンコック→ホテル
第2日目 2003年8月01日金曜日ホテル→水上市場→バラ園→ショー→舞踊→ホテル
第3日目 2003年8月02日土曜日ホテル→船乗り場→船上で食事をしながらアユティヤへ→アユティヤ→食事→中心部で食事→(ドキドキのタクシー経験)→ホテル
第4日目 2003年8月03日日曜日ホテル→市内の名所→バイキング→買い物→マッサージ→食事→買い物→ホテル
第5日目 2003年8月04日月曜日早朝ホテル→空港→成田
反省 後日この旅行での反省点など



第1日目  7月31日木曜日 成田→曼谷



今回の出発地はタイ王国のバンコックである。時間の都合上急遽この旅行を申し込んだのが3日前、時間も第1日目が夕方というものであった。この時間帯出発便は多いのだが、今回は西北航空(Northwest)の利用である。米系航空会社は初めてということもあって、日系やアジア系の航空会社とは違う。いろいろと航空会社の違いについても触れながら話しをしていくことにする。集合は夕方であったのでゆっくりと出発だった。しかし電車の乗り換えなどに時間を費やしたため、恐らく100分前前後の到着であった。第一旅客ターミナルビルディングである。ここで問題が起きた。米系の航空会社及び米国方面にいく場合、預け荷物の検査が行われる。私の場合にも例外ではなく、下着の一枚一枚に到るまで検査が行われた。日本〜アジア方面に限ってこの措置はやめにしてもらいたい。とはいえ無理な話。テロちゃんはアメリカの航空機がターゲットなのだから。無難な策とはいえ、我々にとっては後味の悪いものとなった。旅行会社のカウンターに行ったら既にチェックインも済ませていてくれた。米系はオーバーヴッキングが多いと聞いていたからあらかじめやっておいてくれたのかもしれない。そんなわけで少し建物の中を回ってみた。ちょうど改装中であるため、すべてが営業しているわけではなかったがそれでも大きいターミナルなんだと感じた。近い将来第1旅客ターミナルは全日空が入る予定となっているとのことである。出国手続きをとって搭乗口に行くと機内後方のほうから順番に航空機に入れていた。であるから我々は前のほうだったので最後のほうになった。いざ入ることとなるとここでの手荷物検査に引っかかった。手荷物を全部検査されたのである。機内へ入ると席は窓側であるがB747で3−4−3の席だったので我々二人のほかに米国人がC席に座ることとなって。トイレに行くのにも一苦労。というわけで一回しかトイレに行かなかった。成田は西北航空の手際の悪さで当然出発は遅れた。到着したのはほぼ予定通りであったからダイヤにはかなり余裕を持っていると予想される。時間は6時間と少しかかったのであろうか。タイ王国バンコックドムアン国際空港に到着した。入国の際、健康診断書を記入していないことを指摘されてその場で記入。出口には旅行会社の人が待っていた。それからしばらくして他の人も来たのであった。我々はせっかちなのか、いつも早いな…。空港の外に出るとあのムアムア感がした。新嘉坡と同じ熱帯夜である。そこから日本と同じ右車線をひたすら走り(ワンボックスであったが)、その走りっぷりは神風タクシーであった。ホテルは日本大使館前のクラシックプレイスであった。事前の下調べでは日本大使館の真ん前とのことであったが目の前は立体道路になっていてなかなか見えなかった。ちょうど日本から出かけること、北朝鮮からの難民がこの大使館に駆け込んだこともあったので、気になっていたのであるが。ホテルに入ると我々は二間続きの部屋に通された。実はこの時期旅行会社は5万前後で同様のツアーを出していたが、我々は直前ということもあり7万支払いをした。事実は定かでないが、安い部屋が空いてないか高くとったことに対しての何々か?いずれにしても窮屈な思いはしなかった。その番はすぐに寝た。

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第2日目  8月1日金曜日 水上市場〜タイ文化



翌朝、シャワーをしてから食事に。食事は早かった。形式はバイキングでタイ料理と洋食のあわせたものであったがまあまあいけた。食事が合わないとトイレにお世話になるのであるが、それはあとで触れることになるだろう。さて、食事を済ませるとしすぐにロビーに行きガイドさんと会う。もう一組の人と4人で3日間観光をすることになるのだが、この人たちも直に来た。まず向かったのは水上ボート観光と水上市場である。バンコックは渋滞のメッカである。高速道路を通っていくわけだが、例がいなくこれに出くわした。といってもそれほどではないという。むしろバンコック方面に向かうほうが混んでいる。しばらくして畑が見えた。他の3人は寝ていたので私はガイドと会話を交わした。何かと聞くと塩田だという。道端で販売もしていて結構広大な畑である。程なくして一軒の店に着いた。リベート店である。ここでしつこく付きまとわれたが、ガイドはこの直前言い値の1/3の値段が適正だといった。値切ることが下手な私は6割ぐらいで妥協してかったのは下らぬものだった。その付近はちょうど東南アジア特有の?赤茶けた土にセメント張った感じの場所である。この国はこれから道路網が整備されることになるのだろう。その後我々は水上ボート乗り場についた。ダムナンサドゥワック水上マーケットの辺りである。ここから小型のボートにのり水辺を楽しんだ後降り場は水上マーケットであった。私はここで水だけしか買わなかったが他の人はいろいろと買っていたようである。その後、我々は木彫りの店に行った。そこでスズのお酒を入れる容器を買った。木彫りの実演も行うのである。ここを去るとローズガーデンに向かった。まずはじめは食事でありバイキング形式の食事をとる。カレーやらタイ料理がメインのものであった。食事後はしばらく公園内を散策して、もう一人は布や見つけてなにやら交渉している。ダウンプリーズ!?よくわからない会話が店員と続く。やがて双方が妥協点を見出し買い物を終えた。なんともまあ見ものであったが。この後タイビレッジカルチャーショーを見る。ムエタイや舞踊を含むもので意外とよいものであった。それは終わると像のダンス?ショーを見ることができた。様々な演技をするのである。これもまよいものであった。一連のメニューが終わると今度はバンコック中心部に戻る。金曜日バンコックも例がなく渋滞であった。4時を回ったころであろうか。高速道路であるが渋滞は動かない。首都高よりもひどい感じである。運転手は痺れを切らし一般道へ降りるも状況はさらに悪化。おまけに割り込みもひどい隣の車との間は5cmあるかないかだ。やっとの思い出夕食の場所へついたのは日も暮れたころである。ここにつく間ガイドは様々な話をしてくれた。タイの女性はあまり家庭で料理を作らないと。そのためか町には屋台が多く見られる。移動中も私は町の様子を伺うことができた。夕食は古典ディナーショーで食事をしながらタイの古典舞踊を見るもので食事は王宮料理だという。おいしいかまずいか高級なのか否かその点はおいて、食べて感じは悪くない。やがてショーが始まるとどこかのおばさん(日本人だが)が馬鹿騒ぎしていた。おかげで撮っていたビデオにはそのおばさんたちの声も入って仕方のないものになったが、でも舞踊は綺麗なものであった。終わったのは9時ごろだったのであろうか。ホテルに帰る途中もっと何かすることありませんかとツアーの一人がガイドに聞く。オカマショーならありますけど…。タイはそういうのが多いと聞いたが我々は見に行くことはなかった。ホテルに帰ると水などがないことに気がつく。公共バスはあるがよくわからずホテル前の道路をまっすぐサイアムスクエア方面にセブンイレブンがあり、そこまでタイの熱帯夜を我慢して歩く、街頭は薄暗くホームレスもいて怖かったが15分ほどでつく。途中インターネットカフェ?などもあった。そこで水、カップめん、カレーの冷凍の奴(温めてくれる)を買い元来た道を戻る。同様の怖さはあった。そのカップめんを食べると今朝の予想は的中した。まあ、旅行へ行くときには国内外問わずこういう事態はやってくるから。トイレットペーバーも持ち合わせているしね。この後シャワーをして寝る。

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第3日目  8月3日土曜日 アユティア



この日も早かった。食事はバイキング形式である。食事に先立ちシャワーをする。やはりなんだかべたべたするから。食事が終わると、すぐにロビーへ行く。すぐに出発してチャオプラヤ川に向かうクルーズしながらアユティアに向かう。(バンコック、アユティア、これは電池人の発音を聞くとそう聞こえるが日本ではアユタヤのほうが一般であるから、今後はアユタヤとする。)船着場に着くとまだ時間が早かったので、私は一人近くを歩く。ちょうどセブンイレブンがあり、そこで水6本と日式茶を買う。そして、案の定他の人たちは(ガイドさんと3人)は時間ぎりぎりになって水売ってるところないかと声が聞こえる。私はこの人たちにこれをあげることとなった。因みに向こうのぺっトボトルの水は安い20円しなかったのではないだろうか?船が来てそれに乗る。このひとつ前の船は3人しか乗客がいなかった。重症急性呼吸器症候群SARSやテロの影響もありやはり旅行客は減少しているとのことである。乗るとアユタヤまでの間食事を除き私は外をずっとビデオでとっていた。チャオプラヤ川、そのかわは日本の川とは違い茶色い川であって、泳ぎたくはない川である。川幅は広いが河原などは見られない。かつて山田長政はこの川を上りアユタヤまで向かったという。確か空港もバンコックより北側に位置し、この川を上る航路を取っていたように上空からは見えた。船からは左右いたるところでタイ建築を象徴する建物が見える。三角の建物が意外と多い。船はさらに上流へ進む。食事は早めであった。まだお腹はそれほどすいてなかったがそれでも食べたのかな?食事はやはりバイキングである。食事が済みしばらくするとアユタヤに近い降り場につく。車の運転手はバンコックからここへもう来ていた。そこからしばらく車で行くとやがて寺院などが見え、程なくしてバンパイン宮殿に到着。ここで一時間ほど散策をする。その後日本人街跡に行く(この順番は逆だったかもしれない)。ここは山田長政をはじめとする日本人が住んでいた場所であるがその面影はない。売店があり、そこで買い物をする。私は石鹸と木彫りの象6,000円を買う。馬鹿な買い物かもしれないが私は気に入った。そこに次はワット・ヤイ・チャイ・モンコンに行く。ここでは寝釈迦仏像がある。仏塔も素晴らしい物であった。その後はワット・プラ・スィ・サンセット木の根に首が埋め込まれた仏像があるワット・プラ・マハタートや首がない仏像があるワット・ラーチャブナラなどを見て回る。この辺は他にも詳しいページがあるのでそちらを参考にされたいのである。さすが世界遺産にしてされていて歴史を感じるものばかりである。こうした見学が終わると次に象さんトレッキングにいく。実際に象に乗ることができるものである。なんだか乗っている我々は重かったのか象さんが可哀想だった。これが終わるとアユタヤ駅近くのホテルに行き夕食はタイ風スキヤキということである。私はぐったりしてるほかの人とは違い、500mほどアユタヤ駅まで歩く。運がよかったのかディーゼル気動車も見かけ駅前も見回した。屋台や三輪オートのテゥクテゥクが多かったのが印象的であった。この三輪タクシーは乗らなかったが結構問題が生じるとのことである。ホテルに戻り食事。なんだか物足りないのであったが、まあ食べた。終わるとホテル内でアユタヤのDVDが売られていたのでこれを購入した。その後、ライトアップされたアユタヤの世界遺産の寺院を見渡す。なんだか人影が少ないところで不気味な感じはあったが…。この後我々はバンコックへ戻る。途中4人で相談して中心部で買い物がしたいとガイドに交渉した。そうすると伊勢丹の前で下してくれた。4人は9時過ぎに(これより1時間半後ぐらいに)この場所で会うことにしてそれぞればらばらとなった。私は伊勢丹やその隣のZENなどで買い物をする。高いな!と思ったがそれでも洋服など数点買った。それからセブンイレブンへ行き今夜の水などを購入した。集合場所に行くと他のものの姿はない。結局4人で帰ったのは10時を過ぎる(女の人の買い物はやはり長い<後の3人は女性だから>)。いざ、タクシーでホテルへとタクシーに乗り込み運転手にホテルの名刺を見せる。運転手はアメリカ人みたいに手を外側向けてに平たくして…。どうやら鳥目なのか文字が読めないのか?我々は地理間だけを頼りにGo straight!and Turn to the right at the following corner!などというも英語は通じない。最後は指差しによるドライブをバンコックの土曜日の夜体験したのである。これが一番ひやひやした経験かな?もちろん名刺には地図も書いてあったけどね。その晩もトイレにはお世話になりました。シャワーをしてすぐ寝たような感じでした。

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第4日目  8月3日日曜日 市内観光〜買い物



この日はゆっくりでした。食事も7時半頃ととり、出かけたのは8時半頃。私は早くすべきと主張したのですが女性人は壁塗りに時間がかかるのでしょう。さてはじめに出かけたのは暁の寺院。ここでアユタヤ時代のコスプレをしました。剣を持って仏塔みたいな兜をかぶって…。対岸にあるこの寺は渡り舟でわたって見学をしたのでした。その後はエメラルド寺院に向かいました。ここは暁の寺院共々とても素晴らしいのです。宝石のような寺院というのでしょうか?寺院全体がすばらしいのであります。ここは、定番となっている場合もあるのでお勧めの場所でしょう。ここの寺院但し、気をつけることがあります。結構片言の日本語を使った売り子がくっついてくるのです。私と同行したものは後でというと覚えていました。お客さん後で後でー言った、と指摘されました。結局7本のセンスを1,000円とキーホルダ30個を買うこととなりました。ガイドさん曰く、ガイドさんが断るとこの売り子はぐるになっていて次からこの旅行者の客に対していじめなどをするとのことなのです。根本的な解決方法を見出す必要性はあるのでしょう。ここの次は競馬場や宮殿などを車で見ながらシルク店へ。ここでネクタイと眼鏡ケースを買いました。シルク製のです。タイシルクはとてもいいものだそうです。全部で3,000円はしなかったと思いますがこれでも高いとガイドさんに指摘されました。この後市内のホテルでバイキングの食事となります。タイ風ラーメンとかありましてそれなりにおいしかったです。この後サイアムスクエアの免税店に行きそこでお土産のお菓子を買いました。空港に届けてくれるとのことであり、10,000円ほど買ったと思う。その下に昨日のZENがあったのでそこで下着などを買い、この後バンコックの電脳街とも称されるパンティッププラザに行く。行く途中魚屋があったがなんともこの臭いは…。ここのキャッシュコーナーでお金を下ろし見て回る。中には強引に腕を引っ張られたりしたが、断り一店ずつ見回る。パソコンソフトの違法コピーなどを販売してる店もありビックリ!もちろん私の好きなアニメのビデオCDもありました。タイ語はわからないが数店ソフト、ビデオCDを購入して集合場所へ。我々は次の目的地タイマッサージ店に向かう。私はマッサージよりは買い物をしていたいと思ったがそうもいかず着替えをしてマッサージへ。してくれたのは20の女の子であった。僕より3歳下…。なんだか微妙なマッサージであった。誤解のないようにこれは伝統的なマッサージであるからその点を注意されたい。終わると夕食になる。夕食もタイ料理。トムヤムクンなどの食事が出される。食事が終わると我々は店を散策した。頼まれていた男性用のカバンを買い、ホテルへ。明日帰国である私はなんとも買い物不足なので、サイアムスクエアで一人下してもらい買い物をする。Tシャツなどを買ったのかな?それから昨日のタクシーの道を1時間ほどかけて歩く。バンコク最後の夜である。途中セブンイレブンにより買い物もしてホテルへ戻ったのは11時前だった。帰国の支度に取り掛かる。

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第5日目  8月4日月曜日 帰国



ホテル出発は3時ごろと記憶している。したがって大して寝てない。荷物をまとめいざ空港へ。辺りは暗い。運転手はスピードだしまくりである。空港にはそれほど時間を要しないで到着。成田の光景はここでもあった。米系には厳しい検査。中身を空けられた。その後カウンターに向かうと荷物が30㎏であるという。もう一人は20㎏。明らかにオーバーである。仕方なく手荷物に切り替えることになる。といっても我々は手荷物も多い。象の木彫りもあるしね。象の木彫りはプリンターの大きさといえばわかるかな?10㎏はある。ロビーで荷物を開け出す光景は実に気まずかった。何とか二人で40㎏にしてOK。それから出国税を支払い、お菓子を取りに行く。はぁ〜、忘れてたは。荷物がさらに多くなったのである。幸い蛇腹式のバックだったのでこの中に押し入れて、すっきり搭乗口へ。と思ったら、It isn't possible to bring in the big bag to inboard.(その大きなカバンは機内持ち込みできません)と指摘され。しばしば、元のおばさんがスーパーで買い込んだような姿に。何とか機内に入るも、頭上に入りきらず座席下へ。因みに我々二人は4人がけの中2席だったので窮屈のなんのって。西北航空002便バンコック発06:05、新東京国際空港に着いたのは予定時刻14:20より若干早かった。5日ぶりの日本であったが、日本は数日前に梅雨明けしていた。暑い!おまけに機内では述べたとおりの様子だから、成田に着いたときはへとへとであった。このあと自宅に帰るまでのことは、あえて語る必要もない…。

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反省



バンコック5日間、これは観光中心の旅行であった。バンコックは物価が安くナイトマーケットも充実しているという。この点を踏まえ自由行動を一日でも設けることが求められる。ホテルについてもスカイトレイン駅周辺が好ましい。再度訪問するときには、こうした反省の元充実したバンコック滞在を希望する。なおバンコックは新空港や地下鉄を建設中とのことである。事前の予習を怠らず、渡航するのが賢い旅行法である。各種ホームページも大いに参考にしたいものである。

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趣味の頁


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